152.記憶、皆のネガイ
村に戻ったわたし達はとんでもないことに気が付いた。
「シロちゃん、おっきくなったおかげで家の玄関通れないね」
「クゥーン」
もはやわたし達の中で一番大きくなったシロちゃんが悲しそうに丸くなる。普通のスノウドラゴンよりは一回り小さいけど、それでも人間よりはだいぶ大きい。
「仕方ない。シロは外で待機だな」
ディルが慰めるようにトンッとシロちゃんの背中を叩く。
「ごめんネ。ここはあくまで村人の家を勝手に拝借してるだけだから、家を傷つけるわけにはいかないの。もし寂しかったら裏に回って。窓を開けてあげるから」
「クゥン!」
ミカちゃんとディルが家の中に入っていく。わたしは2人を先に行かせて外に残る。シロちゃんが「クゥン」と、「どうしたの?」と首を傾げる。
「シロちゃん、見捨てるようなことしちゃって、本当にごめんね。痛かったよね。辛かったよね。本当に、本当に、ごめんなさい」
わたしはそっとシロちゃんの頬を撫でながら謝る。
「クゥンクゥン!」
「ありがとう」・・・か。謝ったら感謝されちゃった。
「じゃあわたしも家の中入るね! ・・・・・・って扉閉まってるし」
電気になって無理矢理通ってもいいんだけど、木材だと少し焦げちゃうんだよね。
わたしはシロちゃんの頭の上に乗って、一緒に家の裏に回って、ミカちゃんが開けてくれた窓から入った。シロちゃんは窓から顔を覗かせている。それをミカちゃんが愛おしそうに撫でた。
「あれ? トキちゃんは?」
「トキならテーブルの上で寝てたから、ベッドの方に移動させた」
ディルが別の部屋にあるベッドを指差す。トキちゃんが枕の上でスヤスヤと眠っていた。
「村の人間達はトキちゃんが起きてから助けようかな」
「ん? なんでだ? 助けられるならすぐに助けてもいいんじゃないか?」
ディルは暖炉に火をつけて、温まりながら首を傾げてわたしを見る。
「まぁ、それはそうなんだけど、なんとなくトキちゃんが起きてた方がいい気がして・・・ほら、村の人間達に事情を説明するのはわたし達じゃなくて、トキちゃんの方がいいでしょ?」
「確かにそうだな。村人達からすればいきなり何年後とかになってるし、説明するのは見知らぬ俺達よりトキの方がいいか。それに、よく考えたら凍らした人達はトキじゃないと戻せないしな」
そっか、村がこうなったのは何十年前とか何百年前とかってトキちゃんが言ってたから、村の人間達からしたらタイムスリップしたようなものなのか・・・あれ? そう考えたらそんな昔の調味料を使った料理を食べたディルって・・・って言うか、わたしも食べちゃったよ!
「そういえば、ソニアはどうやって村の人間達を助けるんだ? というか、どうやってゾンビ状態だった俺を戻したんだ?」
「それはアタシも気になるわ。実際にここで見てたけど、なんだか凄すぎてよく分からなかったもの」
ディルとミカちゃんが好奇心に満ちた目でわたしを見つめる。わたしは眠ってるトキちゃんの頭を撫でながらどう説明しようか考える。
「まず、ディルがああなった原因なんだけど・・・」
わたしはミカちゃんとトキちゃんにも話したように、ディルにもスライムの亜種の説明をする。
あとは治した方法だけど・・・詳しい原理とかは説明しても分かんないよね。わたしも説明できる自信ないし。ここは実演しながら結果だけ教えよう。
「ちょっと見ててね」
わたしはトキちゃんの上に浮き上がって、ゾンビ状態のディルにやったみたいにトキちゃんを青い電気で覆う。
「うおっ! なんだこれ?」
「二度目だけど・・・相変わらず妖精って不思議で凄いわよネ~」
興奮気味に青い電気とわたしを交互に見るディルとミカちゃんに、「危ないから触らないでね」とだけ注意して説明を始める。
「えっと、簡単に言うと、この青い電気の中にいる人の体の中を見れるの」
「え? 体の中?」
「うん。内臓とか、脳味噌とか、そういうの。それでディルの体のどこにスライムがいるか探したんだよ」
ディルとミカちゃんが口をポカーンとさせて呆けている。
「そ、それで、どこにスライムがいたんだ?」
わたしは「ここだよ」と眠ってるトキちゃんのお腹をプニッと突く。意外と柔らかい。
「ここに、こうやって体に影響のないビームを撃って、中のスライムだけ消したんだよ! 凄いでしょ?」
わたしはトキちゃんのお腹に光線を当てて、ドヤァっとディルとミカちゃんを見る。ミカちゃんは「凄すぎよ!」と褒めてくれたけど、ディルは難しい顔で何かを考えている。
「な、なぁ・・・体の中が見えるってことは、その・・・服の中も見えるってことだよな?」
服の中?
わたしは青い電気の中でスヤスヤ眠っているトキちゃんに目を向ける。
まぁ、確かに体の中を見てるわけだから、服の中も自然と見えるね。トキちゃんはもうちょっと瘦せたほうがいい。
「うん。見えるよ」
わたしの言葉にディルは、少し顔を赤くして、目を彷徨わせてもじもじとしながら口を開く。
「み、見たのか!?」
「え、何を?」
「何をって・・・そのぉ・・・」
ディルが気まずそうに目を逸らす。ミカちゃんが隣で面白そうに、ディルをからかうように笑っている。わたしはトキちゃんを覆う青い電気を消して、首を傾げる。
「えっと、急にどうしたの?」
「フフッ、ソニアちゃんは分からなくていいのよ。ディルちゃんも、ソニアちゃんはあの時、ディルちゃんの頭から順に見てたみたいだったから、お腹にスライムがいたなら見てないハズよ」
ミカちゃんの言葉にディルがホッと安堵の息を漏らす。
あ~・・・そういうこと。あの時はディルを助けるのに必死でそれどころじゃなかったけど、これから村の人間達を助けるために同じことをするなら、見えないように工夫しようかな。特殊な光の玉を出して見えなくするとか? ・・・なんかすごい滑稽な感じになりそうだけど。
わたしが難しい顔で考え込んでいると、ディルがそんなわたしを見て「ソニアはまだまだ子供だからな」と納得顔でコクコクと頷いた。
本当はわたしの方が倍近く大人なんだけどね。
「ふぁ~~~ぁ」
わたしの口からおっきな欠伸が出た。それを見てディルとミカちゃんが顔を見合わせて「クス」と笑う。
「ソニアちゃんもお眠なのネ」
ミカちゃんが優しい笑みを浮かべてそう言い、ディルがわたし用の寝袋を居間に取りに行ってくれた。
「ほらソニア、寝袋」
ディルが寝ているトキちゃんの横にわたしの寝袋を敷いて、ポンポンと叩く。
至れり尽くせりだね。せっかくだからこのまま寝かせて貰おう。まさに子供気分だ。
「ディル、運んで」
わたしは「ん!」と両手を上げてディルを見上げる。ディルは一瞬目を丸くして固まったあと、仕方なさそうにわたしを寝袋の上に運んでくれた。わたしは寝袋に入り、目を閉じる。いつもは目を閉じた途端に意識を手放してたけど、今は余裕があるのかすぐには寝ずに、ディルとミカちゃんの会話が聞こえる。
「ほんと、可愛らしいわよね。ソニアちゃん」
「うん。俺が守らないと」
「・・・その気持ちは理解できるけど、ソニアちゃんは今みたいに幼いところもあるけど、たとえ8年しか生きてなくてもちゃんとした妖精なんだから、助け合うくらいが丁度良いと思うわよ」
あ~・・・さっきの行動はディルのお姉さんとしてちょっとまずかったかな? もう少し大人っぽい行動を心掛けないと。・・・無理のない範囲で。
「そうだな。ソニアは自分の身体のこと分かってないし、子供っぽいし、寝相も悪いし、鈍感だし、片付けが出来なくてだらしないけど、凄くて偉い妖精だもんな」
・・・今度ディルが寝てる間に顔に悪戯描きでもしてやろう。
「さて、ディルちゃん。ひと段落したところでちょっと聞いておきたいことがあるんだけど、ディルちゃんってゾンビ状態になったきっかけ・・・というか原因に心当たりある? 同じ轍を踏まない為にも分かるのなら教えて欲しいの」
「あ~・・・あるけど、ソニアには内緒にしてくれないか? 怒られるかもしれない」
「それは聞いてから判断するわ。なに?」
・・・気になる。気になるけど、寝ちゃいそう。
「えっと、ミカさんとシロを探してる最中に小腹が空いて、近くにあったツララを食べたらああなった」
「ディルちゃん・・・」
見なくても分かる。ミカちゃんは呆れた顔をしている。
「クゥーン」
遠くの方でシロちゃんの鳴き声が聞こえた。
「あらヤダ。シロちゃんのこと放ったらかしにしちゃったわネ。・・・ディルちゃん、幸せそうな顔でソニアちゃんを見つめてるけど、あとでソニアちゃんにちゃんと怒られたらいいわ。きっとプリプリ怒ってくれるわよ」
ミカちゃんのその声が遠くに離れて行く。シロちゃんが顔を出している居間の方へ行ったみたいだ。
・・・え、わたし見つめられてるの? 恥ずかしいんだけど。
「ハァ・・・なんかこの島に来てから足引っ張ってばっかりだな。このままじゃあソニアの・・・」
ディルの言葉を聞き終える前に、わたしは意識を手放した。
「ソニア、ソニア」
・・・黒髪の妖精がわたしを呼んでいる。不思議な記憶を見ている。
もう何度目だろうか・・・これを見たあとは感情がグチャグチャになるから嫌なんだよな。でも、わたしの知らないわたしの記憶かもしれないし、きっと大事なことなんだよね。
ドコ―ン! ドコ―ン! ・・・と、海しかない星にひたすら雷を落としているわたしに、黒髪の妖精が必死に大きな声で「ソニア! ソニア!」と横で呼びかけている。
「よく分からない光を落とすのは止めるのよ! 声が届かないじゃない!」
「ごめん、ごめん、暇だったから何か起きないかなって思って」
そう言いながら、わたしは黒髪の妖精の頭をヨシヨシと撫でる。黒髪の妖精は嬉しそうに破顔したあと、ハッとしてブンブンと頭を振る。
「何か起きたから呼んでいるのよ」
「え!? ほんと!? 面白いこと? 面白いことだよね!?」
「教えて!」と興奮気味に黒髪の妖精との距離を詰める記憶の中のわたし、そのワクワクが今のわたしにも伝わってくる。黒髪の妖精は顔を少し赤く染めながら「か、顔が近いわよ!」と離れる。
「と、とにかく、こっち来て」
黒髪の妖精に手を引かれるまま、わたしは先程まで雷を落としていた海の中に入る。驚くほど透明で見通しの良い海の中に、水の妖精が1人こちらに向かって手招きしている。
「ソニア、こっちに来て下さい。何かが生まれたんです」
水の妖精に案内されたのは、比較的浅い海域の海底だった。わたしは薄暗い海底を見渡して首を傾げる。
「で? 何が生まれたの?」
「見えないですか? そこの海底付近です」
「ん~~~?」
目を凝らすわたし。黒髪の妖精が「何か見えるの?」とわたしと同じように目を凝らす。
「見ずらいね。見えやすくしよう」
わたしがそう言った瞬間、薄暗かった海底まで太陽の光が届くようになり、明るくなった。わたしはもう一度緑のモヤモヤをジーッと見つめる。
「あっ!」
そこには、緑のモヤモヤがあった。わたしの手のひらくらいの面積だけど、確かにあった。
「ソニア、これが何か分かりますか? 今までに無かったものなのは分かるのですが、それ以外は私には何も・・・」
「うーん? なんだろうねー? ___は分かる?」
「ソニアに分からないものが私に分かるわけないでしょう?」
・・・え? おかしい。たぶん黒髪の妖精の名前を呼んだんだと思うけど、声はハッキリと聞こえるのに何て言ったのか理解できない。・・・なんで?
「ちょっとよく見てみるね」
緑のモヤモヤをじーっと見るわたし。すると、視界が歪み、緑のモヤモヤにズームアップしていく。どんどんと緑のモヤモヤが大きく見えるようになり、最終的には顕微鏡で覗いたみたいになった。
「おお?」
緑のモヤモヤの正体は、無数の緑色の単細胞がウジャウジャしているものだった。
・・・うわっ、気持ちわるっ!
「うわっ、気持ちわるっ!」
今のわたしと記憶の中のわたしの感想が見事に一致した。
「な、何が見えたのよ・・・」
「これが何か分かったんですか?」
黒髪の妖精が不安そうにギュッとわたしの手を握り、水の妖精が好奇心に満ちた顔でわたしのもう片方の手を握る。
「気持ち悪いけど・・・これはきっと大事なものだよ! チャンスだよ!」
「ちゃ、ちゃんす? ソニア、また新しい言葉を作ったの?」
「意味を教えなさいよ」と言う黒髪の妖精をわたしは完全に無視して、水の妖精を見て口を開く。
「ここで失ったら、また退屈が続いちゃう! 急いで皆を連れて来て!」
「わ、分かりました!」
水の妖精は物凄いスピードで海中を移動して去っていった。
「ソニア、何をするつもりなのよ?」
「うーん、分かんない!・・・でも、皆次第で色々なことが起こるかもしれないよ!」
「ふーん・・・相変わらず何を言ってるのか理解できないけれど、私はソニアのやりたいようにすればいいと思うわ。ソニアがいるだけで私は満足だもの」
黒髪の妖精が幸せそうな笑みを浮かべてそう言うけど、わたしは不満そうに「もう!」と口を尖らせる。
「___もたまには自分を持ってよ!」
「これが私なのよ」
わたしは「ハァ」と溜息を吐いて、下を見る。地面からアホ毛が生えていた。わたしはそれを無言で引っこ抜いた。・・・土の妖精だった。
「ソニアが呼んでるって聞いたよ。どしたの?」
土の妖精が自分のアホ毛を撫でながら首を傾げる。わたしが返事しようと口を開けた瞬間、上からボチャンと白髪の男の子妖精と赤髮の妖精が気泡の中に入って落ちてきた。そして水の妖精が遠くの方から凄いスピードで海中を移動してきて、ここに金、黒、茶、赤、青、白の6人の妖精が集まった。
「はい! 皆、ここにちゅうもーっく!」
わたしは緑のモヤモヤをビシッと指差す。黒髪の妖精と水の妖精が普通の顔でソレを見て、他の妖精が訝しげな顔でソレを見た。
「なんだよこれ?」
赤髮の妖精が「説明してくれるんだろ?」とわたしを見る。
「わたしにも分かりません!」
「はぁ!?」
「だから、皆でコレが何か決めようよ!」
黒髪の妖精以外の皆が「何言ってるんだこいつ」みたいな顔でわたしを見る。
「わたし、ずいぶん前に気付いたことがあるんだよね___が生まれた時みたいに、何か今までに無かったものを生み出すと、わたし達みたいなのが誕生するって!・・・つまり、新しい仲間が増えるかもしれないんだよ!」
わたしの言葉に、黒髪の妖精以外の皆がワクワクを隠し切れないような顔になった。そこから黒髪の妖精以外の皆で緑のモヤモヤを囲んで「コレが何か」を話し合う。黒髪の妖精は弾む声で話すわたしの横顔を幸せそうな顔で見つめていた。
「土から育って、火の星の光を利用して、水と空気で成長する・・・なんだかよく分からないけど、これでいいの?」
わたしがそう確認すると、妖精達は満足そうな顔で頷く。
「よく分からないけど、これで大丈夫です」
「よく分からないけど、これでいいよ」
「よく分からないけど、これでいいんだ!」
「よく分からないけど、これでいいと思うよ」
「ソニアがいいのなら、これでいいわよ」
わたしが皆の返事を聞いてコクリと頷いた瞬間、黒髪の妖精以外の妖精達の前に、それぞれの髪の色の光が現れた。
「なんですか、これ?」
水の妖精が自分の前に現れた青色の光を指差してそう聞いてきた。
「キボウ、ユメ、カノウセイ、ネガイ・・・なんて名前にしようかなぁ」
「・・・つまり、ソニアもよく分かってないんですね」
水の妖精はそう言って視線を光に戻す。光はクルクルと周りながら緑のモヤモヤに集まっていき、一つに合体した。同時に海底一面にもっさもっさと植物が生えてくる。そして合体した光は緑色に大きく発光したあと、見覚えのあり過ぎる妖精の形になった。
「新しい仲間が誕生したよ!!」
わたしは両手を上げて、満面の笑みを作ってそう叫んだ。
読んでくださりありがとうございます。ソニアしか見えていない黒髪ズでした。




