150.気にしないよ、クゥーンクゥンクゥン
わたしは話さなきゃいけない。スライムの情報を聞き出す代わりにシロちゃんを置いて来てしまったことを、ディルを助けるためにシロちゃんを犠牲にしてしまったことを、そして、これからミカちゃんとディルにシロちゃんを助けに行ってほしい・・・と。
わたし、もしかしなくてもかなり酷いことしてる・・・? あとで助けるつもりだとはいえ、シロちゃんを見捨てるようなことをして、ディルとミカちゃんなら助けてくれると勝手に決めて巻き込んで・・・。
「ソニア?」
「どうしたのソニアちゃん?」
「ソニアちゃん?」
ディルとミカちゃんとトキちゃんが急に黙り込んだわたしを心配そうに見てくる。
話して皆に嫌われたりしないよね・・・? 正義感の強いディルに何で見捨てたんだって怒ったり失望されたり・・・。あっ、ダメ・・・。
泣きたくないのに、涙が出てくる。突然泣き出したわたしに3人が目を見張る。
「ソニア!? どうしたんだよ!」
ディルが泣くわたしを手のひらに乗せて「どこか悪いのか?」「俺を助けるために無理をしたのか?」「なにがあったんだ?」と心配そうに質問を重ねてくる。その優しさが辛い。
「ち、違くてぇ・・・」
ちゃんと話さなきゃ・・・こんなグダグダしてたらシロちゃんが可哀想だもん。
わたしはゴシゴシと涙を拭って、泣きながら火のドラゴンとの会話をそのまま話した。
「あの轟音はソニアちゃんが火のドラゴンを脅した時の音だったのネ。・・・ディルちゃん、今すぐ動けそう?」
「もう少し待ってくれ。所々凍傷になってるところを身体強化で治してる」
・・・あれ? もっと責められる・・・とまではいかなくとも、小言の一つくらい言われると思ってたんだけど。
「ね、ねぇ・・・」
「ん? どうした? ソニア」
ディルが今までと何も変わらない真っ直ぐな目でわたしを見てくる。
「わたしのこと、怒らないの?」
心の中ではわたしに失望してたり・・・しないよね?
泣きそうになるのを必死に堪えながらディルとミカちゃんを見上げる。
「はい? 何で俺がソニアのこと怒るんだよ?」
ディルが訳が分からないというような顔をして言う。
「そんな泣きそうな顔のソニアちゃんを怒れる人なんているわけないじゃない。もしいるのならアタシが泣かせてやるわ」
ミカちゃんがおどけたように笑うけど、そうじゃない。わたしが不満そうな顔でミカちゃんを見上げると、ミカちゃんは仕方なさそうに肩を竦めて口を開く。
「ソニアちゃんが何を気にしてるのか、なんとなく察しがつくけど、ハッキリと言うわ」
ミカちゃんが真面目な顔でわたしを見つめる。
やっぱり、わたし嫌われちゃったのかなぁ・・・。
「ソニアちゃんの気にし過ぎよ」
「え?」
目を丸くするわたしに、ミカちゃんは優しい笑みを浮かべて「あのね」と口を開く。
「ソニアちゃんはシロちゃんを助けたいと思ってるんでしょ? だから泣きながらもアタシ達に助けを求めてきた。違う?」
「違わない」
フルフルと首を振る。
「だったら感謝こそすれども、怒ったりなんてする理由はないわよ。ありがとネ。アタシに助けを求めてくれて」
「え、うん」
あっさりとし過ぎじゃない? 本当にわたしが気にし過ぎだった・・・?
わたしが呆けている間にミカちゃんはどんどんと出発の準備を進めていく。
「ディルちゃん、いくら相手がアタシ達に手を出さないからって、魔獣である火のドラゴンにアタシ達が出来ることは限られているわ」
「え? 一発殴ってシロを虐めるなって言うだけだろ?」
「それ本気で言ってるの? ディルちゃん」
「・・・いや?」
ディルとミカちゃんが話し合っているのを横目に、わたしはトキちゃんの隣りに座る。
「皆を平等に扱うって言うのは、関心が無いのと同じだと思う。誰かを優先するのはそれだけ関心があるってことだと思う。他の偉い妖精達と違ってソニアちゃんの良い所」
トキちゃんがよく分からないことを言いながらわたしの頭を撫でた。
分かんないけど、わたしを慰めてくれてるのは分かる。そんな優しいトキちゃんには頭を撫で返してあげよう。
なでなで・・・なでなで・・・
トキちゃんが幸せそうに笑う。
うん、ちょっと元気出てきたかも。気持ちを切り替えよう!
ミカちゃんによく分からない焼いたお肉を渡されて、それを食べ終えたディルが身体強化を止めて「ふぅ」と息を吐く。
「よしっ、大丈夫そうだ。待たせてごめん。行こうか」
ディルが体のあちこちを確認しながら立ち上がり、気まずそうにわたしを見た。
「なぁソニア、俺が目覚めた時に言った言葉なんだけど・・・あんまり気にしないでくれ」
ディルは何かを期待するような、観察するような目でわたしを見つめてくる。
目覚めた時に言った言葉・・・確か、好きだって言ってたよね。・・・あっ、もしかして恥ずかしいのかな? そういうお年頃だもんね。たとえ家族同士や友人同士の「好き」でも恥ずかしいのかもしれない。
「うん! 気にしないよ!」
ニコッと笑う。
さっきミカちゃんに気にし過ぎだって言われたばかりだからね。それに、わたしはお姉さんだから、お年頃の子供の扱いはお手の物だ。
「そっか・・・そっか」
あれ? なんかちょっとがっかりしてる?
わたしは心なしかがっかりしたディルにそっと摘ままれて、ディルの頭の上に乗せられた。
「そういえばトキはどうするんだ? 飛べないどころか歩けないんだろ?」
「ト、トキは留守番してる」
トキちゃんはそう言ったあと、もじもじとしながらわたしを見上げる。
「ソニアちゃん。そっちのゴタゴタが終わったら、村の人間達もさっきみたいに助けてほしい」
「うん、任せて!」
グッと親指を立てる。
もとよりそのつもりだ。
「じゃあ、行きましょう。ディルちゃん、準備は大丈夫?」
「ごめん、ちょっとトイレ」
え~・・・まぁ、お手洗いならしょうがないよね。生理現象だもん。
わたしがディルの頭の上から離れると、ディルはそそくさとお手洗いに向かう。トキちゃんがその後ろ姿を見ながら「人間って面倒な体」と呟いた。
「ねぇソニアちゃん、ちょっと聞いてもいい?」
ミカちゃんがトイレの方を気にしながら、少し声量を抑えて聞いてきた。
なんだろう? 陰口を言う様な人ではないと思うけど、もしそうなら無視しよう。
「なに?」
「ディルちゃんってソニアちゃんのことをどんな風に思ってると思う? さっきの会話を聞いて気になっちゃって」
そんなことが気になるような会話だったかなぁ?
「うーん・・・」
ディルがわたしのことをかぁ・・・。ディルはわたしのことを心配しすぎてる、わたしもディルのことを心配してる、わたしに好意を伝えるのが気恥ずかしい、わたしの世話焼きを鬱陶しそうにする。・・・あっ。
「お母さん・・・かな? ご年配の」
「はい? お母さん?」
ミカちゃんが素っ頓狂な声を上げる。
お母さんだね。わたしも人間だった頃は病気をしがちだったお母さんのことを心配し過ぎてたし、お母さんも結婚の気配のないわたしを心配してた。それに、直接好意を伝えるのが気恥ずかしかったし、そういうお母さんの世話焼きがありがたくもあったし、ちょっと鬱陶しかったりもする。
「ディルはわたしのことをお母さんみたいに思ってるに違いな・・・」
「そんなわけないでしょう」
食い気味に否定された。
「ごめん、何度も待たせて。行こうぜ」
ディルがお手洗いから戻ってきた。小さい方だったみたいだ。わたしはなんとなくお手洗いから戻ってきたばかりのディルの頭の上に乗るのは嫌だなと思ったので、ディルの隣りを飛ぶ。
「トキちゃん行ってくるね」
「うん、気を付けて」
・・・とは言っても、わたしは火のドラゴンとの約束で干渉出来ないから近くで見てるだけなんだけどね。でも、万が一の時は手を出すつもりだよ。
家の外に出ると、真っ暗だった。
「光の玉、出す?」
「頼む」
「お願いするわ」
わたしは二人の前に黄色い光の玉を出す。ほわわ~っと辺りが照らされた。ディルがその光の玉に手を当てる。
「温かくないな・・・」
そう言って不満そうな顔で見られた。
「無茶言わないでよ! 火の玉じゃないんだから!」
「そうよディルちゃん。温かさは無くても、ソニアちゃんの優しさと温もりはあるんだから、それで我慢しなさい」
ミカちゃんが「めっ」と子供に言い聞かせるみたいに言う。
いや・・・そんなものないし、ただの光の玉だし。
「ん? あっちの方、なんか見えなかったか?」
ディルが氷の山の方を指差す。奥の方で赤い光がチカチカと見える。
「きっとあそこに火のドラゴンがいるんだよ! まだシロちゃんを虐めてるみたい! 急ごう!」
結構距離がある。わたしは「早く早く」と急かす。ディルとミカちゃんは色々と作戦を立てながらわたしについてくる。
「やっぱり説得するしかないと思うのよネ。自分の子供を虐めるようなとんでもない父親にはアタシの愛のお説教が必要なのよ」
「何千年も生きてるドラゴンに50年も生きてない人間が説教するのか・・・大丈夫か?」
ディルが呆れたように言う。
そうだよ、そうだよ。
「わたしの言葉も届かなかったのに」
「ソニアちゃんはまだ8歳なんでしょ? そりゃそうよ。まだ恋も知らないお年頃じゃない。それに比べてアタシは成人した息子もいるし、家族愛なら誰にも負けない自信あるわよ」
「いや、確かに恋は知らないけど・・・え!? 息子!?」
ミカちゃん、まさかの既婚者だったの!? 相手はどっち!?
踏み込んでいい話題なのか悩んでいるわたしの横で、ディルは納得したような顔をしている。
ディルはいったい何を納得したのか・・・。
そうこうしているうちに、火のドラゴンとシロちゃんの姿がハッキリと見える距離まで来た。
「いい? ディルちゃんがシロちゃんを抱えてダッシュで逃げて、その間にアタシが説得するわ。もし、どうしようもないと判断したら、そのまま海底トンネルに入って脱出しましょう。さすがにあの巨体じゃ通路には入れないでしょう」
ミカちゃんが「分かった?」とわたしとディルに確認する。
「分かった。ソニアとシロを連れて逃げる」
「いや、わたしは置いてって。トキちゃんとの約束を守らなきゃ」
村の人間達を助けるって約束したもん。それをほっぽり出してこの島からいなくなるなんて出来ない。
わたしが「あとで追いかけるね」と笑うと、ディルが凄く嫌そうな顔をした。
「ミカさん、悪いけど失敗はなしで。火のドラゴンの説得は何が何でもうまくやってくれ。俺はミカさんの愛を信じてるぞ!」
ディルがグッと親指を立てて挑発的な笑みを浮かべる。
「そうネ。必ず火のドラゴンを説得してシロちゃんと仲直りさせてみせるわ! 親子は仲良しじゃなきゃダメだもの!」
うん、一家のお父さんは頼もしいね! いや・・・お母さんかな?
とうとう火のドラゴンがわたし達に気が付くまでの距離に来た。シロちゃんはもう翼のほとんどが焼け落ちていて、見るも無残な姿になっていた。
シロちゃん・・・! 本当にごめんね。
ボロボロのシロちゃんの姿を見て、ミカちゃんが息を吞んで拳をきつく握る。
「・・・ディルちゃん、いくら相手がアタシ達に手を出さないと言っても相手はドラゴン。ちょっとブレスに巻き込まれただけで大怪我よ。楽観的な気持ちから切り替えて、気合を入れて行くわよ」
「うん、分かってる」
ディルとミカちゃんがお互いの顔を見合って頷く。
「ミカちゃん、お願いね。ディル、行ってらっしゃい」
「任せて!」
「おう!」
本当に、頼んだよ。人任せみたいで気が引けるけど、2人を頼るしかないんだから。
わたしは「干渉しませんよ」という顔をして口笛交じりにディルとミカちゃんから離れて、周囲をよく見渡せる上空に上がる。火のドラゴンがブレスを止めてディルとミカちゃんをチラリと見たあと、鋭い目つきでわたしを見てきた。
「偉い妖精様、干渉はしないと言ったハズでは?」
骨が響くような低い声で威圧されてるけど、わたしは気にしない。
「え、なんのこと? わたしは散歩の途中でたまたま通りかかっただけだけど? 火のドラゴンの方こそ、約束は覚えてるよね?」
ディルとミカちゃんには手を出さないって言ったよね?
「そういうことですか・・・変わりましたね。光の妖精様」
火のドラゴンは目を細めてそう言ったあと、「グォォォォ!」と雄叫びを上げた。
「突然なに!?」
「そちらがそのような手段を取るなら、こちらも同じことをするまでです」
火のドラゴンはディルとミカちゃんがいる下に視線を向ける。その視線の先を追って見ると、ミカちゃんが警戒するように火のドラゴンとわたしを見上げていて、その後ろでディルが疲労困憊で満身創痍のシロちゃんに向かって走り出すところだった。
「何を・・・んん!?」
遠くの方で群れていたスノウドラゴン達が一斉にディル達の方に向かって飛んで来た。
まさか・・・火のドラゴンは手を出さないけど、他のドラゴンは関係ないってこと!? 卑怯だよ! わたしも同じようなことしてるから声に出して言うことはしないけど!
「ディル! 逃げ・・・ああ!!」
慌てて逃げようとしたディルだったけど、スノウドラゴンに首根っこを咥えられて、上空に連れ去られていく。必死に暴れてるけど解ける気配は無い。ミカちゃんは血相を変えて置き去りにされたシロちゃんの方へ走り出している。
「待って!」
わたしが連れ去れていくディルを追いかけようとすると、一匹のスノウドラゴンが「クゥーンクゥンクゥン」と鳴きながら後方からわたしの横を通り過ぎて、ディルが連れ去られた方向へと飛んで行った。
「・・・え?」
わたしはそのスノウドラゴンの言葉を聞いて、連れ去られたディルを追いかけるのを止めた。
読んでくださりありがとうございます。相変わらずソニアのことを気にしすぎてるディルと、気にしないことの大事さを知ったソニアでした。