144.ちっちゃい頭の賢いやつ
「周囲確認、周囲確認」
わたしは声に出して周囲確認する。右を向けば雪原が見え、左を向けば雪原が見える。
「誰かいないの~? ディル~・・・ミカちゃーん・・・シロちゃーん・・・トキちゃーん」
返事はない。ビューッという風の音と、グオォォ!という鳥の鳴き声しか聞こえない。
え、グオォ? ・・・鳥ってそんな逞しい鳴き方するっけ?
不思議に思い、鳴き声が聞こえた上空を見上げてみると、大きなドラゴンが飛んでいた。何かを探すように下を見ながらグルグルと旋回している。
うわぁ・・・あんなにおっきい生物初めて見たよ。わたしなんてパクっと丸吞みなんだろうな・・・いや、あの大きさならディルやミカちゃんでも丸吞み出来ちゃいそう。
こわい事を考えたせいでゾワゾワっと背筋に悪寒が走る。
大丈夫、大丈夫・・・ディルもミカちゃんも強いもん。例え敵わなくてもやられたりなんてしないよ!
ブンブンと頭を振って最悪の事態を頭の中から追い出そうとするけど、頭の中の冷静な部分がそれをさせない。
でも、今の状況ってドラゴンに襲われたからなんじゃ・・・? 村で休んでる最中にドラゴンがグオォ!って襲ってきて、必死に逃げてる途中でわたしはポイッと放り出されてしまった・・・とか?
ズサッ・・・
「ひぇ!?」
どこかで雪が擦れるような音がした。驚いてキョロキョロと周囲を見渡すけど、何もない。
そういえば、襲われるかもしれないのはドラゴンだけじゃない。ゾンビもいるんだった!
村で見たゾンビの恐ろしい顔が脳裏をよぎる。
うぅ・・・今はわたし1人だと思うと急にこわくなってきた・・・。
「とりあえず、ここは危険だ。上に行こう!」
明るい声を出して、必死にこわさを紛らわす。
「うん! 上からなら島全体を見下ろせるし! ディル達も見つかるかもしれない! 我ながらいい案!」
震える手を強く握って、わたしは空を見上げる。
よし、ドラゴンは遠くに行ってる・・・今のうちに!
ズサッ!
飛び上がろうとしたら、何かに足を掴まれた!
「っああああああああああ!! ディルゥゥゥゥゥゥ!! 助けてええええええ!!」
叫びながら足をブンブン振って振りほどこうとするけど、わたしの足を掴む手はなかなか放してくれない。
・・・え、手?
「フゥ」と涙を拭って自分の足を見てみると、わたしと同じサイズの手がわたしの足首を掴んでいた。
あれ? この手って・・・
わたしはその手を両手で掴んで、「えいやっ」と雪の中から引き上げる。・・・やっぱりトキちゃんだった。困った顔のトキちゃんと目が合った。
「何してるの?」
「ト、トキを運んで・・・飛べない・・・」
トキちゃんが足をパタパタしながらわたしに抱きついてくる。ちょっと重い。
「えっ、飛べないの? なんで?」
「は、羽が・・・」
「羽?」
「どれどれ」とトキちゃんの背中を覗いてみる。
「うっわ! トキちゃんの羽ボロボロじゃん!」
トキちゃんの羽の半分以上が無くなっていて、先の方が少し焦げた風になっている。
「だだだ、大丈夫なの!? 痛くないの!?」
「痛い・・・? はよく分かんないけど、大丈夫じゃないよ」
「大丈夫じゃないの!?」
トキちゃんがズルズルと下がっていき、わたしの腰辺りに抱き着きながら、「だから運んでください」とわたしを見上げて再度言う。
「羽がこんな状態だから、飛べないの。運んで」
そう言いながら、またズルズルと下がっていき、今はわたしの太股に捕まっている。
そういえば、昔にガマくんが羽を動かさなくても飛べるけど、羽が無いと飛べないって言ってたよね。本当に飛べなくなっちゃうんだ。
「歩けもしないの?」
「あ、歩けもしない」
本当かなぁ? ただわたしに運んでもらいたいだけじゃなくて?
わたしは試しにトキちゃんをそーっと地面に降ろしてみる。
ズボッ・・・
トキちゃんが積もった雪の中に埋もれて姿が見えなくなってしまった。
確かに、これじゃあ歩けないね。
トキちゃんは雪の中から手だけを出して「急になにするのさ」と少し不機嫌気味に言う。
「は、早く助けて」
「あっ、ごめんごめん」
わたしはトキちゃんの手を両手で持って、大根を抜くように引き上げる。
「うんしょっ」
持てなくはないけど・・・微妙に重い。
わたしはトキちゃんの腰からお腹に左手を回して、その左手の手首を右手で掴む。
「うぅ・・・苦しい」
ダラーンとわたしの脇に抱えられたトキちゃんが本当に苦しそうにそう言った。
「これが一番楽な持ち方なんだよ。我慢してね」
そう言ってトキちゃんに微笑みかけようとしたら、そこにはトキちゃんの顔ではなくお尻があった。
あっ、持つ向き逆だった・・・ま、いっか。
トキちゃんが重くて高くまで飛び上がれそうもないので、わたしは仕方なく雪の上すれすれに浮いて移動しようとして、肝心の事を聞いていないことに気が付いた。
「トキちゃんはわたしが寝てる間に何があったのか知ってる? わたし、気付いたらここに放り出されてたんだけど・・・」
わたしがトキちゃんのお尻に話しかけると、後ろにある顔から返事が返ってきた。
「ト、トキも今朝起きたばかりだから全部は知らないけど、ソニアちゃんがここに放り出された原因は知ってるよ」
「教えてー」
トキちゃんは「とりあえず移動しながら話そ」と言って片足を上げてある方向を指す。わたしはその方向に進みながらトキちゃんの話に耳を傾ける。
「ディルとミカモーレが村の外に出るって言うから、トキはソニアちゃんと一緒に2人を守るためについて行ってたんだけど・・・」
「ちょっと待って! わたしと一緒にって言った?」
わたしが寝てた間の話だよね!? わたしと一緒にっておかしくない!?
「う、うん。寝てるソニアちゃんをトキが抱えてついて行ったの」
「ああ、そういう・・・って、なんでわざわざ寝てるわたしを抱えて行ったの? その、重くなかった?」
わたしは抱えてるトキちゃんを「よいしょ」と抱え直しながら聞く。
「ディルにソニアちゃんと一緒にいてくれって頼まれたから・・・それに、ソニアちゃんは軽かったよ。まるで新雪みたいだった」
「いや、さすがにそこまで軽くはないけど・・・まぁいいや、それで、ついて行った先で何があったの?」
ぼたん雪よりも余裕で重いトキちゃんを再度抱え直して、脱線しかけた話を戻す。
「えっと、ディルが鳥を狩ろうとしたら、今朝話したドラゴンが空から近付いてきて、そのドラゴンの炎のブレスで皆が吹き飛ばされちゃったの。ドカーンって」
ディル達が食べ物を探しに外に出ていたことは分かった。吹き飛ばされてって言い方から、最悪の事態にはなっていないことも分かった。けど・・・
「今朝話したドラゴンって何? もしかして、今も空を飛んでるあのドラゴンのこと?」
わたしは空を見上げてトキちゃんに問いかけるけど、トキちゃんはわたしとは反対方向を向いてるので、見上げる意味はあんまり無かった。
「う、うん。たぶんそのドラゴンだと思う。そういえば、ソニアちゃんには話してなかった」
そう言ってトキちゃんが話してくれたのは、トキちゃんが人間達を凍らすことになった経緯だった。今朝、同じことをディルとミカちゃんにも話したそうだ。
「じゃあ、トキちゃんは村の人達を守ろうとして、凍らせたんだね」
「うん。でも、守れなかった人間もたくさんいて・・・」
「それは・・・悲しいね」
「悲しい・・・? うん。悲しいよ」
そう言いながら、トキちゃんは体を少し強張らせる。
「なら、トキちゃんが守った村の人達と一緒に、亡くなった人達を送ってあげようね。トキちゃんがいなかったら、たぶんそれすらも出来なかったんだから、あまり気を落とさないで」
「うん・・・」
「亡くなった人達も、残りの人達を守ってくれてありがとうって思ってるよ。きっと!」
「そう・・・だといいな」
トキちゃんの声に少し元気が戻った。
「じゃあ、まずは、ディル達と合流して、どうすればいいか話し合おう!」
「お、おー!」
なんか、会話の流れでこの島の問題を解決することになっちゃったけど、大丈夫だよね? ディルならきっと助けたいって、どうにかしたいって思うハズ!
「とりあえず、わたし達はどこに向かってるの?」
トキちゃんに指示されるまま進んでるわけだけど、どこに向かってるのか聞いてない。
「あっ、それならもうすぐ見えてくるよ」
見えてくる?
グッと目を凝らして遠くを見てみる。
んん? なんか・・・いる?
「ぺ、ペンギンだぁ! 可愛い!!」
わたしの進行方向にペンギンの群れがいた。ペタペタと一所懸命に歩いてる姿が愛らしい。
人間だった頃に水族館や動物園で見たことあるけど、野生は初めてだ。近くで見てみたい!
わたしはトキちゃんを抱えたままヨロヨロと飛んで近付く。
「うわぁ~・・・ペンギンってこんな大きかったんだぁ!」
わたしの三倍以上はあるよ~・・・ってあたりまえじゃん。わたし今妖精だもん!
「こ、これは、人鳥っていう大人しい動物で、トキや村の人間達の言うことをよく聞いてくれるの」
ジンチョウ・・・こっちの世界ではそう言うんだね。
「これに乗って村に帰るんだよ」
トキちゃんがわたしのお尻をペシペシと叩きながら「乗っけて」と言ってくる。
えぇ・・・本当にこんなちっちゃい頭のペンギンに乗って帰れるの? いや、頭が悪いとかそういう馬鹿にした感じじゃなくて、物理的に乗れないんじゃない? っていう話で・・・。
わたしが人鳥の頭の近くに寄ると、トキちゃんはわたしの脇から器用に抜け出して、肩車のようにペンギンの後頭部に捕まった。
「な、なに見てるのさ。ほら、早くソニアちゃんも」
「あ、うん」
わたしも近くにいた人鳥の後頭部にトキちゃんと同じように捕まる。
「これで本当に村に帰れるの?」
「うん、ソニアちゃんもトキの真似して」
トキちゃんはそう言って、人鳥の頭をバシバシと叩き始めた。そして、大きな声で「村!!」と叫んだ。
「・・・ソニアちゃんも」
あっ、真似してやれってことね。・・・ごめんね、可愛いペンギンさん!
わたしは心の中で謝りながら人鳥の頭を叩いて「村!!」と叫んだ。すると、人鳥は「アアアアアア!!」とわたしの想像とはかけ離れた勇ましい鳴き声を出して、ペタペタと歩き出した。
わたしがトキちゃんを抱えて飛ぶスピードよりは速いかな? まぁ、抱えなくていい分こっちのほうが断然楽だし・・・がんばれペンギンさん!
人鳥に乗って進む間、トキちゃんはこの人鳥について色々と教えてくれた。
なんと、このペンギンさんこと人鳥は人が作った船を引っ張ることが出来るらしい。人鳥が引っ張る船は氷山や流氷を避け、もっとも安全にこの南の果ての近海を移動する手段だそうだ。しかも、人間と協力して狩りもするという、鵜飼いみたいなことが出来るらしい。
この世界のペンギン凄すぎだよ・・・。
トキちゃんとお喋りしながら、人鳥がペタペタと歩くこと体感で1時間弱、やっと村に帰ってきた。
「確か・・・この家だったよね」
わたしは家の煙突から中に入る。飛べないトキちゃんには外で人鳥と一緒に待ってもらっている。
まだディルもミカちゃんもシロちゃんも誰も帰ってきてないのか。
ディルとミカちゃんの荷物はそのまま置いてある。
このままここで待ってた方がいいのかな? ・・・いや、でももし皆が身動きが取れない状態だったら大変だ。やっぱり探しに行かないと! とりあえず、一応、書き置きだけでも残しておこう。
「確か、紙とかインクとかはディルのリュックの中にあったよね」
わたしはディルのリュックの中身をポイポイッと全部出して、羊皮紙とペンとインクを手繰り寄せて、両手でペンを持って「わたしとトキちゃんは無事だよ。夜までには帰るね」と書いた。
これで大丈夫でしょう!
わたしはディルの荷物が散乱した部屋の中を見渡す。
さっ、早くトキちゃんのもとに戻ろう!
煙突から外に出て、トキちゃんが下で人鳥と一緒に待っているのを見下ろす。
そうだ、トキちゃんと合流する前は上空に上がってディル達を探そうと思ってたんだ!
わたしはトキちゃんのもとに戻る前に、そのまま上空に飛び上がる。島の中心にある大きな氷の山の裏側は見えないけど、それ以外は見える。
うーん、ここから見えるところにディル達はいないみたい。そりゃ、ドラゴンが探し回るなか、上から見えるところにいるわけないか。普通どこかに身を隠すよね。わたし達はちっちゃいから見つからなかっただけだ。
わたしはドラゴンに見つかる前に、素早くトキちゃんのもとに戻る。
「まだディル達は帰ってなかった。上から見ても見当たらなかったよ」
「そ、そっか。そしたら・・・どうする?」
トキちゃんが人鳥と一緒に首を傾げてわたしを見上げる。
「あの大きな氷の山の裏側に行ってみようかな。あそこはここの上から見えなかったから。あんまり期待はしてないけど、いる可能性もあるからね。一応行ってみようかなって。他にアテも無いし」
わたしは氷の山を指差して言う。
「あっ、あそこはとても大事なところだから、見つかってドラゴンのブレスの巻き添えになるようなことにはしたくないんだけど・・・見つからなければ平気・・・だよね?」
そう言ってトキちゃんは、人鳥の頭を叩いて「家!!」と叫んだあと、わたしを見てくる。
ああ、わたしも同じことをやれってことね。
トキちゃんの真似をして、人鳥の頭を叩いて「家!!」と叫ぶ。人鳥はまた勇ましく鳴いたあと、ペタペタと歩き始める。
ちゃんとこれでどこに向かうか分かるんだね。頭が小さいのに賢いペンギンさんだ。・・・にしても、家かぁ。
「ねぇ、もしかしてあの氷の山ってトキちゃんの家だったりする?」
もしそうだったら絶対にドラゴンのブレスの巻き添えにはしたくないな。
「え、あっ、ううん。家って呼んでるけど、あそこはトキの家じゃないよ」
「え、そうなの? じゃあ誰の家なの?」
「わ、分かんない」
トキちゃんが首を振りながら「でも大事なところ」と言う。分かんないならしょうがない。わたしは今このことについて聞くのは止めた。
とりあえず、最優先はディル達を見つけること!
わたしはペタペタと歩く人鳥の後頭部で気合を入れた。
そういえば、わたしはトキちゃんと違って飛べるんだから、わざわざペンギンさんの上に乗らなくてもよかったんじゃ・・・?
読んでくださりありがとうございます。次話は氷の山に向かいます。氷山と違います。氷の山です。




