177.【ディル】テスト中、ソニアが気になってしょうがない
今日はいよいよ季節末テストだ。でも、俺は昨日から一睡もしていないせいでかなり眠い。瞼を開けるのに頭の半分くらいを使っている感じだ。正直言ってテストどころじゃない。
・・・そしてそれは俺の正面で眠そうに瞼を擦っているスズメも同じだろう。
「・・・いけませんわね。ついソニア様のお話で盛り上がってしまい、気が付けば朝になってしまいましたわ」
「ああ・・・でもまだ始業の鐘が鳴るまで少し時間がある。俺は急いでシャワーを浴びて仮眠するぞ」
最初は真面目に勉強していたんだけど、どこで脱線したのか気が付けば時間を忘れてソニアの話をしていて、朝を迎えてしまった。
「わたくしも急いで自分の部屋に戻って少しでも仮眠しなければ・・・。ディル様、ソニア様との旅のお話とても愉快で尊く、心躍るものでした。そして、お兄様のことを教えてくださりありがとうございます。わたくしもお兄様のことは大好きですので、このことはお父様や国の皆には他言致しませんことをソニア様に誓いますわ」
しかも、俺が自分でソニアに話さない方がいいと言ったヨームのことをつい話してしまった。スズメが秘密にしてくれるみたいだから結果的には良かったけど、もう少し気を引き締めなきゃな。
「それでは、またお昼休憩の時にでもお会いできるのを楽しみにしておりますわ」
スズメはそう言ったあと、バンザイの姿勢で気持ちよさそうに「すぅすぅ」と寝息を立てているソニアに丁寧に退室の挨拶をしてから帰っていった。
「さてと、さっさとシャワー浴びて仮眠するかぁ」
部屋に備え付けられているシャワーを浴び、なんとなくソニアの寝顔を眺めながら適当に髪を拭いてベッドに横になる。
あと一時間は寝れるな・・・。
ソニアの「すぅすぅ」という寝息だけが聞こえるなか、俺は意識を沈めた。
「ディル~・・・遅刻しちゃうよ~?」
耳元でソニアの声が響く。鼓膜がくすぐったい。
・・・もう時間か。まだ眠いけど起きるか。
重たい瞼を開けて体を起こす。いつも通りベッドの上から落ちていた。
「相変わらずディルは寝相悪いんだから・・・というか! ディル! 夜更かししたでしょ!」
ソニアも起きたばかりなのか、まだ髪を結んでないフワフワの金髪を元気に揺らしながら腰に手を当てて俺の目の前まで浮き上がってくる。
・・・俺はその髪を結んでない方が好みなんだけどな。まぁ、今はソニア自身がツインテールを気に入ってるみたいだし、ツインテールも可愛いから何も言わないけど。
「ちょっと! 何を寝惚けた顔してるの! 髪が生乾きだよ!? 夜遅くまで起きてて少し前にやっと寝たんでしょ!? お陰で豪快な寝癖ついてるし!」
頬を膨らませてグッと眉間にしわを寄せて俺を見てくる。たぶん本人的には睨んでるつもりなんだろうけど、まったく睨んでいる風には見えない。
「・・・そんなことより、おはようソニア」
俺が誤魔化す様にそう言って微笑み掛けると、ソニアは不貞腐れた顔をしつつも「おはようディル」と返してくれる。
「・・・もう、わたしが髪を結んでる間にディルもその寝癖直しちゃってね!」
そう言ってソニアは小さなヘアゴムを持って飾り棚の上に置いてある手鏡の前までフワフワと飛んで行った。俺も洗面台の前でダイナミックな寝癖を直すことにする。
・・・寝癖なんてソニアが居なかったら全然気にしないんだけどな。好きな人に直せと言われれば直すしかない。
「ソニア。そろそろ行くぞ~」
手鏡の前でスカートの皺を必死に伸ばしているソニアに声を掛けると「もう少し・・・」と小さな声で返事が返ってきた。
ソニア曰く、アレは「スカート」じゃなくて「きゅろっと?」とかいうズボンらしいけど、どこからどう見てもスカートなんだよな。
「その皺を伸ばすの、結構掛かりそうか?」
「うーん・・・ごめん、先に行ってていいよ」
「いや、待ってるよ」
少し前まではソニアがこんなに身だしなみを気にすることはなかったんだけど、最近はオシャレに目覚めたのか、よく鏡の前で難しい顔をしているのを見掛ける。
遅刻ギリギリなんだけど、ソニアがより可愛くなると思えば普通に待てる。それが俺の為とかだったら嬉しいんだけどな。そんなわけないか。
「ごめんね。朝ごはん食べる時間無くなっちゃった」
最終的に電気を使ってビリビリっと皺を伸ばしたソニアが小走りする俺の隣で飛びながら申し訳なさそうに眉を下げる。
正直、電気を使って簡単に直せるなら最初からそうして欲しかった。
「まぁ、ソニアを待ってるって言ったのは俺だし、別に謝んなくてもいいよ」
「うん・・・あとで食堂からディルのご飯運んであげるね」
「おう! ありがとな・・・ってどうやって!?」
お皿よりも小さなソニアが料理を運べるなんて思えないけど・・・。
疑問に思ってるうちに教室に着いた、そして同時に始業の鐘の音が鳴る。
ゴーン・・・ゴーン・・・
「珍しくギリギリだなぁ。ディル」
隣りの席のカーマが揶揄うように笑ってそう言ってきた。すると、いつの間にか頭の上に乗っていたソニアがポトッと机の上に降りてカーマを見上げて口を開く。
「わたしの支度に時間がかかっちゃったんだよ! ディルだけなら本当はいつも通りだったの!」
「あ~・・・女の支度はなげぇって言うもんな」
カーマが納得の表情を見せて、同情するような目で俺を見る。
「男の支度が早すぎるだけだ。俺達と違って女の人はそれだけ意識が高いんだよ。お陰で今日のソニアは昨日よりも更に可愛い」
「あ~・・・ハイハイ。そういう惚気はいいから。ほら、先生が来たぜ」
・・・惚気じゃないんだけどな。
何故か羽をパタパタさせているソニアと一緒にいつもの朝のアキノ先生の話を聞き終えたら、さっそくテストの時間だ。
「わたし、食堂に行ってくるね!」
「え? 本当に料理を持ってくるつもりか!?」
「うん! ディルはテスト頑張って!」
ソニアはそう言い残して凄いスピードで飛び去っていってしまった。
・・・無理をして大変なことにならなければいいけど。
最初のテストは語学だ。アキノ先生がいつもより五割り増しの真面目な顔でテスト用紙を一人一人に配り、開始の鐘の音と共に皆が一斉に筆をとる。
・・・語学は古い言葉の問いと、難しい漢字の書き取りだな。これは村に居た頃にジェシーに「いつか旅に出るなら」と叩き込まれたから問題ない。授業でもおさらいしたしな。
ゴーン・・・ゴーン・・・
最初のテストが終わり、アキノ先生が回収したテスト用紙を何処かに運ぼうと教室の扉を開けた瞬間、アキノ先生と入れ替わるようにソニアが飛び込んで来た。その後ろにはお皿が乗った鉄のお盆が浮いている。
「ディル~! 朝ごはん持って来たよー!」
その大きな声に教室の全員がソニアに注目するけど、ソニアはそれを気にした素振りを見せず、ニコニコと可愛い笑顔でお盆を後ろに浮かせながら俺の机のところまで飛んでくる。
・・・なるほど、理屈は分かんないけどソニアは鉄なら電気で浮かせられるから、そういう運び方が出来るのか。
「はいどーぞ!」
そう言ってソニアは俺の机の上にお盆を置く。そこには杏仁豆腐が一つだけ乗っていた。
え? ・・・これだけ? なんで杏仁豆腐?
「な、なぁ・・・どうして杏仁豆腐なんだ?」
「美味しかったから!」
ニカッと笑って見上げてくる。
・・・そういえば、いつだったかバネラと一緒に杏仁豆腐を食べてたな。それで、自分が食べて美味しかったから持って来てくれたのか。嬉しいんだけど・・・これじゃない。もう少しガッツリしたものが食べたい。
「さぁ! 召し上がれ!」
・・・こんな良い笑顔のソニアにそんなこと言える訳ない。
「い、いただきます」
もぐもぐ・・・もぐもぐ・・・
なんか・・・ソニアが凄い凝視してくるんだけど・・・。もしかして食べたいのか?
「ソニアも食うか?」
「え!? いや! それはディルの朝ごはんだし! わたしは大丈夫だよ!」
そういうソニアの視線は杏仁豆腐に釘付けだ。
「少しやるよ。ソニアにあげるくらい減ったうちに入らないからな」
俺がそう言ってスプーンで掬った杏仁豆腐をお盆の上に置くと、ソニアは目をまん丸にして俺と杏仁豆腐を交互に見る。
「え・・・本当にいいの?」
「おう」
「・・・ありがとう。いただきます!」
幸せそうに杏仁豆腐を頬張るソニアを横目に、俺も杏仁豆腐を食べる。
杏仁豆腐くらいでこんなに喜ぶなんて・・・。俺なら肉の方がいいけどな。
「あれ? ディル、お前何食ってんだ?」
隣りの席で次のテストの復習をしていたカーマが俺が食べている杏仁豆腐を覗き込んでくる。
「朝ごはんだよ」
「え? 朝ごはんが杏仁豆腐ってお前・・・いてぇ!? なんで脛を蹴んだよ!」
要らんことを言われる前にカーマの脛を素早く蹴った。
ソニアは・・・!?
「ん~・・・うまうま~!」
よかった、杏仁豆腐に夢中で気付いてない。
杏仁豆腐を食べ終わると、ソニアは「片付けて来るね!」とお盆を浮かせて、また食堂まで飛んで行った。
そして、次のテストが始まる。
次は魔物学だったな。これは以前にミカさんから「魔物と戦うならまずは魔物を知ることよ」と徹底的に教え込まれた。
筆を手にスラスラとテスト用紙に解答を書いていると、「コンコン」と教室の扉の窓を叩くような小さな音が静かな教室に響いた。音の出所を見てみると、やっぱりソニアだった。扉のガラス部分を叩いて教卓で生徒達を見張っているアキノ先生に何か言っている。
たぶん、「開けて~!」って言ってるな。
それに気付いたアキノ先生が慌てて扉を開けると、ソニアが若干食い気味に教室の中に入ってくる。そして俺の方へ飛んでこようとしたのをアキノ先生に進行方向に手を出されて止められた。
「あ、あの・・・本当に申し訳ありませんが、公平性を保つためにディル君の机に行くのは・・・」
「え!? どういうこと!? わたしがディルに答えを教えるかもってこと!? そんなことしないよ!」
アキノ先生は生徒達がテストに集中出来るようにコソコソと話してるのに、その気遣いを台無しにするように大きな声でソニアが返事する。
うちのソニアが本当にごめん!
「し、しかし・・・他の生徒達がどう思うか・・・ディル君の為にもここは我慢して頂けると・・・」
「・・・むぅ。分かったよ」
そう不貞腐れた様に頬を膨らませて言ったソニアは、そのまま教卓の上に座った。そしてまるでさっきまで生徒達を見張っていたアキノ先生みたいに生徒達を見渡し始めた。
(あ! ディル! 手が止まってるよ! ちゃんとテストに集中しなきゃ!)
頭の中にソニアの声が響く。テレパシーだ。
誰のせいで手が止まったと思ってるんだ!
生徒達が筆を滑らす音だけが響くなか、ソニアは暇になったのか皆の頭上に光の玉を出して遊び始めた。気が散って仕方ない。そして、ソニアの光の玉を始めて見るであろう他の皆は俺以上に気が散っていることだろう。
皆! 本当にうちのソニアがごめん!
ゴーン・・・ゴーン・・・
鐘が鳴った瞬間、ソニアが弾ける様な笑顔で俺のもとに飛んできた。
「おつかれディルー! 途中で手を止めてたみたいだけど、テストは大丈夫だった?」
「・・・大丈夫だったけど。・・・ソニア、暇なら別に教室に居なくてもいいぞ。確か探し物をしてるんだろ? 探して来たらどうだ?」
自分の記憶が閉じ込めてある道具を探してるって言ってたもんな。俺も手伝おうとしたけど「ディルは青春を楽しんで!」と意味の分からない理由で断られた。
「そうだね・・・・そうだった! わたし、今日はその探し物を探しに行く予定なんだった!」
「ああ、なら行ったらいい。詳しいことは分かんないけど、記憶、取り戻せたらいいな」
たぶん、ソニアは本当はもっと長生きしてたんだと思う。それが8年前に記憶を失って、結果的に今は8歳のソニアが今ここに居るんだと俺は考えてる。
記憶が戻ったソニアがどうなるか分からないけど、ソニア自身が記憶を取り戻したいなら俺は全力で協力する。好きな人が困っていたら助けるとお母さんと約束したし、俺がそうしたいと思った。
「じゃあ行ってくるね! 夕方までには戻ってくるよ! ・・・カーマ! ちょっとそこの窓開けて!」
「あ? お、おう」
ソニアは元気に手を振りながらカーマが開けた窓から飛び出していった。
・・・学園内から出るなよって言い忘れたけど・・・出ないよな?
そして次にテストの最中にふと窓の外に視線をやったら、何故か昨日の筋肉自慢のオッサンのキンとニックを従えたソニアが、護衛士を引き連れたフィーユと校庭で何やら話している姿が見えた。
・・・何があったんだ? 状況がまったく分かんないな。めちゃくちゃ気になる。
それから、ソニアが戻って来ることなく午前中のテストを終えた。
ぐぅぅぅぅ・・・
・・・やっとお昼休憩だ。早く食堂に行って飯だ!
読んでくださりありがとうございます。杏仁豆腐は大盛りでした。