13.【ディル】勇者様じゃないけれど(前編)
ディル視点のお話になります。前編です。
お母さんとお父さんが村を出て行ってから、俺の日常は無くなってしまった。
家族皆で食卓を囲んだ幸せな時間も、友達と一緒に村中を駆け回った楽しい時間も、全て無くなってしまった。でも、取り戻せない訳じゃない。だから俺は、働ける人が居なくなってしまった村の為に忙しく働いていた。
日常を取り戻す為に。楽しくて幸せな時間を取り戻す為に。
「もし素敵な名前を付けてくれたら、わたしがディルのお友達になってあげる!」
妖精さんがそう言ってくれて、凄く嬉しかった。村の皆は、妖精は怒らせてはいけないだとか、世界を作った神様だとか、幻想的?だとか色々言ってたけど、実際に妖精と話してみると、体はちっちゃいけど歳上のお姉さんみたいで凄く話しやすくて、一緒に居ると5年前の楽しい時間が戻って来たような気がした。
「それじゃあディル。村長の話が終わったら知らせて頂戴ね」
妖精さんが村長の家に入っていくと、ミーファおばさんはそう言って自宅に戻って行った。昼食を作るらしい。
ミーファおばさんは優しいけど、何でか距離を置かれてる気がする。俺が本当の子供じゃないからかな? 俺もミーファおばさんのことを母親だとは思えないし、仕方ないことなのかもしれない。俺のお母さんは1人だけだ。
俺は村長と妖精さんのお話が終わるまで、村長の家の近くにある岩に座って妖精さんの名前を考える。
うーん、カッコイイ名前かぁ。カッコイイと言えば、強い、パンチ、キック、パンチキック、パンチキック? 二つ合わせてパンクとか? うーん何か足りない。
暫く考えて、妖精さんの名前がパンクロックに決定したところで村長が1人で家から出てきた。
あれ? 妖精さんは一緒じゃないのか?
「デル、村の皆を呼んで来なさい」
俺はミーファおばさんや他の村の皆を呼んで、村長の家を見上げる。
なんで妖精さんは出てこないんだ? 考えた名前を早く教えてあげたいんだけど。
「皆に大事な話がある」
村長が今まで見たことないような真面目な顔で住民達を見回す。
「あの妖精の事だろ?」「妖精の怒りを買ったのか?」「早く教えてくれ!この村はどうなるんだ!?」
俺とミーファおばさんで村を案内していたところを見ていた人達もいたから、村の皆は村長からの知らせを待っていたみたいだ。
「結論から言うと、この村は大丈夫だ」
大丈夫?どういうことだ?
「村に妖精さんが来ていた事は皆も知っていると思う。森の開拓は出来そうに無かったが、森の入り口で偶然会った妖精さんがこの村の現状を哀れんでくださり、王都から来ていた国王の使者を説得してくれたのだ」
村長はその使者が国王に交渉してくれること、妖精さんは森に帰ったことを皆に説明して、この場は解散となった。村の皆はホッとした顔で帰って行くけど、俺は納得出来ない。家の中に戻ろうとする村長の袖を引っ張って止める。
「村長、妖精さんは戻ってこないのか?」
「あぁ、もうこの村は大丈夫だろう、と言って森にお帰りになった」
そんなハズない・・・。だってカッコイイ名前を考えたら友達になってくれるって・・・。
「ディル?どうしたの?」
黙って俯いていた俺に、ミーファおばさんが心配して声を掛けてくれる。
「だって・・・俺と友達になってくれるって!!カッコイイ名前を付けてくれたら友達になってくれるって言ってたんだ!」
「デル、妖精と人間が友達になれる訳ないだろう?」
「・・・でも!」
「現実を見なさい、デル。お前はまだ子供だから仕方ないのかもしれんが・・・」
村長が説教臭い事を言い出した。でも、それに付き合ってる余裕は無い。
妖精さんは俺と友達になってくれるって言ったんだ!あんな、お母さんみたいな優しい微笑みをする妖精さんが嘘を言うとは思えない!
「俺・・・ちょっと行ってくる!」
「ディル!?」
「ハァ・・・ミーファ、放って置きなさい」
ミーファおばさんが俺の腕を掴もうとするのを振り切って、俺は走り出した。
今から走って森に向かえば、妖精さんが森に帰る前に追いつくかもしれない!
村の出口に向かって走りる。角を曲がり、村長の家が見えなくなったところで誰かに腕を掴まれた。
「うわぁ!誰だ!?」
慌てて振り返ると、王都から来たおじさんの護衛の騎士様が俺の腕を掴んでいた。思いっきり振り解こうとしてもびくともしない。
「なんだ!?放せよ!」
「確か、ディル・・・でしたね」
騎士様の後ろから国王のソッキンとか言うおじさんがゆっくりと歩いて来た。
「急いでるんだ!離してくれ!」
「妖精さんに会いに行くのでしょう?」
「ああ!だから・・・」
邪魔しないでくれ・・・そう言おうとしたけど、おじさんは被せるように口を開く。
「森に向かっても妖精さんには会えませんよ」
「は?なんでだよ!?」
「今、妖精さんは王都に向かっています」
おじさんはそう言って、村長の家で妖精さんが捕まって、何者かに王都に連れ去られた事を話してくれた。
「なんでそんな事知ってるんだよ!?」
「まぁ、私も貴族ですからね、使い勝手のいい手足があるんですよ」
「はい?」
貴族の手足は平民と何か違うのか?
「そういえば、貴方には名乗っていませんでしたね。この国の宰相をしているコンフィーヤ公爵と言います。こちらは私の護衛で来てもらっている騎士団長の・・・」
「私の紹介は結構です、それよりも、我々も急いでいるのではなかったのですか?」
騎士団長と言われた男が呆れ顔でコンフィーヤ公爵を見ると、コンフィーヤ公爵は「そうですね」と頷いて俺を見下ろす。
「ディル、貴方も一緒に行きますか?」
「行くって・・・?」
「王都ですよ。妖精さんを攫った闇市場常連の・・・・いえ、そうですね、お姫様を攫った悪者達を退治しに行くんですよ」
「行く!俺も連れて行ってくれ!」
なんだかよく分からないけど、妖精さんのところに行くんならついて行くに決まってる!
「分かりました。では急ぎましょう。馬車を見失ってしまいます」
俺とコンフィーヤコーシャクは馬車に乗って悪者達を追いかける。
「なぁ!なんで相手が休憩してる間に助けに行かないんだ?」
これまで何度か助けに行けそうな場面があったのに、コンフィーヤコーシャクは動く気配がない。
「まだ、助けには行きませんよ」
「なんでだよ!?」
もしかして、この人は実は馬鹿なんじゃないのか!?
「言ったでしょう?私達は、王都に妖精さんを攫った悪者達を退治しに行くんですよ」
コンフィーヤコーシャクは俺の目を真っ直ぐに見て、諭すような胡散臭い声で話し始めた。
「確かに妖精さんを助けるのも目的の1つですが、今この場で悪者を捕まえてしまうと、王都にあるアジトの場所が特定出来なくなるかも知れません」
「でも、アジトの場所より妖精さんの方が・・・」
「大事なのは分かります。ですが、アジトにも同じように誘拐された人達がいるかもしれません。妖精さんはアジトに到着したら必ず助けます。なので、もう少し我慢してください」
「分かった・・・」
妖精さん・・・ごめん! もう少し待っててくれ!王都に着いたら必ず俺が助けるから!
何もせずに馬車で揺られていると、ふと、昔のことを思い出す。
『・・・・・・こうして、勇者様とお姫様は幸せになりました』
『お母さん!俺も勇者様みたいになれるかな!?』
『ふふっ、そうね、ディルならきっとなれるわよ。なんたって私とあのお父さんの子だからね!』
『うん!いっぱい鍛えて父さんにも負けないくらい強くなる!』
『でも、それだけじゃダメよ?このお話みたいに、好きな人が困っていたら助けてあげるの。強いだけじゃ勇者様にはなれないからね』
『分かった!俺、強くなって、お母さんが困ってたら助ける!』
『・・・フフッ、お母さん以外の好きな人もね? 約束よ』
『うん、約束!』
5年前のお母さんとの会話だ。あの時の優しいお母さんの顔をまだ鮮明に覚えている。
まだ、お父さん程強くはないし、勇者様には遠く及ばないかもしれない。それでも俺は、悪者に攫われたお姫様を助けるために王都に向かう。
「ここが、アジトのアボン商会ですね」
アジトに着いた俺達は、目立たない所に馬車を停めて、物陰からアジトの入口を見ている。
まだ助けに行かないのかと思っていると、隣にいるコンフィーヤコーシャクが小さな声で「ディル」と俺の名前を呼んだ。
「なんだ?やっと助けに行くのか!?」
「ふんす」と気合を入れる。
「いえ、まだですよ。ディルは私が戻るまでここでアジトを見張っていてもらえますか?」
「は?この状況でどっか行くのかよ!」
「はい、ここに来る途中で少し気になる紋章の入った馬車を見かけました。平民相手なら私と騎士団長の2人だけで充分なのですが、貴族が関わって来ると魔石を持っている可能性が高い為、それなりの警戒が必要ですから」
「えっと・・・?」
難しい言い回しをしないで、分かりやすく言ってほしい。
「私は一度城に戻り、国王様にご報告して騎士団を手配します」
「つまり?」
「つまり、私が騎士団を連れて戻って来るまでここで見張っていてください」
「・・・分かった」
俺は今すぐにでも助けに行きたいんだけど・・・もしかしたら今この瞬間にも悪者に酷いことをされてるかも知れないじゃないか!
「いいですか?見張っているだけでいいですからね、何か変化があった場合、私が戻ってから報告してください」
「・・・うん」
「はぁ、騎士団長、行きますよ」
「はっ!」
コンフィーヤコーシャクは騎士団長と一緒に馬車が停めてある場所に駆け足で向かって行った。
2人の姿が見えなくなったことを確認した俺は、勢いをつけてアジトの扉を蹴り飛ばした。
ドコーーン!!
「妖精さーーーーん!!どこだーーー!!」
読んでくださりありがとうございます。次話は後編です。思ったより長くなってしまいました。




