154.「恋」(低音ボイス)
村の危機はとりあえず去ったけど、大変なのはこれからだ。トキちゃんはたった数百年だとか数十年だとか言うけど、それだけ長い間村が放置されていたなら、食糧とか家の設備だとか、色々と確認しないといけないことが山ほどあるだろう。正直、感傷に浸っている場合ではないと思う。
「すみません。村を助けていただいたのに船もお貸し出来ず、碌なお礼も出来ず、お部屋をお貸しすることくらいしか出来なくて・・・」
ノブが自分の家の空き部屋を案内しながら申し訳なさそうにわたし達を見る。
前まで使ってた家は故人の家だったみたいだからね。今は遺族の方達が片付けなどで出入りしている。勝手に調味料を使ったディルが謝り倒していた。
相手はむしろ何十年前か、下手したら何百年前の調味料を口にしたディルを心配してたけど。
「部屋を貸してもらえるだけありがたいわよ。この村には宿が無いみたいだし、危うくこの寒いなか野宿する羽目になりそうだったわ。シロちゃんと一緒に寝られないのは残念だけど」
シロちゃんは体がおっきくなっちゃったからね。さすがに家の中までは入れないもん。可哀想だけど仕方ない。今は村の子供達の遊び相手になってるみたいだし。
「トキはソニアちゃんと一緒で嬉しい」
心身ともに元気になったトキちゃんがわたしに抱き着いてくる。少しどころか、かなり飛びずらい。
「この部屋は息子が使っていたもので、息子はずいぶん昔にこの島を飛び出して行ったので今は使っていません。かなり埃っぽいですが、急いで掃除するので、その間申し訳ないのですが居間で過ごして頂いてもいいですか?」
ノブが埃だらけの部屋を見渡しながら言い、トキちゃんが「トキも手伝うよ」とノブの指を両手で握る。
「ノブは村の事で色々と忙しいでしょ? そこまでして貰わなくてもいいよ。 掃除くらいわたしでも出来るからね! どうせ暇だし!」
胸を張って「任せてよ!」と言ったけど、何故かノブは不安そうな顔でわたしを見る。
「掃除は俺とミカさんでやるから、ノブさんは俺達の事は気にしないで村のことに集中してくれ」
「助かります」
ディルとノブがコクリと頷き合う。
「食事などは用意できませんが、何かあったら遠慮なく声を掛けてください」
ノブはそう言って頭を下げたあと、急ぎ足で立ち去って行く。トキちゃんも「またね」と手を振ってその後ろを飛んでついていった。
「よしっ! じゃあお掃除頑張ろっか!」
わたしはグッと拳を握る。扉の横に自分達の荷物を置いたディルが何故か凄く嫌そうな顔でわたしを見てくる。
「ソニアはいいよ。さっきも言ったけど掃除は俺とミカさんでやるから。ソニアはシロのところにでも遊びに行ってていいぞ」
ディルが窓の外を指差して言う。わたしはその指の上に立ってディルを睨む。
「いやいや、わたしも手伝うよ! ちっちゃくても掃除くらい出来るから! 馬鹿にしないでよ!」
確かに人間と比べて出来る範囲は少ないけど、いないよりはマシ・・・なハズ。
さっそくお掃除を始めたミカちゃんを横目でみながら「頑張るよ!」と気合を入れるわたしを、ディルは一層嫌そうな顔で見てくる。
何がそんなに嫌なのか・・・。
「ソニアが掃除を出来るのは知ってるけど・・・。ソニア、掃除してる傍から散らかすじゃん。しかも片付けないし」
「あれは荷物の整理してるだけで散らかしてるわけじゃないよ」
「はいはい、分かったから。落ち着いたら今後の話し合いもしたいんだから、さっさと俺の指から退けてくれ」
ディルに摘ままれて窓の外に追い出された。
いいもん。どうせディル達は大雑把にしか掃除しないんだから、今夜はディル達が寝ている間に隅々までピッカピカにして見返してやる。
わたしは決意を胸に村から離れて火のドラゴンのもとに向かう。
ディルはシロちゃんのところに行けって言ってたけど、わたしは火のドラゴンに用事があるんだ。聞きたいことがあるのに、それを聞いてないことを思い出したんだよね。昔のわたしのことを知っていたみたいだったからそれを聞きたいし、村がああなった元々の原因はスライムの亜種が凍っている氷を溶かした火のドラゴンなんだから、一言怒鳴ってやりたい。
村を出て、氷の山を越えると、すぐに火のドラゴンを見つけられた。スノウドラゴンの群れから少し離れたところで丸くなっていた。白一色の中に赤色が目立つ。
「ふんふふーん」
鼻歌を歌いながら火のドラゴンに近付く。わたしが話しかける前にむくりと起き上がり、わたしを見て背筋を伸ばす。
「相変わらずな鼻歌ですね。変わっていない所もあって少し安心しました」
お腹の底が響くような低い声でそう言われた。
やっぱり! 火のドラゴンは絶対にわたしの知らないわたしを知っている! わたしは火のドラゴンの前で鼻歌を歌ったことなんてないもん!
「それで、我に何の用ですか? 息子のことなら我はもう何もしませんよ」
火のドラゴンが少し寂しそうにそっぽを向く。スノウドラゴンの群れの方からシロちゃんの母親がのそのそとやって来て、火のドラゴンの横で丸くなってわたし達の会話に聞き耳を立て始めた。
「シロちゃんのことで言いたいことがないわけではないけど、今回は別件で聞きたいことがあったのと、言ってやりたいことがあって来たんだよ」
火のドラゴンの顔の目の前でビシッと指を差す。火のドラゴンは先を促すように無言でわたしを見る。
無言はやめてよ・・・。なんか勢いがそがれるよ・・・。
「えっと・・・まず聞きたいことって言うのは~・・・火のドラゴンって昔にわたしと会ったことってある?」
「ありますが?」
そうだよね。あるよね。
「でも、わたしには会った記憶がないの。いつどこで会ったの? わたしはわたしだった? 他に誰かいた?」
そう質問攻めするわたしに、火のドラゴンは少し思案したあと、「そういうことですか」と軽く息を吐いて納得した。
「ねぇちょっと。一人で納得してないでわたしも話してよ」
「いえ、表面上は何も変わっていないのに、根本的なところが違うように見えたのは記憶を失っているからなのか、と思いました」
いや、そんな小学生の感想文みたいに言われても。何も疑問は解消されてない。聞きたいことがありすぎて何から聞けばいいか分からないよ。
腕を組んで首を傾げていたら、火のドラゴンが少し同情するような目でわたしを見て口を開いた。
「我には詳しいことは分かりませんが、火の妖精様からは光の妖精は偉い妖精達を庇って責任を取らされたと聞いています」
「え、責任? 何の? 誰に?」
・・・何か悪い事でもしたの?
「我はその頃反抗期だったので偉い妖精様方の事情は分かりません」
え、今反抗期って言った? そんなしょうもない理由で・・・。
「ですが、その頃は人間と偉い妖精様方との間で諍いがあって、それを境に偉い妖精様方は力の大半を失い、それを補う為に眷属達を創るようになり、そして人間をあからさまに嫌う様になりました。それから少し経って、火の妖精様から光の妖精は責任を取らされて居なくなったと聞かされたのです」
「居なくなったって・・・わたし、ここにいるけど?」
所々で光の妖精と呼ばれることがあるけど、自分から名乗った事は無いし、ミドリちゃんにも雷の妖精だと言われた。火のドラゴンから情報を得て余計訳が分からなくなったよ。
「我も光の妖精が普通にいるのに驚きましたが、責任を果たしたのだと思っていました。ですが、記憶がないところを見るにまだ終わっていないのかもしれないですね」
記憶がないのにどう責任を果たせと? そもそも、わたしはこんなちっちゃい妖精になる前は人間だった。本当に訳が分からない。
わたしは「ハァ」と息を吐き、とりあえず気になることから聞いてみることにした。
「ちなみに、今のわたしと昔に会ったわたしってどう違うの?」
「・・・そうですね。まず、光の妖精様も例外なく大半の力を失っているのと、現在の光の妖精様とは興味の対象が違うこと・・・ですかね」
力を失ってるのはなんとなく分かんなくもないような気がしないでもない・・・けど、興味の対象って?
「昔のわたしは何に興味を持っていたの?」
「面白いこと、それから他の偉い妖精様方です。それ以外のものは基本的に遊び道具以上の関心は無かったと思います」
「うーん、今のわたしも似たような感じだと思うんだけど・・・」
「似ていますが、違います」
そうかな~・・・面白くなさそうなものに興味なんて持てないし、基本面白いことにしか興味ないもん。
「それで、光の妖精様が我に言ってやりたいことというのは?」
長考していたわたしに、火のドラゴンがやや大きめな声で聞いてくる。
あ、あ~。そうだ。島の氷を溶かして厄介なスライムを解き放ったことを怒ろうと思ってたんだった。
わたしは考えていたことを頭の隅にある「面倒くさいもの置き場」にポイして、大きな声を心掛けながら、村で起こったことが火のドラゴンのブレスで溶けた氷から解き放たれたスライムが原因であることを話す。
「確かにきっかけは我かもしれないですが、元々の原因は昔にそのスライムを生み出した闇の妖精様ですよ」
「え、そうなの?」
「光の妖精様も知っている・・・ああ、記憶がないのでしたね」
今の火のドラゴンの一言で怒りづらくなった。
記憶がないとはいえ、その闇の妖精を止めなかったわたしにも責任はある気がする。
俯いて落ち込んでいたら、視界の端で火のドラゴンの隣りに座っているスノウドラゴン、シロちゃん母親で火のドラゴンの奥さんが翼で火のドラゴンの尻尾を叩いた。
急に何してんの!?
「あ~・・・だが、人間達は知らぬが、光の妖精様には少なからず迷惑をかけた・・・気がする」
火のドラゴンがまた奥さんドラゴンに尻尾を叩かれる。
「いや、迷惑をかけた。申し訳ありませんでした」
「あ、うん・・・そうだね。お陰でだいぶこの島で足止めされちゃったもん」
「そうですか」
話は終わったと言わんばかりに立ち去ろうとする火のドラゴンの尻尾を、奥さんドラゴンがまたまた叩いた。
「・・・そうなんですか。でしたら、埋め合わせをさせて下さい。目的地を教えて下されば、我がそこまでお連れいたしましょう」
「え、本当に!?」
正直、ノブに船を出せないって言われて、どうやってこの島から次の島まで行こうかと凄く困ってたんだよね。
「我にかかればどんなに遠くても数日以内には必ず着きます」
こ、これはまさか、ここから真反対にある目的地の火の地方まで長い道のりを覚悟してたけど、色々とすっ飛ばして行けちゃうのでは?
「ぜひ連れてって! 絶対に連れてって!」
「では、準備が出来たらまた我の下に来て下さい。あの我に説教をしようとした茶髪の人間と、光の妖精様に恋をしている黒髪の人間も光の妖精様の気に入りということで特別に一緒に運んであげましょう」
「うん! ありが・・・え!? 恋!?」
火のドラゴンの低い声で「恋」という単語が聞こえたのにも驚いたけど、誰が誰に恋をしてるって!?
「気付いていないのですか? あの黒髪の人間・・・ディルでしたか? 彼はあなたに恋をしていますよ」
やっぱりその低音ボイスで「恋」と言われるのは違和感があるけど、もっと違和感があることを言っている。
恋って・・・ディルがわたしのことを異性として好きってことでしょ? ないよ、ないない・・・本当にない?
ディルがゾンビ状態から復活した時に言われた言葉が脳裏をよぎる。
『好きだ』
そう言ってた。好きって、もしかして友人としてじゃなくて、異性としてってことだったの? ディルには気にしないでって言われたけど・・・めちゃくちゃ気になってきたんだけど! そしてそう思うと顔が熱くなる!
「どうしました?」
顔を手で抑えてブンブンと頭を振るわたしに、火のドラゴンが心配そうに尋ねる。
「いや、やっぱり違うよ! だって種族が違うし! ディルからしたらわたしなんてめちゃくちゃちっちゃいし!」
うんうん、ディルがわたしに恋なんておかしいもん! あのディルに限って恋なんて・・・。
「恋愛に種族も性別も関係ないとあの人間も言ってたじゃないですか。現に我も種族の違うスノウドラゴンを番に選んだ。あの言葉があったからこそ息子を・・・いや、なんでもない」
確かにミカちゃんはそう言ってた。
『恋愛に種族も性別も関係ないように、親になるにも性別はもちろん、種族だって関係ないのよ!』
あの時は良いこと言うなぁって聞き流してたけど、わたしとディルのことを言ってたの・・・?
「でも・・・でも、火のドラゴンの勘違いかもしれないよ!? だって火のドラゴンは人間のこと脆弱だとか軟弱だとか言ってたじゃん! あんまり人間のこと知らないんじゃないの!?」
「適当言わないでよ!」と火のドラゴンを指差すと、火のドラゴンと奥さんドラゴンに呆れ交じりの溜息を吐かれた。
「まぁ、我にとってはどっちでもいいですが、そんなに怪しむなら本人に聞いてみればいいじゃないですか」
「聞けるかい!」
ディルってわたしに恋してるでしょ? ・・・って、そんなセリフ恥ずかしすぎるし、真顔で否定でもされたら立ち直れないよ! というか、もし本当に火のドラゴンの言う通りだったらこの先どんな顔してディルと過ごせばいいの!?
羽をパタパタさせて、その場でグルグルと回っているわたしに、火のドラゴンがめんどくさそうに口を開く。
「じゃあ他の人間にでも聞けばいいじゃないですか。我が何を言っても信じなさそうですし」
「・・・う、うん。そうする」
あとでミカちゃんにこっそり聞いてみよう。たぶん違うと思うけど! だって、もしそうだったら・・・今の関係が壊れちゃうかもしれないじゃん。わたしはディルの事を異性として好きなわけじゃないもん・・・。
「じゃ、じゃあ聞きたいことも少しだけ聞けたし、言いたいことも一応言えたから、わたしは村に戻るね! 出発する準備ができたらまた来るね!」
人の死に関わった危険な魔物が生み出された現場に昔のわたしが居たと聞かされたのと、ディルがわたしに恋してるとか言われたので、色んな意味でモヤモヤする気分を鼻歌を歌って誤魔化しながら、わたしは村に戻った。
読んでくださりありがとうございます。めちゃくちゃちっちゃい。




