123.金髪碧眼の妖精と冒険者登録
「・・・という感じで、セイピア王国はオードム王国の一部として合併することになったっす」
宿に戻って早々、ウィックがそんなことを言う。部屋にはウィックと念の為休養中のジェイクだけだ。コルトは朝から見当たらない。
「いや、何が「という感じで」さ。いきなり言われてもサッパリだよ」
「ただいま」の返事がいきなり「という感じで」だからね。意味分かんないよ。
「お城の面倒事を俺に押し付けた姉御が俺に何か言ったっすか?」
「・・・それはごめんって。だって人間同士の決め事に妖精が口を挟むのもどうかと思って」
「散々戦争に介入しといて今更何言ってんすか」
「・・・まぁ、両国の間で上手く話がまとまって良かったよ! うん! 良かった良かった!」
でも本当に、セイピア王国がオードム王国の一部になるなら、前の王様の「この国をもっと良くして欲しい」っていう遺言も叶えられるかもしれない。国の名前は変わっちゃったし、王様も変わっちゃったけど、大切なのはそこじゃないよね!
「あっ、そうっす。ネリィがディルが戻って来たら話したいことがあるって言ってたっすよ」
「へぇ~。そういえばネリィ達は別の部屋に移ったんだったな。冒険者ギルドに行く前に寄ってくか」
部屋でお昼ご飯を食べたあと、わたしとディルは隣のネリィ達の部屋に移動した。
「ネリィ、話ってなんだ?」
ディルが部屋の扉を閉めながらネリィにそう尋ねると、ネリィは「あたしじゃないわ」と言って隣に座っているカーネを見る。
「話があるのはあたしじゃなくて、お父さんよ」
「え?」
「ああ、俺だ。こっちに座ってくれ」
カーネが自分の向かいにある椅子に座るように促す。ディルが座り、わたしがテーブルの上に座ると、カーネはディルを見ながら口を開く。
「ネリィから聞いたけど、ディル君は自分のご両親を探してるんだって?」
「ああ、そのために旅をしてるからな」
「そうか、念のためディル君からもご両親の特徴を聞いてもいいかい?」
「うん・・・お父さんはルイヴっていう名前で俺と同じ黒髪黒目で、お母さんはサディっていう名前で茶髪に緑の目で、多分弓を持ってると思う」
わたしは見たことないけど、二人とも美男美女だと聞いている。それはディルを見ればなんとなく分かるけどね。
「なるほど・・・やっぱり間違いないな。ネリィから聞いているとは思うが、俺と妻はリアンが生まれる前に君のご両親と会っている」
ディルがゴクリと唾を吞んだ音がわたしの頭の上から聞こえた。
「フフッ、お父さんったら、その時美人な女の人に話しかけられて鼻の下を伸ばして喜んでたもんね」
「・・・そうだったな。確か、そのあとあいつにこっぴどく怒られたんだ」
脇腹を肘で突くネリィの頭をカーネが撫でる。まるで亡くなった奥さんを見るような目で。
もしかしてネリィはお母さん似なのかな?
「それで、お父さん達とは何を話したんだ?」
「ああ、なんだったかな・・・・・・」
カーネが顎に手を当てて考え込む。わたしと目が合った。
「あっ」
「なに? お父さん。思い出した?」
ネリィがカーネの肩を揺さぶるり、ディルがソワソワしだす。
「ああ、ああ! なんで今まで忘れてたんだろうな。思い出したぞ」
「聞かせてくれ!」
ディルがガタッと椅子から勢い良く立ち上がる。そしてカーネはわたしを見下ろしながら口を開く。
「金髪碧眼のちっちゃい妖精を知らないですか?・・・そう尋ねられたんだ」
皆がわたしを見下ろす。
うん。わたしだね。他には虹の妖精が金髪だったけど、瞳は金色だったから、多分わたしのことだよね。
「ソニア、何か心当たり無いか? 探されるような」
「え、分かんない」
「だよな~」
そもそも、わたしを探して村を出たんなら、灯台下暗しだよ。近くの緑の森に行けば居たんだから。まさか、壮大ないたちごっこをしてたりしないよね?
「カーネさん。お父さん達がそのあとどこに行ったかとかは知らないか?」
「すまない。そこまでは知らないな」
「・・・いや、いいんだ。お父さん達の目的が分かっただけでも充分すぎる」
カーネ達にお礼を言って、わたし達は部屋を出て冒険者ギルドに向かう。
「もしかして、このまま黙っててもディルのお父さん達の方から会いに来てくれたりするのかな?」
本当にわたしを探してるのなら・・・だけど。
「どうだろうな。俺なら一度探したところをもう一度探すようなことはあんまりしないと思うけど・・・ま、どちらにしろ俺はお父さん達を探す旅を終わらすつもりはないぞ。それに、俺の旅の目的は他にもあるしな」
「他の?なになに? 気になる」
ディルの周囲をグルグルと回りながら「教えて!」と言うと、ディルはニヤリと笑ってわたしを優しく掴んだ。
「ソニアとの思い出作りだ!」
「なにそれ~、まるでわたしが余命僅かみたいな言い方やめてよ~」
ディルには笑って流されたけど、わたしって寿命あるのかな・・・・・・いやいや! これは多分考えない方がいい類のものだ! やめよう!
街の人達にジロジロと見られながら歩くこと数十分、冒険者ギルドに着いた。
「ここが冒険者ギルドだ。俺は一度来てるけど、ソニアは初めてだよな」
「うん」
なんて言ったらいいんだろう・・・凄く立派なんだろうけど、日本の高層ビル群に見慣れたせいでどこかしょぼく見える。例えるなら、東京都庁の進化前みたいな? わたし、ボキャ貧だね。
「じゃあ行くか!」
ディルが大きな二枚扉の片方を開けて、中に入る。わたしはディルの襟元から服の中に入った。少しくすぐったそうにしてるけど、気にしない。
あれ? 前よりも少し筋肉が付いた? 胸筋がガッチリしていて、腹筋も前よりも硬い気がする。
「くふっ・・・くくっ、ソニア・・・くすぐったいからあんまりペタペタしないでくれ・・・」
「あ、ごめん」
恥ずかしいことしちゃった・・・。
服から顔だけひょっこり出して見ると、冒険者ギルドの中はわたしが想像してたよりもずっと清潔で、ガラの悪そうな人達もいるけど、ちゃんと受付に並んでいる。ディルは「新規」と書かれている受付に並んだ。横には「三流」「二流」「一流」「依頼」と書かれている受付が並んでいる。
「ようこそ、情報ギルドへ。新規の会員登録ですね?」
灰色の髪のお姉さんがニコリと微笑む。わたしと目が合ったけど、少し目を見張っただけでその表情は崩れない。
「へ? 情報ギルド? 冒険者じゃないんですか?」
「この地方では冒険者と呼ばれているんでしたね。呼び方が違うだけで同じですよ」
「そうなのか。じゃあ、新規の会員登録で大丈夫です」
お姉さんはわたしをじーっと見たあと、立ち上がった。
「ディルさんですよね? 申し訳ありませんが別室にて案内させていただきます」
「え、何で名前を・・・あっ」
「こちらです」
別の人に受付を任せたお姉さんに、有無を言わさぬ笑顔で二階にある小さな部屋まで連行された。
何だろう・・・? 知らぬ間にマナー違反なことしちゃった?
「そちらのソファにおかけ下さい」
ディルが言われるままにソファに座ると、お姉さんは向かいのソファに座った。
「いきなりすみません。あまり人がいるところで出来るお話ではないので・・・」
「なんの話だよ・・・俺はなんも悪いことしてないぞ!」
分かるよその気持ち。なんもしてないけど、警察に話しかけられると身構えちゃうみたいな。
「いえ、それは分かっています。お話というのはあなたではなく、そちらの妖精様にあるのです」
「え、わたし?」
なんか嫌な予感が・・・。
お姉さんはバッと立ち上がり、そして跪いた。
「妖精様! こうしてお目にかかれることが叶い、私は嬉しく思います! 私はカイス王国出身のギルド職員で、妖精信仰を持つ者でございますぅ!」
うわぁ・・・さっきまでの仕事出来る女の雰囲気が欠片も無いよ。
「それで、お話っていうのは・・・」
「ああっ! 妖精様! 私などに語りかけていただきありがとうございます!」
「いやちょっと・・・」
「なんと!お可愛らしいお声でしょう! 私の醜い心が洗われていくのが分かります!」
「話を・・・」
「そうです! 妖精様とお話出来るこの喜びをご先祖様にお伝えしなければなりません!」
こ、こいつ・・・新手の嫌がらせなの!?
「妖精の話を遮るなぁー!!」
バチーン!!
お姉さんはわたしの電撃によってバタリと倒れた。その顔はどこか幸せそうに見えた。
普通に気持ち悪いよ・・・。
「お、おいソニア、いくら腹立ったからってやり過ぎじゃないか?」
「いいんだよ! こういう奴は大抵しぶといって相場が決まってるんだから!」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
いや、分かんないけど!
ガチャン!
「何事ですかぁ!?」
扉を開けて凄い形相で入ってきたのは、茶髪の背が高いお姉さんだった。わたしの電撃の音を聞いて駆け付けてきたみたいだ。お姉さんはわたしと倒れた灰色の髪のお姉さんを見て、納得の表情を見せる。
「あ、あ~・・・そういうことですか」
お姉さんは倒れたお姉さんを足で雑に退けてソファに座る。
「事情は大体分かりましたから、話さなくて結構です・・・当ギルド職員が申し訳ございません」
「いえいえ・・・」
どこの世界も面倒な後輩を持つ上司は大変なんだね。お疲れ様です。
「この妖精バカに代わって、ギルドマスターである私、エクレシアが登録の手続きをさせていただきます」
お姉さんは部屋にある棚から一枚の紙を取り出して、テーブルの上に滑らせた。
「こちらにお名前と年齢と魔石の適性を書いて下さい」
「あ、はい」
『ディル、13歳、闇と雷』
ディルはスラスラと書いて、エクレシアに紙を渡した。
「ふむ・・・闇と雷ですか。問題はなさそうですね」
「え?」
「なんですか?」
「いや、雷って・・・驚かれると思ったんだけど」
確かに、闇も珍しいみたいだけど、雷なんてわたしがこの世界に生まれるまで存在しなかった訳だし、普通は驚くよね。
「最初に聞いた時は驚きましたよ?」
「最初?」
今が最初じゃないの?
「・・・知っていますか? この世界の人口の約三割が冒険者なんですよ。それだけいれば、こんな情報なんて簡単に手に入りますよ。知っているのは一部の職員だけで一般向けにはこんな個人情報は滅多に公開しないんですけど」
「すげー・・・ちなみに、俺のことどこまで知ってるんだ?」
「そうですね。私が知っているのは、グリューン王国で闇市場とひと悶着あったこと、そこでそちらの妖精さんが雷という自然現象を起こしたこと、ブルーメでの武の大会で準優勝したこと、ここセイピア王国とオードム王国の戦争を終わらせるのに一役買ったこと・・・それから両親を探していること・・・ですかね」
うわぁ・・・もうここまで来ると逆に怖いよ! この世界にはネットも無いのに!
「じゃあ俺のお父さん達のことも何か知ってるのか!?」
「はい。ルイヴさんですよね。優秀な冒険者なのでギルド内では有名でしたよ。確か・・・三年ほど前ですが、火の地方での目撃情報がありますね」
「火の地方か・・・」
なんか・・・遠そうな気がする。
「ここから火の地方に行く方法は二つありますよ」
お姉さんが「ちょっと待っててくださいね」と微笑んで部屋の後ろにある棚を物色し始めた。そして、大きな地図を取り出して、テーブルの上に広げる。
「1つは北の海を越えてブルーメとグリューン王国を経由して更に北に進むルート。もう一つは、ここから南の土の海を越えて様々な国を経由して進むルートです」
それって・・・現在地とほぼ反対側にあるってことだよね!? めっちゃ遠いじゃん!
「うーん・・・近いのは北に進むルートだけど・・・」
「うん。来た道を戻ることになるね」
「・・・よしっ、南に行こう! 情報があったからって今もそこにいるとは限らないからな。だったら戻ってまた同じところを探しながら行くよりも、新しいところを探しながら向かった方がいいだろ!」
「だねだね! それに、そっちの方が・・・」
「「楽しそう!」」
わたしとディルの声が重なった。2人で見つめ合って笑い合う。幸せ。
「それにしても、よくそんな遠くの情報を知ってるね?」
テーブルの上に立ってお姉さんを見上げると、底の見えない微笑みを返された。
「少し特殊な手段を使っているんですよ」
「どんなどんな?」
「闇属性の魔物を自由に操れる闇の魔石があるんですけど、それを使って魔物に手紙などを運ばせているんですよ。特殊な魔石なので、ほんの一部のギルドに認められた資格のある職員しか使用が許されていないのですが」
お姉さんの説明に、ディルが「それが本来の使い方か」とボソッと呟いた。
ディルは何処かで見たことがあるのかなぁ?
「それでは、私も忙しくてあまり時間がありませんので、冒険者ギルド・・・正式には情報ギルドの説明をしますね」
「あ、なんかすみません」
エクレシアは少し早口で冒険者について説明してくれた。
内容はわたしが想像していた通りで、貼り出されている依頼を受けて、完了したら受付に詳細まで報告する。依頼には常駐のものもあるらしい。
そして、ギルドへの貢献度に応じて、三流から二流、二流から一流とランクが上がっていき、高ランクになればなるほど難しい依頼が受けれるようになり、報酬も上がる。
依頼はギルドでの審査はあるけど、基本的には誰でも出来るらしい。お金を払えばギルドの手紙と一緒に自分の手紙も届けてくれたり、欲しい情報を買うことも出来るみたいだ。
「ギルドは、空の地方のカイス妖精信仰国、緑の地方のミリド王国、火の地方のドレッド共和国、水の地方の泡沫島、そして土の地方のセイピア王国改めオードム王国の5ヶ所にしかありませんが、小さめの支部がある国や村もあります。そこでは登録や手紙の依頼などは出来ませんが報酬を受け取ったり依頼を受けたりなどは出来ますので・・・」
ちょっとした注意事項や規則などを聞いたあと、最後に小さい鍵を貰って冒険者登録は終わった。その鍵が冒険者の証明になるらしい。
ちなみに、ディルの両親に関する情報は、本来ならお金が発生するろころだけど、ギルド職員が迷惑をかけたお詫びとして無料になった。
読んでくださりありがとうございます。探し人の探し人の探し人は探し人