182.【スズメ】報告(後編)
学園の端にある質素な小屋の中、跪いていたキンケイとニッコクに楽にするよう言い、ソニア様と行動を共にしていた時の報告を話させます。
「スズメ様と別れたあと、フィーユ先生が後ろから追いかけて来ました。ソニア様を学園の外に行かせたくないご様子でしたが、ソニア様にフィーユ先生の事情など関係ありません。気にせず門を通って堂々と学園の外に出ました」
フィーユ先生も考えが足りませんわね。大妖精様がわたくし達人間なんかの言葉に従うハズがないでしょうに。
「学園の外に出られたソニア様は、後ろを振り返り、我々がちゃんとついて来ているか確認してくださったあと、キョロキョロと周囲を見渡して『綺麗な住宅街だ~!』と羽をパタパタさせ、無邪気な笑みを浮かべていらっしゃいました」
キンケイがとても幸せそうに口元を綻ばせながら言いました。隣にいるニッコクも似たような顔をしています。
わざわざ後ろを振り返ってキンケイとニッコクの姿を確認してくださるなんて、なんてお優しいのでしょう! それに、初めて見る住宅街に目を輝かせて笑うソニア様・・・あぁ、想像するだけでにやけてしまいます!
「ハッハッハ、スズメ様がその様なお顔になるのも分かりますぞ。その場に居た我々もあまりの可愛さと尊さに表情筋が緩むのをお互いの腹筋を素早く殴って必死に抑えていましたからな」
さすがはお父様の影武者ですわね。わたくしがその場に居たなら鼻血を噴き出してもおかしくありませんでした。
「その後、ソニア様は『区画整理が行き届いてて歩きやすいね。わたし、歩かないで飛んでるんだけどね!』と高度すぎるギャグを披露なされました」
確かに高度ですわね・・・高度すぎて愚かな人間であるわたくしには面白さが理解できませんわ。ですが、恐らく妖精界隈では爆笑必死のギャグなのでしょうね。・・・妖精の愛し子様であるディル様なら理解出来るのでしょうか?
「それからソニア様は周囲の住民に聞き込みを始めました。『キラキラした円盤状の中心に穴が空いた物って見たことない?』と・・・」
ソニア様の探し物に関しては、お父様にお手紙で聞いているのですが、まだ返事が来ていないのですわよね。
「意気揚々と聞き込みを始めたソニア様でしたが、いきなり妖精様に声を掛けられた住民達はソニア様に畏怖してしまい、あまり収穫が無いどころか、ソニア様はとても傷付いたような寂し気な表情になってしまい、可愛らしい尖ったお耳が垂れ下がっておられました」
声を掛けられた住民達の気持ちは分からなくは無いのですが、ソニア様にそのようなお顔をさせるなど考えられません。この国の住民達はもっと心を鍛えるべきですわね。
「住宅街を抜け商店街に出ると、皆が端に避けてソニア様に道を開けました。首を垂れないことに少し不快感を感じましたが、ソニア様は我々などと違って広い心をお持ちのようで、とても満足気なお顔で飛んでおられました」
ソニア様はわたくしが誤って吐瀉物をかけてしまっても寛大な心で許してくださいましたからね・・・・・・思い出すと自分を殴りたくなりますわ。
「暫く商店街を進んでいると、前方からナイフを持ったご老人がソニア様目掛けて走って来ているのが見えました」
いよいよ出ましたわね!
わたくしは表情を引き締めて報告に耳を傾けます。
「ご老人は『息子の仇』だと言ってソニア様に向かってナイフを突き刺そうとしましたが、我々がそれを許すハズがありません。素早く取り押さえ、拘束しました」
息子の仇ですか・・・そういえば、この地は30年程前までは二つの国の戦争の中心地でしたわね。火の大妖精様がレッドドラゴンを使ってその戦争に終止符を打ったと聞いていますが、その時のことでしょうか?
まぁ、何にしても、そのようなことでソニア様のナイフを向けるなど許せませんけれど。妖精様は自然そのものですわよ。ご老人の息子は殺されたのではなく、自然災害で亡くなったのです。仕方のないことだったと割り切るのが正しい判断ですわ。
「それで・・・ソニア様はそのご老人をどうしたのですか?」
「ソニア様はご自分に敵意を向けている相手にも寛大でした。『何か事情があるみたいだし、とりあえず縄はそのままで落ち着くとこで話そっか?』とおっしゃられたのです。あまりの慈悲深さに涙が零れそうになってしまいました」
そう言いながらキンケイとニッコクは涙を下穿きから出したハンカチで拭っています。
・・・ハァ、ソニア様のお話を聞いていると、わたくしの狭量さをつくづく思い知らされますわね。
「そして、ご老人から30年前の火の大妖精様の大災害で息子を亡くしたと聞いたソニア様は・・・うぅ・・・」
「どうしたのですかキンケイ・・・泣いていないでしっかりと報告してくださいませ」
「は、はい・・・申し訳ございません。ご老人から事情を聞いたソニア様は『わたしと同じ妖精が取り返しのつかないことをしてしまって、本当にごめんなさい』と頭を下げたのです」
ソニア様のお心は寛大どころではありませんね・・・もはや無限ですわね。キンケイとニッコクが泣いて言葉に詰まるのも分かりますわ。
理不尽な敵意を向けられても冷静に事情を聞き、そして自分に非が無くても相手の心を慮って自ら頭を下げる。大妖精様だからとかは関係無く、ソニア様が例え人間でも、わたくしは敬いますわ。
キンケイは鼻をずずっと啜って涙を拭ったあと、表情を引き締めて報告を続けます。
「ご老人の縄を解いて、ソニア様が探し物について尋ねている最中、屋根の上から闇市場の元幹部と思われる黒いローブで姿を隠した2人の男が襲って来ました。1人は蔦の鞭の使い手で、その男に我々は苦戦を強いられてしまい、片方の男がソニア様の方へと向かってしまいました」
よりによって鞭ですか・・・近接戦闘を得意とする2人がもっとも苦手な武器ですわね。
「ですが、いくら苦手な相手とは言っても、2人掛かりならそれほど時間は掛からず倒せたのでしょう?」
「それが・・・我々はまずソニア様の安全を第一に考え、ソニア様に上空に避難するように提案したのですが、片方の黒いローブの男が道端で怯えていたご老人に攻撃を仕掛け始め・・・」
「なるほど、お優しいソニア様はそのご老人を放ってはおけなかったのですわね」
それは今までのソニア様の言動を聞いていれば分かります。ですが、キンケイとニッコクが素早く鞭の使い手を倒せば問題無いハズです。
「スズメ様がおっしゃられた通り、本来なら2人掛かりあらなら時間をかけずに倒せる相手でした。しかし、戦いの最中、突如黄色いビームに後ろから体を貫かれたのです」
「黄色いビーム・・・ですの?」
ビームといえば、8年ほど前から一部の地域でそのような攻撃をする新種の魔物が見つかっていますが・・・その魔石を使った攻撃? ・・・いえ、ありませんわ。あの黄色い魔石が扱えるのは現在、妖精の愛し子様のディル様だけのハズです。
「そのビームを撃ったのはソニア様でした。どうやら、ソニア様と対峙した敵は投擲武器を扱うようでして、ソニア様はそれに対抗するようにビームを放っておられました」
「そのビームが敵を貫いたあとに、キンケイとニッコクも貫いたわけですか。・・・ってソニア様のビームを浴びれるなんて羨ましいですわ!」
「ええ、そうでしょうな。正直なところ、フィーユ先生にその傷を治療されてしまいとても悲しいのです」
あとでお願すればわたくしにもビームを撃ってくれますでしょうか? いえ、少しおこがましいですわね。
「でも。キンケイとニッコクにそれだけのビームが当たったと言うことは、投擲武器を使う敵もかなりボロボロだったのではありません?」
「いえ、それが・・・ほぼ全てを避けられていました。ソニア様はとても優しく温厚な性格です。戦闘経験などほとんどないのでしょう。狙っている場所を真っ直ぐに見てビームを放っておられたので、目線で避けられてしまっていました」
なるほど、そういうことですの。・・・それにしても、戦闘経験がほとんどないのに会ったばかりの、それも先程まで敵意をむき出しにしていたご老人を守る為に体を張って戦うなんて・・・本当にソニア様はお優しいお方です。
「キンケイとニッコクは戦闘中でもソニア様のご様子を見るくらいの余裕はあったのですわね? それならソニア様のビームを避けることも出来たのではなくて?」
「何をおっしゃるのですかスズメ様。何時如何なる時でもソニア様から目を離すなど出来ませんし、ソニア様のビームを避けるなどあり得ませんぞ。むしろ全てに当たれなかったのが悔しいくらいです」
「確かにそうですわね。失言でしたわ。忘れてくださいませ」
わたくしとしたことが・・・ソニア様の全てを受け入れる覚悟が足りていませんでしたわね。
「コホン」と咳ばらいをして、報告を続けるよう目で促します。
「我々はソニア様のご様子を観察しながらも善戦していましたが、地面にまきびしを撒かれ身動きが取りづらくなり、いよいよ蔓の鞭に捕まってしまいました。ですが、すぐにソニア様が機転を利かせて助けて下さり、素早く鞭の使い手を倒しました」
「では、あとはソニア様と対峙していた投擲武器の使い手1人だけですわね」
「しかし、新手の敵がもう1人現れ、隙をついてソニア様を網で捕らえたのです。ソニア様はすぐに網を破ろうとしましたが、投擲武器を使う敵がご老人を人質に取ったことにより、動けなくなってしまいました。」
わたくしならご老人を放置してそのまま敵を始末しますが・・・お優しいソニア様はそれを許さないでしょう。キンケイとニッコクはその意を汲んで攻撃を仕掛けなかったのですわね。
「そしてなんと・・・新手の敵は捕まったソニア様の小さな御足に麻酔針のようなものを刺そうとしました」
そう語るキンケイの目は怒りで満ち溢れています。それはニッコクも同じですし、わたくしも怒りでどうにかなってしまいそうです。
その男は四肢を斬り落とした後に串刺しにして火炙りですわね。
「私はソニア様に嫌われる覚悟で人質のご老人を無視してその針を使う敵を殴り飛ばしました。ソニア様の前でしたので頭蓋骨にひびが入るくらいで何とか納めましたが」
ソニア様の大切なお体をそのような愚物の血で汚すわけにはまいりませんものね。ナイス判断ですわ。
「それで、人質のご老人はどうなりましたの?」
わたくしがキンケイにそう尋ねると、隣にいるニッコクが返事をしました。
「私が殴り掛かって阻止しました。ですが奴は思ったよりもすばしっこく、気絶した敵2人を抱えて逃げ出してしまいました」
ニッコクと近接戦をして逃げたのですか・・・相当な実力者ですわね。
「では、結局敵は1人も捕らえることことが出来なかったのですわね」
「いえ、ソニア様が逃げ出した男に雷を撃ったところ、抱えられていた敵の1人、蔓の鞭を使っていた男を落としました。その男は捕えています」
「さすがソニア様ですわね」
ですが、捕らえた男が1人だけどいうことは、投擲武器の男はソニア様の雷をくらったのにも関わらず逃げ切ったのですわよね。その男には要注意ですわね。まず闇の適性持ちであることは間違いないでしょう。
「・・・そうして、ソニア様はご老人から謝罪と感謝の言葉を受け取り、落ち着いたらまた会うとお約束をされて学園に戻って来ました」
まだ色々と確認したいことはありますが、一応報告は以上のようです。
「確かにこの報告はソニア様の前では出来ませんわね。もしここにソニア様がいらっしゃったら、いちいち崇めてしまい話が進みませんでしたわ。特にご老人に慈悲を見せた場面など、この場にソニア様がおられたら、わたくしはソニア様に頭を垂れずにいられませんでしたもの」
「ええ、まったくですな。実際にその場にいた我々はそれをせずに我慢していたのですよ。本当に・・・何の罰かと思いました」
わたくしは「よくやりました」とキンケイとニッコクを褒めてあげます。
「ですけど、フィーユ首脳代理にはそのまま報告をしても大丈夫そうですわね。キンケイとニッコクから見て、この報告に他国に漏れては不味い情報はありましたか?」
「この報告には無いと思われます。ですが、まだ話していないことが1つあります。それは絶対に漏らしてはなりません」
キンケイが深刻な表情でわたくしを見つめます。王女としてのわたくしの判断を待っているのでしょう。わたくしがコクリと頷くと、キンケイは一度ニッコクと頷き合ってから口を開きました。
いったいどれほど重要な情報なのでしょうか・・・。
「スズメ様と別れてすぐ、学園内でフィーユ先生に声を掛けられる前のことです。私共のことをキンニックと名付けたソニア様は、元気に羽をパタパタとさせながら私共の前を飛んでいたのですが・・・」
ですが・・・?
「なんと、突然鼻歌を歌い出したのですぞ!」
「な、なな・・・なんですって!?」
そんな・・・まさか・・・。
「大妖精様であるソニア様の鼻歌は、まさに天国へ誘われるかのような素晴らしいものでした! あれは危険ですぞ! ソニア様の鼻歌を巡って世界大戦が始まってもおかしくありません!」
「そ、それほどまでですの!? ・・・くぅ! わたくしも聴きたいですわ!」
「それはどうでしょうな・・・恐らく、我々がスズメ様の命令通り人間らしさを消していたお陰でソニア様の警戒心が薄くなり、それによって偶然聴けたものだと思います。普段からソニア様を観察していたスズメ様が聴いたことが無いとなると、お一人の時にしか鼻歌を歌われないのでしょう」
確かに、わたくしが陰からソニア様を見ていた時は、ソニア様はいつも誰かと一緒におられました。本当にお一人の時にしか歌わないのでしょうね。
「では、ソニア様の鼻歌は最重要極秘情報として扱ってくださいませ」
「「承知致しました」」
ゴーン・・・ゴーン・・・
ニッコクに音を遮断する真空の魔石を解除させると、ちょうど昼休憩の終わりを告げる鐘の音が鳴っている最中でした。
「すぐにテストに戻らなくては・・・」
わたくしは立ち上がり、キンケイとニッコクと共に小屋から出て歩きながら2人に指示を出します。
「キンケイ、ニッコク、捕らえた男は今はどこにいますか?」
「ソニア様のご提案で、情報ギルドに引き渡しました」
「そうですの・・・でしたらキンケイは情報ギルドに向かって引き渡した男を返して貰って下さい。わたくしの名を出せば可能でしょう」
わたくしは胸のポケットの中から王族の紋章が入ったバッジをキンケイに渡します。これがあれば疑われること無くスムーズに事が運ぶでしょう。
「男の身柄を返して貰ったあとは、どうすればいいでしょう?」
「わたくしが直々に拷問・・・ではなく尋問して目的や仲間の数などを吐かせますわ。テストが終わればフィーユ先生に没収された杖を返して貰えますから、それを使います。ですので、小屋に連れて来てキンケイが見張っていてください」
「それは良い考えですな。ですが、フィーユ首脳代理がこの国でそのようなことをする許可を出すでしょうか?」
フィーユ首脳代理をよく知らない者にとっては当然の疑問ですわね。
「大丈夫ですわよ。フィーユ首脳代理は自国の平和の為なら手段を選ばないお方ですし、わたくしはフィーユ首脳代理の弱みを幾つか握っています。それに、許可など頂かなくてもわたくしはやります」
「そうでしょうな。・・・私は今から情報ギルドに向かうとして、ニッコクはどうしますか?」
キンケイがそう言いながらニッコクを見ます。
「ニッコクは医療室に戻り、フィーユ首脳代理に放課後にわたくしから報告する折を伝えて、その後はソニア様の御傍に控えていてください」
「承知致しました。もうソニア様の前で普通に喋っても大丈夫ですな?」
「ええ、許可しますわ」
2人はわたくしから離れて行動を開始します。
わたくしはこれから午後のテストですわね・・・頭を切り替えませんと。
読んでくださりありがとうございます。実は朝から何も食べていないスズメでした。