169.マイとバネラと・・・
「決してディルく・・・愛し子様に乱暴しようとしたわけじゃないんですー! ごめんなさいー!」
ディルの頬をツンツンしていた女の子が、まるで重罪を犯してしまったかのような真っ青な顔でそう叫んだ。
「え、乱暴? 乱暴しようとしてたの!?」
なんて女の子なの! ディルに色目を使って更には乱暴しようとするなんて! 許せない!
怒りのままにバチバチと拳に電気を纏わせて、その女の子と、ディルの後ろに隠れている女の子を睨む。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~!」
「ひぃぃ・・・」
2人は蛇に睨まれた蛙みたいに縮こまってしまった。
「ソニア、落ち着け。2人はただ俺を揶揄ってただけだから」
ディルがビリビリと電気を纏うわたしの頬をツンツンと突いて「こんな風にな」と笑う。
「そうなの? ディルに乱暴しない?」
「しません! しませーん!」
女の子は首がもげちゃうんじゃないかと思うほど勢い良く頭を横に振る。
「紹介するよ。こっちの頭にお団子が付いてるのがマイ、こっちの長髪がバネラだ。2人ともさっき友達になった」
ディルが2人の横に並んで「ソニアも仲良くしてくれ」と微笑む。
な、なんだぁ。早とちりしちゃったよ~。・・・なんだかこの国に来てから空回りしてばっかりだなぁ。
わたしは体に纏わせていた電気を止めて、ニッコリと優しい笑みを作る。
「わたしの名前はソニア! 勘違いして怒っちゃってごめんね。ディルと仲良くしてくれるならわたしは何もしないから! よろしくね☆」
パチッと和ませウィンクをしてみる。2人は蛇に睨まれた蛙から、面接官に睨まれる新卒くらいにはマシになった。
「ところで、ディルは何でこんなとこを歩いてるの? 教室に戻るにしても食堂に行くにしても、方向違うよね?」
「ああ、次は運動の時間らしくてさ。運動着に着替える為に更衣室に案内して貰ってる・・・ってこんなことしてる場合じゃない! 早くしなきゃ遅れちゃうぞ! 急ごう2人とも!」
ディルにそう言われたマイとバネラは、コクリと頷いてディルと一緒に早歩きで進み始める。わたしはディルの頭の上にポスッと乗った。ディルの横を歩く2人が凄い見てくる。
「こ、ここが更衣室だよディル君」
そう言うマイの顔が完全に強張ってしまっている。
まずったな~。わたしの勘違いのせいでディルのお友達が萎縮しちゃってる。どうにかして怖くない妖精だよって伝えなきゃ。
何かいい方法がないものか、とディルの頭の上で考えていたら、ディルに首根っこを摘ままれた。
「こっちは男子更衣室だぞ。ソニアはこっちだろ?」
わたしはマイの頭の上に乗っけられた。お団子がいい感じにひじ掛けになって座り心地は◎
「じゃ、また着替えたらな!」
ディルはそう手を振って男子更衣室に入っていった。
「マ、マイちゃん・・・その・・・頭の・・・」
わたしを頭に乗っけられて固まってしまったマイに、バネラが気遣い気に声を掛ける。
「よ、よよ、妖精様がウチの頭に・・・!」
「お、落ち着いてくださいマイちゃん! そーっと、そーっと動くんです!」
マイはカタツムリみたいにスススっと足を滑らせて歩く。かなり遅い。
「おっそ! 遅いよ! 普通に動いていいから!」
「わ、分かりましたー!」
マイはそう言って勢い良くドタァン!と更衣室の扉を開けた。幸い更衣室には誰もいなかったお陰で無駄に人を驚かさずに済んだけど、わたしは急な大きな音にびっくりして体が跳ねる。
「びっくりしたぁ・・・扉はもうちょっと静かに開けた方がいいよ?」
「はっ、はいー! 分かりまし・・・きゃあ!」
「わぁ!」
マイが何も無いところでつまずいた。ビターン!と顔面からいった。その勢いでわたしもペチャっと床に放り出される。
「ウチ・・・死んだかも。妖精様に殺される」
マイは床に突っ伏したまま物騒なことを言う。その後ろではバネラが口を開けたり閉じたりしながら足踏みしていた。とりあえず、わたしは起き上がってマイの前に飛んで移動して「大丈夫?」と声を掛けてみる。
「出来れば一思いに一発で殺ってください」
こわいこわい!
「そんなことしないよ!?」
「え・・・しないんですか?」
マイはそう言いながらむくりと起き上がる。
「しないよ! こんなことで人を殺してたら、カーマなんてもう何回も死んでるよ!わたしはディルに乱暴したりしないならマイとバネラとも仲良くしたいの!」
「ん!」とマイの前に右手を差し出す。
「ほら! 握手だよ!」
「あっ、はいー」
マイが指でそーっとわたしの右手を掴む。
「ち、ちっちゃくて可愛い・・・」
「あ、あの! 私も握手したいです!」
マイの後ろからバネラがそう言ってひょっこりと顔を出した。わたしは「どうぞ」と左手を差し出す。
「わぁ・・・ぷにぷに」
・・・ぷにぷにはしてないよ! 失礼な!
「じゃあ、これからはわたしともお友達ね! 普通に話してくれていいからね☆」
二回目のウィンクをする。今度はニッコリと笑って返してくれた。面接官に睨まれる新卒から友人と笑い合う女の子になったね。
ゴーン・・・ゴーン・・・
鐘の音が響く。
「あっ・・・この鐘って次の時間の始まりの合図だよね。ごめんね、わたしが時間を取らせちゃったせいで遅れちゃった」
「いえ・・・ううん! 更衣室に誰もいない時点で間に合わないのは確実だったから! もういっそのことゆっくり着替よっかなー!」
マイがそう言いながら自分の名前の書かれたロッカーを開ける。
「そうですね。どうせ怒られるならゆっくり行っても同じですね。でも、ちゃんと謝んなきゃダメですよ。マイちゃん」
「じゃあ、わたしも一緒に謝らないとだね!」
「それは先生の為にもやめてあげてください」
運動着に着替え終わった2人と一緒に更衣室から出ると、ディルと、何故かナナカ君も一緒に廊下でわたし達を待っていた。
「ナナカ君! もしかしてディルと同じクラスなの!? とういか、ナナカ君も遅刻?」
「そうですよ。さっきまで食堂で炒飯を作っていたせいで遅れちゃいました」
ほぇ~・・・休憩中にまで炒飯を作るなんて、よっぽど炒飯が好きなんだね。
「そういえば、ソニアは運動着じゃないんだな?」
グラウンドに向かっている最中、マイの頭の上でお団子に寄りかかって寛いでいたら、ディルがわたしを見ながらそんなことを言ってきた。
「わたしは運動しないからね」
さっきフィーユの着せ替え人形になっている時に運動着もあったんだけど、貰ったわけじゃないし。
「ソニアの運動着姿、見たかったんだけどな」
「え!?・・・ただの運動着だよ?」
「ああ、ソニアは何を着ても似合うけど、その服によってぜんぜん違うからな。きっと運動着も他の服と違って凛々しい感じになって良いと思うぞ」
「そ、そうかな~・・・えへへ」
こ、今度、フィーユのところに運動着を貰いに行こうかな!
マイのお団子に顔をうずめながらそんなことを考える。マイが「ウチのチャームポイントがぁ」と嘆いているし、バネラが横で「なるほど」とわたしとディルを交互に見て何かを納得してるけど、今はそれどころじゃない。
グラウンドに着くと、息を切らしながらグラウンドを周回する生徒達をバックに、ガタイの良い先生が厳めしい顔で腕を組んで立っていた。
普通に怖い。わたしはディルの後ろに体半分隠れながら顔を覗かせる。先生と目が合った。やっぱりこわい。
「よ、妖精様・・・! オ、オホンッ! お前達が遅れた理由は聞かないでおこう。さっさと他の生徒達と合流しなさい」
先生はそれだけ言うと、グラウンドの端へと逃げるように去っていった。
「妖精様と一緒だと先生に怒られないんだねー! ラッキー!」
マイが軽い足取りでグラウンドを周回する生徒達に合流していく。バネラとナナカ君とディルもマイに続いて行った。生徒達の中にはカーマの姿も見えた。
ちなみに、わたしはいつも通りディルの頭の上だ。
さすがに走ってるディルの頭の上は安定しないなぁ・・・。
「妖精様ぁぁぁ!!」
そんな少女の声がどこからか聞こえてきた。ディルがその声の出所を見つけようと頭を動かすと、自然とわたしの視界も動く。
「あっ、あそこ!」
ディルがある方向を指差す。すると周囲の皆も同じ方向に視線を向ける。
「あっ・・・またぁ!?」
また灰色の少女だ。遠くの方で杖を片手にこちらを凝視している。
「あいつ・・・やっと食べ終わったのか」
ディルが小さくそう呟いた。
何を食べ終わったのか知らないけど、今はわたしのことを食べそうな凄い形相でこっち見て・・・うわぁ! 飛んで来た!
少女は杖に跨って文字通り飛んでくる。
「ディル逃げて!」
「えぇ!? わ、分かった!」
ディルが慌てて走るスピードを上げる。頭の上にいるわたしは振りほどかれないように必死に髪の毛を掴んだ。
闇の魔石で身体強化をしていないとは言え、ディルの足は早い。でも流石に飛んでいる人相手には敵わないのか、灰色の少女はすぐ後ろまで近付いてくる。
「妖精様! 妖精様! 妖精様! ついでに愛し子さまぁぁ!」
ひぃぃ! こわい! さっきのガタイの良い先生よりも百倍こわい!
「そこのお前! 学園内で許可なく魔道具を使うな!」
グラウンドの端で生徒達を見守っていたガタイの良い先生がビシッと灰色の少女を指差して怒鳴ると、少女は「わ、わかっておりますわ!」といそいそと杖から降りて走って追いかけて来る。
先生! それよりもこの少女を追いだしてよ!
ディルの頭の上で後ろを向いて少女を見下ろす。
「ハァ・・・ハァ・・・ま、待って下さいぃ・・・よ、ようしぇいしゃまぁ・・・」
凄い息を切らしてるけど、相変わらず目が怖い。完全にわたしを捉えてるよ。
「お、お願いですわぁ・・・と、止まってくだしゃいましぇ・・・ゼェ・・・ゼェ・・・」
灰色の少女の呼吸が一層苦しそうになってきた。いつの間にか大事そうに持っていた杖を後ろに投げ捨てている。
ちょっと可哀想かも・・・。
「ディル、止まってあげて」
わたしがそう言って髪の毛を引っ張ると、息切れ1つしていないディルが頭の上のわたしを気遣いながらゆっくりとスピードを落とす。
「ヒューッ・・・ヒューッ・・・や、やっと・・・ヒューッ・・・追いつい・・・ヒューッ」
少女は激しく肩を揺らしながら地面に四つん這いになる。周りを走っていた生徒たちが「なんだなんだ」と集まり始めた。
ディルがそんな周囲を気にすることもなく、悲惨な状態の少女を指差しながらわたしを見て口を開く。
「なぁ、ソニアはなんでこいつから逃げてるんだ?」
「いや、だって追いかけて来たから・・・表情もこわかったし」
「・・・気持ちは分かる」
言われてみれば、ただそれだけの理由で逃げてたんだよね。この子も言動はこわいけど話してみれば良い人かもしれないもん。ちゃんと話を聞いてあげよう。
わたしはディルの頭の上から少女の前に降り立つ。
「カヒュッ、ハァ・・・カヒュッ、ハァ・・・よ、妖精しゃま・・・やっとお目にかかれ・・・わたくしの、なっ、なまえっ・・は・・・」
「自己紹介とか今はいいから、一旦息を整えてから喋って。わたしに凄い吐息がかかってくるよ」
「おっ・・・お気遣いいただきっ・・・あ、ありがとうござ・・・うっ!」
え?
「おえぇぇえええええ」
「あっぶなっ!!」
少女が嘔吐した。
わたしは慌てて飛び上がってなんとか直撃を避けた。いつの間にかディルの隣にいたナナカ君が「せっかく作ったのに」と残念そうな顔をしている。
「うぇぇ・・・ちょっとかかっちゃったよぉ」
手に着いた吐瀉物をブンブンと腕を振って振り払う。
「わ、わたくし・・・妖精様になんてことを・・・!」
少女はそれだけ言って白目を剥いてバタリと仰向けに倒れてしまった。
えぇ・・・。わたしはこの状況でどうしたらいいの? というか、この状況で先生は何をしてるの!?
先生は野次馬の後ろの方で「退けろお前ら~」と叫んでいた。
「とりあえず、医療室まで運ぶか」
役に立たない先生と違って、ディルはそう言いながらポケットからいつも使っているものより少し小振りな闇の魔石を出した。
あれ? 確か学園長に武器とか危険な物は本来は持ち込み禁止だって言われたんじゃ・・・?
わたしが首を傾げていると、ディルが唇に指を当てて「シーッ」と息を吐く。
まぁ、この灰色の少女もあんな杖を持ち歩いてるくらいだし・・・いいよね!
ディルは闇の魔石を発動させて身体強化をしたあと、灰色の少女を横抱きにする。決して羨ましいとかは思ってない。わたしはちっちゃい妖精だからどうせ無理だし。
「じゃあ行くか」
そう言ってディルはピョンっと高くジャンプして、野次馬の頭の上を一気に越えた。わたしはディルの肩に捕まって横抱きにされている少女を見る。
・・・この子はどうしてわたしを探していたんだろう?
吐瀉物で顔を汚して白目を剝きながらディルに運ばれている灰色の髪の少女を見ていると、なんだかこの子から逃げ回っていたことが馬鹿らしく思えてきた。
読んでくださりありがとうございます。大変な思いをしたソニアよりも大変な目に合う少女でした。