16.詰んでる村と詰んでないディル
わたしの目の前には、小さく切られた様々な種類のフルーツが置かれている。
きっとお城の料理長は妖精が何を食べるか分からず頭を悩ませた結果、とりあえず昨日出して好評だったフルーツの盛合せを昼食にも出すことにしたんだと思う。
何か適当にでもリクエストしておけばよかったかも。ごめんね、名も知らぬ調理長さん!
そしてわたしの横で涎を垂らしそうな顔でソワソワしているディルの目の前には、羊肉と野菜を焼いて上からタレをかけた料理だった。
懐かしい匂いだなぁ・・・って、それもうジンギスカンじゃん!
「ふぅー!食ったー!」
「うん、変わらず美味しかった」
ディルが満足そうに膨れたお腹をポンポンと叩く。わたしもディルの真似をして、対して膨れていないお腹をポンポンと叩く。すると、メイドさん達がわたしとディルを横目で見ながら「クスクス」とって食器を片付け始めた。
今更だけど、お腹がいっぱいなのに全然お腹が膨れてない。・・・食べた物はいったい何処へ消えたんだろう?
「もうお昼過ぎだけど、コンフィーヤ公爵と王様はいつ来るんだろーな?」
「お二方のお昼食が終わったら知らせて欲しいと言われています。先ほど別のメイドが知らせにいきましたので、もう間もなくすればお越しになられると思いますよ」
他のメイド達の倍くらいのスピードで食器を片付けていたメイド長が教えてくれる。
コンフィーヤ公爵と王様ねぇ・・・何を話すのか分からないけど、お堅い感じの雰囲気になるのは嫌だなー。退屈そう。
メイドさん達が名残惜しそうにわたしを見ながら退室していって、客室はディルとわたしの2人だけになった。
「何で紙より石の方が弱いんだよ!おかしいから!」
「それは紙で石を包めるからで・・・」
暇だったからディルにジャンケンを教えていると、コンコンと誰かがドアを叩く音が聞こえた。やっと国王様達が来たみたいだ。
「ソニア様、ディル様、国王様とコンフィーヤ公爵がお越しになりました」
メイド長の声が扉の向こうから聞こえる。さっきよりも声がお堅い感じがするのは王様達がいるからかな。そういう真面目な雰囲気にしたくなくて、わたしは敢えて気軽に返事をする。
「どぞー! 入って入って~」
「ソニア・・・国王様に向かって・・・」
ディルだって、前にコンフィーヤ公爵のことをおじさん呼ばわりしてたのにね。・・・もしかして、公爵が何なのか分かってない? ・・・ありえそう。
扉をゆっくりと開けて最初に入って来たのはメイド長だった。その後ろに続いて騎士団長と王様の護衛の騎士っぽい人が3人、そしてコンフィーヤ公爵と、最後に王様が強張った表情で入って来る。
流石に狭いよ。わたしとディルの2人しか居なかった客室に、今は9人も居るんだから。・・・まぁ、わたしを1人と数えるかどうかは怪しいところだけど。
王様は無駄に端をフワフワさせた赤いガウンを羽織って、赤と金色の王冠を頭に乗せている。如何にも王様然とした恰好だと思うけど、一歩間違えればサンタさんだ。
コンフィーヤ公爵と同じくらいの年齢かな?思ったよりは若かったけど、素敵な無精髭を生やした概ね想像通りのおじさんだった。・・・一年に一度、子供達にプレゼントを配ってそう。
王様はわたしを見て一瞬目を見開いたあと、部屋の狭さを感じたのか、それとも他に聞かせたくない話をするためか、メイド達と護衛の騎士達に部屋から出るように言った。
客室の中には椅子に座っているディルと、そして扉の前に立っている公爵と王様の4人だけになった。ちなみにわたしはテーブルのど真ん中で王様より偉そうに鎮座している。
ちっちゃいからって舐められないようにしないとね!
「むん!」と胸を張ってみる。ディルに鼻で笑われた。
「まずは自己紹介をさせて欲しい」
王様が威厳たっぷりな顔でそう言った。わたしが「やっぱり髭がないと偉そうには見えないかぁ」と威厳を出すのを諦めて楽な座り方に戻すと、王様は「コホン!」と咳払いしてから自己紹介を始める。
「私はこのグリューン王国現王のグラジオラス・グリューン・アイルだ」
「・・・え? なんて? もっかい!」
グラジオ・・・なんて? まさかそんな長ったらしい名前が出てくるとは思わなかったよ。思いっ切り聞き流しちゃったよ。
王様は「なっ・・・え・・・?」と髭を擦って戸惑いながらも、もう一度口を開く。
「・・・コホン。私の名前はグラジオラス・グリューン・アイルだ」
「うん、たぶん大丈夫、グラジオラス・グリーン・ピースね! 覚えたよ!」
グッと親指を立てたけど、王様は何故か微妙な顔で微笑んでいる。
まぁ・・・明日には忘れてそうだけど。
国王が溜息を吐いて公爵の方を見る。次はコンフィーヤ公爵が自己紹介する番だ。皆の視線がコンフィーヤ公爵に集まる。
「改めて、私はこの国で宰相をしているコンフィーヤ公爵と言う」
うん、知ってる。
コンフィーヤ公爵はディルを見る。次はディルの番だ。
「お、俺はディル。森の近くの村に住んでる。10歳だ」
ディルが珍しく緊張してる。わざわざ歳を言う必要は無かったんじゃないかな?
国王、公爵、ディルが自己紹介を終えたので、最後にわたしの番だ。わたしは立ち上がり、そのままの勢いで国王の目線の位置まで飛び上がる。
よしっ、第一印象は大切だよね。威厳を出すのはダメだったし・・・とびきり元気に、そして可愛くいこう!
「わたしの名前はソニア!緑の森に住んでる雷の妖精だよ!よろしくね☆」
わたしは国王に向かってパチッとウィンクをする。
・・・ちょっとあざとかったかな? でも、まぁ、わたし、妖精だし!
「う、うむ。よろしく頼む」
あれ? 微妙な反応?
ディルがそっとわたしに顔を近付けて「俺は可愛いと思ったぞ」と囁いた。
わたしも自分のことながら可愛く言ったと思うよ?
わたしは首を傾げながらスッとテーブルの上に降りて座る。
「・・・コホン。ではまず、此度の件に関して謝罪させてほしい」
王様、本日3回目の「コホン」だ。喉の調子でも悪いのかな?
「此度は我が国の商人が大変失礼した。この国の王として恥ずべきことだ。すまなかった」
国王と公爵が一緒に頭を下げる。
「うーん・・・謝罪は受け入れません!」
「はい!?」
王様が王様とは思えない素っ頓狂な声を出して目を見開く。
わたしは別に怒っている訳じゃないし、王様達に謝って欲しいとも思ってないもん。むしろ、今なら刺激的な体験が出来て良かったとすら思える。もちろん、ボトルの中に閉じ込められた時はすごく怖かったし、ディルが血を流してるのを見た時はもっと怖かった。
でも、無事に助かって、美味しいフルーツを食べられた、暖かいお風呂にも入った、ディルとメイドさん達と一緒に楽しい時間を過ごせた。
「お城でとっても楽しい時間を過ごせたからね!わたしはそれで十分だよ」
つまり、わたしにとってこの一件は楽しい思い出なの!どんなに辛くて悲しいことがあっても、わたしが最後に笑っていればそれでいいんだよ!
「ただ、他の捕まっていた人達にはそれなりの誠意を見せてよね!」
「あぁ、もちろんだ。他の者達には私から直接謝罪し、当人たちの希望に沿った補償を与えるつもりだ」
他の被害者達は楽しい思い出どころか、トラウマになっててもおかしくない経験してるからね。本当に、笑い事じゃない。そこはキッチリと分けないと。
「わたしからはそれくらいかな。・・・ディルからは何かある?」
ディルは微妙な立場にいる。被害者というわけでもないし、もちろん加害者でもない。城の人達は妖精の愛し子だとか言っていたけど、それもさっきわたしが否定した。わたしの友達だ。
そういえば、ディルはどういう経緯で王都まで来たんだろう? あとで聞いておこう。
わたしは頭の中に「ディルに色々聞く」とメモした。
皆から視線を向けられたディルは、ガタっと椅子から立ち上がり、緊張した面持ちで発言する。
「あの!俺みたいなただの平民が・・・場違いなのは分かってるんだ・・ですけど」
「普段通り話してくれて構わない、一応ここは非公式の場だ。楽にしてくれ」
王様がディルの緊張を和らげるよう優しい声色で言った。
なんだ、思ったより柔らかい性格をしているみたいだね。ただ、コンフィーヤ公爵もそうだけど、表情が乏しいんだよ。もっとニコニコ出来ないのかな。
「だったら王様も、もうちょっと楽にしなよ!ほら!ニコッと!」
わたしは自分の口角を指で吊り上げて見せる。王様は口元をひくつかせて、何かを諦めたような目で「ハハハ、ソウダナ」と投げやり気味に言った。
もしかしてわたし、めんどくさい妖精とか思われてる?・・・まさかね?
わたしは口を3の形にしてジトーっと王様を睨む。なぜかコンフィーヤ公爵がそっと一歩後ろに下がった。
「コホン・・・それでディル。何か言いたいことがあるんだろう?」
王様、本日4回目の「コホン」だ。風邪薬飲んだ方がいいんじゃない?
皆の視線がディルに集まる。ディルは何故かわたしをジッと見てくる。
「ディル?」
「いや、何でもない。ソニアのお陰で少し緊張がほぐれた気がするよ」
「??」
ディルはわたしの方を見てニコッと笑った。
わたしディルに何かしたかな?・・・あ、王様に微妙な表情をさせたこと?ディルのツボだったのかな。
「えっとそれで、俺、王様にお願いがあるんだけど・・・」
「なんだ?」
「俺の、俺達の村を助けて欲しいんだ!」
ディルはグッと拳を握り、力強い目で王様を見上げる。
「・・・その件ですか」
「わたしからも頼むよ」
森の開拓を断った手前、罪悪感があるし・・・ディルがこれ以上何かを失うのは可哀想だ。
「・・・それは出来ない。たとえ妖精様のお願いでも、だ」
「なんでだよ・・・」
ディルは悔しそうに眉を寄せて自分の足元に視線を落とす。わたしはディルを庇うように王様の視線の先に飛び上がって、ジッと王様を睨む。
「確か、森が開拓出来るなら援助できるって前に言ってたよね?」
「あぁ、確かに言った。妖精が住むと言われている森を開拓など出来ないと思って言ったことだが、もし本当に出来るのなら可能な限り援助するつもりだ」
低い声でそう言ったのは、王様では無くコンフィーヤ公爵だった。相変わらず無表情で感情が分からない。
そっか、前に援助できるって言ってたのを聞いたのは王様じゃなくてコンフィーヤ公爵だったよね。王様は今日初めて会ったばかりだし。
「一度援助出来るって言ったってことは、今も別に物理的に援助できないって訳じゃないんでしょ?」
「そうだな、援助は出来る」
「援助は?」
なーんか、いちいち引っかかる言い方するよね。ムカムカしちゃう。
「援助は出来ても助けることは出来ない」
「どういうこと?」
「村民が少なすぎる上に高齢者しかいないからだ」
「なるほど・・・?」
本当、わたしみたいなトンチンカンにも分かるように説明してよ!こっちは5歳と10歳だぞ!
「いくら国から援助したところで村に高齢者が少数人しか居らず、若い者がいなければ子供は生まれない、どちらにしろ村は無くなる」
「森の開拓が出来る場合は・・・?」
「出来る場合は、開拓する者や、その家族が村に移住することになる」
「そうなんだ・・・」
ちゃんと納得できる理由があったんだね。頭が良くないわたしには村が助かることは無理に思える。でも・・・
「・・・でも、せめて村が無くなるまででも、村で暮らしている人達に食料を届けるとか・・・・」
「それをするなら村民を王都に移住させる方が良い」
「確かに・・・」
何も言えない・・・この村、完全に詰んでるよ。『人間だった頃の知識があれば何かアドバイスできるかも・・・』とか思っていたわたしは、完全に自信過剰だったみたい・・・。
わたしたちの会話を静かに聞いていたディルは、希望に満ちた目で「よしっ」と拳を握った。
ディル・・・?
読んでくださりありがとうございます☆。わたしはパチッとウィンクした。




