164.両極端な男子達
医療室から寮への帰り道、わたしはディルの腕時計の中からディルとカーマの会話を聞いていた。
「なぁディル。その変な腕輪の中にさっきの妖精が入ってんのか?」
「そうだぞ。それと、これは腕時計で、その妖精の名前はソニアだからな」
カーマがディルの左手を持ってマジマジと腕時計を見つめる。カーマは吊り目なのもあって細められた煉瓦色の瞳がちょっと怖い。
「妖精って授業では畏れ多いだとか幻想的だとか言われてたけど、普通に照れたり笑ったりするんだな。妖精学ってのも信用できねぇな。なんの畏怖も感じなかったぜ」
「お前・・・ソニアからあんな強烈な電撃食らっておいてよく言えるな」
本当だよ。割と強めの電撃だったよ? 殺しちゃったんじゃないかと思ったもん。
「デンゲキ? ぁんだそれ」
「いや、食堂でソニアから攻撃されてただろ? こう・・・ビリビリって」
「ビリビリ? ・・・・・・あっ、思い出した」
カーマの顔色が青くなっていく。
「俺、もしかして妖精の怒りを買っちまったのか?」
「買ったけど・・・ちゃんと俺に謝ってくれただろ? あんな風にソニアにも謝ればちゃんと許してくれるハズだぞ。ソニアはそんな狭量じゃないからな」
ディルはコンコンと腕時計を突きながら言う。最後の一言はわたしに向けて言ったんだと思う。
分かってるよ。ディルが許すならわたしも許すよ。
寮のエントランスでまた居眠りをしている寮長さんの前を横切って、男子寮に続く長い廊下を進んでいく。
あたりまえだけど、男子寮に続く廊下に女子生徒はいない。カーマは周囲を伺うようにして少し興奮気味に口を開いた。
「・・・にしても、妖精ってのは皆ああなのか?」
「何がだ?」
「コレだよコレ!」
カーマが自分の胸に両手を当てて曲線を描く。
「なんてーかさ!デカいんだけどデカすぎず、イイ感じだよな! 顔が幼いのも相まって妙に・・・」
「なぁカーマ。ソニアは腕時計の中に入ってるけど、ちゃんと外の声は聞こえてるからな」
カーマの顔色がまた青くなっていく。
「あ、いや、ちげぇんだよ。そう・・・目玉! 目ん玉の話だよ! デカいんだけどデカすぎず丁度いいよなって! さすが8歳! 可愛い顔だぜ!」
なんだこいつ! 童顔なのはこの際認めるけど! さすが8歳って・・・そこまで幼い顔じゃないよ!
ディルの腕時計がバチバチと電気を纏い始める。今までこんなこと出来なかったけど、わたしのくだらない怒りがそれを成した。
「うわっ、なんかめっちゃバチバチ言ってるけど! 妖精、めっちゃ怒ってるんじゃねぇの!?」
「もういいからお前は喋るな! ほら寮に着いたからさっさと部屋に戻れ! あと、明日ちゃんとソニアに謝れ!」
「・・・そうさせてもらうぜ。んじゃ、また明日なディル」
「ん? あ、ああ。また明日」
カーマの部屋は二階にあるらしい。階段を登ってすぐの部屋に入っていった。ディルも昇降機を使って10階まで行き、自分の部屋に帰る。
ディル! 制服着直したいから脱衣所に腕時計と制服だけ置いて出てって!
そうテレパシーするとディルは「そういえば脱げてたな」と言いながら脱衣所に腕時計と制服だけ置いて出て行く。そしてわたしは腕時計から出ていそいそと制服を着直した。
背中に羽の穴が空いてるのは凄くいいんだけど、かなり着ずらいんだよね。自分の羽を自分で掴まなきゃいけないもん。
着替え終わってツインテールに結び直して、鏡で自分の姿をチェックする。
やっぱり・・・! 確かに少し童顔かもしれないけど8歳と言われるほど幼くはないよ! カーマが間違ってる!
脱衣所から出て怒りのままにディルの周囲を回る。
「もう! なんなのあいつ! ディルに乱暴しようとしたし! わたしのことバカにするし!」
「別にソニアのことをバカにしてたわけじゃないと思うけど・・・」
「してたよ! わたしそんなに幼く見えるかなぁ!? 大人なんだけどなぁ!」
怒りのままにベッドの上で枕をポスポスと叩く。
「そうやってプリプリ怒ってる姿はじゅうぶん幼く見えるけどな。実際8歳だし」
この際だからディルには元人間だったことを言っちゃおうかな! 別に秘密にする必要もないし、ディルなら変に態度を変えることもないと思うし。
「あのねディル! わたし本当はもっと長く生きてて! 前の名前は・・・」
コンコン・・・
わたしが言い終える前に、扉がノックされる音に邪魔された。
「お? さっそく来たか!」
ディルが椅子に座りかけていた腰を上げる。
「実は、食堂のお姉さんが説明を怠ったお詫びに特別に晩御飯を部屋まで運んでくれるって言ってくれたんだよ」
いつの間に・・・。というか、あの騒ぎは食堂のお姉さんの説明不足が原因ではないと思うけど。完全にディルとカーマが人の説明を聞いてなかっただけだよ。
ディルが扉を開けると、昨日も炒飯を運んでくれたナナカ君が立っていた。昨日と同じで小さなワゴンも一緒だ。
「お待たせしました。ディル様が頼んでいた餃子定食と炒飯です」
ナナカ君はワゴンを押しながら部屋に入り、テーブルの上にお皿を置いていく。わたしはテーブルの隅に立って置かれていくお皿たちを目で追う。
す、すごい! 餃子定食で白米があるにも関わらず、それに加えて炒飯まで! さっき遅い昼食を食べたばっかりなのに!
「昨日の炒飯ってお前・・・ナナカが作ったんだろ? めっちゃ美味しかったからまた食べたかったんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
凄く嬉しそうに目を細めて笑った。ナナカ君は垂れ目なのもあって細められた薔薇色の瞳がちょっと色っぽい。目元のホクロが尚更それを助長している。
あのカーマを見たあとのせいか、ナナカ君が凄く良い子に見える。実際良い子なんだろうけど。
バクバクと美味しそうに食事をするディルを横目に、静かに退室しようとするナナカ君の頭の上に乗ってポンポンと撫でる。
「えっ・・・えぇ!? な、何ですか!?」
ナナカ君がそう言いながら固まってしまった。
「いやぁ、ナナカ君はディルに乱暴しないし、わたしのことバカにしないし、良い子だなぁって思って」
「あ、当たり前ですよ! 俺じゃなくても普通はそんなことしないです!」
それがした奴がいたんだよ~。
「また謙遜して~。ほんと良い子だなぁ」
人間だった頃にこういう弟が欲しかったよ。
顔を真っ赤にして照れているナナカ君は可愛いけど、さすがにちょっと可哀想になったので頭の上から離れて開放してあげる。
「じゃ、じゃあまた食器は部屋の外に出して置いてください! し、失礼します」
逃げるように退室していった。
少しイジワルしすぎちゃったかな。
振り返ったら、ディルが凄く不貞腐れたような顔で餃子を頬張っていた。
「どしたの? その餃子あんまり美味しくない?」
「いや、美味しいけど・・・。ソニアはああいう背が高い奴が好みなのか?」
「背の高さなんて・・・わたしからしたら皆が巨大だし関係無いよ?」
ディルの不貞腐れた顔が直らない。
む? もしかして・・・ナナカ君に嫉妬してるの?
「何をニヤニヤしてるんだよ・・・」
「フフッ、大丈夫だよディル! ナナカ君はカッコイイけど、わたしのことを守ってくれるディルの方がカッコイし、す・・・」
「好きだから」そう言おうと思ったけど、何故か「好き」が喉につっかえて出て来ない。顔が熱くなっていくのが分かる。
なんでなんで!? 友達同士の好きなんだから普通に言えばいいのに! ディルがわたしに恋してるって知っちゃったせいだよ!そのせいでわたしまで変に意識しちゃうんだ!
顔を赤くして口を開けっぱなしで固まるわたしを、ディルが目を丸くして見ている。
平常心、平常心! 普通に今まで通りに言えばいいんだから! よしっ! 言うぞ!
「す、すす・・・好きじゃないんだから!」
・・・わたしの口が言うことを聞いてくれないよぉ。ディルは「好きじゃない」って言われたのに、何でか今まで見たことないくらい嬉しそうな顔してるし。もう嫌だぁ。
「わたしもう寝るから!」
そう言って飾り棚の上にある寝袋の中に潜った。
「もう寝るって・・・まだ寝るには早くないか~? 今日も寝る前にお喋りするんじゃなかったのか~?」
知らない! 知らない! わたしはもう寝るから!
ディルの言葉を無視してギュッと目を閉じる。
気が付くと朝だった。ディルの顔が目の前にある。
ほんと寝相悪いな~。
パチンッと軽い電撃でディルを起こす。
「あ、おはようソニア」
「おはようディル」
「ソニア・・・髪すごいことになってるぞ」
・・・そうだった。昨日はツインテールのまま寝ちゃったんだ。
鏡の前で浮いて髪を梳かしていると、ディルがニマニマと口角を上げながら鏡越しに口を開く。
「なぁ、ソニア。俺のこと好きなのか?」
「うん、好きだよ。当たり前じゃん」
あれ? すんなり言えた。昨日はディルが乱暴されそうになって怒ったり、医療室で恥ずかしい思いをしたり、ちょっとおかしなテンションだったのかもしれないね。いつものわたし、おかえりなさい。
「え・・・あ、そうだよな。うん」
今度はちゃんと「好きだよ」って言ったのに残念そうな顔で立ち去っていくディル。分からない。
髪を再びツインテールにして、制服のシワを伸ばす。ディルも脱衣所で制服に着替えて準備万端だ。
「制服似合うねディル! 普通に高校生みたい!」
「コウコウセイ? 褒めてるのか?」
「褒めてる褒めてる! バレンタインにチョコとかいっぱい貰ってそう!」
ディルはわたしの言葉に首を傾げながら、昨日書いたテスト用紙や筆記用具を小さなバックに入れていく。
「あれ? 魔剣とか魔石の手袋とかは持って行かないの? いつも肌身離さず持ち歩いてるじゃん」
「学園長に武器とか危険な物は本来は持ち込み禁止だって言われたんだ」
そっか。そうだよね。普通に考えて同じクラスに魔剣を持参してる男の子がいたら怖いもん。
それから食堂で朝食を済ませて部屋で待機していると、お迎えの先生がやってきた。
「先日は大変失礼いたしました! 私は高等部一般科2組の担任をしているアキノと言います! ディル様ソニア様! これからお世話になります!」
いや、お世話になるのはこっちなんだけど・・・。
昨日の食堂の騒動でディルに深々と頭を下げていた先生だ。
そういえばカーマの担任だって言ってたもんね。カーマと同じクラスになるならこの先生が担任だよね。
「ソニアはともかく、俺は普通にディルでいいですから、こちらこそお世話になります。アキノ先生」
ディルってこういう時の礼儀作法はしっかりしてるんだよね。
ディルの畏まった態度に、アキノ先生は少し緊張が解けたみたいだ。ちゃんとわたしとディルを見ている。
「一般科って言ってたけど、他にはどんなクラスがあるの?」
校舎に向かう道すがら、ふわふわと浮きながら気になることを聞いてみる。
「ま、魔法科と護衛科があります。魔法科は魔石や魔道具の研究を主に学びたい生徒達が所属しておりまして、護衛科を護衛士を目指す者や体を動かすのが得意な生徒達が所属しております。普段使う教室は寮から近いことや、同じ授業を受けることもあるため同じ一般科の校舎にありますが、朝のホームルーム以外は別の校舎に移動してることが多いです」
「へぇ~、一般科以外も気になるね!ディル!」
「そうだな~・・・護衛科の生徒も武器は持ってないんですか?」
あ、気になるのはそこなんだ。さっきから何かソワソワしてるなぁって思ったら、魔剣と魔石を持ってないのが落ち着かないんだね。
「護衛科は盾が支給されるだけで、武器などは原則持ち込み禁止です。護衛士も武器は所持していませんし」
「ほぇ~・・・変わってるな」
人間だった頃のわたしの国ではそれが普通なんだけどね。
そうこう話しているうちに、ディルがこれからお世話になる教室の前に着いた。
「後ほどお呼びいたしますので、こちらでお待ちください」
扉の前で立たされるディル。
「なんか緊張してきた。この扉の向こうに俺と同じ歳の人達がたくさんいるんだもんな」
アキノ先生の話によると、魔法科と護衛科は30人くらのクラスが一つずつで、一般科は20人くらいのクラスが二つあるらしい。今まで同じ歳の子とあまり出会う機会がなかったディルにとっては初めての経験だ。
扉の向こうからアキノ先生の声が聞こえる。
「え~、今日からこのクラスに新しく仲間が増えます。皆さんが予想している通り、先日フィーユ様からご説明があった愛し子様のディルさ・・・君と、妖精のソニア様です」
扉の向こうがざわざわしだしたのが分かる。
「体験入学という形で暫く一緒に授業に励むことになる愛し子様のディル君ですが、学園長からもご本人からも普通の生徒と同じように接して欲しいと言われています。皆さん、くれぐれも失礼のないようにお願いします」
言ってることが滅茶苦茶だよ・・・。
「それではディル君、入っていいですよ」
ディルが呼ばれた。
「よしっ」
ディルが自分の頬をパチンッと叩いて気合を入れて、ガラララと教室の引き戸を開ける。
それと同時に、どこからか「どうして妖精様と愛し子様は魔法科では無いんですの!?」という女の子の叫び声が聞こえたけど、わたしは聞かなかったことにした。
読んでくださりありがとうございます。大事なのは言葉じゃない、そう思ったディルでした。