143.【ディル】ドッ・・・クゥーン
暖炉で燃える炎の音がパチパチと響く家の中、テーブルの上で、ソニアと赤髪の妖精トキが抱き合ったまま気持ち良さそうに寝ている。
「あらら、ソニアちゃんまで寝ちゃったわネ~」
ミカさんがテーブルに肘をついて「可愛いわネ」と微笑む。トキがソニアに抱き着いたまま寝返りを打とうとして、ソニアの体を引っ張る。
「うっ・・・うぅ・・・やめてディル~」
そう言いながら、ソニアは両手を上に上げてバンザイの態勢になった。
俺はなんもしてないんだけど・・・
「ハァ」と息を吐いて、俺もテーブルに肘をつく。
「ソニアってなんで寝る時いつもその態勢になるんだろう・・・」
「フフッ、赤ちゃんみたいで可愛いじゃない」
ミカさんがツンツンとソニアのちっちゃな手のひらを突きながら言う。
「それ、本人に言わない方がいいぞ。絶対怒るから」
「もしかして、ディルちゃん既に怒られたことあるの?」
「どうだろうな」
ミカさんがニマニマと意地悪い笑みを浮かべる。俺はそっと目を逸らした。
村に居た時に、「可愛い寝相だな」って言ったら顔を真っ赤にしてすんごい怒られたんだよな。なんでだろう?
暫く椅子に座って寝てる妖精2人を見ながらボーっと休憩していると、ミカさんが「そういえば」と口を開いた。
「トキちゃんはどうして人間を凍らしちゃったのかしら?」
「あ~・・・寝る前にソニアが聞いてたよな」
「ええ、トキちゃんが起きれば分かることなんだけど、気になるわよネ」
ミカさんが未だにソニアにギュッと抱き着いたままのトキを見る。とりあえず俺は、ソニアが苦しそうだったからトキをベリベリっと剝がして、そっとテーブルの上に寝かせた。
トキ、意外と力強いな・・・
ぐぅぅぅぅぅ~・・・
俺のお腹が鳴った。
「ご飯にしましょうか」
「うん」
ミカさんがリュックの中からここ最近ではお馴染みの干し肉を出す。
「ハァ・・・海底トンネルから抜け出して忘れてたけど、干し肉とチーズしか無いんだったよなぁ」
俺がそう言って肩を落とすと、ミカさんが玄関扉を見てニヤリと笑った。
「外に狩りに行く?」
「日中に見た鳥か? もう暗くなってきたし、いないんじゃないか?」
ミカさんはフルフルと首を振る。
「いたのよ。地上に動物が」
「魔物じゃなくて?」
俺も周囲を見ながらここまで来たけど、知ってる動物は居なかった。
「アタシ、ほとんどの魔物を知ってるの。そのアタシが見たことないんだから、アレは動物よ」
すごい自信だな・・・
「ちなみに、どんな動物だったんだ?」
「歩くのが遅い小さめの動物よ」
なんだそれ?
俺が首を傾げていると、ミカさんが更に詳細を教えてくれる。
「ペチペチ歩いてたわ」
「・・・まぁ、いいや。行って見れば分かるよな。行こう」
俺は立ち上がって分厚い上着を着て魔剣を持つ。ミカさんも上着を着たのを確認して、俺は玄関扉を開けた。その瞬間、ビュウッと肌を刺すような冷たい風が家の中に入って来た。
「さむっ!! 無理!!」
俺は慌ててバタンッと扉を閉めた。
「今日は干し肉で我慢しよう。外は危険だ」
「日が出てないから夜は物凄く寒くなるのネ」
俺とミカさんは着たばかりの分厚い上着を脱いで、もう何日も連続で食べている干し肉を残りの分全て平らげた。
「これでもう明日は狩りに行かないといけなくなったな・・・っうぷ」
膨らんだお腹を擦りながらズルズルと体を半分椅子から落とす。
「いくらもう食べたくないからって、全部食べなくてもいいじゃない」
「干し肉は・・・っうぷ・・・今日で最後にしたかったんだっ」
「ハァ・・・アタシ、お風呂を沸かせてくるわネ。外に薪風呂があったのよネ」
ミカさんがそう言いながら薪を持って外に出ていく。
この寒い中よく外に出られるなぁ。しかも、お風呂まで外なんて・・・俺には無理だ。もっと鍛えなきゃだな!
ミカさんが出て行き、1人テーブルの真ん中で寝てる妖精2人をボーっと見ていると、シロが「クゥーン」と鳴きながら俺の前に飛んできた。
「起きたのか。どうしたんだ?」
「クゥーンクゥーン」
「・・・ごめん、何言ってるか分かんないや」
唯一シロの言葉が分かるソニアは寝てるし。・・・すぐ起きる時もあれば、丸一日寝てる時もある。いつ起きるか分かんないだよなぁ。
「クゥーンクゥン!」
シロがキョロキョロと周囲を見渡しながら羽をバサバサさせる。
「・・・もしかして、ミカさんを探してるのか?」
「クゥン!」
シロが肯定するように大きく頷く。
「ミカさんなら・・・」
「外にお風呂を沸かしに行ったぞ」と言おうとしたら、ギィィと重たい玄関扉を開けて、ミカさんが戻って来た。
「クゥーン!!」
頭に軽く雪が積もったミカさんにシロが飛びつく。
「シロちゃん! 起きたのネ! なんだか元気がなかったから心配してたのよ」
ミカちゃんが優しい笑みでシロを撫でる。
シロ、元気なかったのか。・・・全然気付かなかった。
「そういえば、お風呂の水ってどうしたんだ? ミカさん水の適性無いだろ?」
「それネ。湯船にもっさりと積もってた雪をそのまま溶かしたわ」
「マジか・・・」
ミカさんが気合を入れてタオル一枚で外の薪風呂に入りに行き、俺はミカさんが持って来てくれたお湯で体を軽く拭くだけにした。流石にこの寒い中裸で外に出たら死んでしまう。
やっぱり、もっと鍛えなきゃダメだな。
翌朝、俺とミカさんは朝食が無いから狩りに行かなきゃいけない為、早くに起きて狩りの準備をする。
「おはようソニア」
一応挨拶してみるけど、ソニアはまだ眠ったままだ。俺が寝ていた枕の横で、バンザイの姿勢で気持ち良さそうにスヤスヤと眠っている。
いつもの挨拶が返ってこないのは少し寂しいな。
「フフッ、わざわざ自分の隣に寝かせるなんて、ディルちゃん初心だと思ったら案外おませさんなのネ!」
ミカさんがニヤニヤと腹の立つ顔で俺を見てくる。
「おませさん」って・・・一体俺をいくつだと思ってるんだよ。
「ほ、本当だよ。ソニアさんだけいいところで寝かせて、トキはテーブルの上のまま、なんだから」
ソニアは寝たままだけど、トキは起きている。朝起きたら俺の隣で寝てるソニアの頬を突いてた。ちなみに、シロはミカさんが寝ていたベッドでゴロゴロしている。
「そんなことより、起きたんなら昨日の続き話してくれよ。早めに狩りに行きたいから手早くな」
「そうネ。あんまり長いとディルちゃんが餓死しちゃうし、ソニアちゃんが起きたらまた説明することになるんだから、詳しいことはその時に、ネ?」
「ま、まぁ・・・どっちにしろ、トキは話すの苦手だから・・・あんまり上手く説明出来ないけど・・・」
トキがそう言いながら、俺とミカさんの頭上に飛び上がり、「えっと」と口を開く。
「何年前だったか・・・十年・・・百年? それくらい前に・・・」
・・・俺はツッコまないぞ・・・妖精のこういう感覚にはもう慣れた。
「とあるドラゴンの番がここにやってきたんだけど・・・えっと、そのドラゴンの番が急に夫婦喧嘩を始めちゃって・・・」
ドラゴンの番? それってシロの両親なんじゃ・・・。
俺とミカさんは首を傾げながらも、とりあえず話の続きを聞く。
「し、島の真ん中におっきな氷があるでしょ?」
「え、あ、うん・・・」
いきなり話が変わったなぁ・・・
「そのおっきな氷がドラゴンの炎のブレスで、一部が溶けちゃったの」
炎のブレス? シロはスノウドラゴンだってミカさんが言ってたし、やっぱりそのドラゴンは両親じゃないのか?
「それで、その氷の中で凍ってた色んな物が島中に・・・」
色んな物?
「そして、なんやかんやあってこの村の人間達が共喰いを始めちゃって・・・」
「「共食い!?」
俺とミカさんの声が被る。
普通なんやかんやで共喰いになるか!?
脳裏に昨日見たソニアがゾンビと呼んでいた人・・・? 魔物?の姿が浮かぶ。
でも、確かに共喰いしてもおかしくない見た目だったよな・・・
「トキはこの村の人間達が好きだから、凄く悲しくて・・・」
トキはだんだんと声に覇気が無くなっていき、しょんぼりと俯いてしまった。
「なるほどネ。それで村の人達を凍らせて、共喰いを止めたのネ?」
「う、うん・・・でも、トキが意識を失ったせいで、凍った人達がだんだんと戻って・・・しかも、戻ってすぐに共喰いを始めちゃう人間もいるし・・・だから、こうやって動くようになっちゃった人間がいないか、村中を見回りしてたの」
トキは辛そうな顔でそう説明してくれた。
「・・・意識を失うって、眠るってことか? 妖精は寝なくても平気なんじゃないのか?」
前にミドリさんからそう言われたソニアが驚いていた。ソニアは生まれたばっかりでまだ自分自身のことをよく分かって無いんだなと思ったのを覚えてる。
「これは・・・トキがドラゴンにブレスを止めてって言いに行った時にギチョンギチョンにされちゃって・・・こうやって定期的に眠って回復してるの」
ギチョンギチョンって・・・。ソニアは与えられた力を体に馴染ませる為に眠ってるって聞いたけど、この妖精はソニアとは逆で、力を回復するために眠ってるのか。
「どうして村の人達が共食いを始めたのかは分からないんだよな?」
「あっ、うん。氷が溶けたのが大元の原因だとは思ってるんだけど・・・それがどうなってこうなったのかは・・・分かんない・・・気が付いたらって感じで・・・」
トキは「これでお終い」と言って寝ているソニアの隣に座って頭を撫で始めた。俺とミカさんはそんなトキを見たあと、肩を竦めて顔を見合わせる。
「ディルちゃんはどうしたい?」
「俺は・・・そうだな。どうにかしたい、この村を。助けたい、トキを」
「優しいわネ。アタシ、ディルちゃんってソニアちゃんのことしか考えて無いんだと思ってたわ」
「失敬な」と言いたかったけど、言えなかった。
あながち間違って無いんだよな。俺が優しくあろうとするのは、自信を持って堂々とソニアの隣に立っていたいからだ。前はもっと違う理由だったけど、自分の気持ちに気付いてから変わった。もちろん、だからと言って他のことがどうでもいいわけじゃない。お父さんとお母さんだって同じくらい大切だ。
「お腹空いたし、早く狩りに行こうぜ」
あえてミカさんの言葉には返事せず、俺はベッドから立ち上がって狩りの準備をする。後ろでトキが「ドラゴンが居るって話したあとによく出かける気になるね」と小さな声で言ったけど、狩りに行かないと食べ物が無いんだから仕方ない。
「シロちゃんも一緒に行きましょ」
「クゥーン」
シロの両親探しも兼ねてるから、シロも一緒だ。少し元気が無さげに鳴いたシロがミカさんの頭の上に乗った。その様子を、トキが首を傾げて見ている。
「どうしたんだ?」
「・・・な、なんでもない。トキはソニアちゃんと一緒にいる」
そう言いながら、寝ているソニアに抱き着いた。
「ちょうどソニアを一人にするのは心配だなって思ってたんだ。一緒にいてくれ」
「うん」
上着を着て、手袋を履いて、魔剣を持って、獲物を入れる袋を持って、俺とミカさんは家を出た。夜よりはマシだけど、やっぱり寒い。肌を刺すような冷たい風が顔全体を襲う。
「・・・さむっ」
手袋を履いた手で時々顔を温めながら、ミカさんの案内で動物が居たという場所まで足首まで積もった雪の中を進んで行く。
「あれが昨日言ってた動物よ」
ミカさんが指差した方向には、雪の上を小さな足でペタペタと二足歩行する俺の膝くらいの小さな動物が群れで居た。
「食べれるのか?」
「食べてみないと分からないわネ」
「そうだな、食べてみるか」
俺は魔剣を鞘から抜く。キィンという抜刀の音と一緒に、後ろから「あっ」という小さな声が聞こえた。振り向くと、ソニアを両手で抱えたトキが浮いていた。お腹に手をまわして抱えている状態なので、俺からはトキの顔と宙ぶらりんになって揺れていてるソニアの三つ編みと後頭部しか見えない。
「・・・なんでいるんだ?」
「えっ、ついて来たから?」
「何かおかしいことした?」とでも言いたげな顔で首を傾げて俺を見てくる。
「留守番するって言ってなかったか?」
「あっ、うん。言ってなかった」
俺は家での会話を思い出してみる。
『トキはソニアちゃんと一緒にいる』
『ちょうどソニアを一人にするのは心配だなって思ってたんだ。一緒にいてくれ』
ソニアと一緒にいるって・・・そういうことかよ!
俺は眉間にしわを寄せてグッと感情を押し殺す。
落ち着け・・・相手は妖精だ。
大きく息を吸って・・・吐く。
「ついてきちゃったものはしょうがないわよ。安全なところで見ててネ。アタシ達はあそこの動物を狩ってくるから」
ミカさんがそう言うと、トキがその動物を見て、また「あっ」と声を上げる。
「あ、あの動物は狩っちゃダメ。あれは仲良しだから」
「仲良し? ペットか何かなのか?」
たしかに見て目は可愛い気がしないでもないないけど・・・。
「ち、違くて、村の人間達はあの動物を使って狩りとか移動とかしてるから・・・」
トキがソニアを重そうに抱え直しながら必死に訴えてくるけど、俺にはいまいち分からない。
動物を使って狩りなんてできるのか? どうやって?
「あ~、なるほどネ。じゃあ仕方ないわネ」
ミカさんは理解できたらしい。
「当初の予定通り、鳥にしましょうか」
「そうだな・・・鳥ならソニアに雷を落としてもらうのが一番楽なんだけど・・・」
ソニアは時に抱えられて宙ぶらりんになって寝ている。心なしか苦しそうに見える。
「大丈夫よ。アタシ、弓も得意なの・・・って今弓持ってなかったわ」
ミカさんが背中に手をやって弓を取ろうとしたけど、スカスカと虚を掴むだけだ。
「なんか投げれるものないか? 身体強化すれば投擲でいける」
「すごいわネ!」
ミカさんから小さなナイフを受け取って、俺は獲物を見つけるために空を見上げる。
「ん?」
鳥の群れが慌てるような勢いで海の方に飛んで行くのが見える。そして、その後ろから、太陽を覆い隠すくらいの大きな影が現れた。
「ミカさん・・・あれ・・・」
俺がその大きな影を指差すと、ミカさんが目を細めてその方向を見上げる。ミカさんの頭の上に乗っていたシロも一緒になって見上げる。
「ドッ・・・」
「クゥーン!」
トキが何か言おうとして、シロの鳴き声と重なった。
「なんて?」
「ドッ・・・」
「クゥーン!」
またトキとシロの鳴き声が重なった。シロは大きな影を見て、怯えるようにミカさんの背中に張り付いた。
「シロちゃん?」
ミカさんが背中に手をやってシロちゃんを撫でる。視線を上空に戻すと、さっきの大きな影がさらに大きく・・・
「・・・ってドラゴンだ! こっちに降りてくるぞ!」
大きな真っ赤なドラゴンが俺達目掛けて滑空してきている。そのドラゴンの額には透き通った燃えるような赤色の魔石があった。
「あっ・・・」
「噓でしょ!? あれはただの魔物のドラゴンじゃないわ! 魔獣のドラゴンよ!」
トキがまた何か言いかけて、ミカちゃんの叫びにかき消された。
魔獣!?
「魔獣って魔物よりも強いやつだよな!?」
「強いってもんじゃないわよ! 絶対に敵わないわ! ・・・とにかく逃げるわよ!」
ミカちゃんが「早く!」と叫んで、背中のシロを手で押さえながら走り出す。それと同時にドラゴンが大きく口を開けた。
まずい! まずいまずい!! とにかくまずい!
俺はすぐにソニアを掴もうとしたけど、ソニアを抱えたトキが何故か慌ててミカちゃんとは反対方向に飛び出したせいで、 掴み損ねた。
「ちょっ・・・ソニア!!」
ゴォォォォォ・・・・ドゴォォォン!!
ドラゴンの口から赤く輝くブレスが凄まじい熱気を帯びてミカちゃんの真後ろに落ちる。ジュウゥという雪が一瞬で溶ける音と共に、俺達は四方八方に吹き飛ばされた。
「シロちゃん!」
「ソニア!」
ビュゥゥ!と風を切る音と、回る視界の中で、がむしゃらに手を振り回すけど、当然ソニアは掴めなかった。
読んでくださりありがとうございます。なかなか喋れないトキちゃんと、喋っても理解してもらえないシロちゃんでした。




