181.【スズメ】報告(前編)
学園に聴講生として入学してから、わたくしは定期的にお父様やお母様宛てにお手紙という名の報告書を書いて送っています。専属の郵送屋が空を飛ぶ魔物を使役して送ってくれるのです。
『妖精様とお友達になってしまいました』
・・・というような内容のお手紙をお父様とお母様宛てに書いたのはソニア様が学園に来られてすぐのことでした。
国での王権争いが面倒になり、お母様にお願いしてわざわざドレッド共和国の学園まで来ていたのですが、まさかこのような場所で最近カイス妖精信仰国の間で大変話題になっている金髪の大妖精様にお会いし、まさかのお友達認定されることになってしまうとは思いもしませんでしたわ。
その日の夜は感動のあまり口角が勝手に吊り上がるのを抑えられませんでしたわね。
お父様からは『よくぞやった! お前こそが次期王だ!』というような歓喜に満ち溢れた傍迷惑な内容の手紙が届きました。これから国を挙げてのお祭りを催して、本日を祝日にするそうです。
そしてお母様からは『さすがわたくしの娘ですわ。なんとしても金髪の大妖精様を我が国に迎い入れるのですわよ!』とわたくしを手放しに褒めたあと、当然の要求ながら無理難題を押し付けて来ました。
次期王には興味ありませんけれど、ソニア様を国に招き入れるのはわたくしも賛成ですわ。ソニア様は大妖精様でありながら、他の大妖精様と違って土地に縛られていないご様子。ならば、カイス妖精信仰国を気に入って頂き、そして定住して頂きたいと思うのは当然のことでしょう。
そうなれば、いつも寂し気に俯いていらっしゃる空の大妖精様もお喜びになるでしょうし、わたくしも、そして民達も嬉しいですわ。
それから数日、初対面での大変な失礼を反省して陰ながらソニア様を観察していると、ディル様に気付かれてしまいました。
「陰でコソコソとソニアをつけ回してる奴がいると思えば・・・スズメ、何してんだよ? 話しかけたいなら普通に話しかければいいだろ」
「わたくしはソニア様のことをまだ何も知りません。ですから、何がソニア様の失礼に当たるのか分からないのですわ」
「だから陰から覗き見て知ろうとしてるのか。別に多少失礼なことをしたからって、悪気が無ければソニアは怒んないと思うけど・・・まぁ、知りたいって言うなら俺が色々と教えてやるよ」
ディル様は親切にもソニア様のことをたくさん教えて下さりました。そこで知ったのですが、ソニア様は男性の筋肉がとてもお好きなようです。なんでも、ディル様の服の中に入ってペタペタと触ったり、男性の腹筋を見て見事だと目を輝かせて褒めていたそうです。
これですわ! 贈り物にピッタリです! 初対面の悪印象をこれで拭いますわよ!
「さっそくお父様にお願いして、ソニア様にお贈りする筋肉を用意してもらわなくては!」
お父様にその折を伝えたところ、数日後に国王であるお父様の影武者のキンケイとニッコクが郵送屋によって送られてきました。
「国で一番の筋肉の持ち主を選抜するとお父様の手紙にはありましたが・・・何故あなた達が?」
「元々国王様の体型に似せるために筋肉は鍛えていましたが、大妖精様のお言葉で鍛えすぎてしまい、影武者としての使命が果たせなくなる可能性が出て来ましてな」
「そうですなニッコク殿、お互いどちらが大妖精様好みの肉体になれるか競っていたら・・・国一番の筋肉の持ち主となってしまいました」
この2人はわたくしを幼い頃から知っている者で、その場のテンションに流されてしまうわたくしをよく諫めてくれていました。
「国王様からは、スズメ様が大妖精様にご迷惑をお掛けしていないかのお目付け役と、大妖精様の護衛兼観察係を任命されています」
「そ、そうですの。わ、わたくしはソニア様にご迷惑などお掛けしていないので安心してくださいまし」
「その言葉をそのまま信用する私共ではありませんぞ、お転婆姫。どうかヨーム様と同じ道を歩まぬようお気を付けください」
「・・・わかっていますわ」
好奇心の赴くままに城の禁書を勝手に読み、国外へ逃亡したヨームお兄様。ディル様からくるみ村に滞在していると聞き、わたくしは安心しましたが、他の者も同じとは限りません。信頼できるキンケイとニッコクにもこの情報を伝える気はありません。
キンケイとニッコクから渡されたお父様からの手紙を読んでいると、一枚だけお母様からの手紙が入っていることに気が付きました。
ドレッド共和国に闇市場の元幹部が違法に入国した可能性アリ? お母様はその情報をわたくしにどうしろとおっしゃるのですか? 特に命令があるわけでもなく、情報の詳細が書かれているわけでもありません。まだ確定している情報が少ないのか、敢えて伏せているのか・・・それともお母様のいつもの無理難題の始まりなのか・・・今考えても分かりませんわね。
まぁ、キンケイとニッコクが居れば問題ないでしょう。それに、この学園の警備レベルはかなりのものですし、学園の外に出ない限りは全く危険がありません。
・・・お母様は暗に学園から出るなと伝えたかっただけかもしれませんわね。
適当にそう結論を出して、わたくしは頭を切り替えて黙って立っているキンケイとニッコクに指示を出すことにします。
「そうそう、自然体のソニア様を観察する為、2人は出来るだけ人間らしさを消して物のようにしてくださいませ。人の目が無い時とそうでない時では、大小の違いはあれど、誰しも雰囲気が変わるものです。妖精様も同様かは分かりませんが、それを確認するのも含めてお願いしますわね」
「物のようにと言われましても・・・どのようにすれば?」
「そうですわね・・・適当にふんふん!とでも鳴いて、都合の良い道具のように、ただ従順にソニア様に従っていればいいのではありませんの? ・・・まぁ、そこら辺は2人に任せますわ」
「承知いたしました。いつもの無理難題ですね。本当に、王妃様によく似てらっしゃる」
結果、ソニア様には「オッサンはいらない」と受け取って頂けませんでした。キンケイとニッコクは酷い落ち込みようでしたが、わたくしもオッサンは欲しくありません。この2人の有能さを知っているのならば別ですが、ソニア様には関係無いでしょう。
「もし私共が必要になったらお呼びください。いつ何時でも馳せ参じましょう・・・ハァ・・・」
「大妖精様・・・ソニア様に必要とされない私共など、どうせゴミ以下でしょうけどな・・・ハァ・・・」
一度ソニア様と顔を会わせて、その幻想的な容姿と心が洗われる様な心地よい声に魅了されてしまったキンケイとニッコクは、ソニア様のお役に立てないことが残念でしょうがないようです。
ソニア様の前でその感情を表に出さなかったことを褒めてあげたいところですが、わたくしが褒めたところで焼け石に水ですわね。
何か良い慰めの言葉を考えなくては・・・と思っていましたが、その必要はなかったみたいです。
「わたしは今から学園の外に探し物を探しに行くところだよ」
ソニア様が学園の外に出られるそうですので、護衛にキンケイとニッコクを紹介したところ・・・。
「じゃあ遠慮なくこのオッサン達は連れて行かせて貰うね!」
・・・と、お日様のような笑顔で言ってくださいました。本来ならば、ソニア様が危険な学園外に出られることをお止めするべきなのでしょうけれど、ソニア様の行動に口を挟むなどわたくしには出来ませんわ。それに、キンケイとニッコクが護衛ならば問題ありませんし、その2人がソニア様を観察する良い機会ですもの。
「この後の報告が楽しみですわね」
テスト後の楽しみが出来たわたくしは、弾む足取りで教室へ戻りました。
そして午前のテストが終わり、フィーユ先生に医療室に来るように言われ、首を傾げつつも医療室に向かったわたくしは、自分で自分を杖で殴りたくなりました。今はフィーユ先生に杖を没収されているお陰で無事ですが・・・。
「キンケイ、ニッコク・・・何があったんですの!? ソニア様は無事ですの!?」
医療室のベッドの上で力無く横たわっている2人に詰め寄ると、フィーユ先生に肩を掴まれて離されてしまいました。
まさかソニア様の身に何かが!? わ、わたくしがあの時お止めしていれば・・・!
「スズメさん、落ち着いてください。ソニア様なら隣のベッドで寝ていますよ」
フィーユ先生はそう言いながら隣のパーテーションを開けます。しかし、ベッドの上には綺麗に広げられた毛布しかありません。
「ソニア様は・・・?」
「毛布を捲ってください」
言われた通り毛布をそーっと捲ると、ソニア様が気持ち良さそうに手をバンザイにして寝ていました。異常な速さで鳴っていた心臓の音がゆっくりと元の速さに戻っていくのが分かります。ホッと胸を撫で下ろしたわたくしに、フィーユ先生がむすっとした表情で話しかけてきました。
「突然医療室に大怪我を負ったそこの2人を連れて来て『キンニックを治療してあげて』と言われたのです。2人の治療が終わった途端、安心したのかこの通りぐっすり眠ってしまい、事情を聞くにも聞けず・・・そこの2人も『まずはスズメ様にご報告を』と言って何も話してくれません」
2人に何があったのか話させろ・・・と言いたいのですわね。
キンケイとニッコクがフィーユ先生を見たあと、ソニア様を見て首を横に振りました。フィーユ先生には聞かせたくなく、かつ寝ているとはいえソニア様の前でも話せないような内容なのでしょう。わたくしはコクリと頷いて、フィーユ先生を見ます。
「フィーユ先生、2人を治療してくださりありがとうございました。この後2人から報告を聞いたあと、わたくしから改めてフィーユ先生にご報告いたしますわね。・・・キンケイ、ニッコク、もう動けますわよね?」
「「はい、スズメ様」」
わたくしが扉の方を見ると、キンケイとニッコクは素早く起き上がり、扉を開けてくれます。
「スズメ王女」
フィーユ先生に静かな声で呼び止められました。扉の方へ向かって歩いていたわたくしが振り返ると、そこには先程までおっとりしていたフィーユ先生が張り詰めたような雰囲気で真剣な眼差しでわたくしを見ていました。
「大丈夫ですわよ。ソニア様がこの国と敵対しない限りわたくしはこの国の味方ですので。そこは安心してくださいまし。・・・本当に、お互い面倒な立場ですわよね? フィーユ首脳代理」
カイス妖精信仰国では、自国に大きく関わるような情報は王族の許可なく漏洩してはいけません。もし漏洩がバレた時には・・・想像したくもありませんね。
つまり、わたくしの国は情報の扱いを徹底しているのです。そしてそれはドレッド共和国も似たようなものでしょう。流石に罰は無いと思いますが・・・。
「ではフィーユ首脳代理。くれぐれもソニア様をガッカリさせないようお願い致します」
医療室から出て、わたくしの寮の部屋・・・ではなく学園の端っこにある簡易的な小屋へ向かいます。
わたくしは寮で生活しているのですが、キンケイとニッコクは女子寮へは立ち入れませんし、学生ではないので男子寮を借りることも出来ません。ですので、学園長の許可を得て学園の端に小さな小屋を建てたのです。
「お昼は食堂でディル様から昨日のソニア様のお話の続きを聞かせていただこうかと思っていたのですが、仕方ないですわね。早めに報告を聞いておかなければ、気になってテストに集中出来ませんもの」
わたくしの予定では、今日のテストが全て終わったあとに紅茶でも飲みながらゆっくりと報告を聞こうと思っていました。ですが、ソニア様とキンケイとニッコクが予想よりも早く戻って来てしまいました。しかも、その原因がキンケイとニッコクの負傷です。とても紅茶を飲みながら聞くような内容の報告ではないでしょう。
もし、キンケイとニッコクに傷を負わせた者がソニア様を狙っていたのなら、その者は四肢が繋がったまま地獄へ行くことは出来ないでしょうね。わたくしが切り落としてしまいますので。
小屋に置いてある質素な椅子にわたくしが腰掛けると、キンケイとニッコクが「スズメ様」と跪きます。
「報告の前に真空の魔石を発動しますわよ。ここは他国です。念には念を入れたほうが良いでしょう」
わたくしがそう言うと、ニッコクが下穿きの中から空の魔石を取り、そのままわたくしに差し出してきました。
他に収納場所が無いとはいえ、流石にソコに入っていた物を触るのは嫌ですわ。
「ニッコク、あなたが発動してください」
「かしこまりました」
ニッコクが魔石に触れて魔気を流すと「ブォン」と白い膜がわたくし達を覆いました。
この膜は二層になっていて、その層には空気が入っておらず真空状態です。ですので、この膜の中で発生した音が外に漏れることも、逆に外の音が中に聞こえることも無いのです。空気が無ければ音は伝わりませんからね。
・・・つまり、内緒話にうってつけなのです。
この魔石を持つ魔物は獲物を窒息死させて狩りをしているらしいですので、長時間使用すると窒息死するという恐ろしすぎる欠点があります。本来なら戦闘用に使われる魔石なのですが、物は使いようですわね。
「では2人とも。ソニア様と共に学園の外に行った際に何があったのかの報告、そして共に行動していたハズのソニア様にもその報告を聞かせられない理由・・・それらを話してくださいまし」
読んでくださりありがとうございます。ソニアと違って色々と考えて行動している首脳代理と王女様でした。




