129.ごめんネ
「ふふーんふふーん」
鼻歌を歌いながら村の上空を飛んで、小さな魔物が生息しているという南の方へ向かう。
「わぁ、すごい。こっちの方は草原になってるんだ!」
わたし達は北側から荒野を歩いてこの村に来たわけだけど、村を挟んで南側は少しずつ草木が生えてきていて、少し遠くの方は草原になっていた。
「おばあちゃんが言うには、あの草原の方に魔物がいるんだよね」
村の子供が「妖精さんだ!」と下から指を差してきた。びっくりして慌てて速度を上げて村から離れる。
別に逃げる必要は無かったよね・・・なんかびっくりした勢いでそのまま逃げてきちゃった。
草原に近づいてくると、角の生えた兎の魔物が何匹か見えてきた。
「アレはとんがり兎。わたしが今名付けた」
わたしは一匹のとんがり兎にビシッと指を差す。
可愛いけど、君に決めた。おばあちゃんも言ってた。魔物は魔物だって! ごめんね!
魔物から目を離さずに高度を下げる。
「雷を落とすと村の人達が驚いちゃうよね」
ここは電撃でバチンとやっちゃおう。
目を付けたとんがり兎の前に降り立つ。目の前のとんがり兎は、上から突然現れたわたしを警戒して、お尻を振りながらモソモソと後退する。数秒間の睨み合いのあと、とんがり兎がわたしに角を向けて突進してきた。
・・・躱した瞬間に電撃を浴びせる。これでいこう!
拳に電気を纏わせながら、突進してくるとんがり兎を寸前で避ける。
ここで電撃を・・・
ブスッ
「へ・・・?」
体に衝撃が走った。慌てて自分の体を見下ろす。
お腹から角が・・・生えてる? 違う、背中から角で貫かれたんだ・・・あっ、何故か対峙した一匹しか襲ってこないと思い込んでいた・・・い・・・痛い!?
そう認識した瞬間。腹部に激痛が走る。
「いっ・・・はっ・・・はぁっ・・・」
妖精にはする必要が無いハズの呼吸が乱れる。
死ぬほど痛いぃ・・・
そんなわたしにお構いなしに、とんがり兎は角に刺さったわたしを外そうと首を振る。
もう、だめ・・・かも・・・意識が・・・。
「ごめ・・・ディル・・・!」
せめて・・・一矢報いる!!
ドッコオオオン!!
最後の力を振り絞り、特大の雷をわたしの元に落として、わたしの意識は途切れた。
・・・・・・。
『ふふふーんふふふーん』
これは夢じゃない。そして現実でもない。記憶だ。
何故そう言い切れるかと言うと、わたしの意思で動いてないからだ。この鼻歌も、わたしの声だけど、わたしが今歌っているわけじゃない。
『ほっ! よっ! ほい!』
暗闇の中、わたしは変な掛け声を発しながら、周囲に浮いている小さなキラキラした物をパチパチと合体させながら前に飛んで進んでいる。
『ふう・・・だいぶスッキリしてきた!』
周囲にたくさん浮いていた小さなキラキラが無くなり、それを合体させた大きなキラキラが何個も出来て、周囲の景色がだいぶスッキリした頃。わたしはコクリと満足そうに頷いた。そして、大きなキラキラ達を連れて勢い良く飛び出した。
『これで気持ち良く飛べるよ~・・・ふふーんふふーん』
ゴッ!
『ふぎゃあ!』
『・・・!?』
気持ち良く飛んでいたわたしは、突然目の前の暗闇にぶつかった。何もないわけじゃなく、そこには暗闇があると、何故かそう思った。
その衝撃で、たくさん連れていたキラキラがお互いにぶつかり合い、そして、爆発した。赤・青・白と発光したあと、物凄い勢いで無数に分裂し、一瞬で弾け飛んでいった。
『うわぁ・・・大変だぁ・・・』
その光景をただ呆然と眺めるわたし・・・と、もう一人。
『・・・っ! あぅ・・・あぁ・・・』
暗い長い髪、暗い瞳、暗い羽、暗いワンピースの女の子。涙で潤んだ目を丸くして、口をパクパクとさせて何かを伝えようとしている。
『わぁ! わたしとおんなじだ!』
『・・・っ!?』
わたしは女の子の手を握って嬉しそうにグルグルと回る。
『あっ・・・コレのこと? これは言葉って言うんだよ! わたしと・・・わたしじゃないのと一緒にながーい時間を掛けて考えたの!』
『・・・っ! はっ・・・うぅ・・・!』
『大丈夫! すぐに使えるようにしてあげるから!』
わたしは女の子にパチッとウィンクする。その瞬間、女の子は驚愕の表情を浮かべて、口を開いた。
『こ・・・とばっ・・・』
『そうそう! そんな感じ!』
女の子は、わたしに向かって手を挙げる。
『私じゃない・・・を何て言えばいいのか・・・見つからない』
『ん? わたしのことを何て呼べばいいかってこと?』
女の子は肯定するように、じーっとわたしの目を見つめる。
『うーん・・・好きなように呼んでいいよ!』
『・・・っ! そ・・・んにゃ・・・!?』
女の子は舌を嚙んだのか、口を抑えて目をパチパチとさせている。
『え? そ・・・にあ・・・?』
『ちっ・・・ちが・・・』
『あっ・・・ソニア! わたしはソニアだね! じゃあそっちは・・・』
「んぁ!?」
「ソニア!!」
ここは・・・わたし達が泊ってる宿の部屋?
ベッドの上の枕の上、そのさらに上にわたし用の寝袋が敷かれていて、その上に寝かされていた。丁寧なことに、ハンカチがわたしのお腹に掛けられている。
「すぅ・・・はぁ・・・・・・大丈夫か? ソニア」
ディルがベッドの横に置いてある椅子に座って、大きく深呼吸して、心配そうにわたしを見下ろしている。
さっきの光景はなんだっだろう・・・記憶、だよね? いや、予知夢の可能性もあるかも・・・だとしたら何年後? それとも何百年・・・何億年・・・
「ソニア・・・? どうしたんだよ・・・俺のこと分かるよな!?」
「え・・・あ、うん! ディル!」
今にも泣きそうな顔でわたしを見下ろすディルの目元には、濃い隈が出来ていた。
「ディル・・・疲れてる?」
「あっ・・・たりまえだろ!! どんだけ心配したと思ってんだ!」
ディルがわたしの額を指で突こうとして、やめた。
「はぁ・・・とにかく、生きてて良かったぁ」
そうだ! 不思議なものを見たせいですっかり忘れてたけど、わたし、とんがり兎に後ろから貫かれたんだった!
バッとお腹に掛けてあるハンカチを退ける。そこには・・・なんと、わたしのおへそがあった。
「服に穴が空いてる!」
・・・って、服だけ!?
不思議なことに、服にはぽっかりと穴が空いてるけど、わたし自身の体はなんともなかった。
「わたし・・・とんがり兎に背中から貫かれたハズだったんだけど・・・」
「ああ、思いっ切り貫通してたぞ。本当に・・・生きた心地がしなかったよ」
だよね・・・凄く痛かった記憶がある・・・というか・・・
「わたしはどうして宿に戻ってるの? ディルが助けてくれたの?」
「分かんない・・・宿まで連れてきたのは俺だけど・・・」
「???」
ディルはうーんと考えたあと、「最初から説明するか」と呟いて、椅子から立ち上がり、ベッドに座った。
「まず、多分ソニアのだと思うけど、雷のデッカイ音で起きたんだ」
「うん。それわたしの雷だ」
「そしたら、部屋の何処にもソニアが見当たらない。宿のおばちゃんに聞いても見てないって言う」
「窓から出ていったからね」
「・・・ひたすら村の中を探してたら、雷の音で大騒ぎしてた子供達が南の方に飛んでいく妖精を見たって言ってて」
「あー・・・あの時の子供かぁ」
「急いで南側の出口から村を出て、身体強化をしてソニアを探してたら、草原の方で丸焦げになった角兎の角に刺さったソニアを見つけたんだ」
「あの魔物って角兎って言うんだ。勝手にとんがり兎って呼んでたよ」
「・・・それで・・・その・・・動かないソニアを見て啞然としてたら、どこからかブラックドッグが現れたんだ」
「ブラックドッグ!?」
・・・ってあれだよね? 三年前にグリューン王国の王都に現れた魔物・・・あの時は攫われたわたしを心配した闇の妖精が寄越した魔物だって聞いてるけど。
「ブラッグドッグは俺には目もくれず、いきなりソニアを角兎ごとパクっといった」
「パク?」
「ああ、パクっと。慌ててブラックドッグに攻撃したんだけど、なんか・・・もう・・・全然戦えなくて、気が付いたらブラックドッグは俺の顔面にソニアをべちょっと吐き出して、俺を一発尻尾でぶん殴ってから何処かに消えていった」
「べちょっと・・・」
なんか嫌だな・・・いや、普通に嫌だな。でも、きっと・・・
「そのブラックドッグはわたしを助けてくれたのかなぁ」
「かもな。今こうしてソニアが意識を取り戻してくれたお陰で俺もそう思える。起きて早々にボーっとしてた時はヒヤヒヤしたけど」
「ごめんね。さっきまで変なもの見てて・・・」
「変なもの? 夢か何かか?」
「そんな感じ。知らない女の子がわたしに名前を付けてくれるの」
「ん? ソニアに名前を付けたのは俺だぞ?」
だよね。
「知ってるよ。今の話は気にしないで」
「変な夢の話は気にしないけど、ソニアが村から出て何がしたかったのかは気になる」
ディルがじっとわたしの目を除き込む。思わず目を逸らしてしまった。
「なぁ・・・ソニア。オードム王国で夜中に抜け出した時もそうだけど、俺を置いて行かないでくれ。ソニアが気になったことに夢中になったり、面白そうなことに首を突っ込んだりするのを止めたりはしない。だから、それに俺を巻き込んでくれよ・・・」
「ちがっ・・・」
「本当に・・・死んじゃったんじゃないかと思ったんだぞ。とりあえず部屋に連れて戻って来たはいいものの、息をしてないし、脈も無い。ただ体温だけはあったから、それを希望にずっと目が覚めるのを待ってたんだ」
ディルは濃い隈の上に涙を流して、わたしの頭にそっと指を乗せて撫でる。
これは・・・本当に反省しなきゃいけない。ディルの妖精に関する知識は、わたしとそう変わらない。わたしもディルもまだまだ知らないことの方が多い。
そんな妖精のわたしを、起きるかどうかも分からない、どんな状態なのかも分からない、頼れる大人もいない・・・こんな中で1人で待ってたんだから・・・わたしだったら正気じゃいられない。
「ごめんなさい・・・」
しゅんとしょげたわたしを見てディルは、心配する泣き顔から、一瞬安堵の表情を浮かべたあと、今度は怒った顔になった。
「それで、あんな魔物のいる草原で何をしようとしてたんだ?」
「それは・・・」
ディルのお誕生日プレゼントを買うお金を稼ごうとして・・・なんて言って大丈夫かな。せっかくのサプライズが台無しになっちゃうけど、この状況は、もう諦めるしかないよね。わたしも、人間だった頃に妹にプレゼントを貰った時は別にサプライズとかじゃなかったし・・・あれ? 妹に貰ったプレゼントって何だったっけ? 凄くうれしかったのは覚えてるけど、何を貰ったのか思い出せない。
「・・・ん? ちょっと待って。わたしが起きるのを待ってたって言ってたよね? どれくらい待ってたの?」
「ん? えーっと・・・10日だな。だから、今は50日だ」
・・・ディルのお誕生日は49日。過ぎちゃった・・・サプライズどころかお祝いもしてあげれてないし、しかも心配まで掛けて・・・部屋で1人で・・・ディルにとって最悪の誕生日になっちゃった・・・わたしのせいで・・・。
ポロポロと涙が落ちる。
「ソ、ソニア!? ご、ごめん! 怖かったか!? そんなに怒ってないから! いや、怒ってるんだけど・・・泣かせたいとかそういうんじゃ・・・」
「ちっ、ちがうの! わたっ・・・わたし・・・お誕生日を・・・お祝いしてっ・・・あげたくて・・・」
泣きたいわけじゃないのに・・・涙が止まらない。上手くしゃべれないよぉ・・・
「誕生日・・・俺の?」
「ディルっ・・・の! わたしが、自分で稼いだお金で・・・プレ・・ゼント・・・買おうと・・・思って・・・」
「それで魔物を倒して魔石を売ろうと・・・?」
泣きながら頷くわたしを見て、ディルは泣きそうな、それでいて嬉しそうな、複雑な顔でわたしを見つめる。
「でもっ・・・けっきょく・・・お祝いして・・・あげられなくてぇ・・・寂しっ・・・1人で、お誕生日で・・・・くるみ村の皆が居ない分わたしが・・・って・・・」
ディルがそっとわたしを手のひらに乗せて胸の位置まで持ち上げる。ディルと視線が合った。
「ディ・・・ル・・・?」
コテリと首を傾げてディルを見上げる。
「ほんっとーに・・・」
何かを堪えるようにそう言って、ディルは自分の額をスリスリとわたしに擦り付けてきた。
「え? わっわっ・・・なに!?」
バフッ!
そのまま枕の上に押し倒された・・・というか押しつぶされた。ディルの額と枕に挟まれて苦しいし、ディルの前髪が丸出しのお腹に当たってくすぐったい。
「すぅ・・・すぅ・・・」
寝ちゃったよ・・・。
「うぅ~んしょっ」
なんとかディルと枕の間から抜け出す。
きっと碌に眠れなかったんだよね。
わたしは涙を拭う。
「ごめんね、ディル。心配かけちゃって。これからも、これまで同様に心配かけることがあるかもしれないけど、ディルの傍から居なくなったりなんかしないからね。絶対」
こんなに心配してくるような人に、わたしは噓を吐かないからね。冗談は言うかもだけど。
「むぉもむぁ~・・・」
ディルが枕に突っ伏しながら寝言を言っている。
にしても、ディルのこの態勢・・・ごめん寝だ。なにこの可愛い寝相。
張り切って、失敗して、反省して、泣いて・・・最後にちょっと和んだ。
いつかきっと、この出来事を笑って話す時がくるんだろうな。
読んでくださりありがとうございます。ごめん寝をするディルと、実はバンザイ寝が癖になっているソニアでした。




