160.イケメンが謙遜してる
「本学園は一般課程の他にも様々な課程があり、その課程ごとに建物が分かれていて、詳細は後日説明いたしますが、必修である一般課程の校舎の横に寮があります」
フィーユ曰く、今わたし達がお話していた建物が一般課程の校舎だそうだ。どうりで教室がたくさんあったわけだ。
「こちらが寮です。向かって右側が女子寮で、左側が男子寮となっております」
左右に大きな背の高い円形の建物があって、その2つの建物と廊下でつながっている四角い建物が真ん中にある。フィーユは「こちらです」と真ん中の四角い建物にわたし達を案内する。
それにしても、左右の建物すごい高さだなぁ・・・何階まであるんだろう? 10階くらいはありそう。
「左右の寮にも一応入口はあるのですが、そちらは従業員用で、基本的には生徒はこちらの玄関を利用してもらっています」
フィーユが「少々お待ちください」と広いロビーの奥にある部屋に入っていき、鍵を2つ持って来た。
「愛し子様は上の階と下の階、どちらがよろしいですか?」
「上の階!」
うん。なんとなくディルの性格的にそう言うと思った。わたしが人間だったら階段を登りたくないから絶対下の階が良かったけど、今は妖精で飛べるし、どっちでもいいや。
「ではこちらですね。一応スペアはありますが失くさないようにお願いします」
フィーユが片方の鍵をディルに渡す。覗き込んで見てみると、1003と書いてある。
「10階にこの番号が書かれた扉があります。申し訳ありませんが私はこれから避難施設から戻ってくる生徒達に色々とお話をしなければなりませんので・・・ニシノ、あとの案内は任せます」
「はっ!」
ニシノと呼ばれた大きな盾を背に背負った男がわたし達の前に出る。
「フィーユ様の護衛をさせていただいているニシノと申します。よろしくお願いいたします」
「あ、よろしくです」
ディルとニシノがペコリとお辞儀し合う。その様子を見て安心したように頷いたフィーユが口を開く。
「それではソニア様、愛し子様、今日はもう遅いので明日の朝迎えを寄越します。それまでは混乱を避けるため寮内からは極力出ないで頂けると助かります」
「分かった! 案内ありがとね!」
「ありがとうございます。明日合う時は愛し子様じゃなくて名前で呼んでください」
ブンブンと手を振るわたしにニコリと微笑んで、ニシノ以外の護衛を連れてフィーユは玄関から出ていった。
「それでは案内を再開しますね。ディル様、ソニア様」
ニシノはそう言ってロビーの真ん中にある大きな二枚扉を開ける。
「ここは食堂です。今は非常時で誰もいませんが、通常は常に誰かが厨房にいるので、いつでも食事を出来ます」
「おお! いいな! 何かおすすめのメニューとかあるのか!?」
ディルが今日一番の笑顔でニシノを見上げる。ニシノは一瞬目を見張ったあと「クスリ」と笑って口を開く。
「そうですね・・・私は餃子定食が好きですが、生徒の一番人気はやっぱりラーメンですね」
「ラーメン!!」
突然叫んだわたしにニシノがビクッと跳ねて、背中の盾に手を伸ばしかけた。
そんな警戒しなくてもいいのに・・・ただ、ちょっと懐かしい響きに感動しただけだよ。
「ラーメン? 知らない食べ物だけど・・・頼んだら食えるのか?」
「あ・・・はい。我々護衛士はお金を払って食べてますが、生徒は基本的に無料ですので、ディル様も無料で食べられると思いますよ」
ディルはラーメンを知らないのか・・・きっととんこつ派だろう。わたしと一緒で。
ロビーの左側にある廊下を少し歩いた先に男子寮がある。12階まであり、最上階が浴場で11階が娯楽施設らしい。
浴場に娯楽施設かぁ・・・卓球台とかありそう。
寮は10階まで吹き抜けになっていて、壁沿いに階段が螺旋状に付いている。
「うぇえ~・・・これ登るの~?」
「いや、ソニアは飛べるだろ」
上を見上げてそう言ったわたしにディルがペシッとツッコミを入れる。
「クックックッ・・・大丈夫ですよ。こちらにどうぞ」
ニシノが階段の横にある扉を開ける。覗いてみると、何もない狭い個室だった。
「これは昇降機と言って、水の適性がある係の者が床に嵌められている水の魔石に触れることによって、床下から水が噴出されて上の階まで運んでくれるのです。行きたい階層を伝えればそこで止めてくれます」
要はエレベーターってことだね。
「まぁ・・・今は係の者が居ないので階段を使うしかないのですが」
長い長~い階段を(ディルが)登って10階に到着。
「1003・・・ここがディル様とソニア様の部屋になりますね。ここが鍵穴です」
ディルが鍵を開けて扉を開ける。
おお・・・まさに寮って感じ! 豪華ではないけど、質素でもない! 丁度いい感じ!
色々部屋の説明を受けているディルを横目に部屋中を飛び回ってたら、ディルの「すげぇ!」という叫び声が聞こえて来た。
「ソニア! ここ凄いぞ! トイレが流れるしシャワーが使える!」
何を当たり前のことを・・・。
「こんな高いところにある部屋なのにどうやって水を運んでるんだろうな! 気軽に用を足せる!」
あ~・・・人間だった頃の感覚でいたけど、この世界では十分に凄いことだよね。
ベッドの上でふかふかしながら適当に「そうなんだー」と返事したら、凄くつまんなそうな顔で「妖精はトイレとか関係ないもんな」と言われた。
「水は水の適性持ちの従業員が定期的に補給してるんですよ。最上階の浴場ではその水を火の魔石を使って温めています。ですが今はその火の魔石を使う者が避難中の為、申し訳ありませんが今日は使用できません」
「部屋にあるシャワーを使うから大丈夫だ。お湯は出ないみたいだけど、洗えるだけありがたい」
「そう言っていただけると助かります」
一通り説明を終えたニシノは、最後に「後ほど食事を届けさせます」と言って素早く退室していった。
「ところでディル。今何時?」
ベッドの上でゴロゴロしながら聞くと、ディルが「無防備すぎるぞ」と肩を竦めながら腕時計に視線を落とす。
「18時ちょうどだな」
「へぇ~・・・ま、時間を聞いたところで何もないんだけど」
「・・・なんなんだよ」
そう言いながらディルはベッドにボフっと座る。その勢いでわたしの体がちょっと跳ねた。ゴロンと態勢を整えて、なんとなく視線を感じてディルを見上げたら、バッと顔を逸らされた。
「さ、先にシャワー浴びてくる!」
座ったばかりなのに、またすぐ立ち上がるディル。挙動不審すぎる。
「いってらっしゃーい。ご飯届いたら受け取っておくね~」
足早にシャワー室に向かうディルに、ダラダラと寝転がりながら手を振る。
恋する男子の行動は分からない・・・。その恋する相手がわたしだっていうのがまた分からない。わたしの何がいいんだか。・・・何の特技も取り柄も無いのに。
シャワー室の方からジャーっと水の音が聴こえ始めた。することが無くなったわたしは、ふと視界に入った窓際まで飛ぶ。
「それにしても、おっきな国だな~。城壁があんなに遠くに見えるよ」
・・・あれ? なんか・・・飛んでる?
少し遠くの方で何かが飛んでいる。目を凝らしてよく見てみると、人間だった。白っぽい人間が何かに跨って、キョロキョロと下を見下ろしながらフラフラと飛んでいる。
あれは・・・!!
「ま、間違いない! 魔法使いだ!」
なんか棒状の物に跨ってるし! ローブっぽい服装な気がするし! 絶対に魔法使いだよ! この世界に魔法使いっていたんだ!
窓に張り付いて凝視してたら、やがて魔法使いは窓から見えないところに行ってしまった。
・・・見えなくなっちゃったぁ。
コンコン・・・コンコン・・・
ん? なんの音だろう?
どこかから何かを叩くような音が聴こえる。
コンコン・・・コンコン・・・
「ドアのノックだ!」
もうご飯が届いたの!? だいぶ長い時間窓に張り付いてたのかなー?
コンコン! コンコン!
力強くなったノック音に、慌てて扉の方に飛んで返事する。
「あっ、はいはーい! どーぞー!」
ガチャリ・・・
「失礼します。お食事をお持ち・・・・・・いたしました」
扉を開けて入ってきた給仕服を来たキリッとした目付きのカッコイイ赤髪の男の人が、わたしを見て一瞬だけ固まり、すぐに再起動した。男の人は小さなワゴンを押していて、その上には炒飯・・・ピラフ? いや、炒飯が乗っていた。
「わぁ! 美味しそう!!」
わたしがワゴンの上に乗って涎を垂らしそうになるのを我慢しながらそう言うと、男の人は何故か顔面蒼白になった。
え、なんで? わたしそんな失礼なこと言った?
「も、もも申し訳ございません! 妖精様は食事を必要としないと授業で・・・いえ! すぐに作って持ってきます!」
男の人がビシッと直角に腰を曲げて、その勢いのまま退室しようとする。
「待って待って! 大丈夫だから! これだけで大丈夫だから!」
わたしが男の人のツンツンした赤髪を引っ張ってそう言うと、男の人は泣きそうな顔で振り返った。
「これだけ・・・俺だけの命で許してくださるということですか・・・?」
「え!? こわいこわい! そんなわけないじゃん! この一皿だけで大丈夫だよって意味だよ! わたし、そんな怖い妖精じゃないよ!」
男の人が一瞬キョトンとした顔になって、間をおいてホッと安堵したように肩を撫でおろした。
凛々しい顔してるのに・・・残念なイケメンだなぁ。
「ほら、そんなとこで突っ立てないで! 早くその炒飯を運んでよ!」
「あ、はい! かしこまりました」
男の人は慎重にワゴンを押して、部屋のテーブルの上に大盛りの炒飯と水差しとコップを置いた。
「わたしは見ての通りちっちゃいからね。新しく作んなくても、ここから少し分けて貰うだけで十分お腹いっぱいになるんだよ」
「そうなんですか・・・というか、妖精様って普通に人間と同じものを食べるんですね」
男の人が「意外です」とわたしを見て笑う。
ふーん・・・笑うと可愛いね。ディルには負けるけど。
「ねぇ、君! 名前は・・・」
「名前はなんていうの?」と聞こうとしたんだけど、途中でシャワー室の方から「ソニアー!!」というディルの叫び声が聞こえた。
「ごめーん! 替えのパンツ持ってくんの忘れたー! リュックの中から取ってくれー!」
・・・子供か! いや、子供か。
「さっきまで着てた下着を着なよ!」
「シャワーついでに洗っちゃったんだよ!」
・・・やたらシャワーが長いなと思ったらそういうことか。
「扉の前に置くだけでいいから! 置いたらすぐに後ろ向いてくれ!・・・あとパンツもあんまり見ないで持って来てくれ! というかパンツとかの着替えが入ってる布袋ごと持って来てくれ!」
無茶言わないでよ!
わたしは「仕方ないなぁ」と飛び上がって、リュックの中身を出せるだけ全部出す。
あった! たぶんこの袋だよね。
「ん~~~~~~~!!」
リュックの中からディルの着替えが入った袋を取り出そうとするけど、当たり前のように全然持ち上がらない。
「あの・・・俺が代わりに持っていきましょうか?」
所在無さげに立っていた男の人がわたしに代わって軽々と袋を持ち上げる。
「おお! 力持ち!」
「いや、これくらいで・・・」
わぁ、イケメンが謙遜してる。
男の人はそのままシャワー室の扉を開けて入っていく。その中からディルの驚き声が聞こえた。
「え、ソニア扉を開けて・・・うおっ! だれぇ!?」
そんなディルの驚きを置いて、男の人がシャワー室から戻って来た。
「食べ終わった食器は扉の外に置いてもらえれば、あとでこっちで回収します」
男の人がそう言ってワゴンを押して退室しようと扉に向かう。
「あっ、運んでくれてありがとね! 食事と、ディルの着替え!」
「いえ、大したことじゃないです」
男の人は扉を開けて退室しようとして、「あっ」と声を出して振り返った。
「俺、ナナカって言います。想像してたような怖い妖精様じゃなくて、可愛らしい妖精様で良かったです」
ナナカはそう言って微笑んだあと、最後にもう一度ペコリと軽くお辞儀をして退室していった。
去り際もイケメンだぁ。かんかこう・・・王子様みたいなキラキライケメンじゃなくて、自然なイケメンって感じ。
「ただいまー・・・さっきの男がこれを運んで来たのか? ・・・っていうか部屋きったなっ」
シャワーから上がって少し伸びた前髪を上で結んだディルがテーブルに置かれた炒飯を指差しながらわたしを見る。
まぁ・・・わたしはディルの方が好みだけどね。
「ナナカって言うんだって。・・・それと、濡れた髪で前髪上げたらクセがつくよ」
読んでくださりありがとうございます。イケメンを部屋に招くソニアと、イケメンに裸を見られるディルでした。