175.マイの悩み(後編)
「ディル! 大丈夫?」
「ディル氏! 大丈夫ですか?」
ナナカ君とバネラが心配そうな顔で駆け寄ってくる。先生も「ディル君、足を見せてみなさい」と厳めしい顔で歩いてきた。
「カーマ君、すぐにディル君を・・・」
「分かってる」
カーマがディルを背負って立ち上がり、何処かに行こうとする。
「ちょっとカーマ! ディルをどこに連れていくつもり!?」
慌ててわたしがカーマの進行方向に飛び出て両手を広げると、カーマは呆れたように溜息を吐いてわたしを見てくる。
「医療室に決まってんだろ。フィーユ先生にディルの足を見せんだよ」
「・・・あっ、そっか。そうだよね」
落ち着けわたし。深呼吸だ。
「すぅ・・・はぁ・・・」と深呼吸していたら、ディルがそんなわたしを見てカーマの頭を軽く叩いた。
「降ろしてくれカーマ。わざわざ医療室まで行かなくても、闇の魔石があれば身体強化で治せるから。・・・悪いけどソニア、寮の部屋から俺の闇の魔石を取って来てくれないか?」
「う、うん。それで治るなら・・・」
「ちゃんとフィーユ先生に見て貰った方がいいと思うよー」
マイがディルの変色した足を難しい顔で見ながら言う。
「闇の魔石で治すことも出来るんだろうけど、ちゃんと医療の知識がある人に見てもらって、こうなった原因を知らないとまた同じことを繰り返しちゃうからねー」
「でも闇の魔石で自分で治せるなら、それでいいんじゃないか?」
ディルはそう言うけど、わたしはマイの言う通りちゃんと見てもらって方がいいと思う。もしこれが魔物との戦闘中だったら大きな隙が生まれることになるんだから、原因を知ってこうならないようにした方がいいに決まってる。
「いい? ディル君。闇の魔石で治すっていうのは、身体強化で体の代謝を上げて回復力を上げてるだけで、正確には治療ではないの。下手すれば間違った形で回復しちゃうこともあるんだから、フィーユ先生に見てもらって、緑の魔石で治療して貰った方が安全なんだよー?」
マイが理由を説明してくれるけど、ディルは未だに渋る顔をしている。
「わたしもマイに賛成だよ。せっかく原因を知る機会があるんだから、知った方がいいと思う。無理は良くないよ。ディルはひとりじゃないんだから」
「・・・分かってるよ。ただ、俺って格好悪いなって思ってただけだ」
それでどうしてフィーユ先生に見せるのを拒否するのに繋がるのか分かんないけど、ディルは格好良さにこだわりすぎだと思う。
「ディルの格好悪い所なんて村に居た時や旅の途中で散々見て来たし、今更だよ」
「・・・うぅ」
「でも、そんな格好悪いところも含めてディルだし、わたしはそんなディルが好きだよ」
正直、普段強気なディルがこうやって落ち込む姿はちょっぴり愛嬌があって可愛い。それに、一番身近にいる人に弱みを見せられないって寂しいじゃん。
わたしが「ね!」と微笑むと、ディルは頬を搔きながらはにかんだ。
「こんな時に惚気始めないでー! ほら! ディル君はウチが運ぶからカーマ君は授業に戻ってて!」
マイがそう言ってカーマの背中にいるディルを無駄のない動きで優しく担いだ。
「は!? おいマイ! 流石に女に背負われるのは恥ずかしいんだけど!?」
「だってカーマ君は授業中だし、雑に運びそうでしょー!? 怪我人を運んだことなんて経験無いだろうしー!」
マイのその言葉に、カーマは図星を突かれたように「うっ」と顔をしかめる。
「じゃあ、ディル君。優しく運ぶけど、一応ちゃんとウチに掴まっててね~」
「お、おう」
ディルがギュッとマイに抱きつく。
・・・・・・。
「ちょっと・・・ソニアさんもバネラもそんな怖い顔で睨まないでよ~。・・・というか、何でバネラまで~?」
マイは言葉の通り医療室までディルを優しく気遣いながら運んでくれた。
わたしの体がもっと大きかったらわたしが運んだのに。
「重度の筋断裂ですね」
フィーユがディルの足を一目見てそう宣告した。
「筋断裂? なんだそれ?」
ディルが首を傾げて、わたしも一緒に首を傾げる。その隣ではマイが納得顔で頷いている。
「肉離れとも言いますが、筋肉への過度な負荷が原因で、耐え切れずに筋肉が断裂することです。ディル君、体に重度の負荷がかかるような無理な動きなどしませんでしたか?」
「ん~~? 別にしてないぞ?」
ん~~? してたよね?
「何言ってるのー! ディル君、プールで物凄いスピードで泳いでたでしょー?」
「え? 普通に泳いでただけだけど・・・」
「人間が普通に泳いであんなスピード出るわけないでしょー!」
そうだよ。あの時はディルだからかって、何故かそれで納得しちゃったけど、やっぱり闇の魔石で身体強化してない状態であのスピードはおかしいよ。
また首を傾げて「何が変なのか分からない」みたいな顔をしてるディル。フィーユがそんなディルを見てハッとして口を開いた。
「ディル君は闇の適性持ちでしたよね? どれくらいの頻度で使用してますか?」
「頻度? 毎日一回は使うようにしてるぞ? 体が鈍ったらいけないからな。夜に身体強化して軽く運動してる」
「え!? わたしが寝てる間にそんなことしてたの!? 寝なよ! 成長期なんだから!」
どおりで年齢の割に筋肉がしっかりしてて背が低いわけだよ!
「いやでも、目標の為にはこれくらいは当たり前だし、ソニアの寝顔を・・・」
「理由はどうであれ、夜はしっかり寝なさいディル君。背が伸びませんよ」
「・・・はい」
ディルも身長は伸ばしたいんだね。わたしはディルが高身長でも背が低くてもどっちでもいいけど。
「それで、どうすれば再発を予防出来るの? ディルのこの感じだとまた無意識にやっちゃいそうなんだけど・・・」
むしろ、今までよく何も無かったと思うよ・・・。
「まずは、原因を知ることからですね。・・・人間の体は身体に負荷がかかりすぎないように自動的に脳が力をセーブするようになっているのですが、闇の魔石を使っての身体強化を繰り返すことでそのリミッターが外れやすくなるのです」
フィーユはボソリと「こんな若い子でそうなっているは初めて見ますが」と付け足す。
「じゃあ、闇の魔石を使わないことが再発防止なのか? そんなの無理だぞ」
「そうですよね・・・。でしたら、マイさんに筋肉に負荷がかからない動き方を教えて貰うのはどうでしょう?」
「え、マイに?」
「え、ウチに?」
ディルとマイがお互いを見て首を傾げた。わたしは二人の間でポンッと手を打つ。
「そっか! マイは実家が道場で幼い頃から護身術を習ってたんだよね! でも、そんな筋肉がどうのこうのっていう専門的なことまで出来るの?」
「あ、うん。護身術は自分の身を守る術のことだから、自分の体に負荷が掛からないように動くのが基本なんだよー・・・。でも、教えるならウチじゃなくて道場主のお母さんの方が適任だと思うよー?」
それもそうだよね。わたし的にはマイの方が気心が知れてるから安心出来るけど。
「これは学園側の事情ですが、この件をあまり大事にしたくないのです。もし妖精の愛し子様に怪我をさせたとあの国に知れてしまったら・・・どうなるか分かりませんから。出来るだけ学園外には秘密にしたいのです」
あの国って・・・スズメが王女様のカイス妖精信仰国のことだよね。もし王族が皆スズメみたいだったら、わたしが何か言えばどうにかなる気がするけど、火種は無い方がいいよね。
「そういうことですので、今後運動の時間と放課後などの空き時間にマイさんから体に負荷のかからない動き方を教わってください。マイさんも、水泳の授業をサボっていることに目を瞑っているのですから協力してくださいね?」
「「はーい」」
フィーユは「自分の体を大切に」とディルの足を緑の魔石で治してくれた。そして、流れるようにわたしを見て「その格好でここまで来たんですか?」と言った。
あっ、水着のままだった!
「マイ! 制服返して!」
・・・そして、その日の放課後。
学園のグラウンドの隅を借りて、ディルはマイに体の動かし方を教わっていて、わたしはバネラと一緒にその様子を見ている。
「とりあえず、習うより慣れよ! だね~。ディル君、ウチに殴りかかってみてー?」
「はい!?」
「大丈夫だよー。ウチ、こう見えてもそれなりに実力あるから~」
ディルは疑わし気な顔をしつつも、やや遠慮がちにマイに殴りかかる。普段の2.3割くらいだけど、それでも十分に強烈な威力だ。
あ、危ない!
見てるだけのわたしだけど、思わず目をギュッと閉じてしまう。
目を開けたら、マイの横で目を丸くして空を見上げるディルが横たわっていた。
な、何が起こったの?
「こんな風に、ウチ自信の力を使わなくても、相手の力を利用して倒すのがウチの道場の護身術だよ~」
「す、すげー!」
ディルがガバっと起き上がって尊敬の眼差しをマイに向ける。
確かに凄いけど・・・それって体に負担のかからない動き方じゃなくて、戦い方じゃないの?
「これは、力が向かう方向と体の仕組みを完全に理解してないと出来ないからねー。習得すれば、自ずと体に負担のかからない動き方も分かってくると思うよー」
なるほど、そういうことか。
「これって魔物相手でも通用するのか!?」
「え、魔物ー? うーん・・・まぁ、その魔物の体の構造を理解してるなら・・・たぶん」
「マジか! よろしくお願いします! マイ師匠!」
ディルが勢い良く立ち上がり、マイの手を握った。
「え、師匠? なんか照れるなぁ~」
こういうのは男の子っぽくてあんまり好きじゃないって言ってた割に結構ノリノリだし、師匠って呼ばれて嬉しそうじゃん。実はお裁縫よりもこっちの方が好きなんじゃない?
「面白くないです」
わたしと一緒にディルとマイを見ていたバネラが口を尖らせながら、視線はマイを捉えながら言う。
「ソニアさんはディル氏がマイちゃんに懐いてて面白いですか?」
「面白いわけじゃないけど・・・アレは師匠として慕ってるだけだし、ディルには師匠がいっぱいいるからね」
村に居た時はデンガに体を鍛えて貰ってたし、ジェシーに色々と勉強を教わってた。そのあとウィックに身体強化での戦い方と、剣の扱い方を教わって、ミカちゃんには魔物との戦い方を教わっていた。あとはお父さんにも格闘術を教えて貰ったって言ってたっけ。
それからもマイ師匠による護身術のお稽古は数日間続き、季節末テストが間近に迫った頃・・・
「よし! どこからでもかかってこい!」
ディルがそう叫ぶと、四方八方からガタイの良い男達がディルに襲い掛かる。
今は多人数戦を想定した戦い方を教わっている最中で、小柄なディルにバッタバッタとなぎ倒されていく男達を見るのは爽快だ。
「ふぅ・・・どうだ? マイ師匠」
肩を激しく上下させるガタイの良い男達を後ろに、ディルが軽く息を吐いてマイに問いかける。
「うーん。まだちょっと無駄な動きが多いかなー。例えば、途中で後ろから2人が殴り掛かってきた時は・・・」
2人が真剣な表情で話し合っているのをバネラと一緒に眺めていたら、後ろから声を掛けられた。
「順調そうですね。こんな短期間でここまで上達するとは、さすが妖精の愛し子様のディル君です」
そう言ってフィーユがわたしとバネラの横に座る。
「フィーユ。ディルの為に護衛士の男の人達を貸してくれてありがとね」
「いえいえ。ディル君に怪我をさせてしまったのは学園側の落ち度ですから」
うーん・・・ディルの普段の無理がたたった結果だと思うけど。
「ところで、フィーユは何の用? 様子を見に来たの?」
「それもありますが・・・」
「あっ、フィーユ先生! こんなところまでどうしたんですかー?」
今日のお稽古が終わったらしいマイとディルが後ろに護衛士の男達をぞろぞろと引き連れて歩いてきた。
「マイさん・・・どうしたんですか、じゃないですよ。季節末テストの選択科目、今日までに決めて下さいと言ったではありませんか。私はまだ何も聞いていませんよ」
「あーー・・・ごめんなさい忘れてましたー」
テヘっと下を出すマイ。わたしも今度ディルに片付けしろって怒られたらマネしてみようかな。
「それで、決まったのですか? 前年と同じ裁縫科にするのか、護衛術にするのか」
「・・・ウチ、護衛術にします」
マイはおちゃらけた表情から真剣な表情に変えて、そう宣言した。
「マイちゃん・・・将来は服飾系の仕事をしたいからって裁縫科を選ぶんじゃなかったんですか?」
バネラが「それで大丈夫なんですか?」と心配そうな顔でマイの顔を覗き込む。
「うん。ウチ、お母さんみたいな男顔負けなガタイの良い体付きになるのが嫌で、道場を継ぎたくなかったんだ。それで女の子っぽい服飾系の仕事がしたかったし、お裁縫も好きだった。でも、こうやってディル君に稽古をつけて、誰かの役に立てるのはもっと好きだって気付いたの。服飾系じゃウチはあんまり役に立たないし」
「そうなんですね。マイちゃんが後悔しないならそれで良いと思いますよ。でも、お裁縫も趣味で続けてくださいね。服を作ってるマイちゃんもとっても楽しそうでしたから」
「うん! そうするよー!」
マイは何の曇りもない笑顔で「頑張るよ!」とバネラに抱き着く。
「そうだ。マイって筋肉質な体が嫌だから水着を着ないって言ってたよね?」
わたしがそう言うと、マイは周囲の男達を気にしながら「うん」と頷く。
「そういう悩みを持つ女の人でも着れるような水着を自分でデザインしたらいいんじゃない?」
「自分で・・・?」
マイは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。その隣ではバネラが嬉しそうに微笑んだ。
「いい案ですね! 私もせっかくのマイちゃんの美ボディが勿体無いと思ってたんです! この機会にマイちゃんの体を更に魅力的に見せれる水着を着てほしいです!」
「バネラ・・・美ボディなんて言い過ぎだよ~」
ううん。美ボディだよ。わたしは引き締まった無駄のないあの体が羨ましい。
「腹筋・・・じゃなくて、お腹周りは露出させてくださいね!」
「それは・・・分かんないけど、ウチもこのまま水泳の授業をサボり続けるのはマズイと思ってたし、新しい水着、考えてみようかなー」
マイとバネラは新しい水着のデザインを話し合いながら手を繋いで帰路につく。
「なんだか分かんないけど、俺が怪我したお陰だな!」
「ちがっ・・・くわはないけど、わたしはディルが怪我したお陰で少し寿命が縮んだ気がするよ。強くなりたいのは分かるけど、これからはあんまり無理しないでね」
妖精に寿命があるかは知らないけど。
「無理は・・・するかもしれないけど、目標の為には・・・な」
目標・・・かぁ。前にも聞いたことがあるけど、教えて貰えなかったんだよね。
「ソニアさーん! これからバネラと一緒にお風呂に入りに行くんだけどソニアさんも一緒に行かなーい?」
前を歩くマイがそう言って手を振ってくる。わたしは「行く行くー!」と先を歩く二人のもとに飛んだ。
「ディル君の目標って何なのですか? 良ければ教えてください。気になります」
後ろからフィーユのそんな声が聞こえてきた。思わず飛ぶスピードを落として聞き耳を立ててしまう。
「俺の目標は世界一強くて格好良い男になることだ」
「・・・それは、壮大な目標ですね」
「ああ、だって好きな人が世界一可愛くて優しいからな。それくらいの男にならないと釣り合わないだろ? 俺はソニアの一番になりたいんだ。ずっとな。・・・あっ、これソニアには内緒な」
・・・。
「ソニアさーん! 何してるのー! 早く行こうよー!」
わたしは飛ぶスピードを上げる。
「あれ? ソニアさん、顔真っ赤じゃん。どうしたのー?」
読んでくださりありがとうございます。もうすぐテストです。




