186.カーマの事情
「コンコン! こんにちは、ボクの名前はコンフィーヤだコン!」
影芝居が分からないと言う皆の為に、わたしは手をキツネにして壁に影を作って実演してみる。
「この影を薄い布とか紙とかに後ろから映して、お客さんに演技を見せるんだよ。どう?」
「ご自分の影を気にしながら一生懸命にセリフを言うソニア様の後ろ姿が可愛らしいと思いましたわ」
「俺も思った」
「ふざけないで真面目に聞いて?」
「ふざけてなんて・・・」とぼやくスズメとディルは置いておいて、わたしは衣装担当と脚本担当のマイとバネラにもう一度聞く。
「ウチは面白いと思うよ~! 形だけで登場人物を判別できるように衣装を工夫しなきゃだけど、小道具とかも使えば何とかなりそうだしー!」
「私も良いと思います。影しか映さないのなら、諦めていたラストのあのシーンも実現可能かもしれないですし」
2人とも感心するようにうんうんと頷いてくれた。部屋の隅に居る学園長もニコニコと頷いてるし、わたしの意見は好感触だ。
「ソニア様のご提案なら決定事項ですが、明日の放課後の会議で一応他の実行委員に伝えてから学園に周知致しましょう」
スズメのその言葉で、今日の会議は本当に終わった。
そして翌日・・・
「今日はクラスでの出し物を決めるんだったよね?」
「おう!普段の授業の時間を学園祭の準備の時間に充てるって言ってたからな。今日は朝からクラスで会議だ!」
ディルは学園祭の準備の時点で既に楽しいようで、とってもご機嫌な様子。でも、今日のわたしの髪の毛はご機嫌斜め。
この地域は湿気が多いからね。毛先がクルクルすることは今までも結構あったけど、今日は特に酷い。全然直らない。
鏡の前で悪戦苦闘していると、ディルがわたしのツインテールの片方をそっと指で摘まんで口を開いた。
「そんなに気にしなくても、これはこれで可愛いと思うけどな」
「・・・例えそうだったとしても、気になるんだよぉ」
視界の端に写るくるってなった毛先がどうしても気になるし、鏡越しにじーっとわたしを見ているディルも気になる。
「ごめんディル、今日は結構時間掛かりそうだから先行っててー」
「ん? 待ってるぞ?」
「いや、待たんくていいから」
ディルの背中をポスポスと叩いて部屋から追い出す。
「ハァ・・・人間だった頃は同じ髪質の妹と一緒にこのクルクルと戦っていたっけな」
それから割と長い時間クルクルと戦っていたけど、結局は諦めてツインテールをお団子にした。
「うん、バッチリ!」
鏡の前でくるっと回って羽が綺麗に伸びていることも確認して、わたしは寮を飛び出した。
「ふふっふふ~ん」
鼻歌を歌いながらディルの居る教室までフワフワと飛んで行く。
「お? もう出し物会議始まってるのかな?」
湿気対策で換気の為に開けっ放しなっている扉からフワ~っと教室に入ると、なんだかクラス内の空気がピリついていた。
「カーマはそんなことするような奴じゃない」
ディルがそう言いながら1人の男子生徒に詰め寄って睨んでいて、他の生徒達がざわざわとしながらその様子をやや遠巻きに見ている。
え~・・・何があったのぉ?
「あ、ソニアさん」
誰にもバレないようにそーっと教室の中を飛んでいたら、ナナカ君に見つかった。
「ナナカ君・・・これってどういう状況なの?」
「それが・・・」
ナナカ君は仕方なさそうに肩を竦めてディルの方を見ながら順を追って説明してくれた。
まず、学園祭のクラスの出し物はペア執事喫茶という訳の分からない出し物に決まったそうだ。
ナナカ君曰く、バネラがそれを提案して、他の候補と多数決で決めることになったんだけど、女子達がほぼ全員そのペア執事喫茶に投票して、男子の票は他の候補に散り散りになった結果、ペア執事喫茶に決まってしまったらしい。
女子の謎の団結力だね・・・。
ペア執事喫茶は、名前の通り二人一組のペアになって一組のお客さんを接待するものなんだけど、そのペアを決めるクジ引きでカーマとペアになった男子が「カーマとペアは嫌だ。失敗したら殴られそう」と文句を言い始めたらしい。
「確かにカーマはちょっと乱暴だけど、故意に失敗したりしない限り殴ったりなんてしない!」
・・・それでディルはこんなに怒ってるのか。カーマはこの学園に来て初めての友達だもんね。友達を悪く言われたら怒っちゃうのも仕方ない。
ディルに非がありそうなら止めに入ろうと思ったけど、ちゃんと理由があるならこのまま見守っていよう。これも経験の内だよね。人間関係って大変なんだよ。
アキノ先生もわたしと同じ考えなのか、それとも割って仲裁に入れないのか、部屋の隅でだんまりしている。
わたしもナナカ君の方に座って様子を見ることにした。ナナカ君が目を丸くしてすんごい見てくるけど気にしない。朝、ディルに鏡越しにじーっと見られたのは気になってしょうがなかったけど、何故か今ナナカ君に見られてもあんまり気にならない。何でだろ?
「き、君は最近学園に来たから知らないだろうけど、カーマは昔先生を殴ったんだよ! ボコボコに! 僕はそれを見ていたんだ!」
その発言に皆が「あの時の・・・」と口々に言い始める。きっと周知の事実なんだろう。当のカーマは何も言わず申し訳なさそうな顔でディルを見ていた。
「カーマが理由も無く先生を殴るわけないだろ」
ディルは本当に不思議そうに首を傾げて言う。わたしも同感だ。
「カーマは食堂で学園のルールを守って無かった俺と少し揉めた時に『俺が悪いんだ、だから先生は悪くない』って謝ってたんだぞ。そんなカーマが先生を殴るなんて、それなりの理由があったに決まってる」
ディルに睨まれていた男子が言葉に詰まる。
まぁ、カーマの普段の言葉使いとかを聞いてたら勘違いしちゃうのも分からなくはないんだけどね。でも、だからって碌に知らないのに文句を言うのは違うと思うよ。
静かになった教室でパン! と手を叩く音が響く。アキノ先生が雰囲気を切り替えるように手を叩いたみたいだ。
「ルカ君、このペアを決めるクジ引きは君も含めてクラス全員が承知していましたよね? その結果に文句をつけるのは筋違いです。それと、根拠のないことで人を傷付けてその場の雰囲気を悪くした自覚はありますか? 不満に思っていることを相手に伝えることは大事ですが、伝え方を考えましょうね。本人に伝える前に一度先生に相談してくれれば、もっと穏やかに解決することも出来たハズですから」
「・・・はい」
ルカと呼ばれた文句を言っていた男子を優しく叱ったアキノ先生は、次にディルを見る。
「ディル君。お友達を想うその心は大変素晴らしいものだと思いますし、怒るのも当然だと思います。ですが、今のように威圧的になってしまうと相手の反抗心を煽ったり、逆に怯えさせてしまいます。時には感情を抑えることも大切だと言うことを覚えておいてくださいね。大人になると理不尽なことが多いですから」
「分かりました」
アキノ先生、これでもディルはだいぶ感情を抑えてた方だと思うよ。ディルにはあとでわたしからたくさん褒めてあげよう。
そしてアキノ先生は最後にカーマを見る。
「カーマ君。例え言いふらすようなことじゃなくても、時には自分から話さないとこのように誤解を生んでしまうことがあります。先生からは何も話しませんし、無理に皆に話しなさいとも言いません。でも、あなたを大切に思っているお友達くらいには話してもいいんじゃないですか? あなたが誤解されるることで傷付くのはあなただけじゃないんですよ」
「・・・ああ」
カーマは俯き気味にそう返事したあと、ディルに近付いて肩にポンッと手を置いて「ありがとう、あとで話す」と言った。
「それじゃあ、ルカ君、ディル君。謝りましょうね」
アキノ先生がルカとディルの背中を押してカーマと3人で向き合わせる。
「えっと・・・ディル、よく考えもせずに文句を言ってごめんなさい。それとカーマも本当にごめんなさい。アキノ先生がああ言うってことはに何か事情があったんだと思う。僕はあの時のことをもう気にしないし、殴られるとも思ってないから・・・その・・・嫌じゃなければこのままペアを組んでくれないかな?」
「あ、ああ。いいぜ。よろしく」
ルカがカーマに握手を求めて、カーマは戸惑いつつもそれに応じる。それを遠目から「眼福です」と言わんばかりに目を輝かせて見ているバネラ。・・・大元を辿れば君が原因だぞ。
「俺も睨んだりして悪かった。カーマは少し言葉使いとかが乱暴だけど、弟想いで良い奴だから仲良くしてくれよな」
「うん」
笑顔で返事するルカ。そして照れくさそうにディルの脇腹を肘で突くカーマ。アキノ先生の手腕で一件落着だ。
正直、ディルが謝らされたのはわたし的には納得いってないけど、せっかく丸く収まったんだから黙っていよう。
ゴーン・・・ゴーン・・・
丁度いいタイミングで鐘の音が鳴った。一旦休憩タイムだ。わたしはナナカ君の肩の上から飛び立ってディルの方へビューンっと勢いよく飛んで行く。
「ディル~! ディルは悪くないよ! 偉かったね~!」
ディルの頭の上に乗り、体全体を使ってガシガシと撫でまくったら、「子供扱いするな!」って怒られた。でも顔は嬉しそう。
「ソニアのその髪型・・・似合ってて可愛いけど、毛先の癖は直らなかったのか?」
ディルがわたしのお団子を見て「クスクス」と可笑しそうに言ってくる。
「もう! 馬鹿にして! ディルだって後ろの方ちょっと寝癖ついてるからね!?」
「これはさっきソニアが撫で回したせいだろ!」
癖ッ毛を馬鹿にするディルにプンプンと怒っていると、後ろから「ウチとお揃いだ~!」とマイに元気に声を掛けられた。
そういえば、マイの頭にも二つのお団子がついてたね。
2人で「おそろだね~」と微笑み合っていたら、視界の端でカーマがディルの手を引いて歩き出したのが見えた。そしてわたしはディルに手を摘ままれて一緒に連れて行かれる。
「え? ソニアちゃん達どこ行くのー?」
「ちょっとマイちゃん! 空気読んでください!」
わたし達について行こうとしたマイが何故か興奮気味のバネラに止められているのを見ながら、わたしは手を引っ張られるまま連れて行かれる。
「ここならあんまし人がこねぇだろ」
男子トイレを目の前にそう言うカーマ。きっとさっきアキノ先生が言ってた昔先生を殴った事情を話してくれようとしてるんだと思うけど・・・。
「ねぇ、カーマ。わたしもいるんだけど?」
「お、ソニアちゃんも連れて来たのか。別にいいぞ」
「よくないよ! 主に場所が! わたし女の子なんだけど!?」
「大丈夫だって、誰もいねぇよ」
カーマが男子トイレの中を覗きながら言うけど、そういう問題じゃないんだよ。誰もいないからって入っていい訳じゃないでしょう。
「まぁ、気にすんなって。休み時間が終わる前に話しておきてぇんだ。さっさとこいよ」
カーマはそう言って先に男子トイレに入っていく。
「嫌だったら戻るか? カーマの話が気になるならあとで俺からソニアに話すけど」
「・・・いや、いいよ。わたしもカーマの口から聞きたいし」
覚悟を決めて男子トイレに侵入する。
よかった・・・本当に誰もいない。
初めての男子トイレに若干ドキドキしながら、わたしはカーマの話に耳を傾ける。
「俺には好きな女性がいたんだ」
わぉ・・・いきなり重そうなこと言い出したよ。
「俺と弟は幼い頃に両親を失って孤児院でお世話になってたんだ。今では学園内でお騒がせ三人衆とか呼ばれてるアイリとノルンもその孤児院で一緒だった」
じゃあ幼馴染・・・っていうか、その2人も兄弟みたいに想ってるんだね。どうりであんな優しそうな顔をするわけだ。
「そして、そんな俺達の面倒を見てくれてた女性が俺の好きな人だった。俺よりも一回りも二回りも歳上だったたし、俺のことを弟か息子みてぇにしか見てくれなかったけど、それでも好きだった」
そんなカーマの話にディルがうんうんと何度も頷いて共感している。
「今から3年・・・いや、もう4年か。それくらい前に、その女性を誘って国外に旅行に行った男がいた。それが俺が殴った先生だ」
・・・4年前というと、カーマとディルがまだ10歳くらいのことだよね。
「その先生は旅行から1人で帰って来て平然とした顔でこう言ったんだ。『彼女とは旅行先で逸れてしまった。だから置いてきた』って・・・」
なにそいつ! 酷すぎる! 殴ってやりたい!
「でもその時は殴らなかった。こんな男にあの人が惚れるわけなねぇって安心しちまった俺がいたからだ」
恋って複雑だもんね。・・・いや、わたしは経験無いんだけどさ。分かったフリして頷いておこう。
「でも、置いてかれた彼女は何日経っても帰ってこなかった。心配と焦りでどうにかなりそうだった。フィーユ先生にお願いして旅行先まで捜索隊を派遣して貰ったりもした。アキノ先生もその時一緒に探してくれてたらしい」
それでアキノ先生は事情を知ってたのかな。いい先生だ。
「暫く経って捜索隊が戻ってきたんだけど・・・その時に聞いた報告が『置いて行かれた彼女は闇市場とかいう連中に攫われていたらしい。そしてもう無事に救助されて、今は近隣の村で暮らしている』だ。フィーユ先生が選んだ捜索隊だし、噓は言ってねぇだろうと安心した。離れてても、簡単には会えなくても無事でよかったって、遠くで幸せになってくれたらそれでいいって・・・でも、その後に聞いた報告に俺はキレた」
また闇市場か・・・どこに行っても悪いことをしているみたいだ。
「犯人達を取り調べて判明したことなんだけど、彼女と一緒に旅行に行っていた男は攫われたその場に居たらしいんだ。そして、事態が大きくならないように口止めのお金を受け取ったって・・・」
うわぁ・・・最悪最低。攫った奴が一番悪いけど、そのお金を受け取って黙ってたのなら共犯と同じだよ。
「だから俺はその男を殴った。意識が無くなるまでボコボコに殴った」
それはしょうがない。わたしでも殴ったよ。
「その先生はフィーユ先生と当時の学園長に解雇されて、今はたぶん牢屋の中だ。・・・ディル、例え事情があったとしても先生を意識が無くなるまで殴り続けたこんな俺と友達でいてくれるか?」
カーマは自嘲気味に何かを諦めるように笑ってディルに問い掛ける。
「当たり前だろ。それくらい何だってんだよ? カーマは間違ってない。俺だって殴る」
「・・・それくらい? 拳が血だらけになるくらい殴ったんだぞ!? それくらいな訳ねぇだろ・・・」
「俺からしたらそれくらいだ。カーマは知らないかもしれないけど、俺は他の国で兵士や騎士を殴り飛ばして意識を失わせたり、王様に魔剣で斬りかかったりしたんだぞ。悪い先生を殴るなんてそれくらいだ」
言われてみればそうだよね。この学園が平和すぎて先生を殴ることがとんでもないことみたいになってたけど、ディルは土の地方でそれ以上のことを普通にしてる。
「逆に聞くけど、王様に斬りかかるようなこんな俺と友達でいてくれるか?」
「フッ・・・どうせ何か事情があったんだろ? ディルが何の理由も無くそんなことするわけねぇ」
カーマはそう言いながらディルに右手を差し出して握手を求める。
「勇者物語でも俺はお前の親友役に決められちまってっからな。現実でも親友で頼むぜ」
「ああ、親友だ!」
ガシッと握手をするディルとカーマ。
バネラじゃないけど、男の友情って素晴らしいね。でも、ここにはわたしもいることを忘れて貰っては困る。
わたしは2人の拳の上にちっちゃい自分の手を置く。
「ついでにわたしも親友ね!」
2人はわたしを見下ろして「ちっちゃい親友だな!」と笑い合う。
こうして、ディルに初めての同世代の親友が誕生した。・・・っていうか、カーマも演劇に出るんだね。しかも勇者の親友役なんて・・・脚本担当のバネラの思惑が透けて見えるようだ。
読んでくださりありがとうございます。トイレの個室の中・・・現学園長(゜Д゜;)