147.お留守番中に見えたもの
「あんよがじょうず! あんよがじょうず!」
ペタペタ・・・ペタペタ・・・
後ろ向きに飛びながらトキちゃんの手を取って歩く練習を手伝っている。
「あの・・・その掛け声なに?」
「あんよがじょうず! あんよがじょうず!」
ペタペタ・・・ペタペタ・・・
トキちゃんは吞み込みが早いね! わたしに体重をかけながらだけど、上手に歩けてる!
「あんよがじょうず! あんよがじょうず!」
「ねぇ・・・なんか馬鹿にされてる気がするんだけど」
「よしっ! じゃあ次は補助なしで歩いてみよう!」
「聞いてないし・・・」
わたしはそっとトキちゃんの手を離す。
「ちょっ・・・」
ペタペタ・・・
「うひゃあ!」
トキちゃんが顔面からビターン!っと転んだ。わたしはトキちゃんの近くに飛んで様子を見る。
「大丈夫?」
「・・・次はソニアちゃんの番」
トキちゃんがむくりと立ち上がってわたしをじろりと見上げる。
「早く降りて」
「う、うん」
わたしはペタッとテーブルの上に着地する。トキちゃんが無言でわたしの手を掴んだ。
「はい、トキが補助するから歩いて」
補助するからって・・・トキちゃん飛べないじゃん。
「ほら早く」
トキちゃんの圧力に負けて、わたしは仕方なく一歩を踏み出した。
「うひゃあ!」
「ふぎゃあ!」
飛べないトキちゃんが補助なんて出来るわけも無く、案の定トキちゃんを押し倒すような形で転んだ。その瞬間ギィィと重たい玄関扉を開けて肉塊となったアザラシを持ったディルが戻ってきた。ディルはテーブルの上でトキちゃんを押し倒してるわたしを見て固まる。
「えっ・・・なにしてんだ?」
「歩く練習だけど?」
わたしは「何か?」とディルを見る。
「いや・・・まぁいいや」
ディルは不可解な物を目撃したような顔でわたし達をチラリと見たあと、キッチンの方へ向かって行った。わたしは立ち上がってトキちゃんに手を差し伸べる。「ん、ありがと」とトキちゃんがわたしの手を取って立ち上がる。
「歩く練習はやめようか」
「うん」
わたしとトキちゃんは歩けるようになることを諦めた。
だって飛べるんだもん。わざわざ歩く必要ないよね!
暫くトキちゃんとお喋りしていると、ディルが美味しそうな匂いのするお皿を持って来た。
「なんか美味しそうな匂いするー!」
ディルの方に飛んで行こうとしたら、トキちゃんに足を掴まれた。ビターン!とテーブルにダイブした。「なにすんの!」とトキちゃんを見ると、「おかえし」と得意気な顔で言われた。
うぐぐ・・・他人にやったことが自分に返ってきた。仕方ないね。
「なんか2人仲良しだな」
ディルがお皿をコトリとテーブルの上に置いて、わたしとトキちゃんを微笑ましそうに見る。
「ディルは何作ったのー?」
ディルが置いたお皿を覗き込むと、豚の角煮を崩したような料理が乗っていた。
「なにこれ!? 普通に美味しそう! どうやって味付けしたの!?」
「なんかこの家に置いてあった調味料で適当に・・・」
「え!? 大丈夫なのそれ!?」
消費期限とか・・・お腹壊したりしない!?
わたしの心配を他所に、ディルは「大丈夫だろ」とパクっと食べた。
「うおっ! なんだこれ凄い旨い!」
ディルが頬を押さえて幸せそうに咀嚼する。そしてその姿をじーっと見てるわたし達を居心地悪そうに見て口を開いた。
「えっと、ソニアとトキも食べるか?」
「ト、トキは要らない」
「わたしはちょっと貰おうかな。ちょっとでいいからね」
ちょっとって言ったのに、ディルはスプーン一杯をわたしの目の前に差し出してきた。わたしはスプーンに乗っかってるお肉にハムッとかぶりつく。
もしゃもしゃ・・・
「う、うまうま!! 少し癖があるけどそれもまたいい! 嚙めば嚙むほど独特な風味が広がって・・・もぐもぐ・・・うまうま!!」
わたしが興奮気味に感想を述べると、ディルが若干引きながら「そ、そうか。俺はあんまりだけど」と言って、一瞬躊躇ったあとにわたしがかぶりついたお肉を口の中に入れる。
「トキも食べたことあるけど好きな味じゃない」
「え~・・・美味しいのに。それにしても、ディルは始めて食べる動物なのによく解体出来たね?」
「苦戦したけどな。おかげで玄関前は血だらけだ」
よく見ればディルの服も血で汚れてるね。時間が空いたらゴシゴシしてあげよう。
食べ終わって食器を片付けたディルは上着を着て外出の準備をする。
「何をするにも、まずはミカさんとシロを探してからだな。ミカさんのことだからあんまり心配は必要無いと思うけど」
「そうだね。まずは全員合流!」
わたしがそう言いながら飛び上がると、ディルが心配そうな顔でわたしを見て口を開いた。
「ソニアはまだ眠くないか? 眠いならここでトキと一緒に待っててもいいぞ」
「ダメだよ。ディルを一人にするのは心配!」
腰に手を当ててディルを睨んだら、「ハァ」と溜息を吐かれた。
「いったい俺をいくつだと思ってるんだ。あと一年で成人だぞ。むしろ眠そうなソニアを連れて行く方が気が散って危ない」
ぐうの音も出ない正論で返されたわたしは、渋々と「待ってます」と答えた。
「気を付けてね。ドラゴンもそうだけど、ゾンビも動きが遅いからって油断しないようにね。あと、体が冷えたらすぐに戻ってくるんだよ。暗くなったら危ないからね、それまでには・・・」
「大丈夫だから! ソニアの方こそ勝手に出て行ったりするなよ。玄関扉はきちんと閉めておくこと、暖炉の火は消していくけど火には気を付けること、何かあったらすぐに俺を呼ぶこと、それから・・・」
「いったいわたしをいくつだと思ってるの!」
留守番くらい出来るわ!!
「ソニアはまだ8歳だろ? それに、そんなにちっちゃいんだから心配にもなるよ」
ディルはそう言いながらわたしの頭をグリグリと撫でて「行ってきます」と玄関扉を開けた。
「いってらっしゃい、ディル。暗くなる前に帰ってきてね」
家の中はわたしとトキちゃんの2人だけになった。
「そうだ。いつでも寝れるようにわたしの寝袋を出しておこう」
「寝袋?」
トキちゃんが「何それ」と首を傾げる。
「そうそう。わたし用のお布団なんだけど・・・どこに仕舞ったっけ?」
わたしはディルのリュックを開いて中身をポイポイと出していく。
「あっ、あったあった。これこれ」
寝袋をグイーっと引っ張り出してトキちゃんに見せる。
「丁度いいサイズ」
「でしょ? ほら、トキちゃんもこっちおいで」
わたしとトキちゃんは寝袋の上に座ってディルが帰ってくるまでお喋りしていた。でも、ディルは暗くなっても戻って来なかった。
「ディル、遅いなぁ。暗くなる前には帰ってきてって言ったのに」
それに、ちょっと前から眠気が限界を迎えている。ここまで起きてたんだから、ディルが帰ってくるまで起きていたいし、こんな状況で寝たくない。
「トキちゃん、わたしが眠らないように・・・なんかして」
「え? なんかってなに?」
「なんでもいいから、わたしが眠らないようにして欲しいの」
トキちゃんは「うーん」と考えたあと、立ち上がってわたしの後ろに回った。そして、わたしの羽を引っ張った。
「ふぎゃああ!! いっ、や、やめて! 羽はやめて!! 痛いから!! ちぎれちゃうから!!」
わたしがジタバタと暴れたら、トキちゃんは素直にやめてくれた。
「眠らないようにしてって言ったからやったのに」
「ち、違う方法にして!」
「違う方法・・・ふあぁぁぁ・・・トキも眠くなってきた」
トキちゃんがわたしの背中に抱き着くように体重をかける。
「ちょっと! 寝ないでよ!? ・・・トキちゃん? トキちゃん?」
「すぅ・・・すぅ・・・」
寝てるし!! ・・・あっ、もうダメ。わたしも眠い。
ボフンッとトキちゃんに後ろから押し倒されるような形で寝袋の上に倒れた。
わたしは青白く輝く大きな星を見ている。
不思議な記憶だ。
今度はどんな記憶だろう? という好奇心と、ディルが心配だから早く起きなきゃ、という焦燥感が混じるなか、記憶の中のわたしは満足そうに笑った。
「フフッ、皆のお陰でやっといい感じの場所が出来た!」
そう言ってわたしが視線を向けた先には、最初に見た黒髪の妖精と、その後に生まれた土の妖精、それに加えて水の妖精と、トキちゃんに少し似てる赤髪の妖精と、白髪の男の子の妖精が満足そうな顔でわたしを見ていた。
「失敗作もたくさん出来たけれどね」
黒髪の妖精がそう言って指を差した先には、赤く眩しく燃え盛る星や、小さな何もない星、輪っかが付いた星など様々な星が浮いていた。
「私だけじゃこんな綺麗な場所は出来なかったよ。3人がいてくれたお陰だよ」
土の妖精がそう言って、水の妖精と赤髪の妖精と白髪の妖精を順番に見る。わたしはその3人を見て「まさか最初に飛び散った光と合流できるとは思わなかったよ!」と言う。
「ソニア、さっそく私達の居場所へ行ってみましょうよ」
黒髪の妖精に手を引かれて、青白く輝く星に向かう。
そこは、外から見れば綺麗だったけど、近付いて見たらとんでもない所だった。下はマグマの海、そこから激しい上昇気流が起きていて、上には水蒸気が覆っている。
「なんか、思ってたのと違う」
わたしが唇を尖らせてそう言うと、わたしと手を繋いでいる黒髪の妖精が一緒について来ていた他の妖精達のうち、赤髪の妖精を見て口を開く。
「もう少し動きを止めて」
「止める、じゃなくて、冷やす、な!」
赤髪の妖精はそう言ったあと、「任せときな!」と言って手を地面に翳す。すると、マグマが岩へと形を変えて、上昇気流が無くなり、水蒸気が雨となって降り注ぐ。
その様子を見ていた黒髪の妖精は、満足そうに頷いてわたしを見る。
「どう? ソニア。少しは想像通りになったかしら?」
「うーん・・・あと少し!」
わたしは水の妖精に視線を向けた。
「もっと勢い良く出来ない?」
「大丈夫ですよ。任せてください」
水の妖精がそう言った瞬間、降り注いでいた雨が勢いを増し、あっと言う間に海が出来た。
「あとは・・・上かな?」
わたしは上を見上げて、暗い中にたくさんの星が浮いている景色を見る。
「上? どうするのソニア?」
「まぁ、見ててよ!」
わたしが上に手を翳したその瞬間、たくさんの星が浮いている景色がパッと黄色一色に変わった。
「うーん・・・なんか違うなぁ」
そこからパッパッと色んな色に変えていく。わたしは不満そうに首を傾げて白髪の妖精を見る。
「なんかこう・・・光を散らす感じで作れない?」
「・・・」
白髪の妖精はわたしの声を耳を澄ませて幸せそうに聞いたあと、無言でコクリと頷いて上を見上げた。すると、徐々に色が変わっていき、青く澄んだ空が出来上がった。
「うんうん」
わたしは青い海と青い空を見て、土の妖精を見る。
「ずっと同じ景色だと飽きちゃうよね! ちょっと試しに回してみてよ!」
「え、回すの? これを?」
「そうそう!」
「わかったよ」
土の妖精が「えいっ」と掛け声を上げると、空に見えていた太陽が凄い速さで沈んでいき、あっと言う間に夜が出来た。
「うんうん! とりあえずこんなものかな? 満足満足! あっ、もう少し回るスピード落としてもいいよ!」
わたしは土の妖精にそう言ったあと、「中はどんな風かな?」と呟いて目を凝らして星を見つめる。すると、わたしの視界が切り替わった。まるで赤外線カメラのように、海の下の地面の下・・・その先にある星の核が見えた。
「よしっ、安定してるね。これなら暫くは大丈夫そう!」
わたしは黒髪の妖精と手を繋いで、他の妖精達を見る。
「今からここがわたし達の居場所だよ!!」
・・・目が覚めた。わたしは後ろから覆いかぶさるように寝ているトキちゃんを退かして起き上がる。
あれ? 視界が変だ。
さっきまで見ていた不思議な記憶の中みたいに、赤外線カメラで映したみたいな景色になっている。さすがに星の核までは見えないけど、家の壁や天井、わたしの服やトキちゃんの服まで僅かに透けて見える。
なにこれ! やだ! すっごい見にくい! 生活に支障が出るよ! 戻って!
わたしは目をギュッと閉じたり開けたりを繰り返す。
あ・・・戻った。
ホッと安堵の息を吐いて、周囲を見渡す。わたしが寝た時と変わらず暗いままだ。ディルの姿はまだない。わたしはさっきまで見ていた不思議な記憶を頭の片隅に追いやって、現状を把握することに努める。
「珍しく短い時間で起きたみたいだね。ディルもミカちゃん達もまだ帰ってきてない。探しに行きたいけど、ディルに勝手に出るなって言われてるし・・・どうしよう?」
また書置きして探しに行く?
「もう暫く待っても帰って来なかったらそうしよう」
わたしが独り言を言っていると、トキちゃんが目を覚ました。
「おはようトキちゃん」
「ん・・・あっ、ソニアちゃんやっと起きた」
「え?」
それはどちらかと言えばこっちのセリフなんだけど?
わたしが首を傾げていると、トキちゃんは「実は」と前置きをして説明してくれる。
「ソニアちゃんが眠ってから丸一日経ってる」
「え!?」
じゃあ、すぐに起きたから寝た時と同じ暗さなんじゃなくて、寝た時と同じ時間になるまで寝続けてたからなの!?
「トキは一回お昼くらいに起きて、もう一回寝た」
「ええ!? 一度起きたにもかかわらず、またわたしに覆いかぶさって寝たの!? ・・・じゃなくて、ディル達はまだ帰ってないの?」
「ミカモーレはトキが起きてる間に帰ってきた。現状を説明したらディルを探しに行った」
そっか、ミカちゃんは帰ってきたんだ。ディルを探しに行ったってことは、ディルはまだ帰って来てないんだよね? 丸一日以上も帰ってこないなんて・・・
わたしは焦燥感に駆られるままに飛び出そうとする体を必死に抑えて、玄関扉を見る。
わたしはどうすればいいの? 探しに行くべき? ここでミカちゃんとディルの帰りを待つべき? ミカちゃんが探しに行ってるならわたしは・・・
『大丈夫だから! ソニアの方こそ勝手に出て行ったりするなよ』
ディルの言葉が脳裏に蘇る。
「ソニアちゃん?」
トキちゃんが黙って考え込んでいるわたしの顔を心配そうに覗き込んでくる。
「もう!! どうしたらいいの!!」
「うひゃあ!!」
わたしが「うあああ!」と叫ぶと、トキちゃんが驚いてひっくり返った。
「・・・よしっ、やっぱり探しに行こう!」
ここで黙って待ってるなんて出来ないよ!!
「ちょっと待って」と言うトキちゃんを置いて、飛び立とうとした瞬間、玄関扉が勢い良く開け放たれた。
読んでくださりありがとうございます。ミカちゃん、帰ってきたら部屋が散らかっていてさぞ驚いたでしょう。