130.記憶に残る特別な日
「さてとっ」
スヤスヤとベッドの上で眠るディル・・・のお尻の上に座るわたし。
暇になっちゃったな~・・・今何時だろ?
ディルが付けている腕時計を確認する。
「ん~・・・見辛いな~・・・えっと、16時か」
まぁ、何時だろうと暇なのには変わりないんだけどね。
「とりえず、着替えよっと」
ずっと穴の空いた服を着てるわけにもいかないし・・・っていうか、この格好で泣いてたと思うと恥ずかしい。
わたしはディルのリュックの中に潜って、わたしの着替えがたくさん入った袋を取り出す。
「汚れは勝手に落ちるんだから、破けても勝手に直ればいいのになぁ・・・っと、これにしよ!」
セーターを手に取って、ベッドの上に放り投げる。。そして、今着ている穴が空いている服を脱ぎ捨てて、放り投げたセーターを着る。
「ん? んんん!?」
なんか胸元に違和感・・・えっと鏡は・・・
テーブルに置いてある鏡の前に移動する。
「やっぱり! 穴空いてるじゃん! しかも胸元に!」
なにこの無駄にセクシーな穴あきニットは!? 恥ずかしいよ! なしなし!
ポイっと脱ぎ捨てる。下着姿のまま着替えが入った袋を漁る。
もう完全に一人暮らしのノリだけど、わたしの相棒は暫く起き無さそうだし、いいよね?
「うん! これにしよう! 穴は・・・あいてない!」
着替えて、鏡の前に立つ。青いロングセーターで、下には短パンを着ているので、万が一の時も安心だ。
「似合ってる・・・よね? 半袖なのがちょっと気になるけど・・・」
やっぱり誰かに見て貰わないと自分のファッションセンスを信用できない。ディルはこの格好を見てどう思うかな? 変じゃないよね?
ふぅ・・・と一息ついて、部屋の中を見渡す。ディルのリュックから飛び出た物や、わたしの着替えが散乱している。
あ、そうだ。マリちゃんとお揃いのリボンもどっかに付けたいよね・・・あれ? リボンどこにやったけ? リュックに仕舞っちゃった?
ディルのリュックの中身をほとんど外に放り投げて探す。
・・・結局、最初に脱ぎ捨てた服の下敷きになっていた。
はぁ・・・と一息ついて、部屋の中を見渡す。さっきよりも散らかって悲惨なことになっている。
「暇だし、三つ編みにでもしようかな」
三つ編みにして、最後にマリちゃんとお揃いの青いリボンを付けて鏡の前でくるっと回る。
「うん。良い感じ・・・たぶん」
さて、と。
もう一度、部屋の中を見渡す。さっきと変わらず散らかっていて、まったく片付いていない。
「やること無くなっちゃったな。暇だ・・・ふぁ~~ぁ」
しかも、さっきまで寝てたのにまた眠くなってきた。でも、わたしの寝袋はディルの下敷きになっちゃてるし・・・。
「あっ、虹の妖精とお喋りしようかな! ちょっと聞きたいこともあるし」
虹の妖精~~!
(ソニア先輩? なんですかー?)
呼び掛けたら、すぐに返事が来た。
今何してるの? 暇~?
(今は緑の森でミドリさんのお手伝いをしてますよ!)
え・・・手伝いなんかしてるの?
(はい! 自主的に! ミドリさん、よく得体の知れない植物の種とかで家の中をすぐに散らかしちゃうんですよ)
えぇ・・・だらしないなぁ。でも、そこにミドリちゃんがいるなら丁度いいや。
(ミドリさんに用事だったんですか?)
そういうわけじゃないんだけど、まぁ・・・そんなとこ。
わたしは虹の妖精に、魔物に殺されかけたこと、そしてブラックドッグにパクっとされて吐き出されたこと、そのあと変な記憶? みたいなのを見たことを話して、ミドリちゃんに伝えて貰った。
(もう~~~~!! ・・・って言ってます)
返事になってないよ~。
(・・・ふむふむ、なるほど・・・だそうですよ先輩!)
いやいや、ミドリちゃんの声わたしには聞こえてないんだよ。
(えっとですね・・・)
虹の妖精がミドリちゃんの口調を真似しながら伝えてくれる。
ミドリちゃんが言うには、妖精はそんなことで死んだりはしないらしい。その程度で死んでたら偉い妖精は皆もうすでに死んでるハズだと言われた。
いったいどんな無茶をしてきたのやら・・・。
ブラックドッグに関しては、また闇の妖精の差し金で間違いないと。そして、闇の妖精に助けられなくても、数年間眠ってれば治ったらしい。闇の妖精は、早く治す為にわたしに偉い妖精の力をちょぴっとだけ与えてくれたみたいだ。
数年間も眠るなんて絶対に嫌だからね。闇の妖精には感謝しないと・・・会ったこと無いけんだど。
(それと、与えられた力が雷の妖精に馴染むまで、何度か眠らないといけないハズよ! 今回は闇の妖精のお陰でこの程度で済んで良かったけど、あんまり無茶してたら大変なことになるのよ!・・・って言ってます)
うん。ミドリちゃんなりに心配してくれてるんだよね。心配してくれてありがとう!って伝えて!
(はい! ・・・え、なんですか?ミドリさん)
どうしたの?
(いえ、なんでもないそうです! 莢蒾の妖精を見かけたらよろしくって言ってます!)
ああ、そういえば行方不明なんだったね。流石にこんな遠くにはいないだろうけど、もし見かけたら緑の森に戻るよう言っておくよ!
そうして、最後にマリちゃんには内緒にしてほしいと伝えて、虹の妖精との通信を終える。余計な心配はかけたくないからね。
・・・結局、ミドリちゃんは不思議な記憶のことについては何も言及しなかった。
「・・・にしても、寝たばっかりなのにまだ眠いのは、偉い妖精の力を馴染ませる為だったんだ」
わたしがただだらしない妖精だからじゃないんだね。よかったよかった。
うーんっと伸びをして、少し薄暗くなった部屋の中を見渡す。やっぱり散らかったままだった。そして、ベッドの上で寝ていたディルは、いつの間にか扉の方まで移動していた。相変わらず寝相が悪い。
・・・ってことは?
「あっ、ディルの下敷きになってたわたしの寝袋が見える!」
わたしは寝袋の中に潜って仰向けになる。最近は仰向けになっても羽の違和感が無くなってきた。それよりも、横になったときに長く尖った耳が邪魔なのが気になる。
「おやすみなさーい」
・・・誰も返事をしてくれないのはちょっと寂しいね。
今度は変な記憶を見ることなく、ディルが女装にハマる夢を見ただけだった。
・・・意外と似合ってたなぁ。
部屋の中を見渡すと、眠る前よりも更に暗くなっていて、ディルはテーブルの下に移動して、まだ眠っていた。
「今何時だろう?」
ディルの腕時計を覗き込む・・・けど、暗くてよく見えない。
「えっと、明かり明かり・・・っと」
指から電流を流して明かりを作ろうと思い、わたしは人差し指を立てる。
「よしっ、これで少し明るくなった・・・ええぇ!?」
わたしの指から出たのは電流ではなく、小さなぽわぽわした温かい色の光だった。
「光だ・・・光だっ!」
わたしの指からぽわぽわな光が何個も飛び出す。
光かぁ・・・思い当たる節はいくつかあるけど、だからと言ってわたしは何も変わらない。ミドリちゃんはわたしのことを雷の妖精だと言っていた。わたしは雷の妖精のソニアだ。
・・・雷を落とせるし、電気も出せるしね。
一応と思って電気を指に流してみる。
いつも通り出来た。
うんうん、と1人で頷いて、改めてディルの腕時計を確認する。
51日の23時・・・わたしが寝たのは17時くらい。結構寝たなぁ・・・って日付も変わってるじゃん!?
「丸一日以上寝てたの!? わたしもディルも!」
まさか、ディルってわたしが10日くらい寝てる間ずっと起きてたわけじゃないよね・・・? いや、まさかね、そんなの死んじゃうよ。
それから二日経ったけど、ディルはまだ起きない。
その間わたしは、指から出した光で遊んだり、眠ったり、寝相の悪いディルを躱したり、眠ったり、暇つぶしに遊ぶ物が無いか部屋中を漁ったり、眠ったりしながら過ごしていた。
「ディル、まだ起きないなぁ・・・」
真夜中、暗い部屋の中を数個の光で照らしながらふわふわと浮く。散らかりまくった部屋の中を見渡して、わたしは口を開く。
「もう、やること無くなっちゃったよ、暇だぁ。・・・せっかくディルのお誕生日サプライズを考えたのに、本人が起きないんだもん」
もう、お誕生日は過ぎちゃったけど、別に誕生日に誕生日を祝わないといけないわけじゃないからね。祝いたい時に祝えばいいんだよ。
「うぅ・・・んん~・・・」
ディルが起きそう!
一周回って、ベッドの上で寝ていたディルが目を擦りながら起き上がる。
そしてわたしは、暗い部屋の中に色んな色の光を出現させる。綺麗・・・かは分からないけど、確実に派手だ。
「ふぁ~・・・よく寝・・・とぅわ!? なんだこれ!?」
カラフルな光が飛び回る部屋の中を見て、ディルがベッドの上で飛び跳ねる。
「おはようディル! そして・・・お誕生日おめでとう!!」
「お・・・? ソ・・・え?」
「お誕生日おめでとう!!」
ディルの前に浮いて、満面の笑みで手を広げるわたし。
「・・・」
ポカーンとするディル。
なんか言ってよ! 恥ずかしいんだけど!
「ほ、ほら。お誕生日当日は祝えなかったでしょ? だから、ディルが起きたらサプライズでお祝いしようと思って・・・驚いた?」
「驚いた・・・めっっっちゃ嬉しい」
驚いた顔のまま言う。
まぁ、驚いてくれたならいいんだよ。これで今年のお誕生日は嬉しい思い出に変わるよね!
「ハハハッ・・・嬉しい! ありがとうソニア!」
「へへへっ、どーいたしまして!」
「 ・・・というかなんだこの浮いてるの」
ディルが泣くほど笑いながら浮いている光を指で突くけど、光だから触れない。
「それは光だからね。触れないよ」
「へぇ~、ヒカリって言うのか。相変わらず妖精って訳が分からないな!」
「それは・・・そうかもしれないけど」
でも、なんとなく、ちゃんと繋がりがあるように思えるんだよね。
「でも・・・綺麗だ!」
「そう?」
ただ色んな色の光を浮かべただけなんだけど・・・でもまぁ、イルミネーションだって似たようなものだもんね。
「もっと明るくしたり出来るのか?」
「うん。全部合体させたらそれなりには・・・」
言いながら、浮いている光を合体させる。部屋全体が照らせるくらいには明るくなった。
「おお~、明るい・・・って部屋きったなっ! 泥棒でも入ったのか!?」
「え? 入ってないよ?」
そんなに汚いかなぁ・・・わたしが着替えた時と対して変わらないような気がするけど。
「・・・ソニア。散らかしすぎだ」
「散らかしてない」
「・・・」
無言の圧力を感じる。
せっかく祝ってあげたのに!!
「ハァ・・・仕方ない。一緒に片付けるぞ。自分の服は自分で仕舞ってな」
「はぁーい」
仕方ないから部屋の整理整頓をしようと床に降りようとすると、後ろからディルが「ソニア!」と声を掛けてきた。
「なぁに?」
振り返ると、ディルが手のひらをこちらに差し出している。わたしはふわふわと浮いて、その手のひらの上にちょこんと座った。そして、ディルは何をするでもなくわたしを凝視する。
「え・・・なにディル?」
首を傾げると、ディルはすぅと息を吸って、ニコリと微笑んで口を開いた。
「着替えたんだな・・・その服も髪型もすっごく似合ってる。好きだ」
突然の言葉に顔が熱くなる。そして、安心と嬉しさと何故か恥ずかしさが同時のわたしを襲う。何も言わないわたしにディルはさらにに言葉を重ねる。
「か、可愛いよな。好きだぞ、そういう服!」
「う、うん! わたしも・・・こういう服は、好き・・・だよ」
なんでだろう!? すっごく顔が熱い! それもこれもディルが急に褒めるからだよ! 褒められたら誰でもこうなるんだよ! きっと!
「いや、えっと、服だけじゃなくて、ソニアも可愛いけど・・・な」
「あ、ありがとう・・・」
あああああ! わたしの羽が勝手にパタパタ動くよ~! 動揺してるのがバレちゃう!
ぐおぉ~~~~・・・・
ディルのお腹の虫が凄まじい音を出した。
「・・・ハハハッ。腹減った!」
「部屋が片付いたら何かを食べよっか!」
わたしとディルは、いつもと変わらない他愛ない会話をしながら、2人で散らかった部屋を片付ける。
ディルに何かをプレゼントすることは出来なかったし、誕生日当日でも無いけど・・・でもきっと、ディルにとって記憶に残る特別な日にはなったんじゃないかな。そうだといいな。少なくともわたしはそうだ。
読んでくださりありがとうございます。片付け中、胸元に穴の開いたセーターを手に取るソニアを目撃して、ディルはこの日二度目の衝撃を受けます。