173.バネラの秘密(後編)
「ただいま~」
寮の部屋の扉を開けてディルがそんなことを言うので、わたしは「おかえり」と返す。わたしも一緒に帰って来たんだけど。
「・・・ってうわぁ! 部屋の中きったな! めっちゃ散らかってるじゃん!」
部屋中にディルのリュックの中身が散乱した状態を見て、ディルが悲鳴を上げる。
「ソニア! 散らかしたら片付けろっていつも言ってるだろ!」
「どうしてわたしだと決め付けるの!」
「じゃあ誰だよ!」
「わたしだけど!」
・・・お騒がせ三人衆と虫相撲をした時にゴーレムを取りに来て、それでリュックの中身を全部出したんだよね。・・・・そう、リュックの中身を出しただけで、決して散らかしたわけじゃない。
「ハァ・・・俺も手伝うから、一緒に片付けるぞ」
「え~・・・ディルの荷物でしょ? なんでわたしが・・・」
「散らかしたのは誰だよ!?」
ディルに頬をむにっと突かれた。仕方ないので、わたしは「散らかしたわけじゃないし」とボソッと反論しながら片付けを手伝う。
「・・・それにしても、ソニアは俺が授業を受けてる間に何をしてたんだ? こんなに散らかして」
「色々とあったんだよ・・・」
わたしはディルに説明する。火の雲で火の妖精に会ったこと、スズメに追いかけ回されて森で悲惨な目に会ったこと、お騒がせ三人衆とゴーレムを使って虫相撲をしたこと、フィーユに着せ替え人形にされたこと、ディルと再開してまた別れたあと、スズメと友達になったこと、そしてスズメの身分とヨームとの関係も。
「・・・っていうわけなんだけど、スズメにヨームのこと話した方がいいのかなぁ?」
「ソニアは随分と濃い一日を過ごしたんだな。・・・ヨームのことは、とりあえず話さない方がいいと思うぞ。相手は王女様だろ? 巡り巡ってくるみ村に何かあったら嫌だ」
「・・・そうだね。スズメには悪いけど、このことは黙っていよう」
お兄様に会いたいと言っていたスズメの寂しそうな顔が脳裏をよぎる。
その気持ちは痛いほど分かるよ。わたしだって人間だった頃の妹に会いたいもん。双子で容姿は似てたけど、わたしと違ってしっかり者で友達がたくさんいて、めんこい妹だった。
「そんな泣きそうな顔するなって。もしソニアが話しても大丈夫そうだって、秘密を守ってくれそうだと思ったら、その王女様には話してもいいんじゃないか?」
「・・・そうだね! もう少し仲良くなって、話せそうだったら話す!」
「ああ。そうしたらいい」
わたしが手伝ったお陰で、片付けは素早く終わった。
「ふぅ・・・ソニアが片付けた傍から散らかすから余計に時間掛かったな。俺一人で片付けたほうが早かった」
わたしが手伝ったお陰で、片付けはとても早く終わった。
「ところで、その虫相撲に使ったって言うゴーレム、どこにも見当たらないけど、どこにやったんだ?」
「え?・・・あっ、森に置きっぱなしだ!」
虫相撲をして、そのままカーマと一緒に医療室に行ったんだよ! 思いっ切り置き去りにしちゃった!
「わたし、取りに行ってくる!」
トントンと窓を叩いて「開けて!」とディルを振り返る。
「もう外は暗いぞ? 明日にしたらどうだ?」
「今がいい! 気になって寝れないよ!」
わたしが「すぐ戻ってくるから!」とごねていると、ディルは仕方なさそうに窓を開けてくれる。
「ソニアの羽は夜は光って目立つからな。気を付けろよ。それと、寄り道せずに帰ってこいよ?」
「分かってるって! じゃあ、いってきまーす!」
わたしは窓から飛び出して、夜空の下を飛ぶ。湿度が高いせいで星空は霞んで見えるけど、暗い夜空の中で一際明るく燃える火の雲がなかなかに幻想的で心が弾む。
「ふんふんふーん」
確か、この辺りに・・・。
「あっ、あった!」
切り株の上で寂しそうに座っているゴーレム君を無事発見。
「ごめんねゴーレム君。寂しかったよね・・・なんちゃって」
ゴーレム君を電磁力でわたしの隣に浮かせて、寮の部屋に戻る・・・ハズだったんだけど、途中で気になるものを見つけた。
「なにあれ・・・火の玉?」
校舎の中を、ゆらゆらと揺らめく小さな炎が飛んでいるのが窓の外から見えた。
ディルには寄り道するなって言われてるけど・・・流石にアレは気になるよ。
「行ってみよう!」
わたしは表情の変わらないゴーレム君と一緒に火の玉の近くまで飛ぶ。すると、火の玉はまるでわたしから逃げるように勢い良く遠ざかっていく。
「あっ! 待て!」
パリーン!
窓ガラスを割って校舎の中に入り、火の玉を追いかける。ガラスに関しては、日中にも一枚割ったし、王女様のスズメも割ってたから、今更気にしない。
あれくらいのスピードなら簡単に追いつけそうだけど、ここは・・・。
「行け! ゴーレム君!」
ゴーレム君を火の玉の進行方向に先回りさせて、わたしとゴーレム君で挟み撃ちだ。
「きゃあ! 何ですかこれぇ!?」
火の玉から聞き覚えのある声がした。
あれ・・・? この声って・・・。
「バネラじゃん!」
「え? ソニアさん?」
小さな火の玉が入ったランタンを持ったバネラが、ゴーレム君に驚いて尻餅をついている。
「急に何かキラキラしたものに追いかけられたと思ったら・・・ソニアさんだったんですね。こんな時間にどうしたんですか? というか、この・・・鉄の人形は何ですか?」
バネラが尻餅をついたまま正面のゴーレム君を指差す。
「それはわたしの・・・何だろう? 遊び道具みたいな物で、森に置き去りにしちゃってたから回収してたんだけど・・・バネラこそこんな時間に何してるの? 夜遅くに女の子1人で危ないよ?」
なんか特大ブーメランを投げた気がするけど、気のせいだよね。
「私は・・・その・・・探し物です」
そう言って立ち上がったバネラは、引き攣った笑顔で「では・・・」と立ち去ろうとする。
「待って! わたしも手伝うよ! そんな小さな火の玉じゃ心許ないでしょ?」
わたしは言いながら光の玉を正面に出す。ポワァっと気持ちいいくらいに周囲が明るくなった。
「わぁ・・・凄い・・・なんだか心が暖かくなる明かりです」
温白色だからね。人間だった頃はリビングはいつもこの光色だった。
「それで、何を探してるの?」
「えっと・・・それは・・・」
バネラは微妙な顔で口ごもる。
これは・・・あまり詮索しない方がいい感じのやつかな?
一緒に探すのはやめとこうかな、そう思った時、バネラがバッと顔を上げて決意の籠った瞳でわたしを見て口を開いた。
「実は私・・・趣味で小説を書いてて・・・それを廊下に落としてしまったみたいで・・・それを探してるんです」
小説かぁ・・・確かに、内容によっては他人に話しにくいよね。
「普段は持ち歩かないんですけど、授業で使うノートと間違えてカバンに入れてしまったみたいなんです」
「なるほどね~・・・」
ん? ちょっと待って。
お風呂でのマイとバネラの会話を思い出す。
『ウチのクラスの子達が言ってたんだけど、この間校舎の廊下にそういう本が落ちてたんだってー!』
『ね、ねぇマイちゃん。その本の内容ってどういう・・・あれだったの?』
『え、内容? 分かんないけど、その本を読んだ子は熱を出して医療室に運ばれたんだって。きっと凄くエッチだったに違いないねー!』
あの時のバネラの表情・・・あれは完全に「まずい!」みたいな顔だった。
「ねぇ、バネラ。もし違ったらゴメンなんだけど・・・その小説ってちょっと・・・その・・・破廉恥な感じだったり・・・する?」
「・・・・・・はぃ」
顔を真っ赤にしたバネラが力なく頷いた。
「ちなみにタイトルとかは・・・」
「薔薇を掛ける少年達・・・です」
薔薇・・・少年達・・・。
わたしは全てを察した。
食堂でのバネラの発言はそういうことだったのか・・・。
「内容はその・・・ソニアさんに言えるようなものでは・・・」
「内容まで話さなくてもいいよ。・・・さぁ! さっさと探して帰ろうか!」
「あっ、はい! よろしくお願いします!」
2人で手分けして探したけど、結局見つからなかった。
「思ったんだけどさ。マイが本が落ちてたんだって・・・って言ってたってことは、もう誰かに見つかって何処かに届けられたあとなんじゃない?」
「・・・確かにそうかもしれないですね」
・・・とんだ無駄骨だったよ。もっと早くに気が付けば良かった。
「でも、届けると言ってもいったいどこに・・・」
「落し物コーナーとか無いの?」
「ありますけど・・・そこは既に探したあとなんです」
「「うーん・・・」」
2人で首をひねる。
『その本を読んだ子は熱を出して医療室に運ばれたんだって』
マイはそう言ってたよね・・・。
「医療室・・・フィーユのところじゃない?」
「・・・読んだ子が医療室に運ばれたのなら、その可能性が高いですね」
もしそうだとしたら、フィーユは本の中身を読んだのかなぁ?
「じゃあ明日、一緒にフィーユの所に行ってみよっか!」
「・・・気は進みませんけど、そうですね。ソニアさんが一緒に行ってくれるなら頑張って行きます」
その後、バネラと一緒に夜道を歩いて学生寮まで戻り、バネラが寮長さんにコッソリと抜け出したことを怒られている間に、わたしはディルが待つ自室まで戻った。
ディル~! 扉を開けて~!
扉の前でテレパシーを送ると、むすっとふくれっ面のディルが扉を開けてくれた。
「ごめんなさい」
「謝る前に何をしてたのか説明してくれ。寄り道するなって言ったのに帰りが遅いから心配したんだぞ。何度も攫われかけたのを忘れたのか?」
「・・・ごめんなさい」
とりあえず、バネラの本の内容は伏せて、バネラと探しものをしてたことを説明した。
ディルは「ハァ・・・」と深い溜息を吐いた後、仕方なさそうな顔でわたしの頭を撫でる。
「まぁ・・・いつも自由で優しいのがソニアのいい所だからな。でも、待たされるこっちの身にもなってくれると助かる。今回なら、テレパシーで帰りが遅くなることを俺に伝えるとか・・・出来るだろ?」
「うん・・・気を付ける」
報連相・・・大事だよね。
何度目か分からない反省をしたわたしは、ディルと一緒にベッドに寝転がって、寝る前のお喋りをする。こういう授業を受けたとか、あの先生がこうだったとか、新しい友達がどうだとか、楽しそうに話してくれた。お陰でわたしは気持ち良く寝れて・・・そして寝坊した。
「・・・なので、もし心当たりのある者は放課後に職員室まで来てください。ホームルームはこれで終わりです」
ん? ・・・アキノ先生の声?
起きたら朝のホームルームが終わるところだった。
寝てるわたしを寝袋ごとディルが教室まで運んだのか・・・。起こしてくれればいいのに。
「ふわぁ~~~~ぁ」
大きな欠伸をsながら寝袋から出て、一緒に寝袋に入っていたヘアゴムとリボンで髪をツインテールに結ぶ。
「お、ソニア。おはよう」
「ディル、おはよう」
まだ少し重たい瞼を擦りながらディルを見上げると、何故か悪戯っ子みたいな顔でわたしを見下ろしていた。
「昨日校舎の三か所で窓ガラスが割られてたんだってよ。心当たりがある人は放課後に職員室に来いって言ってたぞ」
「あ~・・・」
そりゃあそうだよね。何故か大丈夫だろうと楽観視してたけど、窓ガラスを割ったら普通は怒られるよね。
「でも、一か所はスズメだからね! わたしが全部やったわけじゃないよ!」
「え? じゃあもう一か所は誰なんだろー?」
わたしとディルの会話を聞いてたらしいマイが前の方の席から歩いてくる。後ろには目元に隈が出来たバネラがいる。
バネラ、昨日はあんまり寝れなかったのかな?
「王女様が一枚を割ってー、ソニアさんがもう一枚を割ってー・・・あと一枚はいったい誰が・・・」
「残りの一枚もわたしだよ。昨日忘れ物を取りに行った時に間違えて割っちゃったの」
パチッとバネラに目配せをすると、バネラはマイに気づかれない程度にお辞儀した。
昨日のことは出来るだけ話さない方がいいもんね! ディルには少し話しちゃったけど!
わたしはバネラの耳元に近づいてコッソリと声を掛ける。
「お昼休憩の時に一緒に医療室に行こうね」
バネラは覚悟を決めた顔でわたしを見て、コクリと頷いた。
「最初の授業は別の教室だったよねー! バネラ~! 一緒に行こ~!」
「あっ、はい! マイちゃん!」
マイがバネラの手を引きながら教室から出て行く。
「カーマ、俺達も行こう」
「いいぜ」
わたしはディルの頭の上に乗った。
それから、わたしはお昼休憩までほとんどディルの傍で過ごし・・・。
ゴーン・・・ゴーン・・・
お昼休憩の鐘が鳴った。
「じゃあ、ディル。わたしはバネラの探し物が無いかフィーユのところに行ってくるね」
そう言って、わたしはディルの傍を離れた。今日はずっとわたしが傍にいたお陰か、ディルはずっと満足そうにニコニコしている。
「ごめんなさいマイちゃん。ちょっとフィーユ先生のところに用事があるから行って来ます」
「うん? うん! 分かったよー! ウチらは先に食堂に行ってるねー!」
マイは特に追求することなく、昨日と変わらない笑顔で手を振る。
「じゃあ、行こうか。バネラ」
「はい!」
医療室では、フィーユがわたし用にまたいくつか服を作っていた。
「あら? 珍しい組み合わせですね」
フィーユはわたしを見たあと、バネラを見て「フフッ」と笑った。
「バネラさん・・・もしかしてコレをお探しですか?」
そう言ってフィーユは机の引き出しから一冊の薄いノートを取出した。
「あっ・・・そ、それ! わ、私のです!」
バネラは慌てたようにドタバタと足音を立ててフィーユに近付き、ノートをバッとやや乱暴に受け取って胸に抱きしめる。
やっぱりフィーユが持ってたんだね。
「で、でも・・・どうして私のだって分かるんですか? 名前は書いてないハズですけど・・・」
「筆跡ですよ」
「え・・・じゃあ・・・読んだんですか?」
バネラの顔から色がなくなっていく。
「持ち主を探す為に読みましたよ」
まぁ、普通そうだよね。その外見だと普通のノートに見えるし。
「お願いです。マイちゃ----友達には・・・他の人には言わないでください」
バネラは泣きそうな顔で震えながら頭を下げた。バネラの為に、わたしも一緒に頭を下げる。
「ソニアちゃんまで・・・大丈夫ですよ。私は誰にも言いませんから」
「あ、ありがとうございます」
ホッと肩をなで下ろしたバネラを、フィーユは困った顔で見る。
「ところで、今日のマイさんはどうでしか?」
「え? どうって・・・いつも通りでしたけど・・・?」
質問の意味が分からない、という感じで首を傾げるバネラ。わたしも一緒に首を傾げてみる。
「実は、筆跡を見てこれがバネラさんの物だと気が付いたのはマイさんなのです」
「・・・」
バネラは目を丸くして、言葉を失って立ち尽くす。
「ごめんなさいね。私の管理が甘かったせいなのですけど、昨日の裁縫教室の際、マイさんが偶然そのノートを見つけてしまい、好奇心旺盛なマイさんはそのまま中身を読んでしまいました」
あ~・・・その光景が目に浮かぶよ。
「そのぉ・・・マイちゃんはこれを読んで何か言ってましたか? 私のことを嫌いになったりとか・・・」
バネラが恐る恐るといった感じでフィーユに尋ねる。
「友達の知らない一面が知れて嬉しいけど、隠し事を勝手に暴いちゃって悪いことをした・・・と。顔を赤くしていましたが、バネラさんのことを嫌いにはなっていないと思いますよ」
「う、嬉しい・・・?」
「はい。それから、ウチが読んじゃったことは秘密にして欲しいとも言ってましたね」
言っちゃてるじゃん・・・。まぁ、フィーユの優しい微笑みを見れば、敢えて言ったんだろうなって分かるけど。
「周囲に自分の趣味を隠したい気持ちはこの本を読めば分かりますし、バレた時に友達が友達でなくなってしまうこともあるでしょう。ですが、隠し事をしながら仲のいい友達・・・ましてや幼馴染と共にいるのは辛くないですか?」
「・・・辛いですけど・・・バレて離れていっちゃう方が辛いです」
・・・人間だった頃のわたしは、それが理由で友達が作れなかった。バネラの気持ちは痛いほどによく分かる。
「では、実際にマイさんにバレてしまったわけですが。・・・マイさんは離れていきましたか?」
「・・・いってないです。いつも通りでした」
バネラはフルフルと力無さげに首を振る。
「でしたら、幼馴染のマイさんくらいには話しもいいのではありませんか? マイさんは今、バネラさんの秘密を知ってしまったという秘密を抱えてしまいました。お互いに秘密を抱え合うのは・・・お互いに辛いと思います。余計なお節介かもしれませんが、私は2人が今以上に仲良くなって欲しいと思っています」
フィーユの言葉に、バネラは顔を上げる。その瞳は、わたしに小説のことを話した時と同じような・・・それ以上に決意が籠っていた。
「私、マイちゃんに話してみます!」
バネラは人間だった頃にわたしが踏み出せなかった一歩を踏み出そうとしている。
「頑張れ! バネラ!」
グッと拳を握って応援すると、元気に「はい! ソニアさんもありがとうございます!」と返された。
わたし、何かしたっけ?
そんなわたし達を微笑ましそうに見ていたフィーユが、優しく目を細めて口を開く。
「バネラさん、秘密の共有というのはグッと距離を縮めてくれます。恋愛の方でも、私はマイさんとバネラさんの2人を応援していますよ」
「へ!? ど、どどどうしてそれを!? 誰にも言ってないのに!?」
「フフッ・・・女の感ですよ。バネラさんがマイさんを見る目で何となくそう思いました」
え? どういうこと? バネラがマイを・・・? そういうこと?
「こ、これ関しては、マイちゃんには暫く言うつもりは無いので! 絶対に秘密にしてください!」
バネラは顔を真っ赤にして、涙目でわたしとフィーユを交互に見て「絶対ですよ!」と大きな声で叫ぶ。
バネラの意外すぎる秘密を知ってしまった。
読んでくださりありがとうございます。フィーユ「最近の若い子は凄いですね。色々な意味で」