137.【ミカモーレ】出会うまで
「どうだミカ? 何か面白い情報はあったか?」
アタシのことをミカと呼ぶただ1人の人間・・・オードム王国の国王ドルガルドが寝台に寝転がりながら、窓際で書類を読んでいたアタシに話しかける。
「とりあえず、危険な魔物に関する情報はいつも通り無いわネ。ゴーレムが少し増えてるくらいかしら? セイピア王国に関する情報も、今のところ特になし・・・ギルドも戦争の火種になりそうな情報はさすがに出し渋るのかしら?」
アタシがオードム王国にある冒険者ギルド支部から買い取ってきた情報を話すと、ドルガルドは怪しそうにアタシの持つ書類を見る。
「じゃあ、お前の持ってるその書類には何が書かれてるんだ?」
アタシは持っている羊皮紙に書かれている文章をもう一度読み返す。
「冒険者ギルドにしては、珍しく大雑把な情報よ。聞きたい?」
「聞きたいから聞いてるんだ。勿体ぶってないでさっさと話せ」
ドルガルドは手に顎を乗せて、だらしない態勢でアタシに命令する。
「近年、稀に見られるようになった自然現象と、新たな大妖精の存在について書かれているわ」
「新たな妖精・・・? また新しい植物でも発見されたのか? そんな勿体ぶる程のことじゃないだろう」
確かに、新しい植物が発見されることは珍しくないわネ。数年に1つは見つかっている。でも、そんなことだったらアタシはこんな勿体ぶった感じにしないわよ。
「ドルガルドだって見たことあるでしょ? ほら、何年か前に空から落ちてきたアレ」
「ああ、最初はかなり驚いたが、近づかなければ害は無かったな。なんだったんだろうな、アレ」
ハァ、一応国王なんだからもうちょっと思慮深くあって欲しいものだけど・・・今更ネ。
「とにかく、新しい大妖精が誕生したかもしれないってことよ。遠い国で、見たことのない色の妖精が見つかったらしいの。確か・・・グリューン王国って言ったらかしら?」
「グリューン王国・・・ああ、ブルーメの隣にある国か」
「知ってるの?」
基本的に国内しか見ていないドルガルドが、国外のことに興味を持つなんて珍しいと思い、首を傾げて聞いてみると、悪戯を思い付いた子供の様な意地悪な顔で口を開いた。
「近いうちに正式に言おうと思ってたんだが、ミカ、お前にはブルーメに行ってもらう」
「はい!?」
思わず素っ頓狂な声が出るのも仕方ないと思う。たまに国外に行くことはあったけど、ほとんどが近隣の国で、土の地方以外の地方に行くことは無かった。行きたくても、騎士団長という立場上行けなかった。
「お前は昔から外の地方に憧れていただろう? 幼い頃から、貯めたお金で冒険者ギルドで外の情報を買い集めたりしてたもんな」
「そうだけど・・・」
「今日から50日後くらいにブルーメで大きな大会があるらしくてな、そこで、我が国の音楽騎士団が演奏することになった。ギルドを通した正式な依頼だ。大会を盛り上げてくれる人材を探していたらしい」
・・・あら?
ふと疑問に思った。国外の情報に疎いドルガルドがどうしてそんな情報を知っているのか。
「それ、あなたが話をつけた依頼じゃないわねネ?」
ドルガルドはそーっと目を逸らす。
「・・・息子からだ。ずっと書類仕事ばっかりを押し付けられて可哀そうだから、たまの息抜きにどうかってな・・・父上からということにして構わないと言われたんだが・・・」
ハァ・・・それでよくあんな顔で得意げに言えたわネ・・・。
「私も、今の副騎士団長は頼りないし、護衛ならお前の方が適任だと方々に駆け回って説得したんだぞ」
「何を言い訳がましく言ってるのよ。アタシが対人戦が苦手だからってセイピア王国からの嫌がらせを我慢してくれてるんだから、それだけで十分すぎるほど感謝しているわよ」
もちろん、それだけが理由じゃないと思うけど、理由の一つになっている時点でアタシは嬉しい。
アタシは持っていた羊皮紙をテーブルに置いて、ドルガルドの隣に寝転がる。
「あなたにも、アタシ達の自慢の息子にも、感謝しているわよ。愛してるわ」
「ああ、私もだ」
ブルーメに発つ日になった。
「じゃあ、行ってくるわネ」
「道中、危険な魔物が出るらしい。お前なら何の心配もいらないと思うが、気をつけてな」
「母上、いってらっしゃい」
音楽騎士団数十名と、ブルーメの大会に参加したいと申し出た冒険者を乗せて、船は出航した。ドルガルドが言った通り、海中や上空から様々な魔物が襲ってきたけど、すべてアタシが吹っ飛ばした。
「ミカモーレ様! ブルーメに着きました!」
音楽騎士団長の弾ける様な叫びで、アタシは飛び起きた。急いで着替えて船内から出る。大きな山が見える港から街に入り、まずは冒険者ギルドの支部を探す。
「ミカモーレ様・・・背が・・・」
音楽騎士団長が先頭を歩くアタシに耳打ちする。
「大きいわよネ・・・」
「はい。皆さんミカモーレ様と同じくらい・・・それよりも大きな方もいます」
周りよりも一段と背が高くて、子供の頃はそれがコンプレックスだったけど、もしかしたら他の地方ではアタシくらいが平均なのかしら?
「すみません。冒険者ギルドの支部はどちらにありますか?」
「冒険者ギルド・・・ああ、傭兵ギルドね。それなら街の中心部にあるよ。目立つからすぐ分かるハズさ」
ここでは冒険者ギルドのことを傭兵ギルドと言うらしい。
ギルドで手続きと大会の責任者の若い二人と挨拶を済ませる。
「では、詳細は後日、島主の屋敷で。宿はこちらで手配していますので案内致します」
グリューン王国の王子だと言う大会の責任者が自ら案内してくれる。途中で、山から水が噴き出したことに驚いたアタシ達を、生暖かい目で見ていた。
外の地方に行ったことの無い田舎者だと思われたかしら・・・実際にそうなんだけどネ。
それから、観光と打ち合わせをしながら過ごして、大会の開催が近づいたある日。宿で寛いでいると、ドカー―ン!という肋骨が震えるような凄まじい轟音が聴こえた。
「ミカモーレ様!!」
一緒に来ていた騎士がアタシを呼びに部屋まで来た。共に宿から出て、轟音が鳴る方向を見る。
ドカー―ン!ドカー―ン!ドカー―ン!
「あれは・・・雷?」
「カミナリ・・・ですか?」
騎士が「よくわかりません」という顔をする。
「詳しくはアタシも知らないけど、近年新しく発見された自然現象よ。ずいぶん前に冒険者ギルドで買った情報だけど」
でも、冒険者ギルドから買った情報では、黒い禍々しい雲から発生すると書かれていたのよネ。
今見える雷は何もない青空から落ちている・・・。
「とにかく、雷の落ちる方向へ向かってみましょう!」
「は、はい!」
怯えた様子の騎士を連れて、雷の落ちる砂浜の方へ向かう。
「えーい!」ドカー―ン!
「いえーい!」ドカー―ン!
「いっえーい!」ドカー―ン!
砂浜では、金髪碧眼の可愛らしい妖精が、可愛らしい掛け声と共に巨大な魔物に雷を直撃させていた。
「ミカモーレ様・・・」
この異様な景色をみた騎士が、説明を求めるようにアタシを見る。
アタシだって分かんないわよ! 妖精なんて初めてだし!
だから、アタシは分かることだけを言う。
「ただ分かることは、アタシはこの景色を一生忘れないと思うわ」
「・・・自分もです」
あとから大会の責任者に聞いた話だと、あの金髪碧眼の妖精が雷の妖精らしい。なんと、一緒に大会の運営に関わってると言っていた。冗談かと思ったけど、大会当日に観客の前で可愛らしく挨拶をする金髪の妖精を見てしまっては信じる他ない。
「他の地方は凄いですね・・・この数日で何度妖精を見かけたか・・・」
大会を終えて、楽器を片付けながら皆が口にするのは、ブルーメで見かけた妖精のことだ。金髪の妖精の他にも青髪の妖精もいたし、さらに驚いたのは、ブルーメの人達がアタシ達ほど妖精に驚いていなく、簡単に受け入れていたことだ。
「やっぱり、自分の目で外の世界を知るのって大切ね。いい経験になったわ。面白い戦いも見られたし」
大会で見た黒髪の少年と青髪の冒険者の決勝、その後に開かれた魚を使った料理大会、それから、砂浜で見た雷の妖精が生み出した凄まじい景色を思い出しながら、帰りの船に乗る。
本当に、この数日で常識が一気に崩れたわ。
大会に出場していた冒険者が慌てて船に駆け込んできて、少し遅れて船が出航する。
「ミカモーレ様! 見てくださいアレ!」
騎士達が揃って船の後ろ、ブルーメの上空を啞然とした顔で指差す。アタシは皆が指差す方向を見上げる。
「いったい何が・・・」
ブルーメの滞在期間最後の日、一生忘れられない記憶がまた一つ増えた。
ブルーメからオードム王国に帰って早々、アタシはドルガルドに呼び出された。
「すまないミカ・・・もうお前しか頼れる者がいない」
周りには他の兵士や騎士がいるにも関わらず、国王は深々と頭を下げる。
「任せなさい! いざとなったら人間だろうとぶっ飛ばしてやるんだから!」
出来るだけ明るいトーンで言うと、ドルガルドは頭を上げて、笑いながら口を開いた。
「そうだな。お前なら心配いらないな」
それから日を待たず、セイピア王国に潜入して・・・あっけなく捕まった。
あのセイピア王国の王様・・・人間なのに人間じゃないみたいな動きしてたわネ・・・それに、まさか王様の口から妖精という単語が出てくるなんて・・・
ブルーメで見た景色が蘇る。
もし、本当に妖精の協力があるんだとしたら、オードム王国に勝ち目なんて無いわ。魔道具を使ってオードム王国に送った手紙に降伏するよう書いた方が良かったかしら。
土の海の上で揺れる船の中・・・手枷と足枷を嵌められたアタシは、そんなことを延々と考える。
ドルガルド・・・アタシはあなたを信じるわ。相手国に妖精が関与してると分かれば、勝ち目が無いと降伏するハズ。オードム王国の鍛冶職人達を出して交渉すれば、まだ傷は浅くすむわ。昔から諦めが悪いところがあったけど、流石にこんな絶望的な状況なら降伏するわよね。・・・変に希望を持たなければいいんだけど・・・。
アタシはグッと瞼を閉じて祈る。
妖精様・・・どうかオードム王国に少しでも救いを・・・。
「着いたぞ、来い」
船から降ろされ、枷を付けたまま歩かされる。アタシの後ろには、まだ成人していない子供や、容姿の整った女性などが暗い表情で枷で繋がれている。
なんて酷い・・・。
連れてこられたのは、城の地下にある大きな倉庫だった。
お城・・・?まさか、人身売買を国が黙認してるの!?
「お前ら、女は右側、男は左側に別れろ」
アタシは言われるままに自分の性別の方に別れる。すると、程なくして一人の男が倉庫に入ってきた。明らかに他と違う豪華な服を身にまとっていて、首輪と鎖で繋がれた小さな白いドラゴンを引きずるように連れている。
「陛下・・・こちらが今回の奴隷達です」
「ああ、いつもオークションに出す前に融通してもらってすまないな」
「いえいえ」
噓でしょ!? 国が黙認するどころか、国王自ら奴隷を買うなんて・・・イカれてるわ!
「いつも通り、男女で左右に分けています」
国王が女性が集まってる方に近付き、気持ち悪い目で見ている。
「おい。何故、女の中に男が混じっている?」
「いえ・・・本人が女だと言い張るのもので・・・」
アタシは心は女なのよ。
「あほか!明らかに野郎だろ!」
国王はそう言いながらアタシのお腹を殴る。
ゴキッ・・・
あっ・・・大丈夫かしら? 国王の手首、折れてない?
普段から鍛えてるアタシに、そんなへにょへにょパンチが効くわけが無い。
「いっっっ・・・クソが!」
「ぐふっ・・・」
自分の拳を持って悶絶する国王は、アタシを殴るのを諦めて、近くにいた闇市場の男を殴った。
「この役立たずが! 以前からやせ細った女しか連れてこないと思ったら! 挙句の果てには自称女野郎か!」
国王は、何度も男を殴る。すると、小さな白いドラゴンが国王の裾を口で引っ張った。
「アタリと言えば先日買ったこのスノウドラゴンぐらいではないか!」
国王は、そう言いながら、そのスノウドラゴンを蹴った。
「クゥン!!」
勢い良く飛ばされ、枷に繋がれた鎖がガシャンと伸びきって、床に倒れた。
「こいつはいい。いくら殴っても蹴っても死なないからな。いいサンドバッグだ・・・ハァ・・・もういい。ここにいる女はとりあえず全員買う。あとでゆっくり考えるとしよう」
「なっ・・・しかし、それだとオークションが・・・」
「黙れ!」
男を殴ろうとする国王・・・の裾をスノウドラゴンが引っ張った。国王は、ドラゴンに目を向けると、「放せ!」と叫んでドラゴンを思いっきり蹴った。
もしかして・・・あの子・・・。
「興醒めだ・・・もういい。お前が適当に女を選べ」
「は、はい。かしこまりました」
男はそそくさと女性達を見比べ始める。そして、国王は、アタシの前に立って、腰に下げていた剣を抜く。
「お前のせいだ。お前は死ね」
大丈夫・・・一撃目は耐えられる自信がある。二撃目が来ると同時に不意をついて・・・
この場を切り抜ける方法を頭をフル回転して考えている間に、スノウドラゴンが国王の裾を引っ張った。国王は、ギロリとドラゴンを睨む。
「先ほどから邪魔ばかり・・・もっと痛い目に合わないと自分の立場が分からないか!」
国王がドラゴン目掛けて剣を振り上げる。
それは駄目よ!!
アタシは全身の筋肉を使って国王にタックルした。
ドゴォン!!
国王は四肢がおかしな方向に曲がった状態で壁にめり込んだ。スノウドラゴンに繋がれていた鎖は国王の手から放れ、自由になる。
「ドラゴンちゃん! こっちにおいで!」
「クゥーン!」
スノウドラゴンがアタシの肩の上に乗った。アタシはキッと闇市場の男達を睨む。
「あなた達。あそこの国王みたいになりたくなければ、さっさと枷の鍵を渡しなさい!」
「ふ、ふざける・・・」
ドゴォン!!
四肢は曲がらなかったけど、見事に壁にめり込んだ。
「アタシは! 両手を枷で封じられても、足に重い鉄球を付けられても! あなた達には絶対に負けないわ!」
もう一度キッと男達を睨む。
「くっ・・・ほら! 鍵だ!受け取れ!」
男達は鍵をアタシの足元に投げて、颯爽と逃げ出していく。アタシは鍵を拾い、皆の枷を外していく。
「お兄ちゃん・・・ありがとう」
「お姉さんよ」
適当に倉庫にあった武器を拾って、四肢が変な方向に曲がって意識の無い国王を通りすぎて部屋から出る。
国王・・・死んでないわよね? だから対人戦って苦手なのよ。
こっそりとお城から脱出して、皆を連れて冒険者ギルド支部に向かった。
「かしこまりました。この子達は私共情報ギルドが責任を持って元居た場所に帰しましょう」
それから、アタシは数日間をかけてこの国で目に付く限りの奴隷達を解放して、冒険者ギルドに預けた。闇市場が姿を消し、土の海を渡る手段が無くなってしまって、本当にあの子達が帰れるかは分からないけど、奴隷のままでいるよりはマシでしょう。
というか、アタシも帰れないんだけどネ。
「あとは・・・あなただけネ」
「クゥーン?」
肩の上に乗る白いドラゴンを見る。「さすがに魔物の面倒は見られない」と冒険者ギルドに断られた。
それもそうよネ。普通、魔物は討伐対象で、人間を襲う物だもの。
なのに、この子は明らかに人間を庇ってた・・・と、思う。
「こうして大人しくアタシの肩に乗ってるし・・・あなた、変わった魔物なのね。アタシと同じ」
「クゥーン!」
何を言ってるか分からないけど、なんだか楽しそう。
「スノウドラゴン・・・ネ。確か、雪の積もるところに生息しているのよネ。ここら辺だと南の果て・・・かぁ」
オードム王国も心配だけど・・・この子も心配。どうせオードム王国に帰る手段が無いのなら・・・。
「乗り掛かった舟・・・というわけでも無いけれど、この子のことはアタシが責任を持って元居た場所まで送り届けましょう。少しの間だけど、南の果てまでよろしくネ・・・えーっと・・・シロちゃん!」
「クゥーン!」
アタシに適当に名付けられたシロちゃんは、元気に鳴いた。
読んでくださりありがとうございます。ミカちゃんがシロちゃんと出会うまでのお話でした。