168.お騒がせ三人衆とカーマ
ゴーン・・・ゴーン・・・
マドカ君達お騒がせ三人衆と虫相撲をやり始めて、もう何度目かの鐘の音が鳴った。あれからマドカ君とノルン君が森で色んな虫を捕まえて来てはわたしのゴーレム君に戦わせているけど、わたしのゴーレム君は無敵だった。
「ねぇ、この鐘の音ってお昼休憩の時間の合図じゃないの? ・・・結局こんな時間まで授業をサボっちゃったわ」
アイリちゃんがお腹を擦りながら「だから早く戻ろうって言ったのに」と口を尖らす。
「なんだよ。アイリだってノリノリでソニア師匠を応援してたじゃんかよ。一人だけお説教から逃れようなんて思うなよ!」
「思ってないわよ。どうせ何言ったっていつも3人一緒にお説教されるんだから」
アイリちゃんは一見ツンツンしてるように見えるけど、きっと仲間想いな子なんだろうと思う。
「僕、お説教されない良い方法を思う着いたよ」
ノルン君がポンッと手を叩いてニコリと笑った。
「師匠と一緒に居ればいいんだよ! フィーユ先生も流石に妖精さんにお説教は出来ないよ!」
「ノルン! いい案だぜ!」
ノルン君は普段はオドオドしてるけど、3人の中で一番頭の回転が早くて、意外とアクティブだ。
「そうと決まれば師匠! これから一緒に食堂に行こうぜ!」
「別にいいけど・・・わたしが居なくなったあとに普通に怒られると思うよ」
マドカ君はバカで人の話を聞かない。だけど、仲間の話はちゃんと聞くし、愛せるバカだ。
「おめぇら・・・こんなとこにいたのかよ」
後ろから突然カーマの声が聞こえた。
「あっ・・・兄ちゃん!」
マドカ君がそう言ってカーマに抱き着く。
え!? マドカ君ってカーマの弟だったの!? ・・・確かに似てる!
「ハァ・・・ったく。朝からおめぇらが見当たらねぇってフィーユ先生が心配してたぞ。とりあえず俺が報告しとっから、おめぇらは昼飯食ったらちゃんとフィーユ先生んとこに謝りに行けよ?」
「え~・・・師匠も一緒でもいいか?」
「は? 師匠って・・・」
カーマと目が合った。
「は? え・・・妖精!? なんでここにいんだ!? しかもこいつらと・・・」
「なんでだろうね・・・? 成り行き?」
「はぁ?」
ほんと・・・何でここでこの子達と一緒に虫相撲なんてしてたんだろうね。・・・いや、楽しかったんだけどさ。
カーマと一緒に首を傾げていると、アイリちゃんがずいっと間に入って来た。
「あ、あの! カーマさんも一緒にお昼ご飯食べませんか?」
薄っすらと頬を染めてカーマを見上げるアイリちゃん。どこからどう見ても恋する乙女だ。こんなに幼いのにちゃっかり恋しちゃってるのが微笑ましい。
「んあ? ・・・さっきも言ったけど、俺はこれからフィーユ先生んとこ行かなきゃなんだわ」
「あっ・・・そうですよね。ごめんなさい」
アイリちゃんがしょんぼりしてしまった。カーマ許すまじ。
「あ~・・・でも、フィーユ先生と話し終わったら直ぐに行くわ。急ぐけど、間に合わなかったらごめんな」
カーマがそう言いながらアイリちゃんの頭をちょっと乱暴に撫でると、アイリちゃんは幸せそうに笑った。
なんか・・・いいなぁ。
「ああ、それとマドカ。俺、ちょっと妖精と話したいことあるから。とりあえずおめぇらだけで食堂に行け」
「え!? なんだよ兄ちゃん! ・・・ああ! あれだろ!? コクハクってやつだろ!?」
「うぇえ!? こ、告白!? カーマさんソニアちゃんのことが好きなんですか!?」
アイリちゃんがカーマの足を掴んでゆさゆさと荒ぶるように揺さぶる。
ほんと、微笑ましいなぁ。
「ち、ちげぇから、膝をカクカクするな! ・・・ああもう! さっさと食堂行けよ! 休憩時間無くなんぞ!」
「「「はーい」」」
マドカ君とノルン君がわたしに手を振りながら去っていき、アイリちゃんが名残惜しそうにチラチラとカーマを見ながら去っていった。
「それで? カーマはわたしに何を話したいの?」
「ああ、それなんだけど・・・ごめん、歩きながらでいいか?」
「うん」
カーマは「こっちだ」と、恐らくフィーユがいる医療室に向かって歩き始める。
「お前の・・・妖精の愛し子に手荒なマネして悪かった。ごめん」
「え・・・なに突然」
前を向きながら淡々とした口調で謝られても・・・。
「ディルに言われたんだよ。ソニアにも謝れって」
「そうなんだ・・・いや、わたしはディルに謝ってくれればそれで良かったんだけど。それよりも、わたしの方こそごめんね。ビリビリさせちゃって」
わたしがペコリと謝ると、カーマは足を止めて細い吊り目をまん丸にしてわたしのことを見てくる。
「なに?」
「いや・・・まさか妖精に頭を下げられる日が来るなんてな・・・。昨日の一件でぜってぇ嫌われてると思ってたぜ」
「嫌いだけどね」
「嫌いなんかい!」
カーマにペシッとツッコミを入れられた。そのあとカーマはすぐハッとして「ごめん!つい!」と頭を下げる。
「別に謝んなくてもいいよ。ディルのお友達になったんでしょ? だったらわたしともお友達! 嫌いだけど」
「わけわかんねぇなぁおい」
カーマは口ではそう言ってるけど、顔はとってもいい嬉しそうだ。目付きは悪いけど。
「まぁ・・・そういうことだから! 友達として接してね! 呼び方もソニアちゃんでいいから!」
「あーったよ。ソニアちゃん」
「え!?」
まさか本当にちゃん呼びされるとは・・・。冗談のつもりだったのに。
その後、特に話すことも無く黙々とカーマの後ろをついて行ったら、フィーユのいる医療室に着いた。
「あら、カーマ君。あの子達は見つかりましたか?」
カーマが医療室の扉を開けると、そんなフィーユの声が聞こえてきた。わたしからはカーマの後頭部しか見えない。
「あいつらなら森の端っこで虫相撲してたぞ。妖精と・・・ソニアちゃんと一緒にな」
「ソニアちゃん・・・?」
「わたしだよ~」
カーマの後ろからひょっこりと顔を出す。驚き顔のフィーユと目が合った。
「ソニアちゃん・・・ということはディル君も一緒ですか?」
「ううん。わたしとカーマだけだよ。ディルがお友達を作ってる間に・・・えっと・・・なんやかんやあってマドカ君達と虫相撲することになって、今に至るの」
「そ、そうなのですかぁ・・・」
フィーユは頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、一応納得してくれた。
「とりあえず、あいつらには昼飯食ったらフィーユ先生んとこに顔を出すよう言ってあるからよ」
「それはありがとうございます。カーマ君も食堂に行っていいですよ。昼食まだなんでしょう? 落ち着きがないですよ」
「まだ食べてねぇな。正直めっちゃ腹減ってんだわ」
カーマは「じゃ!」と手を挙げて颯爽と退室していった。
「ソニアちゃんはお昼を食べなくていいのですか?」
医療室に残ったわたしに、フィーユが不思議そうに尋ねる。
「妖精はご飯とか必要じゃないからね。食べたくなったら食べるよ。それよりも、わたしはフィーユに聞きたいことがあって来たんだよ」
わたしがそう言ってフィーユの対面にある椅子の真ん中に座ると、フィーユは「聞きたいことですか」と顔を強張らせる。
「えっと・・・突然だけど、丸くて薄くて真ん中に穴が空いててキラキラしたもの・・・知らない?」
「え・・・はい?」
聞こえなかったのかな?
「えっと、だから、丸くて薄くて・・・」
「あっいえ! すみません。聞こえてはいるんです。それは・・・何なのでしょう?」
「うーん・・・何と聞かれれば難しいなぁ・・・とりあえず、わたしの大切なものが詰まってる・・・のかな?」
記憶という名の大切なものがね。
「・・・すみません。私には分かりません」
「そっか・・・ならいいんだ。ごめんね、変なこと聞いて」
アテが外れたなぁ・・・。他に知ってそうな人って誰かいるかなー?
わたしは椅子から飛び上がり、医療室から出ようとする。すると、フィーユの机に置いてある紙にマドカ君達の名前が書いてあるのが目に入った。
「なにそれー? テスト用紙?」
紙の上に座って何が書いてあるのか読もうとしたら、フィーユに「危ないですよ」と優しく横に避けられた。
「これはあの子達の宿題なんです。もうすぐ季節末テストだというのに真面目に授業を受ける気配がありませんから。なので、こうして私があの子達用に宿題を作っているのです」
「へぇ~・・・マドカ君達成績悪いの?」
「前回の季節末テストでは3人とも下から5番以内でした。張り合いを出す為に毎回順位を発表してるのですが・・・どうも下位の子達には効果が薄いようで・・・どうしたらいいんでしょうね?」
そんなこと急に聞かれても・・・わたし自身学生時代は不得意教科が足を引っ張って順位は下の方だったし・・・・・・あっ!
「皆が上位になれるようにしたらいいんだよ!」
ポンッと手を叩いてフィーユを見上げる。
「教科ごとに順位を発表するの! そしたらあの子達も得意な教科では上位に入れるんじゃない?」
「確かに・・・マドカ君は護身術、ノルン君は魔物学、アイリちゃんは妖精学が得意だったハズです。そこを重点的に教えられれば一番も手の届く範囲かもしれません」
「だね!・・・あれ? 護身術なんて科目あったっけ?」
前にディルから聞いたのは、魔物学、歴史、語学、数学、妖精学、生物学の6つだったと思うけど・・・。
「基本の六科目の他に、選択科目というのがあるのですよ。護身術、調理科、裁縫科、魔導科の四科目から自由に選び、テストは全て実践的なものとなっています」
「じゃあ・・・全部で10科目ごとに順位を発表するってことだね!」
なんか大変そうだけど、わたしがやるわけじゃないし、言うだけタダだよね!
「後ほど学園長に相談してみましょう。・・・これはテスト後の学園祭も例年とは違った賑わいを見せそうですね」
学園祭! なにそれアオハル!
「あっ、そうそう! ソニアちゃん! 私、手が空いてる時にまたソニアちゃん用に服を作っていたのですけれど、良ければ試着してみていただけませんか?」
フィーユが突然そんなことを言い出し、机の引き出しの中からガサゴソとちっちゃな服を取り出す。そして勝手にわたしの服を脱がそうとした。
「え!? ちょちょ! ちょっと待って! わたしまだ何も返事してないし! ・・・いひぃ!? 分かった! 試着するから! ちゃんと自分で脱ぐから羽は掴まないで!」
このおばあちゃん、時々暴走するよ! どこが聖女なのさ! 誰か手綱を握ってあげて!
わたしは仕方なくカーテンの奥に言って服を脱ぐ。
「まずはこちらからお願いいたします!」
フィーユに渡されたフリフリのドレスを着てみた。
「さすが妖精様ですね! とっても可愛いですよ! では次は・・・」
え・・・1着じゃないの!?
それからわたしはフィーユの着せ替え人形になった。普通のオシャレな服から、アイドル衣装みたいな服、果ては水着まで色々と着せられた。
「ふぅ・・・疲れましたね」
「こっちのセリフだよ! いったい昨日今日の間に何着作ったの!」
「すみません・・・昔から可愛いものには目が無くて」
むぅ・・・わたし、そんなに可愛いかなぁ? ちっちゃいからそう見えるだけじゃないのー?
「ハァ・・・わたしもう行くね。そろそろディルのとこに戻ってみる」
「ディル君のとこですか・・・というと、今の時間だと食堂ですね」
フィーユに窓を開けて貰い、医療室から出る。
「ふんふふーん・・・ふぁ!?」
鼻歌まじりに外を飛んでいたら、両脇に女の子を従えて廊下を歩くディルの姿が窓の外から見えた。
な、なんじゃあれぇ!?
わたしはあわてて窓に張り付く。
ちょとディル!! こっちこっち!
窓越しにそうテレパシーを送ると、ディルは一瞬ビクッと跳ねたあとキョロキョロとし始めた。すると、そんなディルの顔を女の子が覗き込む。
わたしに気付いてー!!
コンコンと窓ガラスを叩く。
あっ、やっとディルと目が合った。
ディルもコンコンと窓ガラスを叩き返してくる。
いや! そうじゃなくて! 窓を開けてよ! いつもみたいに体を電気にして通り抜けたら、昨日みたいに服が脱げちゃいそうなんだもん! だから早く開けてよ!
もう一度テレパシーを送ると、ディルはいつもの優しい瞳で窓を開けようとする。
そうそう。そうやって窓を開け・・・。
女の子がニヤニヤと笑いながらディルの頬をツンツンと突いたのが見えた。その瞬間、わたしの手がバチッと青く光る。
パリーン!
わたしが触っていた窓ガラスが割れた。その割れて落ちる窓ガラスの破片を見ながら、わたしは今日のこれまでの出来事を振り返る。
変な少女に追い掛けられたり、蛇に食べられそうになったり、クワガタと戦わされそうになったり、着せ替え人形になったり・・・
「もう! こっちは大変な思いしてたってのに! 何をイチャイチャしてるのさ!」
そう。決してディルがわたし以外の女の子と仲良さそうにしてるのが気に食わなかったわけじゃない。
・・・わたしは体はちっちゃいけど、心までちっちゃいわけじゃないもん。
読んでくださりありがとうございます。ソニアの苦手科目は英語でした。




