183.愛らしいソニア様誘拐未遂事件
起きた。おめめパッチリだ。
あれ? 視界が真っ暗だぞ?
もぞもぞと動きながら、寝るまでのことを思い出す。
確か・・・学園の外で黒ずくめの1人を捕まえたあと、その捕まえた黒ずくめを情報ギルドに引き渡してから学園に戻って来て、傷だらけのキンニックをフィーユに治療して貰って・・・あぁ、そうだ、ちょっとベッドの上で休憩しようと思って横になったらそのまま寝ちゃったんだ。
じゃあ、この毛布はフィーユ先生がかけてくれたのかな? もう少し考えてかけて欲しかったけど、かけて貰っておいて文句は言えないよね。
毛布を退けようともぞもぞと動き回るけど全然退けれないし抜け出せない。若干イライラしていると、突然ガバッと毛布が退けられた。ビックリして上を見上げたら裸のオッサンがわたしを見下ろしていた。更にビックリ。
・・・いや違う。上半身裸のキンニックの2人の・・・どっちだろ?
「えっと・・・」
「おはようございますソニア様。よく眠られましたかな?」
「うん、グッスリだったけど・・・普通に喋るんだね?」
体を起こしてクシャッとなった羽を伸ばしながら問い掛けると、ニッコリと爽快な笑顔で返された。
「はい、以前はスズメ様からふん!ふん!としか喋らないように命令されていたのですが、先程スズメ様に報告をしに行った際に普通に喋っても良いと許可を頂きました」
「そ、そうなんだ。良かったね」
そもそも何でふん!ふん!としか喋らないように命令したのか・・・王女様の考えることは平凡なわたしには理解出来ないね。
少しボサボサになった髪を手櫛で整えたあと、わたしは「鏡は何処かな」と浮き上がって周囲を見回す。
「ソニア様、何かお探しですか?」
「うん、鏡って・・・」
「こちらにありますぞ!」
そう言ってキンニックの片割れがズボンの中から小さな手鏡を渡して来た。少し曇っているのが気になる。
ちょっと・・・ソコから出したやつを使うのは嫌かな?
「ごめん、やっぱり鏡はいいや。それよりフィーユ先生はどこ?」
「フィーユ先生なら食堂へ昼食を食べに行かれましたぞ」
・・・ということは、今は昼休憩が終わって午後のテストの最中かな? フィーユはいつもこの時間に昼食を食べに行ってるからね。
「・・・・・・」
うーん・・・めっちゃ見てくる。キンニックの片割れがめっちゃわたしのこと見てくる。
ベッドの上で枕に腰を掛けてダラダラしながらフィーユが戻ってくるのを待とうと思ったんだけど、視線が気になって落ち着かない。
・・・そういえば、ここにいるオッサンはキンとニックのどっちなんだろう? そもそも、キンとニックも本当の名前じゃないんだよね。黒ずくめに襲われた時に違う名前を呼び合っていた気がするし。
「どうされましたか? ソニア様。そんなにじっと私の肉体を見られて」
「別に肉体は見てないけど・・・ねぇ、名前は何て言うの?」
「これは、私としたことが失念していましたな。自己紹介を忘れるとは・・・私の名前はニッコクと申します。相方の名前はキンケイです。改めて、宜しくお願い致します」
「うん」
何をヨロシクされたのか分かんないけど・・・本名はニッコクとキンケイって言うんだね。
「それにしてもニッコクとキンケイはそっくりだよね。名前を聞いたところで、ちゃんと合ってる名前で呼べるか分かんないよ」
「ハッハッハッ、そうでしょうな。我々は国王様の影武者ですから、顔も体も国王様そっくりなのですぞ」
「影武者!? え、じゃあ同じ顔の人がもう1人いるの!? 三つ子!?」
じゃあこの人も王族なのかな?
「キンケイと私は双子ですが、国王様は違いますぞ。私共は王族の傍系で、代々王族に仕えているのです」
「ほぇ~・・・ちっちゃい頃から王様の影武者なの?」
「そうですな。そう言われて育ちましたから」
・・・それって凄く悲しいことなんじゃない?
「そのようなお顔をなされないでくださいソニア様。確かに私共は生まれながらに影武者という使命を背負っていますが、この生き方を不幸だと思ったことは無いのです」
「そうなの? 本心から?」
「ええ、本心からです。むしろ国王様と同じ食事や、高度な教養を受けられて幸せですな」
そう言って「ハッハッハッ」と豪快に笑うニッコクは本当に本心から幸せそうだ。
「このように私共のことを心配してくださったのはソニア様が初めてです。大妖精様が直々に心配してくださるとは・・・本当に、私は幸せ者ですな」
「フフッ、そうだね」
まぁ、その心配も杞憂だったみたいだけどね。影武者なんて絶対に不幸な役割だと思ってたけど、そんな境遇でも本人達の考え次第でどうにでもなるんだね。見習おっと。
「ところでソニア様。何故フィーユ先生のお帰りを待たれるのですかな?」
「何故って・・・勝手に居なくなったら心配するでしょ? わたし、この手のことで何度もディルに叱られてるからね~」
「愛し子様が大妖精様を叱る・・・のですか!?」
クワッと大きく目を見開いて、グワッと大きく口を開けて、大きな声で驚かされた。
その人相にわたしがビックリだよ・・・まるでムンクの叫びだ。
「ディルがわたしを叱るのも、わたしを心配してくれてるからだよ。・・・お互い幸せ者だね!」
「ハッハッ、そうですな」
2人で「フフフッ」「ハッハッハッ」と笑い合っていたら、フィーユが帰って来た。
「起きたのですね、ソニアちゃん」
「うん! ニッコクとキンケイを治療してくれてありがとね!」
グッと親指を立ててニコッと笑い掛けたら、同じようにニコリと返された。
「いえいえ・・・それよりソニア様。学園の外で探し物は見つかりましたか?」
フィーユはニッコリ笑顔のままわたしを見て首を傾げる。
「うーん・・・見つかりそうだったって言うか・・・手掛かりは見付かった・・・のかな?」
「そうですか。それはなによりですね」
ナイフで襲おうとしてきたあのお爺さんがRAMディスクについて何か知ってそうだったからね。色々と片付いたら改めてわたしから会いに行くつもりだ。・・・そういえば、あのお爺さんの名前聞き忘れちゃったな。
「じゃあ・・・ちゃんとフィーユにお礼も言えたし、わたしはディルの所に帰るね! ニッコクもわざわざわたしが起きるの待っててくれてありがとね! もうスズメの所に戻っていいよ!」
「了解致しました」
どこか名残惜しそうにスズメのもとに帰って行くニッコクを手を振って見送って、わたしはテストを頑張っているであろうディルのもとに帰った。
・・・とは言っても、テスト中は不正防止とかでディルの机には行けないんだけどね。
ディルのクラスの担任のアキノ先生に扉を開けて貰って教室に入ったら、クラスの皆がわたしを見ていた。
こんなシーンとした真面目な雰囲気の教室にいきなり妖精が現われたら、そりゃ見るよね。・・・あっ、ディルだ! ヤッホー! 帰ったよー!
教卓の上に立ってブンブンと手を振ったら、ホッと安心したような微笑みを浮かべて軽く手を振り返してくれた。
ディルの顔を見たら・・・なんか凄く安心する。またなんか眠くなってきちゃったぁ・・・。
「ふぁ~~~ぁ」
大きな欠伸が出ちゃったけど、皆テストに集中して気付いてないよね?
テストが終わったあと、わたしは午後のテストが全て終わるまでディルの胸ポケットの中で寝た。羽が外にはみ出してる気がするけど、わたしは気にしない。
ディルはわたしに何かを聞きたそうにしてたけど、眠たいわたしに聞いたところで碌な返事が返ってこないことはディルも知っているんだろう。仕方なさそうに「ハァ」と溜息を吐いて、何も言わずポケットに入れてくれた。
夜に眠れなくなることなんて全く考えずに本日二度目の昼寝をしたわたしは、誰かの話声で起きた。
「・・・というようなことがあったそうですわ」
ですわ? スズメかな?
「よっこらしょ」とディルの胸ポケットの中から顔を出すと、会議室のような部屋の中で、円卓の向かえで今まで見たことが無いような真面目でカッコイイ顔で話しているスズメと目が合い、スズメはわたしと目が合った瞬間ににへら~っとだらしなく表情を崩した。
一瞬でもスズメをカッコイイと思ったわたしを殴りたい気分・・・。
「お? 起きたかソニア。おはよう」
上からそんなディルの声が聞こえた。見上げたら、どこか圧のある微笑みでわたしを見下ろしていた。
「おはようディル・・・どうしたの? なんか・・・怒ってる?」
「怒ってない。学園の外にまで探しに行くなら俺が一緒に行って守ってやりたかったとか微塵も思ってないぞ」
うん、端から端まで噓だね。
「ごめんなさい?」
「別にソニアが謝る必要なんてない。俺が1人でモヤモヤしてただけだし・・・・・・ハァ、とにかく、無事でよかったよ」
「うん! 同意!」
なんだか分からないけどわたしが謝る必要は無いようなので、開き直って元気にポケットの中から飛び出した。
それにしても・・・今ってどういう状況なの?
窓の無い部屋の中でそこそこ大きな円卓を囲って、ディル、スズメ、フィーユ、学園長と・・・
あれは・・・ニッコクとキンケイのどっちだろう・・・?
じーっと見てたら、わたしを見てニコリと軽く会釈してくれた。
あっ、たぶんニッコクだ。なんとなく分かる。
皆が円卓を囲んで座っているなか、スズメがだらしない顔を引き締めて口を開いた。
「おはようございますソニア様。ただいま、学園の地下にある部屋で学園の外にて起きた《愛らしいソニア様誘拐未遂事件》の報告を済ませたところですわ」
「ん? なんて?」
「愛らしいソニア様誘拐未遂事件ですわ」
・・・ん? なんて?
首を傾げるわたしを置いて、皆は話を続けていく。
「・・・やはり、今回の学園祭は中止した方が安全でしょうな」
学園長が非常に残念そうな顔で髭を弄りながら言う。
え、なんでそうなった!?
「どうしてだよ? 危ないのは学園の外で、学園内は安全なんじゃないのか?」
ディルがわたしの疑問をそのまま聞いてくれた。わたしはディルの前に座ってうんうんと頷いて学園長を見る。
「ディル君、学園際は学園の門を開放して園外からお客さんや生徒の親御さんを招くんだよ。もし、それに紛れて先程スズメ君が報告してくれた《愛らしいソニア様誘拐未遂事件》の犯人が学園内に侵入したら学園内も安全とは言えないんじゃないかな?」
「確かに・・・そうだな」
でも・・・それってつまり、わたしのせいで学園祭が中止になるってことだよね・・・。
「ソニア様。そのような泣きそうなお顔をなさらないでくださいませ。学園祭は楽しみにしているソニア様やディル様の為にも・・・わたくしが絶対に中止になどさせませんわ!」
スズメがガタッと立ち上がって自信に満ち溢れて眩しい笑顔でそう断言した。
「待って下さいスズメさん。いくらカイス妖精信仰国の王女様といえど、そのような勝手は首脳代理の私が許可出来ません。自国の民を守るのは私の義務であり責任です」
「あら、フィーユ首脳代理。責任とおっしゃるのなら、今回の《愛らしいソニア様誘拐未遂事件》の被害者であるソニア様にこの学園の事情を話す責任があるのではなくて? 元を辿れば貴女が抱え込んだ問題ではございませんか? 捕らえた男から色々と聞きましたわよ」
スズメは背筋がゾクッとするような冷たい目でフィーユを見下ろす。
「え・・・っと・・・どういうこと?」
何となくディルを見上げるけど、ディルも首を傾げてるから何も分からないんだろう。わたしはディルから視線を外して、目を泳がせているフィーユを見る。
「ねぇ、フィーユ。どういうこと?」
「ソニア様・・・分かりました。お話します」
フィーユはそう言って姿勢を正して、真っ直ぐにわたしを見る。
「30日程前のことです。ミリド王国から1人の女性がやって来ました。その女性は大金貨200枚を手に『私をこの学園に匿って欲しい』と私に言いました」
大金貨200枚・・・結構すごい額なんだよね。確か、わたしがザリース伯爵に売られそうになった時も同じ大金貨200枚だった気がする。
「以前にもお話した通り、この学園は資金難です。明らかに怪しい取引でしたが、追手には居場所がバレていないと言う彼女の言葉を信じて、私は彼女を学園内で匿うことにしました。そして・・・今、追手であるミリド王国の刺客の元闇市場幹部がこの国にやって来たのです」
やって来たのです・・・じゃないよ!
「待って! 待って! 肝心なところが分かんないよ! その女性っていうのは何者なの!?」
「彼女の名前はアネモネ・シロ・ミリドと言います。ミリド王国の元王妃で、学園内では食堂のお姉さんと呼ばれていました」
「「・・・マジか!」」
わたしとディルの声が見事に重なった。
食堂のお姉さんが・・・!? 全然そんな雰囲気感じなかったよ・・・。
「彼女がこの国にやって来る少し前にミリド王国で革命が起こったのです。アネモネさん以外の旧王族はその際の混乱に乗じて他国に逃げ延びたそうですが、彼女は現王の不興を買っているらしく、執拗に追手をかけられているそうなのです」
「な、なるほど・・・わたしが想像してたよりもだいぶ大きな話で驚いてるけど・・・それは一旦置いておいて、わたしが誘拐されそうになった理由はなんなの? 今聞いた話だと、わたし全く関係無いじゃん」
妖精の「よ」の字も出てきてないもん。
「彼女が現王の不興を買った理由です。現王は金髪の妖精を捕獲した者に大金貨200枚を懸賞金として与えると元闇市場の者らに言っているようで・・・彼女はそのような事情を知らずにその懸賞金を盗んでこの国に来たそうなのです」
うーん・・・頭が痛くなってきた気がするぞ?
「アネモネさんには食堂に来るのは控えて頂き、現在は女子寮の一室で生活して貰っています。っですので、ソニア様も念の為学園内でも目立った行動はしないようにお願い致します」
そっか、狙われてるのはわたしも同じなんだ・・・。
「ソニアは俺が守るから大丈夫だぞ」
そんな優しい声が頭上から聞こえてきた。
「わたくしも命を賭してお守りいたしますわ!」
そんな重たい宣言が目の前から聞こえてきた。
「ソニア様。私の判断で大変ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」
フィーユがそう言いながら深々と頭を下げてくる。
「いいよ、全然。理由や結果がどうであれ、フィーユの判断は間違ってないと思うもん。・・・正解かと言われれば、それも分かんないけどね」
ニッコリと笑ってそう言ってあげると、フィーユはホッと少し安心したように胸を撫でおろした。
「ソニア様がそうおっしゃるのなら・・・この件に関しては、わたくしからはもう何も言いませんわ」
スズメも顔は不満そうだけど言葉の上では納得してくれたので話を戻す。
「それで、スズメは学園祭は中止にはさせないって言ってたけど・・・」
「そうですわ! ソニア様が楽しみにしておられる学園祭は何としても開催しなければなりませんもの!」
「うん・・・わたしも出来ればそうしたいんだけど、危険を冒してまでやる理由は無いんじゃないかなって思うよ」
学園祭を楽しみにテストを頑張ってた生徒達は凄くガッカリするだろうけど・・・
「ソニア様が悲んでおられるだけで、危険を冒してやる理由にはなるとわたくしは思いますわよ?ねぇ? ディル様」
「そうだな。ソニアを悲しませる要因は失くさなきゃな」
ディルまで・・・。
「 それに、実際に外部の方を招く学園祭当日までにこの件を片付けられれば危険は無いと思いませんこと? 皆さま」
その言葉に皆がバッと顔を上げてスズメを見る。
「ですので、この件はわたくしに任せてくださいませ! もしも学園祭当日までに解決出来なければ中止してくださって結構です! ですから、それまでは生徒達には内密にしてくださいませ!」
声高らかにそう宣言したスズメに、わたしとディルは同時に口を開く。
「「わたし(俺)も手伝う!」」
声が重なった。お互いを見合って笑い合う。部屋の雰囲気が一気に明るくなった気がする。
「お気持ちはとても嬉しいのですが、ソニア様とディル様は普段通りに過ごしてくださって大丈夫ですわよ。正直なところ、お二方が行動すると目立ってしまい、相手にこちらの動きを察知されかねませんので」
「それを言ったらスズメだって王女だし目立つだろ?」
そうだそうだ!
「わたくしは自分で動くわけではありません。指示だけして、キンケイとニッコクに動いて貰いますから」
「う・・・うん。分かった」
ディル、あっさり論破された。わたしはスズメの目線まで浮き上がって声を掛ける。
「スズメ、じゃあお言葉に甘えて任せるけど。何か困ったりピンチになったりしたら絶対に相談してね。それが出来ないなら、わたしは最初から全力で協力するよ」
「承知致しました。必ず、困ったりピンチになったりしたらソニア様とディル様に相談いたしますわ」
「うん! 約束ね!」
スズメが「これから尋問の続きをしなくては!」と鼻息を荒くして張り切っているのがちょっと怖いと思ったけど、同時に頼もしくもある・・・気がする。
「じゃあ俺達も帰るか。ソニア」
「そうだね。ディル」
こうして、フィーユと学園長の大人組を完全に置いてけぼりにして《愛らしいソニア様誘拐未遂事件》の会議は終了した。
読んでくださりありがとうございます。寝起きでいきなりヘビーな話が出て来てビックリなソニアでした。