161.夜のお喋りタイムと学園長
「ソニア? そんなところで何してるんだ?」
飾り棚の上で壁に向かって座っていたわたしに、ディルがそう問いかける。わたしはくるっと振り返って食事中のディルを見下ろして答える。
「ん? ちょっとナナちゃんに頼み事してたの」
「ナナちゃん? ・・・あ~、虹の妖精か。何を頼んでたんだ?」
ディルが美味しそうな炒飯をスプーンですくいながら聞いてくる。
「ミドリちゃんにわたしとずっと昔に会ったことあるよね? って聞いてほしいって頼んだんだよ」
「前に言ってた不思議な夢の話しか?」
「そそ。ナナちゃん、今日はもうマリちゃんとお布団の中らしいから返事は明日だけどね」
まぁ、ミドリちゃんが素直に答えてくれるかは分かんないけどね。だって、もし普通に答えてくれるなら最初から教えてくれてもいいもん。
「そういえば、南の果てを出てからソニア全然眠くなってないよな」
「だね~。偉い妖精の力を体に馴染ませるために眠ってた・・・らしいけど、もう馴染んだのかな?」
「俺に聞かれても・・・」
まぁ、健全な体に戻ったっていうことで! 良かった良かった。
「・・・っていうか、その炒飯わたしにもちょうだいよ!」
飾り棚の上から飛び降りて、スプーンを持つディルの右手をゆさゆさと揺らす。
「ちょ・・・分かったから! 揺らすな! 零れる!」
パラパラと零れる米粒をパクリと口でキャッチする。
もぐもぐ・・・
「うん。米がデカすぎて味があんまし分かんない」
「いや、ソニアがちっちゃいんだよ」
そもそも、わたしはこんなパラパラサラサラな炒飯よりも、ベチャベチャした下手くそな炒飯の方が好きなんだよね。人間だった頃のママ・・・じゃなくてお母さんは料理が苦手で、たまに作ってくれる炒飯はスプーンよりも箸の方が食べやすかったくらいだ。
ザザザ・・・
あれ?
一瞬だけ、思い出していたお母さんの顔にノイズが走った。
大丈夫。ちゃんと思い出せる。いつも仲良しだったママとパパも、可愛い双子の妹も、アレルギーでまったく触れなかった愛犬も、ついでに会社の仲の良かった友達も。忘れてなんかない。
「どうしたソニア?」
ディルが炒飯をすくったスプーンを置いて、心配そうにわたしの顔を覗き込む。
「ううん! なんでもない! それよりも、好き嫌いせずに紅しょうがもちゃんと食べなね!」
お皿の端に避けられた手付かずの紅しょうがを指差してニコリと笑う。
「え~・・・だってコレ、なんか酸っぱいんだもん」
「だからって残したらダメだよ! ほら! 口開けて!」
わたしは紅しょうがを持ってディルの口に放り投げる。ディルは嫌々口を開けてパクっと食べた。
「~~~っ酸っぱい!」
目をギュッと閉じて手で口を押さえるディル。可愛い。
まぁ、初めて食べたんだったらそうなるよね。
「これはね、単体で食べるんじゃなくて、炒飯と一緒に口に入れたらいいんだよ」
ディルはそう言ったわたしのことをジロリと睨みながら炒飯と一緒に紅しょうがを口に入れた。
「食べれなくはないな」
今度からは紅しょうがを抜いてもらった方がいいかもしれないね。
夕飯を食べ終えたディルは、食器を部屋の外に出して、何故か散らかっている部屋の中をせっせと片付け始めた。
「なんでこんなに散らかってるんだろうね?」
「ソニアが俺の着替えを取る時にリュックの中身を全部出したからだろ」
実際に見た訳でもないのに、酷いこと言うね。
「部屋の中だいぶ暗くなってきたな。明かりをつけるか」
「明かり? 蠟燭ってこと?」
部屋の中を見回すけど、燭台も蠟燭も見当たらない。
「いいや、部屋の説明をしてくれたニシノさんに聞いたんだけど・・・」
ディルはそう言いながら天井から伸びている紐を引っ張った。すると、天井の一部がガコンッとスライドして開いた。
「なにこれ?」
天井の開いた部分にはガラスが嵌められていて、その奥にユラユラと揺らめく炎が見える。その得体の知れない炎のお陰で、部屋は明るくなった。
「四六時中燃えてる魔物が入ってるんだってさ。魔物だけど危険は無いらしい」
「へぇ~・・・魔石を使うんじゃなくて魔物自身を使ってるんだ~。餌とかはどうしてるんだろう?」
「空気を食ってるって言ってたな」
まんま炎なんだね。・・・ま、わたしの出す光の玉の方が明るいんだけどね!
「うわっ! 眩しいわっ! 急に何すんだよソニア! 俺の目を潰す気か!」
ディルの前に光の玉を出したら凄い剣幕で怒られた。シュン・・・。
ディルは少しテンションの下がったわたしの頭をグリグリと撫でたあと「もう少し暗くしてくれ」と言って天井から伸びている紐を引っ張って明かりを消した。
よしっ。さっきよりも暗めで、そーっと・・・。
ぽわ~っと光の玉を出す。ちょうど豆球くらいの暗さだ。
「・・・もう少し明るくてもいいぞ?」
「ううん! これくらいでいい!」
なんか懐かしい! このいい感じの暗さ!
「そうだ! 片付けなんて後ででいからさ! 久しぶりにお喋りしようよ! 最近色々あってこういう時間って無かったじゃん!」
海底トンネルで野宿だったり、わたしが眠た過ぎたり、ディルがゾンビになったり、本当に色々あった。こうやってゆっくり過ごすのは結構久しぶりなんじゃない?
ベッドの上で寝転がって手招きすると、ディルは仕方なさそうに肩を竦めながらベッドに横になる。
「しょうがないなぁ・・・少しだけだぞ?」
そう言うディルの顔は、凄く嬉しそうに破顔していた。
「ふふふん。何を話そっか!」
ディルの顔の前で、肘をついて寝転がって「えへへ」と笑う。ディルも嬉しそうに、そして照れたように笑った。
楽しい時間はあっという間だ。
「・・・そうそう! それでその時のマリの不貞腐れた顔がソニアとそっくりで!」
「えー!? あれはディルに似てたよ! わたしはあんな不貞腐れた顔しないもん!」
「ハハハッ、何言ってんのさ。ルテンのパンが売り切れてて食べれなかった時の・・・ふぁっ、ふぁ~~~~ぁ」
ディルがおっきな欠伸をした。ふと窓の外を見てみると、綺麗な星空が広がっていた。
「・・・そろそろ寝よっか?」
「そうだな。つい話過ぎちゃったな」
「仕方ないよ。楽しかったもん」
「・・・楽しかったな」
わたしは部屋の中に浮いている光の玉を消す。部屋の明かりが窓から入ってくる月明かりだけになった。
「おやすみディル。また明日の夜もお喋りしようね」
「うん。おやすみソニア」
ディルは珍しく昔みたいな子供っぽい笑みを浮かべたあと、仰向けになって目を閉じた。わたしもそのまま目を閉じようとして、やめた。
ここで寝たら寝相の悪いディルに潰されちゃう!
わたしは床に無造作に置かれていた自分用の寝袋を持って飾り棚の上に飛んだ。
・・・翌朝、起きたらわたしの横にディルの寝顔があった。
「ディル・・・・逆にベッド以外で寝たほうが最終的にはベッドの上で目覚められるんじゃないの?」
グーグーと気持ち良さそうに眠るディルを軽い電撃で起こしたあと、わたしは自分の頭に違和感を感じて鏡の前に飛ぶ。
「あっ、髪の長さ戻ってる!」
昨日カニにバッサリと切られた髪が腰までの長さに戻っていた。
「やっぱりソニアはそっちの方がしっくりくるな! 昨日の髪型も凄く可愛かったけど、俺はこの長さの方が好きだ」
わたしの後ろでうんうんと満足そうに頷くディルが鏡越しに見える。
短い方が軽くていいかなって思ってたけど・・・このままでいいや。
コンコン・・・
部屋の扉がノックされた。
「俺が出る」
ディルが扉を開けると、昨日寮の案内をしてくれた護衛士という役職のニシノが立っていた。今日も大きな盾を背に背負っている。
「そういえば昨日フィーユが迎えを寄越すとかって言ってたね」
「はい。おはようございます。ソニア・・・様?」
ニシノがディルの横でフワフワと浮いているわたしを見て一瞬だけ固まった。
「何? 何かおかしい?」
「え? い、いえ、なんでもありません。お二人とも外出する身支度は出来ていますか?」
「わたしは出来てるよ!」
「俺も大丈夫だ」
ディルは寝間着のままだけど・・・本当に大丈夫なの?
「では、昨日お話しした学園長室までご案内致します。生徒達は今はホームルームの時間なので鉢合わせることはありませんので安心してください」
チラチラとディルの寝間着姿を気にするわたしに、ニシノがそう言って微笑む。
それにしても、ホームルームって懐かしい響き。
コンコン・・・
「フィーユ様、ソニア様とディル様をお連れいたしました」
学園長室の扉の奥から「どうぞ入ってください」とフィーユの声が聞こえた。ニシノに扉を開けてもらい、ディルと一緒に中に入る。
「失礼しまーす」
「あ、失礼します」
入室の挨拶をするわたしに、一瞬遅れてディルが挨拶する。学園長室には昨日も会った聖女兼首脳代理のフィーユとその護衛、それから見知らぬおじいちゃんがいた。
「おはようございます。ソニア・・・様、ディル様」
ニシノに続き、フィーユまでわたしを見て一瞬だけ固まった。
何なんだろう・・・?
「こちらは本フィルミーユ学園の学園長サンドラです」
フィーユの紹介に、椅子に腰掛けていた白髪のおじいちゃんが杖を使ってゆっくりと立ち上がる。
「はじめまして、フィルミーユ学園の学園長をやらせていただいているサンドラと申します」
・・・この学園、フィルミーユって言うんだ。初めて知った。
「こちらは妖精のソニア様と、その愛し子のディル様です」
「はじめまして! 雷の妖精のソニア!」
いつも通りパチッとウィンクした。まるでかわいい盛りの孫娘を見るかのような目で見られた。
「どうも、ディルです」
ディルがペコリとお辞儀する。
「愛し子様と聞いてどのような方かと思いましたが、礼儀正しい方のようで安心いたしました。ささ、どうぞ椅子におかけください」
学園長に促されるまま、ふかふかの座布団が敷かれた椅子に座るディル。
ブゥ~~~~!!
ディルが座った途端そんな音が部屋中に響いた。
「ちょっとディル~・・・」
「え、いや! 違うぞ!? 俺じゃないから!」
って言ってもディルから聞こえてきたしね~?
わたしはディルからそっと距離を取る。
「ホッホッホッ、ディル君、ちょっといいかな?」
ディル・・・くん?
学園長は目を細めて微笑みを絶やさないまま、ディルを椅子から退かす。そして、座布団の中から円形の少し分厚いクッションを取り出した。そしてそのクッションを手で押し込むと・・・。
ブゥ~~~~!!
ディルが口をあんぐりと開けてクッションとドヤ顔の学園長を交互に見て、フィーユとニシノが顔を真っ青にして「申し訳ありません!」と勢い良くわたしに頭を下げる。
いや、頭を下げる相手間違ってるし・・・というか、そんなことで大袈裟に謝らないでほしい。見てるこっちが疲れるよ。わたしは悪戯好きで子供好きなおじいちゃんなんだなぁ、としか思ってない。
「プッ・・・ハハハハハ! なんだそれ面白いな! どうなってるんだ!?」
ディルが腹を抱えて大笑いし、学園長が嬉々としてクッションの仕組みを教えている。その様子を、今度はフィーユとニシノが口をあんぐりと開けて見ている。
「わたしもディルも、楽しいことは楽しいし、恥ずかしいことは恥ずかしい、皆と同じだから。あんまり特別扱いしすぎないでね」
そう言ってパチッとウィンクする。本日二回目のウィンクだ。今日はもうあと一回しか出来ない。いや、ぜんぜんそんなこと無いんだけど。
「フフッ、そうですね。分かりましたソニア様。いえ、ソニアちゃんとお呼びしても?」
「全然おっけー!」
フィーユが自然な笑みを浮かべる。隣のニシノ含む護衛達も緊張がほぐれたような顔をしている。
「ところでソニアちゃん。先ほどから気になっていたのですが、その髪はどうしたのですか?」
「え、髪?」
そっと自分の髪を手で梳くけど、何も変わった所はないハズ・・・。
「昨日はもっと短かったと思うのですが・・・」
「あ~・・・これね。伸びたの」
「え、伸び・・・え? 伸びたんですか?」
フィーユがまた口をあんぐりと開けてわたしを見る。よく開く口だ。
それにしても、ニシノもフィーユも何でわたしを見て一瞬だけ固るんだろうって思ってたけど、わたしの髪の長さが変わってることに驚いてたのか。そりゃ一晩でこれだけ伸びればビックリだよね。
「じゃあディル君、このブゥブゥクッションはあげるから、ここからは真面目な話をしようか」
「あーい」
一通りそのブゥブゥクッションとか言う物の説明を終えたらしい学園長が、テーブルに置いてある紙をディルに見せながら学園の説明を始めた。わたしも一応聞いておこうかなと思ってたら、フィーユに「あの・・・」と呼び止められた。
「なに?」
首を傾げてフィーユを見る。フィーユはわたしの頭からつま先まで視線を流したあと、少し遠慮がちに口を開いた。
「ソニアちゃん。服を脱いでくれませんか?」
読んでくださりありがとうございます。実は人間だった頃は双子だったソニアと、実は短時間の長距離の移動でクタクタで、すぐに寝ちゃったディルでした。