170.王女様=変人
コンコン・・・
灰色の少女を脇に抱えたディルが、医療室のドアをノックする。
「・・・・・・」
でも、医療室からは何の返事はない。
「フィーユ、寝てるのかな?」
「知らんけど、とりあえず入ってみるか」
ディルがそう言いながらガラガラと医療室の引き戸を開ける。わたしはディルが医療室に入る前に食い気味に隙間を通って医療室に入り、部屋の中を見回した。
「フィーユはいないけど・・・なんか書置きっぽいのがあるよ」
ディルがパーテーションを開けてベッドに灰色の少女を寝かせてるのを横目に、わたしは机に置いてある書置きを読む。
「えーっと、ただいま休憩中です。急ぎの用がある方は食堂で餃子定食を食べているフィーユまで・・・だって!」
年齢の割に脂っこいもの食べるんだね。元気でいいことだ。
「そうか、フィーユは昼食中か。別に急ぎってわけでもないよな・・・」
ディルがチラリと灰色の少女を見ながら言う。灰色の少女は何やら苦しそうな表情で「妖精様~」と寝言を言っている。
だいぶ辛そうな表情だけど・・・。
「俺達も書置きだけして授業に戻るか」
「ううん。ディルだけで授業に戻ってて。わたしは残ってるよ。この子がこうなった原因の大半はわたしのせいな気がするからね」
わたしが最初から逃げてなければこうはならなかったもん。
「だったら俺も残るよ」
ディルがそう言いながら椅子に腰かけようとするのを、わたしは椅子の下に移動して止める。
「うおぃ! 危ないぞソニア!」
「ディルは戻ってて! せっかくお友達も出来たんだから! 貴重な青春の一ページなんだから! だから戻ってて!」
青春は取り戻せないんだから!
両手をブンブンと振りながら訴えるわたしを、ディルは何故か微笑まし気な表情で見下ろしてくる。
「分かったよ。俺は戻ってるよ。・・・でも、そいつには気を付けろよ?」
ディルが未だに「妖精様~」と寝言を言っている灰色の少女を指差す。
「なんかそいつ・・・変だから」
「うん。変だね。でも悪い人ではなさそうだよ?」
「それは俺も思う」
・・・でも変なんだよね。
ディルは「またな」と笑って医療室から出ていった。
残ってるって言っても・・・あの子が起きるまで暇だなぁ。
暇を潰せるものがないかとフワフワと飛んでいたら、パーテーションの奥でガサゴソと物音が聞こえてきた。
「フィーユ先生、いらっしゃいますか? 体に力が入らないのですけれど・・・」
灰色の少女が目を覚ましたみたいだ。わたしはパーテーション越しに大きな声で返事をする。
「先生なら食堂に行ってるよ! それと、体に力が入らないのはエネルギー不足だと思うよ!」
「そうなんですの・・・。でしたらフィーユ先生がお戻りになるまでわたくしはこのままですわね」
あれ? わたしが妖精だって気付いてない? 声だけじゃあ分からないのかなぁ。それともフィーユのことを先生って呼んだのが紛らわしかった? ・・・まぁ、別にいっか。
「ハァ~・・・」
なんかパーテーションの奥から凄い深い溜息が聞こえてくるんだけど・・・。
「どうしたの?」
仕方なく声を掛ける。
「実はわたくし、先ほどあの妖精様にとんでもない失礼を働いてしまったのです。どうしましょう?」
・・・どうしましょう?
「謝ればいいんじゃない? 失礼なことをしちゃったら謝るのが普通だよ」
わたし、まだ謝られてないからね。
「そうですわね・・・普通は謝りますわよね」
「謝りますわよ?」
「ですが、相手は妖精様ですし・・・謝罪だけではわたくしの気持ちが納まりません」
わたしは謝罪だけでいいんだけど・・・。
「失礼を働いたのはアナタなんだから、アナタの気持ちはどうでもいいんじゃないかな。謝罪だけで済むかどうかは被害者が決めることだよ」
まぁ・・・被害者とか偉そうなこと言ってるけど、わたしにも非がある気がするんだよね。逃げないで最初から話を聞いてあげれば良かったもん。何の話があるのか知らないけど。
とにかく、わたしも謝らなきゃだね。
「まずはもう一度妖精様にお会いして、小指を斬り落として謝罪をしなければですわね」
「指詰め!?」
ヤーさんですか!?
「小指は要らないと思うよ!? 妖精だって小指を貰っても困るだけでしょ!」
「ですが・・・誠意を伝えるためにはこうするしか・・・」
極端すぎるよ・・・。
「誠意は言葉で伝えればいいから! まず、何をしてしまったのかを相手に分かりやすいように伝えて、最後に言い訳をせずにキッチリ謝るの。おーけー?」
「おー・・・? よく分かりませんが分かりましたわ」
ふぅ・・・これで小指を差し出される未来は回避出来た。
「ありがとうございます。貴女のお陰で少し気持ちの整理が出来ましたわ。・・・思えば、聴講生としてこの学園に来てから、こんな風に誰かとお話したのは初めてかもしれませんわね」
「へぇ~・・・」
意外・・・。なんか友達とかいっぱい居そうな雰囲気なのに・・・って、こういう偏見よくないね。
「そうですわ! 良ければわたくしとご学友になりませんこと!? お母様に友人の一人くらい作ってきなさいと言われていましたし! 丁度いいですわ!」
丁度いいですわ? ・・・友達ってそんなノリで作るものなの!? それともわたしが友達に夢見すぎなだけ?
「では今この時から貴女とわたくしはお友達ですわね!」
わたし、まだ何も返事してない! ・・・おっけーだけど!
「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたわね。わたくしは・・・」
ガラララ・・・
医療室の引き戸を開けて、フィーユが帰ってきた。フィーユは机の上に座っているわたしを見て首を傾げる。
「あら? どうしたのですか?」
「ベッドに怪我人? 病人? ・・・体調不良の子がいるから、わたしはその子の話し相手になってたよ」
「体調不良の子ですか・・・」
フィーユはそう言いながらパーテーションを開ける。わたしからはフィーユの背中しか見えないけど、ベッドには灰色の少女が寝ているハズだ。
「フィーユ先生・・・勝手にベッドをお借りしていたみたいで、申し訳ありませんわ」
「それは全然構いませんけれど・・・妖精信者の貴女がソニアちゃんと会話をしていたのですか?」
「え? ソニアチャン?」
「何を驚いた顔をして・・・まさか、相手が誰か分からず話していたのですか!?」
フィーユは目を丸くして横に避けて、わたしと灰色の少女を交互に見る。横に避けてくれたお陰でわたしからも、灰色の少女からもお互いが見えるようになった。
顔色が悪いのはエネルギー不足だからか、それとも会話相手が妖精だと分かったからか・・・。
わたしは机の上から飛び立って、少女の近くまで飛ぶ。
「初めまして! 雷の妖精のソニアだよ! 今日からお友達としてよろしくね☆」
パチッとウィンクした。御控えなすって!
少女は目を丸くして、ポロポロと涙を流し始める。
「先ほどはわたくしの吐瀉物をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした! 小指を切ってお詫び致します!」
「小指は要らないって言ったしょや!」
涙を滝のように流して、「もうしわけっ・・・もうしわけっ」と泣き叫びながらベッドの上で釣られた魚のようにピチピチと跳ねる少女。とても恐ろしい光景だ。夢に出てきそう。謝って欲しい。
「・・・え!? 貴女、妖精様・・・ソニアちゃんにそんなことしたのですか!?」
フィーユが若干引き気味に少女を見るけど、少女は依然「もうしわけっ」しか言わない。
壊れたロボットみたいになっちゃったよ・・・。
「ハァ・・・ねぇ、フィーユ。この子って何なの? 聴講生って言ってたけど」
「この子の名前はスズメ・ピス・カイス。こう見えてもカイス妖精信仰国の第一王女様なのです」
「ええ!? 見えない!」
王女様だと思って、改めてスズメを見てみる。
「よよよ・・・ももも・・・もうしわけっ・・・」
カイスって国・・・大丈夫なの? 自国の恥を晒しちゃってるよ?
「王女様? とりあえず落ち着いて?」
ペシペシとスズメの額を叩いてみる。
「あぁ・・・妖精様のちっちゃなお手が・・・昇天してしまいそうですわぁ」
「う・・・うわぁ・・・」
さっきまで真っ青な顔で泣き叫んでいたのに、急に恍惚とした表情でそんなことを言い出した。
気持ち悪い。普通にそう思った。
でも、一応お友達としてヨロシクしちゃったし・・・。とりあえず、本当に落ち着いてもらおう。少し手荒にでも。
「妖精しゃま~・・・妖精しゃまのちっちゃなおてて~・・・」
バチンッ!!
気持ち悪く身を捩るスズメに、軽く電撃を放った。フィーユが「ソニアちゃん!?」と驚いているけど気にしない。
これで少しは落ち着いたかな?
スズメは目をパチクリとしたあと、わたしを見て口を開いた。
「少しだけ興奮してしまいましたわ。妖精様、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
この子の情緒、どうなってんの?
「改めまして、わたくしはカイス妖精信仰国の第一王女、スズメ・ピス・カイスですわ」
「うん。わたしも改めて、雷の妖精のソニアだよ」
わたしが改めて自己紹介しながらペコリと頭を下げると、スズメは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。スズメなのに。
「この度は、吐瀉物をかけ、失言を重ね・・・本当に申し訳ございませんでした。わたくし含め、カイス妖精信仰国をどのようにでも罰してくださいませ」
この王女、勝手に国まで巻き込んじゃったよ! いや、王女ってそういう立場なんだろうけど、もうちょっと自国を守ろうとか、そういう心は無いの!?
「別に罰とかを与えるつもりは無いから・・・。ただ追いかけ回されて、吐瀉物をかけられて、気持ち悪い言動を見せられただけだし・・・」
あれ? これ、下手したらキレてもいいレベルじゃない? そんなことしたらスズメが大変なことになりそうだからしないけど。
「とにかく! わたしとスズメはもうお友達なんだから、罰とかそういうのは無しね!」
呆けた顔のスズメにピシッと指を差す。
お友達っていう言葉を盾に誤魔化そう・・・。
「わ、わたくしと妖精様がお友達?」
「妖精様じゃなくてソニアね!」
「ソニア様・・・」
「ソニアちゃん、だよ!」
わたしの呼び方を何度も訂正していると、スズメの頬がプクーっと膨らんだ。
「妖精様をちゃん付けなんて出来ませんわ! それに、友達というのも妖精様だと知らなかったから言ってしまっただけですもの!」
スズメは大きな声でそう言ったあと、ハッとしてすぐに「申し訳ございません!」と謝る
「スズメはわたしとお友達になるの・・・嬉しくないの?」
もし本当に嫌ならやめておくけど・・・。
「う、嬉しいに決まってますわ! 今すぐにでもお兄様方に自慢したいぐらいですわー!」
「じゃあ友達でいいじゃん」
「はい!・・・え?」
スズメはとても嬉しそうな笑顔で固まった。
・・・変な王女様と友達になった。
「よろしくね」とスズメの小指とわたしの両手で握手していると、ひと段落したことを察したフィーユが「あのぉ・・・」と口を開く。
「何があったのか、私にも分かるように説明していただけませんか?」
わたしはエネルギー不足で動けないスズメのお腹の上に座って、スズメとの間に何があったのかを説明した。
「ハァ・・・そういうことでしたか。どおりで感情の高ぶりようとは反対にベッドの上から動かないわけですね」
確かにね・・・。動けてたらもっと気持ち悪い光景を見る羽目になってたかもしれない。
「私は医療室の先生として、スズメさんの食事を食堂から運んできますね。スズメさん、何か食べたいものはありますか?」
「・・・炒飯がいいですわ」
フィーユが仕方なさそうに肩を竦めながら医療室から出て行く。
わたしがスズメのお腹の上から退けて近くにあった小さめの椅子の上に座ると、スズメは仰向けのまま遠くを見るような目でポツリと呟いた。
「お母様、お父様、お兄様方・・・とんでもないことになってしまいましたわ」
・・・わたしも、とんでもない人と友達になっちゃったよ。
読んでくださりありがとうございます。(^_-)ノヨロシクネ!