180.初めての対人戦闘
「タタタッ」と屋根の上から聞こえる静かな足音に、突然喋り出したキンニックの2人がズボンの中から空の魔石が嵌められたメリケンサックを取り出し、両手に装着して戦闘態勢をとる。
え、ズボンの中どうなってんの!? 男の人のズボンって機能的!
ジーっとキンニックのズボンを観察するわたしを守るように、キンニックはわたしの前に出て屋根を睨む。さっきまでグルグル巻きに縛られていたお爺さんは、いつの間にかわたしの後ろで「どどど、どうしたんじゃ!?」と慌てふためいていた。
皆が屋根の上を見上げて緊張感が漂う中、足音がわたし達の直前で止まった。
「あれ? こ、来ないのかな?」
ホッと胸を撫でおろしかけたわたしと違って、キンニックは首を横に振って変わらず屋根の上を睨む。
「そこにいるのは分かっていますぞ! 来ないのならこちらから行きますぞ!」
キンニックの片方がそう叫んだ瞬間、屋根の上から黒い影が二つ、凄い速さで飛び降りて来た
「ふ、2人いるよ!? 大丈夫なのキンニック!?」
「ソニア様は後ろに下がっ・・・来ますぞ!」
黒い影の一つ・・・黒ずくめの外套で身を包んだ人物が長い鞭をビュンビュンと鳴らしながらキンニックに向かって打ち付ける。
「私達のことはお気になさらず! ・・・グゥッ、申し訳ありませんがこちらは1人を相手取るので手一杯です! ソニア様は手の届かない上空までお逃げください!」
鞭を使う黒ずくめは両手で緑の魔石が嵌め込まれた蔦のような鞭を自在に操り、キンニックの2人に同時に猛攻を仕掛けている。
キンニックはメリケンサックでゴリゴリの近接戦が得意なのに対して、相手は鞭を使った中距離戦が得意・・・たぶん相性が悪いんだろう。
戦闘知識ゼロで足を引っ張りそうなわたしは、キンニックがメリケンサックから衝撃波のようなものを出して鞭を弾き返しているのを横目に、言われた通りさっさと上空に飛び上がろうとした。
・・・その瞬間、もう1人の黒ずくめの人物がわたし目掛けて黒い何かをシュッと物凄いスピードで投げて来た。
「ひぃ! 危なっ!」
慌てて薄皮一枚掠って躱す。冷や汗を拭う暇もなく、黒い何かはわたしの後ろにいたお爺さん目掛けて飛んで行く。
「お、おじい・・・」
「た、たすけっ・・・」
急いで黒い何かに向かって電撃を放ったけど、間に合わなかった。黒い何かはお爺さんに当たった瞬間にバッと網が飛び出して、そのままお爺さんを包み込んだ。
あ、あの網でわたしを捕まえるつもりだったのか・・・。
黒づくめの人物は、黒い何かからお爺さんを守ろうとしたわたしを見てニヤリと薄気味悪く笑った。
い、嫌な予感がする!
警戒するわたしに、黒ずくめの人物は懐から黒いクナイを取り出して、わざとらしく見せつけてからお爺さん目掛けて投擲した。
やっぱり! そっちを狙うよね!
わたしはバチンッと電撃を放ってクナイを撃ち落とす。
「お爺さん早く逃げて!」
「無茶言うでない! 儂は網で身動きがとれんのじゃ! 早く助けてくれ!」
網の中で我儘を言う幼い子供のようにジタバタするお爺さん。こんな状況じゃなかったらお腹を抱えて笑っているところだけど・・・あいにく、わたしにそんな余裕は無い。
しょうがない! 上空に逃げるのは諦めよう!
「お爺さん! 気が散るからそのおかしな動き止めて!」
お爺さんを庇うように黒ずくめの人物と対峙する。
「く、来るなら来なよ! わ、わわ・・・わたしだってちゃんと人間と戦えるんだから!」
黒ずくめはそんなわたしを見て、挑発的に笑いながら何本ものクナイを同時に投げてきた。
「ひぃぃぃ!! そ、そんなに投げたって意味無いんだからぁ!」
悲鳴を上げながらも危なげなくクナイを全て電磁力でキャッチして、そのまま黒ずくめに向かって撃ち返すけど、全て躱された。
急所を外して狙ったとはいえ・・・全部避けられちゃった!
「それなら・・・これならどーだ!」
黒ずくめの肩を狙って光のビームを撃つ。そして、それは見事に命中した。
「やった! 当たった!」
ビームが黒ずくめの肩を貫き、ブシュッと血が噴き出す。
いひぃぃぃ・・・痛そうだよぉ。
肩から血が噴き出しているのに、黒ずくめは全く動じない。むしろ、さっきよりも手数が増えた。クナイの他に、変則的な軌道で飛んでくる手裏剣なんかも投げてくる。
クナイだろうが、手裏剣だろうが、それが鉄なら関係無いよ!
纏めて電磁波で撃ち返しながら、ビームも混ぜて撃つけど・・・さっきと違ってビームまで躱される。
なんで!? 全然当たんないんだけど!光の速さで撃ってるんだよ!? 未来予測でもしてるの!?
・・・肩! 足! 足! 腕! 足! 手!
どこを狙っても全て躱される。若干苛立ちながら激しい攻防を続けていると、黒ずくめの後ろから「ぐぁ!」とキンニックの悲鳴が聞こえた。チラッと視線を向けて見たら、血だらけになったキンニックが鞭を使う黒ずくめが持つ蔦の鞭でグルグル巻きにされていて、その足元には無数のまきびしが散らばっていた。
「キンニック!」
「ソニア様! 私達のことはいいですから! ご自分の身の安全を・・・ぐあぁ!」
キンニックを縛る蔦に棘が生えた。思わず目を背けたくなるけど、グッと我慢して黒ずくめとのクナイの応酬を続けながら思考を巡らせる。
どど、どうすれば! こんな時にディルがいれば・・・ううん! ディルは今頑張ってテストに励んでるんだから! ここはわたしだけでなんどかしないとっ。
「くらえぇ! 目潰し!」
わたし達の頭上に光度マックスの光の玉を出した。
「「・・・ッ!?」」
「「ソニア様!?」」
「ぐぁ! なんじゃ!? 目がぁ!」
ピカーッと光る光の玉にわたし以外の皆が目を抑えて立ち竦む。その間にわたしはキンニックの2人をグルグル巻きにしている蔦の鞭をビームで焼き切る。
よしっ! よくやったぞ! わたし!
蔓から解放されたキンニックは、目を閉じたままなのにわたしに向かって軽く会釈したあと、そのまま目を閉じたまま鞭を使う黒ずくめにメリケンサックで殴り掛かった。
「やっちゃえ!」
・・・って観戦してる場合じゃない! もう1人の黒ずくめは!?
慌てて周囲をキョロキョロと見回す。
い、いない!? 見失った!
「お爺さんが危ない!」
キンニックの為に眩しい光の玉を消して、お爺さんの方へと飛んで向かおうとしたら、羽に何かが勢い良く当たった。
「いっ・・・たぁ! な、なに!?」
次の瞬間、わたしは網に捕まった。グッと体が重くなり、地面に叩きつけられる。
「ひゃあ!」
なにこれ!? 網に重りが付いてる!
「こ、こんな網! すぐにビームで焼き切って・・・」
「妖精!」
網を焼き切ろうとしたら、お爺さんが悲鳴のような声でわたしを呼んだ。バッとお爺さんの方を見上げると、さっきまでわたしとクナイの応酬をしていた黒ずくめがお爺さんの首元にクナイを突き付けていた。
「お爺さん!」
「妖精! 後ろじゃ!」
え?
後ろを振り向く。すると、別の黒ずくめがわたしの足に向かって紐が繋がれた縫い針のような物を突き刺そうと手を翳していた。
あ、あしぃ!! 刺されるぅ! ・・・で、電撃を・・・!
ゴッ!
・・・という鈍い音と共に、わたしの足に針を刺そうとしていた黒ずくめが地面に倒れた。どうやら後ろからキンニックの片方が殴ったみたいだ。もう片方はクナイをお爺さんに突き付けていた黒ずくめに殴り掛かっている。
あれ? 黒ずくめ増えてない? 最初は2人だったのに今は・・・鞭を使っていた黒ずくめが向こうで気絶していて、わたしとクナイの応酬をしていた黒ずくめがキンニックの片方から逃げ回っていて・・・さっきわたしの足に針を刺そうとした黒ずくめが今さっきキンニックのもう片方に殴られて気絶している。・・・3人いるよね。いつの間に増えたんだ。
ボフンッ!
突然、辺りに煙が充満して視界が真っ白になった。
「うわぁ! なにこれ煙幕!?」
「すぐに散らしますぞ!」
キンニックの片方が「ふん!」と声を上げた瞬間、凄い風と共に煙が霧散した。何をしたか分からないけど、たぶん空の魔石が嵌められたメリケンサックを使ったんだと思う。
「ソニア様! 無事ですか!?」
「う、うん! わたしは無事だけど皆は!?」
周囲を見回すと、さっきまでキンニックのもう片方から逃げ回っていた黒ずくめが、気絶した2人の黒ずくめを両脇に抱えて屋根の上に飛び上がろうとしていた。
この距離なら・・・!
「逃がさない!」
ドコォォォォン!
黒ずくめ目掛けて雷を落とす。直撃だ。
死なないように手加減したとはいえ、流石に雷に撃たれて無事ではいられまい!
黒ずくめのフードが焦げ落ちて黒い髪が見えた。そして一瞬だけよろけて、抱えていた鞭を使う黒ずくめをボトリと地面に落とす。でも、それだけだった。その後、素早く態勢を立て直して、もう片方の針を使う黒ずくめを抱えたまま屋根の上に飛んで逃げ去ってしまった。
噓でしょ!? 雷に撃たれたのに気を失わないどころか、あんなに素早く動ける!?
「は、早く追わなきゃ・・・うわぁ!」
グッと飛び上がろうとしたら、わたしを捕まえていた網が手足に引っかかった。
そうだった! まずは網を切らないと!
「落ち着いて下さいソニア様。今から追っても見つけられないでしょう」
「で、でも・・・!」
このまま逃がしたらまた襲ってくるかもしれないよ!
「ソニア様の聖なる雷をくらってもピンピンしているようなタフさです。闇の適性持ちで間違いないでしょう。身体強化を使った闇の適性持ちに我々が追いつくことも、見つけることも不可能です。非常に悔しいですが、今は諦めて安全な場所に身を移しましょう。他に黒づくめが居ないとも限りませんから」
「そうですな、キンケイ殿。安全な場所と言えば、学園です。急ぎ戻ってスズメ様にご報告しなければ」
血だらけのキンニックが真剣な表情で今後のことを話し合いながら、黒髪の黒ずくめが落としていった鞭を使う黒ずくめを縄でギュウギュウに縛っているのを横目に、わたしは網をビームで焼き切って脱出して、ついでにお爺さんの網も切ってあげる。
「すまない妖精・・・お前さんを殺そうとした儂を、そんな小さな体で身を挺して守ってくれて・・・本当に何と礼を言えばいいか」
「普通にありがとうって言えばいいんじゃない?」
「・・・ありがとう、妖精。そして、ナイフで斬りかかろうとしてすまなかった」
お爺さんが地面に頭を擦り付けて土下座する。
「妖精・・・いえ、妖精様、そして後ろの・・・・・・方。近くに儂の行きつけの「レイカ」という食事処がある。そこで身を隠してはどうじゃ? ついでにお礼としては安すぎるが、奢らせて欲しい」
いいね! わたしもRAMディスクについて詳しく聞きたいと思ってたし!
ノリノリで「行こう!」と手を挙げようとしたら、わたしが口を開くよりも早く、キンニックが否定した。
「それは遠慮しておこう。捕らえたコレをすぐに牢屋にでもぶち込んで尋問しなければならないし、まずはソニア様の安全が第一。それに、我々はまだあなたを信用していませんからな」
「ニッコク殿の言う通りですな。ですが、我々は今はソニア様の所有物のようなものですぞ。あまり出しゃばった真似は控えたほうがよかろう」
キンニックの2人はそう言ってスッと後ろに下がってわたしに首を垂れる。
正直、その気持ちは重すぎて嫌だけど・・・こんなに血だらけになるまでわたしの為に戦ってくれたんだもんね。わたしの安全とか、尋問がどうとかじゃなくて、キンニックの2人を治療するためにも早く学園に戻ろう。
「ごめんねお爺さん。気持ちは嬉しいけど、今はそれどころじゃないみたい。落ち着いてまた学園外に来られるようになったら、その「レイカ」っていう食事処に顔を出すね」
「あ、ああ! 待ってるぞい! その時は好きなだけ食べてくれ!」
「フフッ、じゃあわたしの相棒の大食い少年も連れていくね! ・・・ほら、あんまりわたし達と一緒に居たら危ないから。お爺さんはもう帰って?」
わたしが「バイバイ」と手を振ると、お爺さんは何度も頭を下げながら帰っていった。
「じゃあ、キンニック。その傷を早く治療して貰わないとね。学園に急ごう!」
「ソニア様・・・我々などに気を付かって・・・ハッ! ・・・ふん!ふん!」
思い出したように「ふん!ふん!」と鳴き始めたキンニックと、そのキンニックに雑に引きずられている黒づくめを後ろに連れて、わたしは周囲を警戒しながら学園へと戻った。
読んでくださりありがとうございます。汗をかかないハズの妖精のソニアも、冷や汗を流してしまうほどの相手でした。