127.【マリ】私の日常とソニアちゃん
「お母さん、いってきます」
「いってらっしゃいマリちゃん」
カラン・・・カラン・・・
私が扉を開けると、クルミを使った変わったベルが変わった音を立てて扉が閉まる。
お母さんはブルーメに行った時にお父さんのお母さんがやっている宿に影響を受けたみたいで、渋るお父さんを巻き込んでくるみ村で宿を始めた。でも、自宅をちょっと改装しただけだし、お客さんもほとんど来ないから、今までとあんまり変わらない気がする。
「あ、マリちゃん。今からヨームのところに行くの?」
1人で歩いていたら、最近くるみ村に引っ越してきた鍛冶師のコルトさんが声を掛けてきた。
「うん、今からヨームの所に研究のお手伝いに行くんだよ」
「先生は?」
「わかんない。ちょっと前に1人で家から飛び出して行っちゃった」
コルトさんは今は新しく建築中の鍛冶工房が出来るまでの間、ヨームのところで居候してる。ナナちゃんがヒカリ?とかデンキ?とかいうのをヨームに教えてて、最近はコルトさんも一緒に教わってることが多い。だから、二人ともナナちゃんのことを「先生」って呼んでる。
「僕も一緒に行くよ。ちょうど大工さんとの打ち合わせの帰りなんだ」
「うん」
ルテンお姉ちゃんのお店のパン屋ライラックの裏にある小さな物置小屋、その扉を開けると地下に続く長い階段があって、そこを降りると可愛いぬいぐるみがたくさん置いてある小さな小部屋がある。ぬいぐるみは私が置いた。そのぬいぐるみ部屋から、研究室、生活部屋とそれぞれに続いてる。
「それで先生、昨日の続きなんですけど、水は電気を通すのに氷は通さないのは・・・」
「実はですね、水は水でも純粋な水は電気を通さなくて・・・」
研究室の方からナナちゃんとヨームの声が聞こえてくる。ちょうど教えてもらっているところみたい。難しいお話してるなぁと思ってたら、コルトさんが勢い良く扉を開けた。
「ちょっと! 先に始めないでよ!」
「ん? ああ、コルトさんにマリさん。来てたんですね、気が付きませんでした。・・・もう少し防犯面を強化した方がよさそうですね」
ヨームが天井を見ながら顎を撫でる。すると、ナナちゃんが考え込むヨームを放って「マリちゃん!」とソニアちゃんに似た笑顔で私の頭の上に座った。
「強化って・・・いったい何から守るのさ」
コルトさんが怪しむようにヨームを見ると、ヨームは「ハァ」とわざとらしく溜息を吐いて口を開く。
「分かっていませんね、コルトさん。この村はこれからどんどん発展していきます」
「まぁ、先生の知識を僕達で上手く活かせれば凄いことになりそうだよね」
「はい。そうすれば、あいつらはすぐに嗅ぎつけて来ますよ」
嗅ぎつけて? ・・・犬か何かから守るのかな?
「ああ~・・・、もしかして冒険者ギルド?」
「そうですね。正式には情報ギルドという名ですけど、彼らは情報の為なら多少汚い手でも使ってきますからね」
「確かにね。僕も前に魔剣をいくつか盗まれたよ。金貨を置いていってね」
「そうなんです。言い訳が出来るように必ず逃げ道を用意しているんですよね」
難しい話を始めちゃった・・・。
「ああ、マリさん。すいません、つまんないですよね」
「つまんない」
私もお手伝いをしてるのに、全然お話についていけない。
「まぁまぁ、そんな睨まないでくださいよ。今日はコルトさんの協力があって、ついに1つ完成したんですよ」
「なんの話?」
「ほら、古代の遺物がたくさん載っている本の話ですよ」
「あ~、ヨームがカタログって呼んでる本のこと?」
ヨームが故郷で読んだことある本に載っている古代の遺物を、くるみ村で再現しようとしてるんだったよね。
「そのカタログに載っていた遺物の一つ、スピーカーというものを作ったんですよ」
「作ったのは僕だけどね。大変だったよ。細かい注文が多いし、ヨームの説明は分かりにくいし・・・土の地方で鉄の円盤の周囲を回るソニアさんを見てなかったらまったく理解出来なかったかもしれないよ」
いいなぁ、私も見てみたかった。猛スピードで回るソニアちゃん。どうして回ってたのか何度説明されても私にはチンプンカンプンだけど。
「とにかく、こっちに来て見てください」
ヨームが研究室の更に奥、色んなガラクタが置いてある部屋に私達を案内する。
「こちらです!」
ジャン!とヨームが指差した先にあるのは、真ん中に大きな穴が空いた私の腰くらいまである木の箱だった。上には見慣れた雷の魔石が嵌め込まれている。
「カタログに載っていた物とは少し形が変わっていたり、構造もおそらく多少違うと思いますが、スピーカーと言ってもいい物が出来ました」
ヨームが早口で何か言ってるけど、何にも分からないよ。
「これで何が出来るの?」
「拡声器ですよ。声を大きくするんです」
「・・・それなら空の魔石を使えば出来るよ?」
声を大きくする魔石を使ったほうが簡単なのに・・・
「違うんですよ。これなら空の適性が無くても使えます・・・まぁ、今は安定した動力源を得られるまで雷の魔石が使えるマリさんしか使えないんですけど」
「ダメダメじゃん」
なんだかよく分からないけど、私しか使えないんじゃ何も凄くないよ。
「ちょちょっ、ちょっと待ってください。これは本当に凄い物なんですよ!? ねぇコルトさん!」
「うん。先生の知識を完全に理解したヨームと、僕の技術、それからゴーレムを作った土の妖精、一つでも欠けていたら完成しなかったからね」
「へぇ~・・・土の妖精さんも?」
コルトさんが言うには、土の妖精さんはソニアちゃんの姉妹らしいけど、ソニアちゃんの姉妹は私だもん。私は姉で、ソニアちゃんが妹ね。
「コルトさんの言う通りです。ゴーレムの体中には、目で見るのが難しいほど細い線が張り巡らされていて、それは革新的なものでした。仮に魔導線と呼称しますが、その魔導線は何でも通すんです。魔気はもちろん、電気や人の意思まで・・・ただ、どんな素材で出来ているのか今はまだ分かっていなく、今回は魔導線に限りなく近い物として、マリさんの髪の毛で代用しましたが・・・」
「・・・え!? ちょっと待ってよ! 今なんて言ったの!?」
「ですから、マリさんの髪の毛を代用した、と」
なんで? どうして? というかいつの間に・・・もしかして私が寝ている間に・・・ヨームに寝顔を見られちゃった?
「何を考えてるのか知りませんけど、髪の毛は先日マリさんが散髪した時にジェシーさんに譲って貰ったものを使いましたよ」
お母さん! いつも髪を切ってくれるのは嬉しいんだけど、それはやめてよ!
「研究に必要なんですと言って銀貨を渡したら、快く譲ってくださいました」
お母さん!?
「・・・でも、ヨームに寝顔を見られたわけじゃなくて良かった」
「え? マリさんの寝顔なら見たことありますけど?」
「へ?」
「ブルーメの帰りの馬車とか・・・」
本当だ・・・あれ? どうして恥ずかしいと思ったんだろう?
「私なんてしょっちゅう見られてますけどね!それより、早くそのスピーカーを使ってみてくださいよ!」
ナナちゃんにしては珍しく黙ってるなぁと思ったら、急に私の頭をポンポンと叩きながら急かしてくる。
「えっと・・・この雷の魔石を発動させればいいの?」
「あっ、ちょっと待ってください!」
「え、なぁに?」
魔石に手を翳そうとした私の手をヨームが掴む。意外と大きくてゴツゴツしてて・・・ちょっと驚いた。
「魔石を発動したら、ソニアさんと通信してくれませんか?」
「ツーシン?」
「はい。先生を頭に乗っけてソニアさんとお話出来るんですよね? それを魔石を発動させながらやって欲しいんです」
「うん。ちょうどジェイク叔父さんの事を報告しようと思ってたからいいけど、どうして今?」
「僕の計算通りなら、このスピーカーからソニアさんの声が聞こえるハズなんです」
それってつまり・・・?
「えっと、私だけじゃなくて、皆にもソニアちゃんの声が聞こえるってことなの?」
「そうなんだよ! まさか、こんなにすぐにまたソニアさんの声が聞けるなんて思わなかったよ!」
「コルトさん!?」
コルトさんが目をキラキラとさせて私を見る。
「・・・とは言っても、聞こえるだけで僕達の声をソニアさんに届けることは出来ないんだけどね」
「・・・それは今後の課題ですね。・・・とにかくマリさんは魔石を発動させながらソニアさんとお話してください。あっ、一応僕達にも会話が分かるように、マリさんは声を出してくださいね」
ヨームが少し屈んで、私の目線に合わせて微笑む。その顔を見ると、なんでかいつもヨームの言うことを聞いちゃう。
なんでだろう?
私はコクリと頷いて、魔石に触れる。
「準備はいいですよ。マリちゃん」
「うん、ナナちゃん。よろしくね」
ソニアちゃんを思い浮かべる。
「ソニアちゃん・・・ソニアちゃん・・・」
《ザザァ・・・ザザ・・・》
スピーカーから不思議な音が聞こえ始めた。そして・・・
《愛してるぜええええええ!!》
突然ソニアちゃんの叫び声が聞こえてきた。
え? ソニアちゃんは何を愛してるの? ディルお兄ちゃん?
突然のソニアちゃんの愛の告白に、ヨームもコルトさんもポカンとしてる。私もしてる。
「ソニアちゃん?」
《え・・・あっ、マリちゃん!? どうしたの? ・・・ごめん二人とも! マリちゃんから通信来たからちょっと外すね! あとは2人でなんとかして!》
ソニアちゃん・・・なんだか忙しそう?
「えーっと、今大丈夫? ソニアちゃん?」
《全然大丈夫だよ!》
「本当に?」
《ほんとほんと!・・・それよりも、マリちゃんはどうしたの?》
「ジェイクおじ・・・ジェイクさんのことで報告しようと思ってたの」
《おお! ジェイク! なんだか懐かしいね。もう別れて一ヶ月近く・・・って言っても分からないよね。別れてから30日近く経つんだもんね。そりゃジェイクがくるみ村に着いてるわけだ」
ヨームもそうだけど、ソニアちゃんもたまに私の知らない言葉をつかうんだよね。私もお母さんやお父さんに勉強を教わってるのにな。もっともっとお勉強しなかきゃ!
「ジェイクさんの腕はちゃんと治せたよ!」
《・・・えへへ! やったねマリちゃん流石だよ! わたしが言うのも変だけど、ありがとう!》
「どういたしまして! それからね、ジェイクさんってお母さんの弟だったんだよ!」
《うぇ!? ジェシーの!?》
久しぶりに聞いたソニアちゃんの驚き声はやっぱり面白い。村に居た時もよく驚かしてたっけ。
「ジェイクさんとお母さん、お互い死んだと思ってたんだって! 私はその場に居なかったけど、二人とも泣いて抱き合ってたんだって!」
《ほぇ~・・・あれ? っていうことはジェシーの年齢って・・・あっ、いや、なんでもないよマリちゃん! ジェシーには何も言わないでね!》
「フフフッ・・・うん! 私は言わないけど、コルトさんとヨームもソニアちゃんの声を聞いてるんだよ」
二人の様子を見ると、ヨームは笑っていて、コルトさんは嬉しそうに目を細めていた。
《え? そうなの!? ヨーム~久しぶり~! マリちゃんのことちゃんと守るんだよ~! コルトー! くるみ村はどう? 良い所でしょー?》
「何かあった時は守りますけど、おそらくデンガさんが守るでしょうから僕の出番は無さそうですね」
「くるみ村は良い所だよ。涼しいし、村の皆さんからソニアさんの色んな面白話を聞けるから」
ソニアちゃんには聞こえてないけど、二人はちゃんと返事をする。私は二人の言葉をそのままソニアちゃんに伝えてあげる。
《ヨームは相変わらずだね~・・・って、わたしの面白話って何!?》
「ソニアちゃん、村で色んなことしてたもんね!」
《恥ずかしいこととか聞いてないよね・・・?》
「可愛いことだけだと思うよ!」
《マリちゃんの判断基準が・・・うわぁ!? なにアレ!?》
「ソニアちゃん?」
《ごめんねマリちゃん! もっとお話してたかったんだけど、また今度!》
ソニアちゃんの声が聞こえなくなっちゃった。
「通信が終わりましたね」
「うん。ソニアさんも相変わらず忙しそうだね。でも、久しぶりに声を聞けて良かったよ」
もっと話したいことが色々あったのにな。コルトさんが村のトイレを一新する為に村全体を改装しようと計画を建てていることとか、ネリィお姉ちゃんがジェイク叔父さんとご近所さんになろうと家を建てる所を必死に考えてることとか・・・。
「そんな落ち込まないでください。また話せばいいじゃないですか。今はそれよりも、スピーカーの改善点の話をしましょう。コルトさん、気になったことなどありますか?」
「うーん。音量と・・・あとは収音機能の追加かな。やっぱり僕も直接ソニアさんと会話したいよ」
「収音機能ですか・・・それ自体は出来なくは無さそうですが、問題は収音した音をどうやってソニアさんの元へ届けるか・・・」
また難しい話が始まっちゃったよ。
「ナナちゃん。行こう?」
「ん? どこにですか?」
「ルテンお姉ちゃんのお店。今日はお休みの日だけど、新しいパンを作ったから一度試食の為にお店に顔を出してほしいって頼まれてるの。ついでにコルトさんとヨームの分も貰えないかなって」
本当はヨームのお手伝いが終わってから行こうと思ってたんだけど、難しいお話が長くなりそうだから、今のうちに行っちゃう。
「新作パンですか! それは早く行かないとですね! どんなパンなんでしょう!? 前は魚をパンに刺して失敗してましたけど・・・」
ルテンお姉ちゃにブルーメでお魚料理を食べたことを話したら、「私もお魚を使ってみる!」って言ってとんでもないパンを作ってたんだよね。
「今回は大丈夫だと思う。ネリィお姉ちゃんとジェイク叔父さんも協力してたみたいだから。それに、前回はルテンお姉ちゃんが悪ふざけしてただけだもん」
「マリちゃんは・・・もうどんなパンなのか知ってるんですか!?」
「名前だけは聞いてるよ。カレーパンだって」
「うひゃー! それ絶対美味しいやつです!」
私は頭の上にナナちゃんを乗っけて、ヨームの研究所兼住宅から出た。空には大きな虹が掛かっていた。
「雨降ってないのに・・・ナナちゃん、また?」
「えへへっ、美味しいパンが食べられると思ったらやっちゃいました!」
読んでくださりありがとうございます。第三章はこれで終わりです。次回から第四章です。
※第4章から、2日に1話更新→3日に1話更新になります。