174.マイの悩み(前編)
ディルが学園に体験入学して、そしてバネラの意外な秘密を知ってから数日が経ったある日。わたしは医療室でフィーユとマイに着せ替え人形にされていた。
「ハァ・・・ソニアさんは何でも似合って羨ましー!」
マイが猫のコスプレ衣装を着せられたわたしを見て興奮気味に言ってくるけど、わたしは自分の姿を鏡で確認して、彼女の感性を疑った。
元々ある尖った耳と妖精の羽に加えて、猫耳と尻尾って・・・。しかも服はお腹の出たメイド服・・・。今すぐにでも脱ぎたい。
「わざわざわたしに着せなくても、自分で着ればいいじゃん。わたしよりはマイの方が似合うと思うよ?」
「嫌だよー! そんな恥ずかしい格好出来ないよー!」
・・・なんだって?
「それに、ウチ用に作るには布も時間も足りないんだもーん。ソニアさんは妖精でちっちゃいから余った布で作れるしー、時間もあんまりかからないから丁度いいんだよ~」
共にバネラの秘密を知る仲になったせいか、最初に会った時よりもだいぶ図々しいというか、失礼というか・・・。まぁ、畏縮されるよりは全然マシなんだけどね。
ゴーン・・・ゴーン・・・
お昼休憩の終わりを告げる鐘の音が響く。
「あっ、もうそんなに時間が経ってたのー? 早く行かなきゃ~!」
マイが慌てて散らかした自分の荷物をまとめ始める。そして、ある物を手に取ってニヤリと笑った。
「・・・そうだ、ソニアさん。次は水泳の授業なんだけどさ~、コレ着て来てよ~!」
そう言ってわたしに差し出してきたのは、水着だった。それもビキニの。
「嫌だよ」
ビキニなんて人間だった頃も着たことないのに、今は妖精になって皆に注目されやすいのに、着れるわけがない。
「え~・・・絶対似合うと思うんだけどな~。そう思いますよねー? フィーユ先生」
そう聞かれたフィーユは、わたしとマイが持つビキニを交互に見てうっとりと微笑んだ。
「凄く似合うと思いますよ。ソニアちゃんはスタイルが良いですし、瞳と同じ色でよく映えると思います」
そういう問題じゃないんだよ・・・。
渋るわたしに、マイはポンッと手を叩いて揶揄うように目を細めて口を開いた。
「ディル君とか、こういう水着着せて見せたら喜ぶと思うんだけどなぁ~」
「・・・でも恥ずかしいし」
ディルに見られるってなったら余計恥ずかしいよ。だって、ディルはわたしのことが好きなんだよ? そういうの、意識しちゃうじゃん。
「大丈夫だよ~。今着てる猫耳メイド服の方が恥ずかしいんだから、ビキニくらい普通だよ~」
自分の体を見下ろす。露出はビキニの方が多いけど、恥ずかしさで言ったら今着てる服の方が恥ずかしい。
「この水着を着たら、ディル君きっと今よりももっとソニアさんのこと好きになっちゃうんじゃないかなー?」
・・・。
「ハァ・・・しょうがないなぁ。着てみるから、先に行ってて。急がないと授業に遅刻しちゃうよ?」
「分かりました! 楽しみにしてるね~!」
マイは元気に手を振りながら医療室から出て行く。
「ソニアちゃんは本当にディル君のことが好きですね」
フィーユが微笑ましいものを見るような目で見てくる。
まぁ・・・ディルの「好き」とわたしに「好き」は違うんだけど、大切な人なのは変わらない。
「そういえば、ディルの両親の情報は何か掴めたの?」
恥ずかしい猫耳メイド服を脱ぎながら聞いてみる。
「・・・いえ、申し訳ありませんが、まだこれといった情報は掴めていません」
まだ数日しか経ってないしね。今は気を長くして待ってよう。
水着に着替えて、上から制服を着て医療室を出る。さすがに水着のままそこら辺を飛び回るのは恥ずかしい以前に元人間としてありえない。
「ふんふふふ~ん」
鼻歌を歌いながら、学園内にある屋外プールに向かう。
おっ、皆もう準備運動始めてる!
「いちにっ」「いちにっ」と見覚えのない動きをしている生徒達の方へと飛んで行く。生徒達の水着は、男子はよくある膝上の海パンで、女子はセパレートタイプの地味目な水着だった。
わたし・・・かなり刺激的な水着を着せられたんじゃない? 着せた張本人は隅で制服姿で座って見学してるし!
生徒達が頭上を飛ぶわたしを目で追っているのを尻目に、隅で退屈そうに見学しているマイに声を掛けに行く。
「ちょっとマイ! わたしに恥ずかしい水着着せといて、どうしてマイは水着を着ないでこんな隅で見学してるのさ!」
「どういうこと!?」と腰に手を当ててマイの顔面に詰め寄ると、マイは眩しそうにわたしを見上げて口を開く。
「だってソニアさんとウチは違うでしょ? ソニアさんはどんな水着を着ても似合うくらいスタイルが良くて可愛いけど、ウチはスタイルも良くないし、可愛くもないもーん。だからウチは制服で見学中なのー」
そんな良い笑顔でどうどうと言うようなことじゃないよ。サボってるのと一緒だからね?
「本当、羨ましいな~。ハハハ・・・」
マイが自分の二の腕を触りながら悲しそうに笑う。
マイとかフィーユは「妖精」っていうフィルター越しにわたしを見ているせいで、少し、いや、かなりわたしという存在が美化されてる気がするし、マイは普通にスタイル良いし、可愛い。色々と間違ってるよ。
「お風呂に入った時にチラッと見えたけど、マイはスタイル良いと思うよ?」
理想的な感じに筋肉が引き締まってて、少し羨ましかったもん。
「良くないよ~。ウチ、実家が道場で幼い頃から護身術をやってるせいで凄く筋肉質でゴツゴツしてて・・・女の子らしくないもん。ぷにぷにのソニアさんが羨ましいな~」
うーん。隣の芝生は青く見えるのかなぁ。
「・・・って、わたし別にぷにぷにじゃないし!」
「ぷにぷにだよ~。・・・というか、水着はどうしたのー? 制服の中に着てるのー?」
「うん。水着のままここまで来るのは流石にね・・・。だからこの下に着てるよ」
「へ~! 早速見せてよ・・・あっ」
マイがわたしの後ろを見て「あっ」と口を開ける。
「なんだ? ソニア、その下に水着着てるのか?」
ディルがそう言って後ろからわたしを覗き込んできた。振り返ったら、水着姿のディルとナナカ君とバネラが立っていた。更に後ろの方でカーマが1人で準備運動をしているのが見える。
「ソニアさんの水着姿、見てみたいです」
そう言いながらディルとナナカ君を交互に見て鼻息を荒くしているバネラは放っておいて、わたしは・・・わたしもディルとナナカ君を交互に見る。
ディルの方が筋肉はあるんだね。顔が幼いのに見事な筋肉が出来上がってるから・・・なんかイケナイものを見ている感覚になっちゃう。
「俺もソニアの水着姿見てみたいな」
わたしが筋肉を見つめていたら、ディルが頬を搔きながら照れくさそうに言ってきた。
しょうがないなぁ。やっぱりこのまま制服のままでもいいかなって思ってたけど、そんな顔で見られたら断れないよ。それに、わたしもディルの水着姿をマジマジと見ちゃったしね。
「ちょっと待っててね」
わたしはマイの後ろに隠れて、せっせと制服を脱いで水着姿になる。
ぷにぷにしてない・・・よね?
ディルの前に出る前に、一応自分のお腹と二の腕を触って確かめる。
うん。妖精になってからまったく変わらない何の変哲もないお腹と二の腕のままだ。大丈夫。
制服を畳んでマイに預けて、わたしはディル達の前に出る。
「ど、どうかな?」
なんか・・・こうやって自分から感想を聞くのめっちゃ恥ずかしい。
「綺麗です、可愛いです、ソニアさん!」
「うん! やっぱりすっごく似合ってるよー!」
「・・・可愛いと、思いますよ。ちょっと目のやり場に困りますけど」
バネラとマイがニコニコと褒めてくれて、ナナカ君が少し目線を外して照れるように頬を搔きながら褒めてくれる。
肝心の・・・じゃなくて、わたしの水着を見てみたいと言ったディルは、ぽけーっとマヌケな顔で口を開けながらわたしを見てるけど・・・何か言ってよぉ。
「すぅ・・・ソニア」
「え、なに?」
ディルが真顔で声を掛けてきた。真っ直ぐにわたしを見ている。
「今、俺に雷を撃ったか?」
「はい? 撃ってないけど?」
「そ、そうだよな」
ディルはうんうんと納得顔で頷きながら、じーっとわたしを見てくる。
「ね、ねぇ。さすがにそんなにマジマジと見られると恥ずかしいんだけど・・・」
言いながら両手で胸元を隠すと、ディルは「あっ、ごめん」とサッと視線を逸らした。
「君達~! そんなとこで固まってないで真面目に授業を受けなさーい!」
少し離れたところから先生の声が聞こえた。ナナカ君とバネラが「まずい」みたいな顔で少し速足で生徒達の所へ戻って行く。ディルはわたしを見てくいっと指でプールを差した。
「ソニアも一緒に泳いだらどうだ?」
「わたしも?」
ディルが指差した先を見る。大人が立っても顔が出ないくらいの深いプールで生徒達が男女に別れて泳いでいるけど、そのスピードがおかしい。人間離れした速さってわけじゃないけど、わたしが人間だった頃の世界なら、全員がオリンピック選手でもおかしくないレベルだ。
この世界の人間って、凄く運動神経良いんだね。まぁ、今の妖精のわたしならあの数百倍は速く泳げるけど。泳ぐっていうか、水中を飛ぶような感じだね。
「わたしは泳がないよ。人間のスピードに合わせて泳いでもつまんないし」
どうせなら全力で泳ぎたいけど、そんなことしたら水飛沫で他の生徒達が泳げなくなっちゃうもん。
「ん? 泳がないなら、ソニアはどうして水着を着てるんだよ?」
「水着はディルに見せようと思って着ただけだよ」
「え?」
「ん?」
あれ? わたし今なんて言った?
ディルが目を丸くして一瞬固まったあと、ゆっくりと目を細めてとても嬉しそうに口角を上げて、わたしに顔を近付ける。
「凄く魅力的だぞ。息するのを忘れそうだ」
ディルは頬を赤らめながらそう呟いて、逃げるように生徒達の方へ戻っていった。わたしはその後ろ姿を目で追うしか出来ない。
「ソニアさん、顔真っ赤~!」
マイがそんなことを言いながら揶揄うようにわたしの頬をぷにぷにと突いてきた。
・・・だ、だって! あんなこと言われたの人間だった頃を含めても始めてだし! そりゃあ赤くもなるし! 羽だってパタパタしちゃうよ!
「もう! わたしばっかり恥ずかしい思いしてる! せめて言いだしっぺのマイも水着になってよ! 腑に落ちない!」
言いながらマイの襟をグイグイと引っ張る。
「ちょ・・・ちょっとソニアさん!? ウチは下に水着着てないから! 普通に下着だからやめて~!」
「うるさい! マイも恥ずかしい目にあえ~!」
別に本気で脱がそうとしてるわけじゃない。こうでもしないとさっきのディルの言葉を思い出しちゃうんだもん。
「・・・ハァ、まだソニアさんを掴む力加減が分かんないだからこういうことは止めてよー。誤って握り潰しちゃいそうでこわいよー」
マイがぐしゃぐしゃになった服と髪を直しながら恐ろしいことを言う。わたしはそっとマイと距離をとって隣に座った。
「そんなに水着になりたくないの? マイ、本当にスタイル良いし、護身術やってたってことは動くのも苦手なわけじゃないんでしょ?」
「体を動かすのは得意な方だけど・・・運動が好きって男の子みたいだし、こんな筋肉質な体を男の子に晒したくないもん。それに、ウチはお裁縫とか女の子らしいものの方が好きだなー。まぁ、テストの結果はあんましなんだけどねー」
マイは選択科目で裁縫科を選んでるんだ。護身術が得意なら護衛術を選んだ方が成績は良いと思うけど、本人が好きなものを選ぶのが一番だよね。
そんなことを考えながらプールを見ると、ディルが人間離れした速度で泳いでいた。1人だけレベルが違いすぎる。
「そういえば、ディル君は選択科目何にするのー? やっぱり護衛術かなー? ソニアさんなら知ってるでしょー?」
「え? なんだろ・・・」
視線を上にやって考えようとしたら、プールの方からカーマの叫び声が聞こえてきた。
「・・・っディル!!」
カーマの必死な声色に、わたしは慌ててプールの方へ視線を戻す。
なにごと!?
プールの中央でバシャバシャと水飛沫が立っている。
え・・・アレって・・・
飛沫の間から、この数年ずっと見てきた黒い髪が見えた。
「ディル!?」
まさか、あのディルが溺れてるの!? 助けなきゃ!
わたしがマイの隣りから飛び立とうとした時には、既にナナカ君が走り出していて、そのナナカ君をカーマがものすごい勢いで追い越して綺麗なフォームでプールに飛び込んでいた。
バシャン!
カーマがディルを肩に担ぎながらプールから上がる。わたしはバチッと電気が弾ける様な音と共に、一瞬でディルとカーマの下まで飛んだ。わたしが居たところでは、マイが「あれ? ソニアさん?」とわたしを探しているのが視界の端に見えた。
「ディル! ディル! どうしたの!?」
わたしがディルの顔に近付いてそう叫ぶと、ディルは「ゲホッゴホッ」と水を吐き出しながら、強がるように力みながら笑った。
「ハァ・・・ハァ・・・これくらいで泣くなってソニア。ちょっと足が攣っただけだ」
「足が攣ったって・・・」
ディルの足を見ると、片足の脹脛の辺りが痛々しい紫色に変色していて、カーマに肩を借りて、その片足を引きずりながら歩いている状態だった。
攣った程度でこんなになるわけないでしょ・・・。
読んでくださりありがとうございます。見るのはいいけど、見られるのは恥ずかしい。皆そうですよね。