167.対決! クワ君二代目!
「妖精様~! 妖精様~! 金髪の可愛らしく幻想的な小さな妖精様~! 何処にいらっしゃるのですか~?」
森の中で杖を片手に金髪で可愛らしくて幻想的な小さなわたしを探している灰色の少女から、わたしは茂みに身を隠して逃げている。
そろそろ行ったかな?
ガサゴソ・・・
茂みから出て辺りを見渡す。緑の森ほどじゃないけど、それなりに立派な森だ。この辺りは気温が高く湿気があるそうで、森というよりは密林の方が近いのかもしれない。
「妖精様!」
「えっ・・・びゃあああああああああああ!」
急に後ろから大声で声を掛けられ、振り向いたらさっきの灰色の少女の感極まった顔が目の前にあった。わたしは悲鳴を上げながら慌てて逃げる。こわい!
「ああっ・・・妖精様!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
わたしは樹木と樹木の間をジグザグに飛んで逃げた。灰色の少女は蜘蛛の巣や木の蔦に引っ掛かりながらも必死にわたしを追って来る。
あっ! あんなところに丁度いい穴が!
地面にぽっかりと空いていた穴の中に素早く入って身を潜める。
入ったとこは見られていないハズ・・・。
「妖精様~? 妖精様~・・・」
灰色の少女の声がどんどんと遠ざかっていく。
ふぅ・・・今度こそ大丈夫だよね?
灰色の少女の声が聞こえなくなったところで穴の中から出ようとしたら、トンッと何かに背中を押された。
「え?」
恐る恐ると振り返ったら、蛇が居た。大きな口を開けて、チロチロと長い舌をわたしに向けて獲物を見る鋭い眼光でわたしを見ている。
ほ、捕食されちゃうぅ!!
慌てて穴から飛び出す。そしてその勢いで目の前にあった木にぶつかっちゃった。
ベチョ!!
「うわん!」
え?・・・ベチョ?
「うわぁ・・・何これ!」
体中が粘液まみれになっていた。ぶつかった木をよく見てみると、蜜のような液体が垂れている。クンクンとニオイを嗅いでみる。
あれ・・・これ蜂蜜だ!
ペロリと口の周りに付いていた蜂蜜を舐めてみた。
あんっまい! うまうま~!
木に付着している蜂蜜を指で掬ってひたすらに舐める。
と、止まらない! 久しぶりの甘いものに体が止まらない!
無我夢中に蜂蜜を舐めまくる。
「捕まえた!!」
「ひゃあ!?」
そんな声と共に、わたしの体が誰かに鷲掴みにされた。
いたぁ!? 誰!?
「やったぜ! 妖精を捕まえた!」
赤い髪の活発そうな男の子が、捕まえたわたしを見て嬉しそうにそう言った。わたしはジタバタと暴れてみるけどまったく放す気配は無い。
「ちょっと! 妖精は捕まえちゃダメだよ! はなして!」
「すげー! 喋ってる!」
ぜんぜん聞いてないし・・・。こんなマリちゃんと同じくらいの歳の子に電撃を浴びせるのもなぁ・・・。
男の子はわたしを大事そうに両手で掴んで、「ハッハッ」と息を切らしながら森の中を走り、そして抜けた。
「見ろよ! すげぇもん捕まえた!」
男の子はそう元気に叫びながらわたしを両手で持って頭の上に掲げた。
そこには男の子と同じくらいの歳の男女が2人、切り株に座りながらわたしを見上げて目を丸くしている。
「す、凄いよマドカ君! 妖精なんて始めて見たよ!」
「ちょ、ちょちょ・・・マドカ、アンタ妖精様に何してるの!」
とりあえず、わたしを捕まえた男の子はマドカ君と言うらしい。
「昨日クワガタ用に張った蜂蜜の罠にかかってたんだ! これで次の虫相撲は俺が勝ったぜ!」
「授業中に抜け出していくのが見えたからコッソリ後を追い掛けてみたら・・・アンタ、虫を捕まえに行ってたの? 休み時間にしなさいよ」
というか、わたし虫用の罠に引っ掛かったの!? わたしは虫じゃないよ!
「・・・ってそんなことどうでもいいの! 早く妖精様を放して上げなさいよ! 妖精様も膨れっ面じゃない! きっと怒ってるのよ!」
女の子が短いポニーテールを揺らしながら捕まっているわたしを乱暴にぶん取る。そしてわたしをマジマジと見ながら「可愛い」と呟いた。
「こんにちわ」
「わぁ! 喋ったぁ!?」
ニッコリと挨拶をしたら宙に放り投げられた。
そりゃ、あなた達と同じ口が付いてるんだから喋るよ。妖精をなんだと思ってるのか。
わたしは宙に浮いたまま、腰に手を当てて3人を見下ろす。
「今まで黙ってたけど・・・わたしは怒ってます!」
精一杯に頬を膨らませて3人の子供を順番に睨んでみる。
「何で怒ってんだよー!?」
マドカ君が首を傾げる。この子はバカだ。わたしはそう思った。
「フフッ、ちっちゃくて可愛い!」
女の子が頬に手を当てながらにやける。この子はわたしをバカにしてる気がするし、ちょっとズレてる。わたしはそう思った。
「あわわわわわわ」
もう一人の気の弱そうな男の子が2人を交互に見ながら慌てている。きっとこの子はいつも他の2人に振り回されてるんだろう。わたしはそう思った。
「まずそこの君! マドカ君だっけ? わたしは虫じゃないからね! 勝手に捕まえて持って来て・・・もはや誘拐だからね! 分かってる!?」
「虫じゃないって言われても・・・だって羽根生えてるじゃんか」
「失敬だよ! これは虫の羽じゃなくて妖精の羽だから!」
手をブンブンと振って必死に怒ってみるけど、マドカ君は首を傾げるだけだ。女の子は微笑ましい物を見るような目で見てくるし・・・怒るのは諦めよう。疲れるだけだよ。帰ろう。
「もういいよ・・・わたしはもう行くからね。じゃあね」
クルッと後ろを向いて飛び上がろうとしたら、後ろから「待って!」と男の子の声がした。振り返ったら、気の弱そうな男の子がモジモジとしながらわたしの体を上から下まで見て口を開いた。
「あの・・・妖精さんの体ベタベタだから・・・僕、水の適性があって魔石も一応持ってるし・・・」
「ノルンの言う通りね!蜂蜜まみれの妖精様をこのまま返すのは可哀想だもん!」
女の子はそう言いながらわたしの足をガシッと掴んで胸元まで引き寄せる。
うわぁ! ・・・この子が一番乱暴かもしれないよぉ。
「さぁノルン! 私が妖精様を支えてるから水をかけて!」
女の子がノルンと呼ばれた男の子に向かってわたしを差し出す。ノルン君はポケットから小振りな水の魔石を出してわたしの頬に当てる。
「えっ、ちょっと待ってちかっ・・・がぼぼっぼぼぼ!!」
思いっ切り口の中に水が入って来た。その代わり綺麗にはなったけど。
子供だから加減を知らないんだよね・・・? わざとじゃないんだもんね?
「うん! 妖精様、綺麗になったわね! 可愛い!」
「ケホッ・・・ケホッ・・・き、綺麗になったけど・・・ケホッ・・・もうちょっとやり方が・・・」
「よしっ! 妖精も綺麗になったし。ノルン、虫相撲で勝負しようぜ!」
ほんっと話を聞かないなぁ! この子は!
「マドカ! 忘れてるかもしれないけど、今は授業中なの! 早く戻らないとまたフィーユ先生の長いお説教が始まっちゃうわよ! それに、私達、学園内で何て呼ばれてるか知ってる? お騒がせ三人衆って呼ばれてるのよ!? もうちょっと真面目にしないと!」
「じゃあ、アイリだけでも戻ればいいじゃん。三人衆が2人組になるぜ?」
「嫌よ! 仲間外れみたいじゃない!」
アイリと呼ばれた女の子とマドカ君が言い争いを始めてしまった。
もう付き合ってらんないね。さっさとここを離れよう。
・・・そう思って飛び上がろうとしたら、また足を掴まれた。今度はノルン君だ。
「ふ、2人とも! 喧嘩はダメだよ! ここは平和に虫相撲で決着を付けようよ!」
虫相撲をするか授業に戻るかを、虫相撲をして決めるらしい。
・・・なんでわたしの足を掴んだの? 未だに放してくれないし。
「でも私、虫なんて持ってないわよ」
「大丈夫、アイリちゃんの代わりに僕が戦うから! ・・・はいマドカ君! 妖精さん返すね」
そう言いながらノルン君はマドカ君にわたしを渡す。
「いやいや! わたしマドカ君の物じゃないんだけど!」
「頑張ろうな! 妖精!」
聞いてないしー!!
「じゃあ僕はいつものクワ君二代目を使うね」
ノルン君はそう言いながら切り株の横に置いてあった虫かごから一匹のクワガタを出して切り株の上に乗せた。
「俺はさっき捕まえたこいつだ!」
マドカ君がそう叫びながらわたしを切り株の上に乗せる。
「え・・・マジで?」
引き攣った笑顔で「冗談だよね?」とマドカ君を見上げると、「頑張れ!」と返された。
「じゃあ、私が審判をやるわね。妖精さん頑張って!」
頑張って・・・って、ノルン君はアイリちゃんの代わりなんだから応戦する方間違えてるよ?
・・・じゃなくて! 本気でやるの!? 子供って残酷!
「試合開始よ!」
始まっちゃった!
試合開始と共に、目の前にいるクワガタが二つの角をキラリと煌めかせてわたしに近付いてくる。
「行け! クワ君二代目! けちょんけちょんにしちゃえ!」
ノルン君・・・この3人の中で一番やばいのは君かもしれない。
「・・・っていうか無理無理! 無理だから!」
電気やビームを使えば勝てるけど、そんなことしたら相手の虫さんが死んじゃうかもしれないし! ここは逃げるしか出来ないよ! 相手が人間なら上手く加減できるのに!
「妖精! パンチだ! キックだ!」
盛り上がってるところ悪いけど、わたしは逃げる!
グンッと切り株の上から飛び上がる。
「うわぁ! 妖精何やってんだよ! この上から出たら負けなんだぞ!」
「知ってるよ! 負けで良いんだよ! 君達は授業に戻りなさい!」
そうだよ! こんなことにわたしが付き合う必要無いんだから! わたしにはやるべきことがあるんだもん!
「なんだよぉ・・・キラキラしてて強そうな妖精だと思ったのに。期待外れだ。こんな弱っちいなんて」
マドカ君が唇を尖らせながらそんなことを言ってくる。
気にしない、気にしない、子供の言うことだし・・・。
「ダメだよマドカ君、そんなこと言ったら。妖精さんも、きっと僕のクワ君二代目が怖くて逃げちゃったんだよ」
気にしない、気にしない・・・。
「そうよマドカ。それに、この妖精さんはこんなに可愛いんだから、たとえ何の役にも立たなくてもいいじゃない。可愛いだけで十分じゃない」
気にしない・・・、気に・・・・
「わたしだって本気を出せばこんなクワ君二代目なんてけちょんけちょんに出来るし!」
わたし、役に立つし!
「えぇ~、ほんとかよ~・・・」
「本当だから! ちょっと待ってて!」
「えっ、どこに・・・妖精!?」
わたしは上空まで飛び上がる、そしてそのままわたしとディルの部屋がある寮まで急いで飛ぶ。
確かディルのリュックの中にアレが入ってたハズ!
部屋と外を繋ぐ丁度いいサイズの通気口を通って、部屋の中に入る。そしてわたしはディルのリュックの中身をポイポイと出していき、目的の物を見つけた。
土の地方で貰ったゴーレム!
土の地方でセイピア王国に潜入する為に使ったゴーレムだけど、実はコルト達と別れる前に二つある内の一つをちっちゃくして譲って貰っていた。
これを電気で遠隔操作すれば・・・
ゴーレムの頭に電気信号を送る。すると、ゴーレムはわたしの思うように動いた。わたし、器用になったね。
これでクワ君二代目に勝てる!
わたしは電気でゴーレム君を浮かせて、そのままゴーレム君に窓を開けさせて外に出る。
マドカ君達のところに戻る途中で、森の中で未だにわたしを探しまわる灰色の少女が見えたけど、見なかったことにした。
「じゃじゃーん! 見なさい!これがわたしの本気だよ!」
切り株の上でゴーレム君にシュッシュっと素振りさせて見せる。
「おおおお! カッコイイ! すげぇ!」
「うぅ・・・でもクワ君二代目だってぇ」
「可愛い顔のゴーレム!」
三者三様の反応を見せる子供達の前で、わたしはふんぞり返る。
どんなもんじゃい!
「これで再戦だよ!」
「う、うん! 頑張れクワ君二代目!」
結果はゴーレム君の圧勝だった。クワ君二代目の突進を微動だにせず受け止めたゴーレム君は、そのままクワ君二代目の胴体を持ち上げそっと切り株の外に投げた。
「すげー!あのクワ君二代目に圧勝なんて! やるな妖精!」
「でしょう! あとわたしの名前はソニアだからね!」
「ふふん!」と得意げに笑ってゴーレム君に肩車をして貰いながらマドカ君を見上げる。
「ソニア! お前は虫じゃなくて俺達の仲間だ!」
「やった!よろしくね! ソニアちゃん!」
「よろしく、ソニアさん」
3人が順番にわたしの頭をポンポンと優しく叩く。
こうしてわたしは、無事にお騒がせ三人衆の仲間入りを果たした。
・・・あれ? どうしてこうなった?
読んでくださりありがとうございます。マドカ君、ノルン君、アイリちゃん、そしてソニアちゃん。皆8歳です。




