151.親子の愛
スノウドラゴンの言葉を聞いて、連れ去られていくディルを追いかけるのを止めたわたしを、火のドラゴンは横目で見ながら地上にいるミカちゃんとシロちゃんの方へ向かった。
・・・がんばって!
わたしはミカちゃんとシロちゃんにエールを送るように拳をグッと握ったあと、ミカちゃん達が見えやすい位置に移動する。
「話は終わったかしら?」
シロちゃんを大事そうに抱えたミカちゃんが口調は軽く、でも表情は険しく火のドラゴンを見上げる。
「人間、お前は何のためにここにいる? 偉い妖精様に何を言われたが知らぬが、さっさと立ち去れ」
そう言って、火のドラゴンはミカちゃんの真横にブレスを吐いた。雪が溶け、地面が抉れる。それを見たミカちゃんが一層表情を険しくして火のドラゴンを睨む。
いくら直接危害を加えてこないと分かってても、真横にあんなのを吐かれたら怖いよ・・・。
「アタシはあなたとシロちゃんを仲直りさせに来たのよ!」
ミカちゃんがシロちゃんをギュッと抱きしめて言う。シロちゃんが「クゥン」と嬉しいような申し訳ないような鳴き声を出してミカちゃんを見上げている。
「仲直りだと? 直す仲などない」
「・・・本当にそう思ってるの? シロちゃんが生まれた時、あなたはどう思ったの? 嬉しくなかった? 愛しくなかった? 守ってあげたいと思わなかった?」
「・・・どう思っていようが貴様には関係ない。さっさとソレを置いて去れ」
火のドラゴンの鋭い眼光に、シロちゃんがビクッと震え、ミカちゃんの懐に頭を潜らせる。
「絶対にシロちゃんを置いて行かないわ。どんな理由があっても子供を虐めるような父親は例え大妖精様が許してもアタシが許さないわ!」
・・・大妖精も別に許してるわけじゃないと思うんだけど、お天道様とか神様とかそういう類の比喩なのかな?
「虐める? くだらん。人間の尺度で我々を計るな。ドラゴンと人間は違う」
「同じよ! ドラゴンだって人間だって、親から貰った愛情と温もりは自分の子孫に受けついでいくものなのよ! そうやって生物は繁栄してきたんだから!」
「我を生み出したのは大妖精様だが、別に愛情など貰っていない」
予想外の答えが返ってきたミカちゃんは一瞬目を丸くしたあと、わたしを見る。
違う! わたしじゃないよ! そんな記憶はない! ・・・記憶がないだけで実際は分かんないけど。
ミカちゃんはフルフルと首を振るわたしを見て溜息を吐いたあと、哀れみが籠った目を火のドラゴンに向ける。
「人間は弱くてもいきていけるであろうが、ドラゴンは強くなくては生きていけない。愛情? 温もり? そんなものあったところで、強くなければ死ぬ時は死ぬ」
「・・・そう。あなたは愛があるのにそれを理解できないのね・・・だから子供に愛を与えられない。このままじゃ、本当にシロちゃんが死んじゃうわ。本末転倒よ」
ミカちゃんはそっとシロちゃんを撫でたあと、覚悟を決めた目で火のドラゴンを見る。
「分かったわ。もうアンタなんか知らない!」
ミカちゃんがプイッとそっぽを向く。
「アタシがシロちゃんの親になるわ!」
その言葉に、シロちゃんがバッと顔を上げてミカちゃんを見る。
火のドラゴンを説得するって息巻いてたのに、急に方向転換しちゃったよ・・・。でも、良いと思う! 頑張れ!
「グッハッハッハ!」
うわっ、火のドラゴン、まさかの大笑いだよ! 何が可笑しいの!?
お腹に響く低い笑い声を出した火のドラゴンは、スンッと感情の抜け落ちたような瞳でミカちゃんを見下ろした。
「脆弱な人間がドラゴンの親だと? ふざけたことを言うな。我の軽いブレスで吹き飛ぶような弱い人間が。分不相応だ」
「それはあなたが決めることじゃないわ。シロちゃんが決めることよ。・・・それに、親は子の為を想えば強くなれるし、どんな無茶だって出来るんだから」
わたしの脳裏に、この島に来る前に巨大なスライムから身を挺してシロちゃんを庇ったミカちゃんの姿がよぎる。
「そうか。ならば、我のブレスで吹き飛ぶこともないな?」
え?
「・・・ソニアちゃんとの約束を破る気?」
ミカちゃんが若干口元を引き攣らせながら言う。
そうだよ! わたしが干渉しない限り、ミカちゃんとディルには手を出さないって約束じゃん!
「何を言っている? 我は気になったことを聞いただけだ。ソレの親を名乗るのであれば、子を守る為に強くなり、無茶もできるのであろう? ならば我がソレにブレスを吐いても、親の貴様は無茶をして守れるのか?」
「・・・もちろんよ」
ミカちゃんは怖い顔で火のドラゴンを睨む。腕の中のシロちゃんが必死にフルフルと首を振っている。
「大丈夫よ、シロちゃん」
ミカちゃんが安心させるようにシロちゃんを撫でて、雪の上に置いた。そして、シロちゃんを背に庇う様な形で火のドラゴンを見上げる。
え? え? 本気でやるの!?
「ちょっと! 火のドラゴン! 約束が違うよ!」
「偉い妖精様、口を挟まないでください。我はこの人間に危害を加えるつもりはない。ただ、そこの軟弱なソレにブレスを吐いて叩き直してやるだけだ。そうだろう? 人間」
「ええ、あなたの言う通りよ。・・・ソニアちゃん、アタシはシロちゃんの親としてここに立っているの。親として、ここは退けないのよ」
でも、だからって・・・!
わたしが口を紡いだのを合図に、火のドラゴンが口を開ける。
「人間風情が種族の違うドラゴンの親になれると思うな! いくぞ!」
火のドラゴンの言葉に、ミカちゃんがディルが連れ去られた方向を見て、わたしを見たあと、後ろのシロちゃんを見て、最後に火のドラゴンを見上げて口を開く。
「恋愛に種族も性別も関係ないように、親になるにも性別はもちろん、種族だって関係ないのよ! さぁ! 来なさい!」
ミカちゃんがそう言って両手を広げて、シロちゃんを庇う姿勢をとる。その後ろにいるシロちゃんはそんなミカちゃんを見上げて「クゥン」と泣いた。
ミカちゃん・・・!
火のドラゴンの吐いた赤く煌めく炎のブレスがゴォォォ!とすさまじい音を出しながらミカちゃんを襲う。明らかにシロちゃんではなく、ミカちゃんを狙っているのが分かる。直撃だ。
「ミカちゃん! 逃げて!」
慌ててミカちゃんの方へ飛ぶ。
ああ! もう・・・間に合わない!
炎がミカちゃんに当たる。その寸前で、目で追えるギリギリの速度で白い何かがミカちゃんの前に出た。・・・わたしに見えたのはそこまでだった。
ドォォォン! ・・・ジュウゥゥ・・・
炎が何かにぶつかる音と、何かが溶けるような音と共に、まるで小さな吹雪のようにミカちゃん達の周囲に雪が舞い、わたしからはミカちゃんとシロちゃんが見えなくなった。
「何が起きたの!? ミカちゃん!? シロちゃん!? 無事!?」
舞っていた雪が落ちる。そこには、さっきと変わらないミカちゃんと、そのミカちゃんを庇うように前に立っている1体のスノウドラゴンの姿があった。その口からは呼吸する度に雪が吐き出されている。
「え・・・シロちゃん?」
ミカちゃんが目を丸くしてそのスノウドラゴンを見て言った。
えええ!? あれがシロちゃんなの!? 大きさ全然違うよ! ミカちゃんよりも大きいじゃん! それに、焼け落ちた翼も、焦げた鱗も治ってるし!
シロちゃんは翼を目一杯広げて、威嚇するように火のドラゴンを睨む。
「クゥーンクゥン!」
「大切な人を虐めないで!」って言ってる。・・・まるでさっきまでと逆みたいだ。
火のドラゴンはそんなシロちゃんを見て、満足そうに口元を緩めたあと、寂しそうに目を細めて、「好きにするがいい」とだけ言い残して飛び去っていった。
素直じゃないんだから。そりゃあ、シロちゃんの母親が「親バカな夫がご迷惑をおかけします」ってわざわざわたしに言ってくるわけだよ。最後なんて親権争いみたいになってたし。
ディルを連れ去られた時にわたしの横を通り過ぎたスノウドラゴンはシロちゃんの母親だった。急にそんなことを言われたわたしは、シロちゃんって男の子だったの!? って驚いた。
「シロちゃん、その姿どうしたのよ?」
ミカちゃんがシロちゃんの顔を見上げて言う。
「クゥーン!」
シロちゃんは嬉しそうに鳴いてミカちゃんに頬擦りする。わたしは困惑しきった顔のミカちゃんにシロちゃんの言葉を通訳してあげる。
「シロちゃんも分かんないんだって」
「そうなの・・・もしかしたら、まだ解明されていないスノウドラゴンの生態かもしれないわネ。・・・まぁ、何はともあれ、シロちゃんが嬉しそうで良かったわ。シロちゃん、雪のブレスでアタシを守ってくれてありがとう」
「クゥン!」
シロちゃんは鳴きながらミカちゃんの体を翼で包み込む。
「わおっ・・・す、すごいわネ。アタシ、親としてやっていけるかしら?」
「ちょっと! さっきまでの威勢はどうしたの! しっかりしてよ!」
「クゥーンクゥン!」
シロちゃんが「僕が守ってあげる!」って息巻いてるよ。
「それじゃあ、村に戻りましょうか」
「クゥーン」
「そうだね・・・じゃないよ! ディルがまだ戻って来てないから!」
スノウドラゴンの群れに連れ去られたまま戻って来ていない。
あの時はシロちゃんの母親の言葉を聞いて、なんとなくディルには危害を加えないだろうと思ったけど、今になって心配になってきた。
「おーい・・・ソニア~」
上空からディルの気の抜けた声が聞こえた。上を見上げると、シロちゃんの母親がディルを咥えて戻って来て、ボスッと雪の上にディルを置いた。
「ディルちゃん! 大丈夫だったの!?」
「ん? ああ、なんか・・・大丈夫だった」
心なしか肌ツヤが良くなったディルが気まずそうに目を逸らした。
「え、何があったの? 気になるんだけど!」
わたしはディルの周りをグルグルと回る。「落ち着け」とディルに捕まって頭の上に乗せられた。
「えっと・・・遠くの方で、地面に押さえつけられたかと思えば、次々と美味しそうな果物が目の前に置かれていって・・・食べてた」
・・・餌付けされてたんだね。
「何よそれ・・・どういう状況なの? というかこのスノウドラゴンは襲ってこないの?」
ミカちゃんが不思議そうにシロちゃんの母親を見る。シロちゃんの母親は微動だにせずに、大きくなったシロちゃんを誇らしい笑みを浮かべて見ている。シロちゃんはそんな母親のことは眼中に入っていないみたいに、ミカちゃんのことしか見ていない。ミカちゃんは首を傾げながらも、「まぁいいわ」とディルにさっきまでのことを説明し始める。
あれ? もしかして、シロちゃんって自分の母親が誰だか知らないの? ドラゴンって普通そうなの?
「シロちゃん、シロちゃん」
ミカちゃんとディルにお話している横で、わたしはトントンとシロちゃんの背中を叩いて、シロちゃんの母親を指差す。すると、シロちゃんはビクッと体を跳ねさせて、「クゥン」と気まずそうに鳴いた。
「お母さん」って言った。ミカちゃんに夢中で自分の母親がこの場にいることに気が付いてなかったみたいだね。よかった。お母さんが誰だか分からないとかじゃなくて。
「クゥクゥーン」
シロちゃんの母親は「いつか戻ってきて」とだけ言って、シロちゃんの頬に口付けをして飛び去っていった。
「シロの友達か?」
ミカちゃんから話を聞き終わったディルが吐息で手を温めながら聞いてくる。
「クゥーン」
「ソニア、シロはなんて?」
「お母さんだって」
その言葉にミカちゃんが申し訳なさそうな顔をする。
「シロちゃん、お母さんと離れ離れになるのは辛い?」
「クゥンクゥン! クゥーン」
シロちゃんがブンブンと首を振りながら鳴く。
「またいつか会えるから大丈夫だって!」
「そう・・・なら、アタシと一緒に帰りましょうか」
「クゥーン!」
シロちゃんがミカちゃんを咥えて背中に乗せた。そして、村とは正反対の方向に歩き出す。
「シロちゃん、そっちは反対よ」
そういえば、シロちゃんって方向音痴だったね。
「結局、あの火のドラゴンとは仲直りは出来なかったのか・・・」
村に戻る途中でディルが少し残念そうに呟いた。
「いつかは仲直り出来るよ。きっと。それこそミカちゃんが天寿を全うしたあとにでも、戻って一緒に過ごせばいい」
「さすが、ドラゴンと言い妖精と言い、長命な存在はスケールが違うわね」
ミカちゃんが呆れたように肩を竦めて言う。
そっか、わたしも他人事じゃないのか。思ったよりもシロちゃんとは長い付き合いになるかもしれない。
わたしとディルとミカちゃんとシロちゃんは、トキちゃんが待つ村に戻る。
次はトキちゃんとの約束を守らなきゃ。
読んでくださりありがとうございます。年上キラー、ディル。