18.女の子とお姉さん
「さてと、じゃあ移住してくれる人探しに行くかー!」
メイド長から受け取った革袋を腰の紐に付けて準備万端なディルと、そのディルの頭の上で腕を組み、胡坐をかいて鎮座するわたしは、城下町へ村に移住してくれそうな人を探しに行く為に城門へと向かう。
「そろそろ革袋に入った方がいいんじゃないか?城門に着く前に入っていて欲しいって言ってただろ?」
「はーい」
ディルがそう言いながら革袋の開け口を開けるので、わたしは頭から綺麗なフォームでスポッと革袋の中に飛び込んだ。
うーん・・・当たり前だけど外が見えないな~。これじゃあ、せっかく城下町に行くの何も出来ないじゃん。そもそも、ディルがどうやって移住してくれる人を探すのかも聞いてないし。
わたしは袋の中からでも聞こえるようにいつもより大きな声でディルに話しかける。
「ねぇディル!」
「・・・・・・」
返事が無い。
聞こえてないのかな?
「ディル!・・・ディル!」
「・・・・・・」
周囲の喧騒がうるさくなってきたのもあって、わたしの声が届かない。
・・・仕方ない。
「ディルディルディルディル! ディル~~!!」
わたしはひたすらに叫びながら、年甲斐もなく袋の中でジタバタと暴れる。
「うおっ・・・なんだソニア?」
「ハァ・・・やっと気付いてくれた。ねぇディル。移住してくれる人を探すって言ってたよね?」
「ああ、言ったぞ。たくさん集めて村を復興するんだ!」
その弾んだ声からディルがどれだけ気合を入れているのか分かる。
「その気持ちは凄く分かるし、わたしも協力したいんだけど・・・どうやって探すの?何か策とかあるの?」
「あるぜ!」
「え、あるの!?」
ディルのことだから「策?そんなのないぜ、移住してくれそうな人を探すだけだ!」とか言いそうなのに・・・。ちゃんと考えて行動してたんだね。偉い偉い。
「へぇ~、どんな策なのさ?」
「人がいっぱい居る所に行く!」
「・・・うんうん。その後は?」
「それだけだ!」
つまり策なんて無い、と。わたしの買い被りだったみたい。まぁ、ディルはまだ10歳だもんね。自分で考えて行動できるだけでも十分すぎるほど立派だよね。
城下町には中央の広場に大きな噴水があり、様々な出店が出ている。その広場を囲む様に石造りの5.6階くらいの大きな建物が並んでいて、1階がお店になっていて上の階は住居になっている・・・らしい。
袋に入っていて外の様子が見えないわたしに、ディルが周囲の風景を楽しそうに教えてくれる。
わたし達は一番人通りが多い、出店が並んでいる噴水広場に来た・・・らしい。
「うわー!何だあの食い物!初めてみたぜ!」「こんなに人が沢山いるところ初めてだ!」「なんだあの人!?玉の上でナイフ振り回してるぞ!あぶねー遊びだ!」
ディルがわたしに周囲の状況を教えるのを放棄して、1人楽しそうにはしゃぐ。
ちょっと! 気になるんですけど! あぶねー遊びって何?めっちゃ見たいんだけど! わたしの視界はずっと真っ暗だよ!
「ねぇ、ディル!!」
「・・・あの人、髪の毛が爆発してる!カッコイイぜ!」
「おい!!」
わたしの・・・わたしの話を聞けーい!
「なんだよソニア。ソニアもあの髪型カッコイイと思うだろ?」
「見えないっつーの!」
「あ、そっか」
嫌がらせかな? そうだよね?
「もう!わたし、我慢しないで袋から出ていいよね? 出ちゃっていいよね!?」
「悪かったって・・・ほら!あそこに可愛い猫が歩いてるぞ!」
「だからー!」
「ハハハッ!悪い悪い!ソニアの反応が可愛いから、つい」
そんな好きな子にちょっかいかけるみたいなノリで・・・そんな歳でも無いだろうに。もう出ちゃおうかな?・・・うん、飛び出しちゃおう!
わたしは革袋の開け口を両手でガバッと開けて、勢いよく飛び出す!
世界が! わたしを呼んでいる!
「ひゃっほーい!自由だー!」
「ああっ!? おいソニア!」
ディルの周囲をクルクルと回る。ディルの正面にはアフロヘアーの大道芸人っぽい人が玉乗りをしながら小さなナイフでジャグリングをしていた。幸い、辺りの人達はその大道芸人を見ていてわたしのことは誰も見ていない。
「ふぅ~!シャバの空気はおいしい・・・ぶふぇえ!」
突然、ディルに体を掴まれた。
・・・力加減が分からない子供! 掴むならもっと優しく掴んで!
「アホ!この間アボンに攫われて怖い思いをしたばっかりだろ!? また危ない目にあったらどーすんだよ!」
「だ、だって~・・・」
ディルが気になることばっかり言うんだもん。
そのまま革袋にグイグイと押し込まれる。
うあぁ・・・羽がくしゃってなった~。
「もう!ちょっとくらいいいじゃ・・・って、あれ?」
袋の中でくしゃってなった羽を一生懸命に伸ばしていると、突然体に浮遊感を感じた。
ん?わたし別に自分で飛んでないよね・・・これって・・・
「・・・うぎゃあ!」
お尻に衝撃が走った。明らかに固い地面に落ちた感触だ。
落ちたね・・・落とされたね・・・。ちょっとディルくーん!大切なものを落としたよー!
・・・・・・
どうしよか・・・また外に出て追いかけようかな。うん、しょうがないよね?このままじゃ誰かに踏まれちゃうかもしれない。・・・よしっ、出よう!
再び革袋から出ようと、わたしはまだ痛みが残っている気がするお尻を擦りながら体を起こそうとしたその瞬間・・・今度はお尻にむにっと柔らかい感触がした。そしてエレベーターで上がった時のような重力を感じた。
「うわぉ!」
誰かに持たれた・・・!? もしかしてディルが戻って来たのかな?
「妖精さん?だいじょーぶ?」
「大丈夫だけど・・・え、誰?」
袋の外からどこかで聞いたことがあるような、幼い女の子の声が聞こえた。
・・・とういうか何で中にわたしがいる事を知ってるの!?もしかしてディルの周りをグルグルしてたのを見られた!? ヤバいヤバい! また誰かに売られちゃう! そして食べられちゃう!?
若干パニックになりながら頭を抱えていると、またどこかで聞いたことあるような女の人の声が聞こえてきた。
「マリちゃん! 何してるの?孤児院に着くまで手を離したらダメって言ったでしょう?」
孤児院・・・? あっ! 思い出したよ! 地下牢の隅で泣いていた女の子と、やせ細ってたけど本当は美人さんっぽい女の人!
女の子は両親に売られたって言ってたけど、今は孤児院にいるのかな?
「・・・これ、拾った」
「ん?落し物かしら?」
「違う・・・」
「あっ、こら!勝手に開けちゃ・・・」
真っ暗だった視界が明るくなった。開かれた開け口を見上げると、牢屋の隅で泣いていた女の子がクリクリした瞳を輝かせてわたしを見下ろしていた。
えっと・・・。
「ハ、ハロー!」
「・・・はろぉ?」
女の子は首を傾げる。そりゃそうだ。
「え!もしかして地下牢の時の妖精さん!?」
女の子しか見えなかった視界に、長髪の女の人も現れた。女の子と顔をぎゅうぎゅうに詰めて袋の狭い開け口から目をまん丸にしてわたしを見下ろしている。
「私のこと覚えてるかしら? ほら、地下牢でお話したじゃない」
「うん、覚えてるよ! 彼氏さんとのデート中に攫われたって・・・」
「違うわ、知り合いの男と観光中に攫われたのよ」
「彼氏さん・・・」
「違うわ」
そんな全力で否定しなくても・・・。
「そんなことより、妖精さんはどうしてこんな道端に落ちてたのよ?」
「それ!そうなの!ディルがね・・・」
「おーい!ごめんなさい!その袋!俺が落としたやつです!」
遠くからディルの声が聴こえた。ちなみに、わたしはまだ袋の中に居て、それを2人が覗いている状態なので、わたしからは2人の顔と隙間から見える青空しか見えない。
「あ、お兄ちゃん」
女の子がわたしを持ったままトタトタと走り出す。
ゆ、揺れる・・・もう少し慎重に運んでくれたらありがたい。
「ん?お前は確か地下牢にいた・・・よな?」
「うん、お兄ちゃんが助けてくれた。はい、これ。妖精さん、落としたよ?」
「お、おう。ありがとな」
袋の中から見える景色が、女の子の顔からディルの顔に切り替わった。わたしは袋の中から上半身をだけを出して、「えへへ」とだらしなく笑っているディルを睨む。
「わたしは怒っています。あなたは大切なものを落としました。何か分かりますか?」
「ソニア・・・です」
「そうです。わたしです」
むすっと頬を膨らませてみる。
「ごめん・・・俺・・・本当にごめん」
ディルが瞳を潤ませて今にも泣きそうな顔で謝罪する。
うぅ・・・そんな顔されたらこれ以上責められないよ~。
「な、泣かないでよ! 元はと言えばわたしが勝手に飛び出したのが原因だと思うし!」
そうだよ。わたしが大人げなかったのかもしれないね。
「でも・・・」
「もう!それ!ディルの悪い所だよ?「でも」じゃなくて「これからは」だよ。反省して改善するの。これが大人への近道だよ!」
まぁ・・・大人でも難しいんだけどね・・・。
「・・・ハハハッ、5歳のソニアに言われてちゃあ駄目だな! 俺はもう10歳なのに」
「わたしも一緒に反省するから、一緒に大人になろうね!」
「先に大人になるのは俺だけどな!」
わたしは既に大人なんだけどね!
ハハハと笑い合うわたし達を、女の子が不思議そうに見ているのに気が付いた。
「どうしたの?」
わたしが女の子に声を掛けると、ディルが少し屈んで革袋に入っているわたしが女の子から見えやすいように位置を調整してくれる。
そういう細かい気遣いが出来るのはディルの良い所だよね。
「えっと、妖精さんの名前・・・」
女の子がわたしを指差して呟く。
そうだね。わたしには新しい名前があるんだから、ちゃんと自己紹介しないとね!
「わたしはソニアって言うの!よろしくね!」
パチッとウィンクして見せたら、女の子もわたしの真似をして片目を閉じて微笑んだ。少しぎこちないウィンクだけど可愛いから問題ない。
「ソニアちゃん・・・。私はマリ、5歳だよ。同じだね」
「え? あ、うん。同じだね・・・?」
ディルが笑いを堪えているのが分かる。わたしを持つ手が震えていて、ちょっと居心地が悪い。
「フフッ、子供っていいわねぇ。微笑ましいわ。・・・それより、ここじゃあ妖精さん・・・じゃなくてソニアちゃんもそこから出られないし、場所を移しましょ?」
「そうだな!・・・あっ、俺はディル、10歳で捕まったソニアを助ける為に王都に来たんだ。お姉さんは?」
ディルが首を傾げてお姉さんを見上げる。わたしも見上げる。
「私はジェシーよ。今は孤児院の一角で地下牢に居た子供達の面倒を見てるわ。歳は秘密よ♡」
ジェシーって言うんだね。20代かなって思ってたんだけど、今の解答で30代の可能性も出てきた。歳を取る程年齢を隠したくなるからね。・・・わたしは5歳だよ?
「場所を移すって・・・何処に移動するんだ? 俺もソニアもここら辺のことは何も知らないぞ・・・な?ソニア」
「そだねー」
そもそも、わたしはこの世界の事すらあまり知らない。
「一緒に孤児院に来てくれないかしら?」
「孤児院に?いいの?」
「ええ、捕まっていた子供達の何人かが元気無くてね、帰る場所がある子とそうでない子が居て・・・」
視界の端でマリちゃんがそっと視線を落としたのが見えた。
そっか・・・マリちゃんは親に売られたって言ってたから・・・。
「ソニアちゃん達が来てくれたら、子供達を少しは元気付けられるんじゃないかなって思うの」
「いいよ!」
「いいぜ!」
そういうことなら断る理由はないよね。
「お兄ちゃん、一緒に遊べる?」
「ああ!たっくさん遊んでやるよ!」
「うん、早くいこ!」
うんうん、子供っていいねぇ。
微笑ましい気持ちでマリちゃんとディルを見ていたら、横でジェシーがわたしとディルとマリちゃんを見て「子供っていいわねぇ」と言っていた。
読んでくださりありがとうございます。子供には笑っていて欲しいですよね。世界の宝です。




