178.厨房で迷惑を掛けて、教室で暇する
今日はいよいよ季節末テスト! でも、わたしが朝の身支度に時間がかかってしまったせいで、ディルは朝食を食べられなかった。おまけに昨日は夜更かしして寝不足らしい。
・・・というわけで、わたしはテストを頑張っているディルの為に朝食を食堂まで取りに行っている。
「食堂のお姉さーん! ディルのご飯ちょーだーい!」
食堂のカウンターに降り立って、いつもの食堂のお姉さんを大きな声で呼ぶ。しかし、奥の厨房の方から姿を現したのは初めて見るおばあちゃんだった。
この短い間に老けたの!? 何があった!? ・・・って普通に別人だよね。
「あら、噂の可愛い妖精さん。お姉さんだなんて、おばちゃん照れちゃうわ~」
おばあちゃんは嬉しそうにポッと頬を染めながらクネクネする。
ごめんなさい、そういうつもりで言ったんじゃないです。
「えっと・・・いつもカウンターに居た女の人は?」
「あ~・・・あの子なら体調が悪いとかで暫くお休みだよ」
「お休み・・・」
早く良くなるといいね。・・・そういえば、体調不良はフィーユの治癒の魔石で治せないのかな? あとでフィーユに聞いてみよう。
「それで、妖精さんは食堂に何の用だい? 何か食べるのかい?」
「あっ、ううん。わたしは食べないよ。わたしのとも・・・大切な人が朝食を食べられなかったから、最初のテストが終わったらわたしが食堂から運んで行ってあげようと思って」
「妖精さんの大切な人・・・ああ、愛し子様のディルくんだね。メニューは何がいいんだい?」
うーん、どうしよっかな~・・・ここのメニューって餃子とかラーメンとか基本的に重いものが多いんだよね。朝食でも食べやすいものは・・・・・・あっ、あるじゃん!
「杏仁豆腐を大盛りで一つください!」
これなら朝食にピッタリだ。わたしも人間だった頃は朝ごはんがヨーグルトだけの日とかあったし、それと似たようなものだよね! そして大盛りにするれば食いしん坊なディルでも満足できるハズ!
・・・なにより、前にわたしが食べて美味しかったもん。ぜひディルにも味わって欲しい。
「・・・え、朝食だろう? 本当に杏仁豆腐だけでいいのかい?」
おばあちゃんが心配そうに確認してくるけど、むしろ杏仁豆腐しか無いと思う。もしかしたら、ディルはお肉の方がいいって言うかもしれないけど、大事な季節末テストの日に朝からお肉を食べさせてディルが胃もたれなんかしたら大変だ。
「杏仁豆腐でいいよ! 大盛りにするのを忘れないでね☆」
言いながらパチッとウィンクしたら、凄く申し訳なさそうな顔で見られた。ウィンクしてこんな反応されたのは初めてだ。わたし、ショック。
「ごめんねぇ~妖精さん。大盛りには出来ないんだよ」
「えぇ!? どうして!? 材料が足りないの!?」
カウンターの上からピョンっと飛び上がっておばあちゃんの顔に詰め寄る。
「あのね、妖精さんには難しいお話かもしれないけど、この学園は無償で生徒達に衣食住を提供していてね。正直なところ、金欠なの。だから、食堂で大盛りを許しちゃうと食費で学園が潰れかねないんだよ」
なるほど・・・ここにはディルを含め食べ盛りがたくさんいるもんね。それに、肥満対策や健康管理にもなるわけだ。妖精のわたしには無縁だけど。
「そういうわけで、大盛りは我慢してくれるかい? 妖精さん」
「がまんしゅる・・・」
・・・嚙んじゃった。
「・・・ハァ、仕方ないねぇ。今回だけだよ」
「え? いいの!?」
「妖精さんにあんな悲しそうに俯かれたら断れないよ」
噛んじゃって恥ずかしかったから俯いて誤魔化してただけなんだけど・・・ま、ラッキー!
「それじゃあ妖精さん、少し待っててね」
「うん、分かった~・・・」
言いながらくるっと回れ右をする。食堂にはもう生徒の姿は無く、学園で働いている職員の人達が遅めの朝食を食べているのがちらほらと見える。
なんか・・・皆チラチラとわたしを見てくる。この視線の中でボーっと待ってるのは嫌だなぁ。
わたしはくるっと回れ左して、背を向けて厨房に戻ろうとしているおばあちゃんに声を掛ける。
「ねぇ、おば・・・お姉さん!」
「・・・ん? なんだい? 妖精さん」
「厨房の見学してもいい? 杏仁豆腐作るとこ見てみたい!」
そして、この注目される食堂から逃れたい!
「厨房の見学かい? そうだねぇ~・・・」
おばあちゃんは確認するように厨房の方へ振り返る。そのおばあちゃんの視線の先には、赤い髪を帽子ネットの中に綺麗に仕舞った垂れ目の女の人が牛乳瓶を持って立っていた。
あの人が杏仁豆腐を作ってくれるのかな? あっ、目が合った。とりあえず微笑んでおこっと。
女の人は真っ青な顔でおばあちゃんを見て、もう一度わたしを見て、ぎこちない動きで首を縦に振った。
「大丈夫みたいだね。どうぞそのまま入ってちょうだい」
本当に大丈夫なの? 自分で見学したいって言っといてアレだけど、迷惑じゃないかな?
でも大丈夫と言われたから、わたしは堂々と、そしてフワフワと飛んで厨房にお邪魔する。
「おじゃましまーす!」
おばあちゃんの後ろをフワフワと飛んでついていく。今は食堂が空いてるからか厨房の中はのんびりとしていて・・・各々の持ち場で働いている人達がめっちゃわたしを見てくる。
結局、どこにいても注目されちゃうんだね。
「この子はムツカちゃん。この厨房の甘味担当だよ。・・・じゃあムツカちゃん、あとはお願いね」
おばあちゃんはそれだけ言って、わたしをムツカちゃんに託して何処かに行ってしまった。
わたしはおばあちゃんに紹介されたムツカちゃんを見る。ムツカちゃんもパチパチと瞬きをしながらわたしを見る。そして数秒後・・・
「そ、それじゃあ杏仁豆腐を作りますね」
ムツカちゃんは黙々と杏仁豆腐を作る。横でジーっと見ているわたしを時々チラリと見ながら。
混ぜたり温めたり・・・思ったよりも見てて面白くないなぁ。ムツカちゃん、明らかにわたしの扱いに困っちゃってるみたいだし、お詫びに何か手伝ってあげようかな。
「ねぇねぇムツカちゃん」
「・・・へ!? な、なんですか?」
「それ、混ぜてるのクリームでしょ? わたしが混ぜるよ!」
「え、でも・・・」
あっ、もしかしてまた困らせちゃったかな。 やっちゃったー・・・わたし、なんだか妖精になってから図々しくなってる?
考えなしの自分が情けなくて若干泣きそうになっていると、ムツカちゃんが口を開け閉めしてアタフタし始めた。
「あ、あの! ぜひお願いします! 助かります!」
「え、本当! じゃあやっちゃうね!」
よかった! なんだか分からないけど困ってたわけじゃないみたい!
ムツカちゃんからわたしの身長の二倍くらいの小さな・・・わたしからしたら十分大きいけど、小さなホイッパーを両腕で抱きしめるように受け取って、ボウルの上を円を描くようにグルグルと回る。
「おりゃあああああああ!」
グルグルと回る・・・グルグル・・・グルグル・・・バチバチ・・・。
「え? あの・・・ちょっと・・・」
無意識に体に電気を纏っちゃうくらいの勢いでグルングルンとハイスピードで回る。
「ふぅ・・・これくらいかな?」
泡立ったボウルの中を見下ろして、かいてない汗を腕で拭う。
「どう? イイ感じに泡立ったんじゃない?」
「そ、そうですね。ハイ。・・・あの、申し訳ないんですけどこの瓶をあそこのゴミ箱に捨てて来て貰えませんか?」
ムツカちゃんが本当に申し訳なさそうに眉を下げて空の牛乳瓶を差し出してくる。わたしは「全然おっけー!」とその牛乳瓶を受け取った。
む・・・ちょっと重いし持ちづらい。
「ゆっくりでいいですからね」
「う、うん。まかせて」
落として割っちゃわないように慎重に運んで、ゴミ箱にポイしてムツカちゃんのところに戻ったら、もう既に出来上がる寸前だった。
「あとはこれを冷蔵の魔道箱で半日ほど冷やして完成です」
「なるほど! 半日冷やすんだね~・・・・・・って長いわぁ!」
「そして、既に出来上がっているものがこちらの魔道箱にあります」
「いや、完成してるのあるんかい!」
・・・って何を漫才してるの!
「あるなら作る必要ないじゃん・・・ごめんね、わたしが我儘言っちゃったから無駄に作る羽目になったんだよね」
そう言いながらペコリと頭を下げると、何故か「フフッ」と笑われた。
「あっ、ごめんなさい。最初は学生だった頃に畏れ多い存在だって習った妖精さんが来て迷惑・・・いえっ、緊張してたんですけど、ユーモアがあって本当は優しい妖精さんなんですね。弟が言ってた通りでした」
今、迷惑って言った? 気のせいだよね? ・・・・・・それにしても弟ってやっぱり・・・。
「もしかしてナナカ君のお姉ちゃん?」
「そうですよ。よく分かりましたね」
「だって目元がそっくりだもん」
「よく言われます」
そういえば、ナナカ君も放課後は食堂でアルバイトみたいなことしてたよね。姉弟で同じところで働いてるんだ。いいね、そういうの憧れる。人間だった頃は妹と同じクラスになっただけで凄く嫌そうな顔されたもん。双子を揶揄われるって・・・お姉ちゃんは悲しかったよ。
「気を付けて持って行ってくださいね」
「うん! ありがとね!」
お盆風の丸い鉄板に大盛りの杏仁豆腐を一つ載せて貰って、電磁力で浮かす。浮かせた瞬間、周囲から「おおお!」と歓声が起こった。たいしたことはしてないけど、ちょっと誇らしい気分。
「ディル~! 朝ごはん持って来たよー!」
ディルの机の上にカシャンとお盆を置いて「はいどーぞ!」とニッコリと微笑む。一瞬微妙な顔をされた気がしないでもないけど、ディルは美味しく食べてくれた。腹ペコのディルにしては珍しくわたしにも分けてくれたお陰で、わたしも美味しく食べれた。
「それじゃあこの食器とか片付けて来るね!」
杏仁豆腐を素手で食べたせいで少し汚れた手をカーマの制服の端でこっそりと拭いて、わたしはお盆と食器を食堂に返しに行き、そして戻ってきたら既にテスト中だった。
わぁ、みんな真剣な顔してる。・・・まぁ、テスト中だし当たり前か。
教室の扉をコンコンと叩いて、テスト中の生徒達を見張っているアキノ先生に扉を開けて貰い、チラチラとわたしを気にしているディルの机に飛んで行こうとしたら、アキノ先生に止められた。わたしがテスト中のディルの近くにいると、ディルが不正を疑われちゃうらしい。
不正だなんて・・・心外だよ。わたしもディルもそんなこと絶対しないのに。そもそも、普段から真面目に勉強していたらそんな発想にはならないんだよ。
・・・そうだ! 他の生徒達が不正しないようにわたしも見張っていよう。もし不正してる人がいたらお仕置きしてやる!
教卓の上に座って目を光らせる。でも、ほんの数分で飽きちゃった。
このテスト中の雰囲気って眠くなるよね。イイ感じに日が差して気持ちいい・・・。
「ふぁ~~ぁ」
欠伸が出ちゃった。・・・あっ、わたしの欠伸が移ったのか何人か欠伸してる。
テスト中にテストをしていないわたしは死ぬほど暇だった。教卓の上でゴロゴロしたり、テスト用紙が見やすいように皆の頭上に光の玉を出してみたりして時間を潰して、ようやく鐘の音が鳴った。
やっと終わったよ~! ひゃっほーい! 何もしてないのに疲れたー!
「おつかれディルー! 途中で手を止めてたみたいだけど、テストは大丈夫だった?」
「・・・大丈夫だったけど。・・・ソニア、暇なら別に教室に居なくてもいいぞ。確か探し物をしてるんだろ? 探して来たらどうだ?」
「そうだね・・・・そうだった! わたし、今日はその探し物を探しに行く予定なんだった!」
・・・朝の杏仁豆腐が美味しすぎて、探し物のことすっかり頭の隅に追いやられてたよ。
「詳しいことは分かんないけど、記憶、取り戻せたらいいな」
記憶か・・・取り戻したいって気持ちもあるけど、それよりも取り戻さなきゃいけないって気持の方が大きいんだよね。今まで会ってきた偉い妖精達は、ミドリちゃんを含めて記憶を失くす前のわたしを知っていると思う。そんな皆と光の妖精を会わせてあげたい。
もちろん、今のわたしの記憶も大切だけどね。つまり、思い出せるなら思い出した方がいいに決まってるってこと。
「じゃあ行ってくるね! 夕方までには戻ってくるよ! ・・・カーマ! ちょっとそこの窓開けて!」
「あ? お、おう」
いつの間にか汚れていた制服の端っこをゴシゴシしていたカーマに窓を開けて貰って、わたしは教室から飛び出した。