172.バネラの秘密(前編)
ヨームならわたしとディルが居た村にいるよ!
ヨームの妹であるスズメにそう教えてあげようとしたら、わたしが口を開く前にスズメがとんでもないことを口にした。
「ヨームお兄様は罪を犯して亡命したのです」
「「亡命!?」」
皆の驚き声がお風呂場にこだまする。そして周囲の目を気にして慌てて口を押えた。
ヨーム!? いったい何をしたの!? 変人だとは思ってたけど、まさか罪人だったなんて・・・。
「その・・・王女様のお兄様はいったい何の罪を・・・」
好奇心を押さえられなかったらしいバネラが、言い難そうに口を開いた。
「禁書を読んだらしいですわ。今はお父様の命令で捜索隊が出されていますが、見つかる気配はありませんわね」
良かった・・・人殺しとかでは無いんだね。ただ読んだらダメな本を読んだだけかぁ。・・・エッチな本じゃないよね? ・・・なわけないか。
「ヨームお兄様には会いたいですが、大好きなお兄様に捕まって欲しくはないのです。複雑ですわ」
うーん・・・教えてあげたいけど・・・判断が難しい!
スズメの衝撃発言のせいでどんよりしてしまったなか、マイがこの重たい雰囲気をどうにかしようと「あの・・・えっと・・・」と口ごもる。
「禁書って言ったらアレだよねー。その・・・エッチな本!」
「ヨームお兄様はそんな穢れた趣味は持っておりませんわ」
マイ・・・わたしと同じ思考回路なのが悲しいし、スズメに真顔で返されてるのも悲しい。共感性羞恥だよ。
「ま、まぁ・・・王女様のお兄様はきっとそんな方じゃないですよね。男の子だからって皆が同じなわけじゃないですから・・・」
バネラがすかさずフォローに入る。マイは「そ、そうだよね~」と微妙な笑顔を浮かべたあと、話題を変える好機とばかりに話し続ける。
「そ、そういえば! ウチのクラスの子達が言ってたんだけど、この間校舎の廊下にそういう本が落ちてたんだってー!」
マイが提供した話題に、バネラが顔色を変えた。顔面蒼白だ。
「ね、ねぇマイちゃん。その本の内容ってどういう・・・あれだったの?」
「え、内容? 分かんないけど、その本を読んだ子は熱を出して医療室に運ばれたんだって。きっと凄くエッチだったに違いないねー!」
よくもまぁ、マイはそんな話を声を大にして話せるよね。
「行きましょうソニア様。ソニア様のお耳に入れて良い話ではありませんわ」
「え、あ、うん」
スズメは桶に入っているわたしを桶ごと持って湯船から上がる。
バネラ、顔色悪かったけど大丈夫かな?
更衣室で鼻息の荒いスズメに着替えを手伝って貰って、鼻息の荒いスズメに髪を乾かして貰って、鼻息の荒いスズメに髪をツインテールに結んでもらって、わたしは鼻息の荒いスズメから逃げるように窓から飛び出した。
「ああ! ソニア様どちらに行かれるのですか!?」
「ディルのところ! また明日ね!」
「はい! また明日ですわ!」
良い笑顔で手を振ってくるスズメには悪いけど、鼻息を荒くしてわたしに顔を近付けてくるのはちょっとこわいし、気持ち悪いんだよね。
「ふふんふーん」
オレンジ色の空の下、わたしは鼻歌を歌いながら、女子寮の最上階から男子寮の最上階までフワフワと飛んで移動する。
「あ! そういえば男子寮の最上階もお風呂になってるんだった!」
危ない危ない。このまま飛んでいったらとんでもない光景を目の当たりにするところだったよ。
わたしは進行方向を変えて、学生寮の入口に向かった。
「ねぇアレって・・・」「妖精?」「ちっちゃーい」「愛し子様は一緒じゃないのかな?」
生徒達のそんな囁きを気にせず、わたしは堂々と寮のエントランスに入る。受付で居眠りをしている寮長さんの前を通り過ぎて男子寮へ続く廊下に入ろうとしたところで、声を掛けられた。
「ソニア! もうお風呂から戻ったのか?」
「ディル! ・・・とカーマ」
2人が食堂の方から仲良く肩を並べて歩いてくる。
「わたしは今お風呂から戻ってきたところだよ! ディルとカーマは今からお風呂?」
「ああ、腹もいっぱいになったしな。これからカーマと一緒に風呂だ」
ディルは「な!」とカーマの肩を叩く。
「実は俺も最上階のデッカイ風呂に入るのは初めてなんだよ。楽しみだぜ」
カーマとディルが肩を組んで「なー!」と笑い合う。微笑ましい。
「わたしとディルは学園に来たばっかりだから初めてだけど・・・カーマはずっとここに居たんでしょ? どうして初めてなの?」
「いやだって・・・部屋にあるシャワーで事足りたし。わざわざ1人で行くのもつまんねぇだろ?」
「それは・・・そうだけど。だからって一回くらい行ってみようと思わなかったの?」
わたしだったら一人でも一回は行くと思うけど。
「思わなかったわけじゃねぇけど・・・行動まで行かなかったな」
「そっか。じゃあディルと一緒にゆっくり堪能してきなね。ディル、わたしは食堂でご飯食べてるから!」
「おう。風呂から上がったら迎えに行くな」
別にお迎えなんて必要ないけど・・・ディルが迎えに来たいならいっか。
「分かったよ。じゃあ、また」
ディルとカーマのご機嫌な背中を見送ったわたしは、食堂に入ってわたしが食べられそうなメニューを探す。
・・・うん、ないね。
当たり前だけど、どれもこれも人間サイズで、妖精のわたしが食べられそうなメニューは一つもない。
「ソニアさん? メニュー表をじっと見つめてどうしたんですか?」
「あっ・・・バネラ」
いつの間にかバネラがわたしの横で立っていた。
「こんなところに妖精のソニアさんがいるから、人だかりが出来ちゃってますよ?」
「え?」
周囲を見てみると、たくさんの生徒達に囲まれていた。
・・・あれ?
「マイとスズメは一緒じゃないんだ?」
生徒はたくさん居るけど、見知った顔が食堂のお姉さんしか居ない。
「王女様は知りませんけど、マイちゃんはフィーユ先生の所ですよ」
「なぜに? もしかして補講とか?」
「フフッ、確かにマイちゃんは少しおバカですけど、違いますよ。決まった日の放課後にフィーユ先生がお裁縫教室を開いてるんですけど、マイちゃんはそこの常連さんなんです」
マイがお裁縫かぁ・・・理由は無いけど、何となく似合わない気がする。
「それよりもソニアさん。早く注文しないと、どんどん人が集まって来ますよ? ・・・あれ? ソニアさんって食事するんですか? 食べられるんですか?」
「食べれるんだけど、人間と同じ量は無理だよ。・・・やっぱり諦めようかなぁ」
美味しそうな匂いがするけど・・・食べられなくて残すくらいなら頼まない方がいいよね。
「・・・あの、良ければ私が頼んだのを少し分けますか?」
「いいの!?」
「あ、はい。ソニアさんは何が食べたいですか?」
「選ばせてくれるの!?」
「え、あっ、はい」
優しい子だよ! ディルだったら「肉がいい!」とか「量があるやつがいい!」とか言って、わたしの意見なんて全然聞いてくれないもん!
「じゃあ何にしよっかな~?」
改めてメニュー表を見上げる。
全体的に中華っぽいんだよね~。餃子とかラーメンとか・・・あっ、わたし好みなの発見!
「杏仁豆腐がいい!」
「はい、分かりました・・・え? 夕飯ですよね?」
「夕飯だよ?」
夕飯に杏仁豆腐を食べて何が悪いの?
バネラは杏仁豆腐と八宝菜を頼んだ。そして番号が書かれた札を受け取って、人混みを搔き分けて席に着き、料理が運ばれてくるのを2人で待つ。
「ねぇね! バネラの好きなものってなに?」
暇だったから適当に質問してみる。
「す、好きなものですか!?」
バネラの声が裏返った。
あれ? 聞いちゃまずかったかな?
「べ、別に好きなものなんて・・・」
バネラはそう言いながらチラリと隣のテーブルを見る。そこには二人の男子が座っていた。
え? え? なになに? もしかしてあの2人のどっちかのことが好きなの!?
「ハァ・・・」
あら? なんか溜息吐いちゃった? 片想いなのかなぁ?
「バネラ! 頑張れ!」
「え? あっ・・・はい?」
とりあえず応援しておいた。
「お待たせしました。八宝菜と杏仁豆腐です」
ニコニコ笑顔のナナカ君が料理を運んでくれた。
「ナナカ君、ウェイトレスみたいなこともしてるんだね? 厨房の方は大丈夫なの?」
コック帽をかぶって思いっ切り厨房の人の格好してるけど・・・。
「夕飯時で忙しいんで大丈夫ではないですけど・・・他の給仕の子達が妖精様に運ぶなんて怖くて出来ないって言ってて・・・」
「えっと・・・なんかごめんね?」
「いえ! お陰でこうしてちょっぴり楽できるんで! 逆に感謝ですよ!」
ナナカ君はそう言ってニッコリと会釈して速足で去っていった。わたし用に小さな小皿を用意してくれてるあたり流石だ。
「ナナカ氏ってカッコイイですよね。女子人気だけじゃなくて、男子人気もあるらしいですよ」
バネラがわたしに杏仁豆腐を分けながらボソッと呟いた。
「へぇ~! 分かるかも! サッパリした雰囲気だけど、意外と男同士の友情とかで熱くなりそう!」
「ですよね! それに、水泳の授業の時に見たんですけど・・・筋肉もイイ感じなんですよ」
「え・・・イイ感じ? 何それ詳しく」
わたしは杏仁豆腐をモグモグしながら声量は控えめに、でも勢いはマシマシにバネラに詳細を求める。
「プールから上がった時がベストなんです! 息を切らして激しく上下に動く触り心地のよさそうな腹筋!そしてその腹筋の筋の間をタラリと伝う輝く汗と水! その垂れる汗は水着の下へと・・・」
お、おおぅ・・・表現がちょっと生々しい。
ゴクリと無意識に唾を吞む。
「・・・その時! ナナカ氏は共に競い合っていた男子と抱き合ったんです! ナナカ氏の水着の下へと垂れるハズだった汗はその男子の水着の・・・」
お・・・おぉ!? なんかおかしな方向に行ってるぞ?
「よっ! ソニア! 迎えに来たぞ!」
「うひゃあ!」
「きゃあ!」
いつの間にか隣にディルとカーマが立っていた。目を真ん丸にしたバネラと目が合う。たぶんわたしも同じ表情をしている。
お、驚いた~・・・心臓が止まるかと思ったよ。
「どうしたんだ? なんか2人とも顔赤いぞ? ソニアは羽がパタパタしてるし」
「な、何でもないよ! それよりも、2人とももうお風呂から上がったの? 早いね?」
激しく動く羽を理性で必死に抑えようとしながら笑顔を取り繕う。
「早いか? 普通だろ。な?」
そう言ってディルは隣に立っているカーマを見る。
「ああ、そうだな。アレだろ? 女の風呂はなげぇって昔親父が言ってたぜ。だから女と比べたらはえーんだろ」
「そうなのか? ソニアはお風呂事態そんなに入んないけど」
「わたしが不潔みたいな言い方しないでよ! 妖精は人間みたいな代謝は無いから汚れないの!」
それに、わたしも人間だった頃は二時間弱くらいはお風呂に入ってたもん。女の子は髪が長かったり、お肌のケアだったりで色々と時間が掛かるんだから!
「よく分かんねぇけど、妖精は汚れねぇってことか」
「そういうこと! だからたまに気分転換に入るくらいで・・・って2人とも髪の毛ちゃんと乾かした? まだ濡れてない?」
「ちゃんと拭いたぞ?」と首を傾げるディルの髪の毛を触ってみる。
「ほら! やっぱり生乾きだ! ちゃんとドライヤーで・・・」
・・・ってこの世界にドライヤーは無いか。わたしもスズメに空の魔石で乾かして貰ったし、火の魔石とかで乾かしてる子達もいたもんね。
「まぁ・・・君達は髪が短いからすぐ乾くよ。風邪引かないようにね」
「そんなもの引いたこと無いから大丈夫だ」
それから、カーマは「また明日な」とディルに挨拶して帰っていき、ディルはわたしとバネラが食べ終わるまで待ってくれた。
「また明日ね! バネラ」
学生寮のエントランス、男子寮と女子寮の分かれ道でバネラに手を振る。
「あ、はい。さっきは食事中に変なテンションで変なこと言ってすみませんでした。忘れてください」
バネラはさっきとは比較にならないくらい暗い表情でどんよりとした雰囲気を作ってボソボソと言う。
「全然いいよ。確かに変だったけど、なんかバネラと仲良くなれたら気がするし、バネラ以上に変な王女様を先に見てるから、そんなに気にする必要ないよ。人間は誰しも変わってる一面くらい持ってるもんだからね」
わたしがグッと親指を立ててそう言うと、バネラは一瞬上を向いて考えたあと、納得の表情で頷いた。
「・・・そうですね。私もソニアさんと仲良くなれた気がして嬉しいです」
読んでくださりありがとうございます。少し過激な回でした。前編です。