121.ディルお父さん!
「なるほど・・・エリザを庇ったカーネを庇って腕を斬られたわけだ」
ジェイクから片腕になった経緯を聞いたわたしは、むすっと頬を膨らませてジェイクを見下ろす。
「そんな可愛い顔で睨まないでくださいよ。・・・腕を失くしたことは悲しいですけど、後悔はしてないんです」
清々しい顔でそう言ったジェイクに、今度はネリィが頬を膨らませる。
「本当に・・・最初に見た時凄く怖かったんですから。あたし達が来なかったらあのまま死んでたかもしれないんですよ?」
「そうだな。ネリィちゃん達が来てくれて嬉しかったよ」
「そ、そうなんだ」
ネリィが顔を赤らめている。
ふむふむ・・・ネリィは分かりやすいね。というか、ちょろすぎるよ。
ネリィからも今までの話を聞いたんだけど・・・なんと、ネリィとリアンだけでゴーレムに乗って船に捕らわれたジェイクを助けに行ったらしい。
船の中で暴れるゴーレム・・・闇市場の人達はさぞかし驚いたことだろうね。わたしもびっくりだよ。
「でも実際、ディルが助けに来てくれなきゃ今頃どうなってたか・・・」
「危機一髪だったもんな。王様の長話に付き合ってたら間に合わなかったぞ」
ディルはなんの危なげもなく王様の魔石を破壊して、すぐにネリィ達の方へ向かったみたいだ。
「でも、あのデッカイ魔石がまさか呪いの魔石じゃなかったなんてな・・・そういえばウィック、王様の長話ってどんな内容だったんだ?」
「ああ、ただの王様の身の上話だったっすよ。聞きたいっすか?」
「簡単に説明してくれ」
ウィックから聞く王様の身の上話は、本当に簡単なものだった。
王様は、先代の王様と王妃が空の地方のとある国に向かっている最中に産まれた子で、10歳までその国で育ったらしい。
そこは世界で最も発展した国で、先々代が亡くなった報告を受けてセイピア王国に帰った王様は、自分の国を見て酷く落胆した。そして先代の王様の『この国を良くしてほしい』という遺言もあって、必死に・・・手段を選ばずにただ自分の国の発展させようとした結果。戦争になったらしい。
「王様には王様なりの考えがちゃんとあったんだね」
わたしは王様じゃないから共感はできないけど、簡単に否定できるものでは無いのは分かる。
「そういえば、オードム王国の王様もソニアさんが来るまで僕に仲を取りなってほしいって必死にお願いしてきましたよ。本心じゃなかったって」
「コルトにそれをお願いしてる時点で駄目だよ」
あの王様が悪い人では無いのは分かるけど、失言は取り消せないし、印象もそう簡単には変わらない。
「僕もそう思ってちゃんと自分で本人に謝った方がいいですよって言ったんです」
それであの土下座だったわけか・・・。
それからコルトは、わたしが円盤の周りをグルグルと回っている時の戦場の様子を教えてくれた。
「ナイスアシストだよコルト!」
グッと親指を立ててコルトに感謝。
まさかコルトが手を繋ぐのを渋る兵士達に一喝していたとは・・・そのおかげでわたしの皆で手を繋いで仲直り作戦が上手くいったんだね。
話がひと段落した丁度いいタイミングで、カレンが晩御飯を運んで来てくれた。皆の分をワゴンに乗せて。
「カレンちゃん凄いわね。そのワゴン持って階段を上ってきたの?」
「いえ! ユータがカートを自走するワゴンの魔道具を作ってくれたんです! ほら!」
そう言ってカレンがワゴンの持ち手にある土の魔石に触れると、ワゴンの底から土で出来た無数の細い足が生えてきた。
うわっ・・・気持ちわるっ。
ネリィも若干引いてるけど、カレンはとても嬉しそうに笑微笑んでいる。
「これ、ユータが作ったのか・・・王様はオードム王国の技術を取り込むんじゃなくて、もっと自分の国の民を見るべきだったな」
ディル良いこと言った! 100ポイント!
今日の晩御飯は甘口のカレーライスだった。テーブルで食べているのは片腕になったジェイクと、ジェイクの食事を甲斐甲斐しくお世話するネリィとリアン。他の皆はベッドに座っていたり、床に座って食べている。わたしは何も食べないでジェイクとネリィの様子を見ている。
正直もうカレーは飽きたんだよね~。
「ネリィちゃん・・・利き腕は残ってるんだから自分で食べられるよ」
「でも、食べずらそうだし・・・」
イチャイチャとしていたネリィとジェイクが助けを求めるような顔で、何故かわたしを見る。
さて、どっちの味方になろうか・・・。
「ジェイクはそのまま一生ネリィにお世話をして貰えばいいよ。このままずっと片腕なんだから」
「姉御! それは流石にネリィちゃんが辛いですよ・・・それに、ずっと片腕かは分からないですし」
「なんで?」
「なんでって・・・治すからですよ」
「治るの!?」
わたしの常識では腕が生えてくるなんてこと有り得ないんだけど・・・そっか、ここは元居た世界じゃないもんね。この世界では失くした腕もまた生えてくるのかもしれない。凄いぞ人間の生命力。
「ソニア知らないのか? 治癒の魔石を使えば失くなった腕だって元に戻るんだぞ」
一瞬でカレーライスを食べ終わったディルがジェイクの後ろに立ってドヤ顔で見下ろしてくる。
「まぁ、それには相当高い緑の適性を持ってないと出来ないんですけどね。その分お金もかかりますし」
緑の適性・・・治癒の魔石・・・? なんだろう、何かが引っ掛かる。
「でも、利き腕が残ってますし。気長に探しますよ。ね、船長?」
「おう。どうせ他に目的も無いしな。楽しく航海しながら探すさ」
「もちろん、俺も協力するっすよ」
うーん・・・なんだっけな~治癒の魔法が発動する緑の魔石・・・・・・。
「あっ!!」
「うわっ! なんだよソニア!?」
「思い出したー! あ~スッキリした~」
「はい?」
スッキリしたので、わたしは何事もなかったかのように飛び上がってディルの頭の上に座る。
「・・・いやおい! 何を思い出したんだよ!」
ディルがブンッと頭を振る。落下したわたしをディルが手のひらで受け止めた。
「マリちゃんだよ! マリちゃんがブルーメの料理大会の賞品で治癒の魔石を貰ってたじゃん!」
「ああっ、確かにそうだな! マリならもしかしたら治せるかもしれないな」
そうだよ! なんの根拠も無いけどマリちゃんなら治せそうな気がする!
「・・・って言うことだから、何のアテも無いならマリちゃんの所に行ったらいいよ」
「よかったね」とジェイクの肩を撫でるけど、ジェイクは眉をひそめてわたしを見てくる。
「ぜんぜん話が掴めないですよ姉御・・・」
「わたしとディルがいた村に、マリちゃんっていう治癒の魔石を使える・・・と思う娘がいるんだよ」
「言われても場所が分かんないですよ」
えーっと・・・地図は・・・。
「・・・なぁ、なんか書くものないか?」
ディルがわたしを摘まんでテーブルの端に置いたあと、羊皮紙を広げて、地図を書いて説明し始めた。マイクとジェイクが目を回しながら聞いてる横で、何故かネリィが真剣な表情でディルの説明を聞いていた。
そうだ、今のうちにマリちゃんに連絡してみよっと。確か虹の妖精経由でお話出来るんだったよね。
わたしは頭の中で虹の妖精に意識を集中する。
わぁ・・・不思議と虹の妖精の現在地が分かる。かなり離れてるね。地球で言うと、日本とインドネシア・・・いや、オーストラリアくらいは離れてるかな?
虹の妖精~! おーい!
(むぁ?・・・ソニア先輩?)
久しぶり! 元気してた?
(ソニア先輩! 久しぶりです! 元気ですよ! 何かご用ですか?)
マリちゃんとお話したいんだけど・・・今大丈夫?
(マリちゃんなら・・・私の隣でスヤスヤと寝てますよ)
あ、そっか。今って夜だもんね。
(起こしますか?)
ううん。別に急ぎの用じゃないから明日また連絡するね。
(あっ・・・ちょっと待ってくださいよ先輩! 私から報告があるんです!)
虹の妖精からわたしに? なになに?
(なんと! 私、マリちゃんに名前を付けて貰ったんです! 今日から私のことは『ナナ』と呼んでください!)
ナナ! ナナちゃん! よかったね! とっても素敵な名前だよ!
(はい! 私の大切な名前です! 名前を貰えるってこんなに嬉しいんですね! もう何度も自分で自分の名前を呼んでますよ!)
なにそれ想像したらめっちゃ可愛い!
(あ、そうそう。名前と言えば村の名前も決まったんですけど・・・いや、これはマリちゃんから聞いてください!)
分かったよ。明日マリちゃんと話せるのを楽しみにしてるね。
(はい! また明日!)
虹の妖精との通信がプチリと切れた。ふと周囲に意識を向けると、目の間にディル顔があった。
「どうしたんだソニア?」
「え?」
ディルが微笑まし気な顔でわたしを見ている。というか皆わたしを見ている。
「急にボーッとしだしたかと思ったら、ニコニコになったり、嬉しそうに万歳したり・・・」
うっわぁ・・・完全に無意識だったよ・・・恥ずかしい。
「えっと・・・ナナちゃんが名前を付けて貰ったって言ってて・・・」
「「はい?」」
皆の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見える。
「遠くの妖精とお話してたんだよ! その妖精がマリちゃんに名前を付けて貰ったって喜んでて・・・」
「へぇ~、妖精ってそんなことも出来るのね・・・そういえばソニアさんもディルに名前を付けて貰ったって言ってたわよね」
「僕はお父さんに名前を付けて貰ったんだよ」
リアンが誇らしげにわたしを見上げる。可愛い。
「そうね。わたしはお母さんに、リアンはお父さんに名前を付けて貰ったのよね」
「そうなんだ! 良い名前を付けたね。カーネ。いっぱい考えたの?」
「あ、はい。名前を付けるのは親の役目ですし、お腹にいる赤ちゃんの名前を妻と一緒に考える時間は掛け替えのないものでした」
「「お父さん・・・」」
ネリィとリアンがギュッとお父さんに抱き着く。
「これからはそんな掛け替えのない時間をたくさん一緒に過ごそうね」
「ああ、そうだな」
いいね。再開出来て本当に良かった! ・・・それにしても、名前を付けるのは親の役目・・・かぁ。じゃあ、わたしの親は・・・。
「ディルお父さん!」
テーブルの上にあった羊皮紙を片付けているディルを見上げて、そう呼んでみた。ディルは僅かに顔を赤らめて固まった。
「なっ・・・」
「?」
「何かに目覚めそうだ・・・」
そう言って、ポトッと持っていた羊皮紙を落とした。
ディルのことをお父さんと呼ぶのは金輪際やめよう。ディルがヘンタイみたいになっちゃう・・・わたしはどんなディルでも嫌いにはならないけど、ヘンタイはちょっと・・・。
読んでくださりありがとうございます。マリちゃんは午後8時に寝ます。