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139.妖精の愛し子

温泉から部屋に戻って、ミカちゃんに風で飛ばされそうになりながら髪を乾かして貰っていると、ディルが赤く茹で上がったフユトを背負って戻って来た。


「温泉気持ち良かったね~ディル。フユトはどうしたの?」

「こいつは・・・自業自得だ。俺は止めたのに・・・」


ディルが視線を彷徨わせて、言葉を探しながらフユトをベッドに横にさせる。


「覗きのこと?」


わたしが問いかけると、ディルは目をまん丸にしてわたしを見る。


「気付いてたのか!? ・・・というか、やっぱり見られたのか?」


ディルの問いかけに答えたのは、ミカちゃんだった。


「ええ、見られちゃったわ。アタシの肉体美」

「いや、自分から見せてたでしょ」


わたしは乾かし終わった髪を三つ編みにしながら、ミカちゃんをジト目で見る。ディルが「ミカさんの?」と首を傾げる。


「ミカちゃんが土の壁の前に立って、それはもう・・・見事な肉体美をフユトに見せつけてたんだよ」

「え・・・じゃあ、ソニアは?」


 わたし?


「わたしは別に鍛えてとかいないから、筋肉なんて微塵もないよ。残念だったね」

「いや、何も残念じゃないけど・・・」


自分の二の腕を触ってみる。


 うん、無いね。


「そうじゃなくて・・・」


ディルが歯切れが悪そうにわたしをまじまじと見る。


「あ~、わたしはミカちゃんの後ろにいたからね。ミカちゃんの見事な筋肉美を活かした格好いいポーズは見られなかったよ。残念ながら」

「いやだから何も残念じゃないと思うけど・・・そっか、ソニアはミカさんの後ろにいたのか」


ディルがホッと安心したように胸を撫でおろす。視界の端でミカちゃんが照れているのが見える。


「うぅ・・・筋肉・・・ムキムキ・・・」


フユトが苦しそうに訳の分からないことを言いながら起き上がった。


「あら、フユト君。大丈夫?」

「あ・・・筋肉さん」

「ミカよ」

「ミカさん・・・うん、大丈夫」


ミカちゃんが「回復早々申し訳ないんだけど」と前置きをして、フユトの横に座って話しかける。フユトはミカちゃんを警戒するように少し距離をとった。


「その土の魔石なんだけど、譲って貰うことって出来ないかしら?」

「え・・・これ?」


フユトがポケットの中から土の魔石を取り出す。


「俺は全然いいんだけど・・・勝手に倉庫から持ち出したやつだから・・・」


コンコン


扉がノックされ、返事をすると、教会のシスターさんが入ってきた。シスターさんは一度わたしに会釈したあと、フユトを見る。


「あ、やっぱりここにいたんですね。フユト君。ソニアさんと一緒に宿に向かっていたと聞いて、足を運んだかいがありました」


 フユトは妖父さんの息子だもんね。シスターさんとも知り合いなのは当然か。


「また倉庫から魔石を持ち去ったそうですね。鍵が空いていると妖父様が怒ってましたよ」

「うげ~・・・」


フユトは苦虫を嚙み潰したような顔でシスターさんを見る。


 また・・・って、何度も持ち出してたのか。それは妖父さんも息子の仕業だとすぐに分かるよね。


「今すぐ帰って、ちゃんと謝ったほうがいいですよ」


シスターさんは腰に手を当てて、頬を膨らませてフユトを睨む。フユトが「めんどくせ~」とぼやく。


「フユトちゃん。アタシも一緒に行ってもいいかしら?」

「え? ミカさんも?」


ミカちゃんが自分の髪を乾かしながら言う。


「さっき魔石を譲って欲しいって言ったでしょう? あなたはアタシ達に魔石を持って来て欲しいって頼まれた・・・ってことにすれば怒られないんじゃない?」


ミカちゃんの言葉を聞いたフユトが、希望を見つけたような顔でミカちゃんを見る。


「でも、それだとあなた達が怒られませんか? 自分のいない間に勝手に子供を利用した風にも捉えられますし・・・」


シスターさんの言葉に、フユトが「だよなぁ」と溜息を吐く。


「そこはほら・・・ソニアちゃんが一緒ならどうとでもなるわよ」


眠くなってきたなぁと思い、布団をポフポフしてたらわたしの名前を呼ばれた。


「え、わたし?」


 やば・・・途中から話聞いてなかった。いや、聞いてたんだけど、右から左に流れていってた。


「ソニアちゃんがいれば、妖父さんのことはどうにでもなるわよネ」

「ん? あ~・・・そうだね。ぺちゃんこにしてやるよ」


皆が「何言ってんだこいつ」みたいな顔でわたしを見てくる。呆れたディルが話の流れを説明してくれる。


「なるほどね。大丈夫だよフユト。わたしが言えば怒られないよ」

「そうなのか?」


 あなたのお父さんはわたしのイエスマンだからね。


「じゃあ行こうか。 わたしが寝ちゃう前に」

「ちょっと待て」


わたしが寝ないように気合を入れて飛び上がったら、ディルの手にぶつかった。どうやら、わたしの進行方向に手をやって邪魔していたみたいだ。


「邪魔だよ・・・はむっ」


・・・っとディルの指を噛んだ。


「うっわぁ! 何すんだよ!」


ディルが慌てて手を引っ込めて、嚙まれた指とわたしを交互に見る。


 そんな顔を赤くするほど怒んなくても・・・


「ごめん、そんな痛いとは思わなくて・・・」

「いや、全然痛くないけど・・・」


ディルがモゴモゴと「寝惚けてるのか・・・?」と呟いたあと、「そんなことより!」と頭を振って、脱線した話をもとに戻す。


「俺もフユトもまだ髪を乾かし終わってないんだ。このまま外に出たら風邪ひくよ」

「え~・・・もう眠いんだけど」

「急いで乾かすから我慢してくれ」


 うぇ~・・・起きてられるかな?


ミカちゃんが風が出る空の魔石を最大出力で発動させて、2人の髪を乾かす。2人ともとんでもない髪型になっちゃったけど、髪は乾いた。


「ソニア、もうそろ行くから落ち着いてくれ」


寝落ちしないように、猛スピードで部屋の中をグルグルと回っているわたしを目で追いながらディルは言う。


「クゥーン」


シロちゃんが「背中に乗る?」と聞いてくるけど、今止まったら寝ちゃいそうだ。わたしはフルフルと首を振って、ディルの周りを回り続ける。


「マジか・・・もしかして、このまま行くつもりか?」

「・・・うん」


自分の周りをとてつもない速さで回り続けるわたしを鬱陶しそうに見ながら、呆れたように言う。


 止まったらお終いなんだよ。わたしは今マグロの気分だ。


ディルの替えの上着を羽織った半袖短パンではないフユトと、周囲で妖精が回り続けるディルに、ミカちゃんとシロちゃんとシスターさんを加えて、妖父さんがいる教会の隣のお家に向かう。


「めっちゃ見られてる・・・恥ずかしい」


ディルがわたしに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言った。


 わたしだって恥ずかしいよ。でも、こうしないと寝ちゃいそうなんだもん。


「父さーん、今帰った~」


フユトがバンッと玄関扉を勢い良く開けて元気に言う。


「フユト・・・扉は静かに開けなさいと何度言ったら・・・」


妖父さんはディルを見て固まった・・・正確には、ディルの周りを回るわたしを見て固まった。


「妖精様・・・何をなさって・・・その少年がどうかなさって・・・八ッ! まさか・・・」


妖父さんが1人で騒いでいる。シスターさんは恥ずかしそうに溜息を吐き、フユトは何が始まるのかと好奇心に満ちた目でわたしと妖父さんを交互に見ている。


「まさか・・・そこの少年は、妖精の愛し子様ですか!?」

「俺が?」

「ディルちゃんが?」


ディルとミカちゃんがお互いの顔を見合う。


 何を言い出すかと思えば・・・ディルのことは大好きだけど、愛し子とかそういうんじゃ・・・あれ? 愛し子ってなんだっけ? どっかで聞いた気がする。 あ~・・・眠い、もう何でもいいや。


わたしはグルグル回るのを止めて、ディルの頭の上に座る。


「ディルはわたしの大事な友達で、愛し子だよ。だから、ディルの言う事はわたしの言うことと同じだから・・・えっと・・・よく、聞いてね」


わたしはそれだけ言って、体の力を抜いた。


「クゥーン」


シロちゃんに背中を支えて貰っている感覚と共に眠りにつく。




目が覚めた。


「クゥーン!」

「おはようシロちゃん」


宿の部屋の枕の上で寝かされていて、部屋の中にはシロちゃん以外の姿は無い。


 窓の外は・・・少し暗い。夕方くらい? 思ったよりも早く起きたみたいだね。


ガチャリと部屋の扉が開かれ、大きなリュックを背負ったミカちゃんが戻って来た。


「ただいま~・・・あら、ソニアちゃん起きたのネ。おはよう」

「おはよう。ディルは?」

「ディルちゃんならまだ妖父さんのお家にいるわよ」


ミカちゃんが重たそうなリュックをドスッと床に置いて、分厚い上着を脱ぎながら言う。


「え、なんでディルだけ? ・・・というか、わたしが寝たあとどうなったの?」


 正直、寝る前の記憶があやふやなんだけど・・・。


ミカちゃんは「よいしょ」とベッドに腰掛けて、シロちゃんの頭を撫でながら説明してくれる。


「ソニアちゃんが寝たあと、ディルちゃんが盛大に妖父さんに歓迎されて・・・」

「待って」


わたしは説明を始めたミカちゃんに、手のひらを突き出して待ったをかける。


「なんでディルが盛大に歓迎されてるの?」

「何言ってるのよ。ソニアちゃんがディルちゃんのことを愛し子だって言ったからじゃない」

「え・・・言ったっけ? そんなこと」


 うーん・・・どうだったっけな。なんか色々とめんどくさくなって適当なことを言ったような記憶はある。


「愛し子って言ったら、昔、とある国が妖精の愛し子に酷いことをして、変死者が続出した話が有名なのよネ。まさかディルちゃんがそんな存在だったなんてネ。びっくりしたわ」


 わたしもびっくりだよ。わたしの出任せでディルがそんな大層な存在になってたなんて・・・。


「・・・っていうか、愛し子って何? ただ妖精に好かれた人間のことじゃないの?」


 前に聞いた話だと、妖精に愛された人間が愛し子って言われてた気がするけど。実際のところ、ただ妖精と仲良しな人間なんじゃないの?


「さぁ・・・アタシも詳しいことは噂程度しか知らないけど『ドラゴンの逆鱗と妖精の愛し子には触れるべからず』って言う言葉があるくらいだし、妖精にとっての逆鱗みたいなものじゃないかしら?」


 なにそのことわざみたいなの。初耳なんだけど。


「ディルは大切な人だけど、別に逆鱗とかじゃないよ。むしろ、わたしがディルの逆鱗な気がする」


 だって、すごい過保護だし、心配してくるし・・・ありがたいし嬉しいんだけどね?


「あとで愛し子じゃないよって訂正しなきゃ」

「あら、別に愛し子でいいじゃない。そのおかげで土の魔石を譲って貰えたし、食糧まで分けて貰えたんだから」


ミカちゃんが床に置いたリュックを見ながら「パンパンよ?」と言う。


 その中身って全部食糧だったんだ。まぁ、これから長ーい海底トンネルを徒歩で歩くんだし、必要だよね。


「話を戻すわネ。ディルちゃんが盛大に歓迎されたあと、すぐにシロちゃんがソニアちゃん背に乗せて帰って行ったんだけど、道が分からなかったのかそのまま戻って来ちゃってね」


 あ~、シロちゃん方向音痴だもんね。


「妖父さんが食料を準備してくれてる間に、アタシが一度シロちゃん達を宿に送って、妖父さんの家に戻ったんだけど・・・」


ミカちゃんがそこで一度言葉を区切って、わたしを見る。


「なに?」

「ディルちゃんが凄く楽しそうにソニアちゃんのあれやこれやを話してたのよ」


 ・・・あれやこれや!?


「きっと妖父さんが何を言ってもソニアちゃんを褒めるから、嬉しかったんでしょうネ」

「止めたんだよね? ミカちゃん、ディルを止めてくれたんだよね!?」


 ディルが未だに戻って来てないことから察しはつくけど・・・


「ディルちゃんの年相応なあの笑顔を見ちゃったら、止められなくてネ。そのまま暫くアタシも話を聞いてから、荷物だけ受け取って戻ってきたわ」


ミカちゃんが「ごめんなさいネ」と、ちっとも悪いと思ってなさそうな顔で謝る。


 まぁ・・・ディルが楽しそうにしてるのなら別にいいや。


「それにしても、妖父さん、最初はディルのこと無視したりしてたのに、見事に手のひらを返したね」


わたしが唇を尖らせながら言うと、ミカちゃんが眉をへの字にして「仕方のない子ネ」みたいな微笑みをわたしに向ける。


「この間も似たようなことを言ったかもしれないけど、妖父さんはソニアちゃんに夢中だっただけで、決して悪気があったわけじゃないし、村では優しい普通の人なのよ。だから、あんまり邪険にしないであげてネ」


 優しいとか普通とか、そういう問題じゃ無いんだよ。


わたしはプイッとミカちゃんから顔を背けて、口を開く。


「だって、最初にディルのこと無視したもん」


ミカちゃんはわたしの呟きを聞いて生暖かい目でわたしを見て「そういうことネ」と言って何かを納得したあと、土の魔石を持って立ち上がった。


「あれ? ミカちゃんまたどっか行くの?」

「ええ、ちょっと土の魔石で試したいことがあって。すぐ戻ってくるから、シロちゃんとソニアちゃんは部屋で良い子にして待っててネ」


わたしはシロちゃんと顔を見合わせる。


「クゥーンクゥン」


 「のんびりしてようよ」って言ってる。・・・そうだね。もう眠くは無いけど、部屋でシロちゃんとダラダラと遊びながらディルの帰りを待つのもいいかもしれない。


ミカちゃんが扉を開けて半身部屋から出ると、一度振り返り、意味深な微笑みを浮かべてわたしを見て「あ、そうそう」と口を開く。


「やっぱり、ディルちゃんは妖精の愛し子だと思うわよ」


そう言い残して、ミカちゃんは出て行ってしまった。


「いや、違うよ?」

「クゥーン!」

「ぶへぇっ!」


バシッとシロちゃんに顔を翼で叩かれた。


 ・・・なんで!?

読んでくださりありがとうございます。「クゥーン!」訳:なんでやねん!

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