120.回る世界、笑うわたし達
「回ってる・・・世界が、回ってる・・・」
「前に言ったよ。この星は私が回したんだよって」
土の妖精が「忘れちゃったの?」と心配そうな顔で見当違いなことを言いながらわたしの顔を覗き込んでくる。
「ちがう・・・そうじゃない」
目が回るぅ・・・気持ち悪いよぉ・・・なかなか皆が手を繋いでくれないせいでわたしはもうフラフラだよ。
・・・わたし、妖精なのに吐いちゃいそうだよぉ。
わたしは今、円盤にくっついた武器やら何やらを土の海に捨てたあと、目を回して自分では飛べなくなっちゃたので、土の妖精が出した岩の上に座って運んで貰っていた。
「あ、ディルだ~!」
土の海の海岸、帆の無い大きな船の近くにディルとウィックが立っているのが見えた。鉄の妖精もいる気がする。視界がグルグル回ってるせいでディル達の体がグネグネに見えるけど、精一杯に手を振ってみる。
「土の妖精~! あそこ、ディルがいるとこに向かってほしいんだけど!」
「・・・それであの時火の妖精が燃える星を作りたいって言い出して~・・・」
ダメだ。絶賛昔語り中でわたしの声が届いてないみたいだ。もっと若者の声に耳を傾けて!
わたしは話半分に土の妖精の昔話を聞きながら、ディル達に手を振り続けながらスーッとお城の上を通過して、もう一度戦場に向かう。ふと上を見上げると、空はもう淡いオレンジ色になっていた。
「見て雷の妖精。人間達まだ手を繋いでいるよ」
土の妖精が戦場を指差して可笑しそうに笑う。
「本当だー。もう終わったんだから早く帰ればいいのにね」
「ね~」
・・・あっ、もしかしてわたしが解散宣言しなきゃいけない感じなのかな? このまま放っておいたらいつまで手を繋いでるんだろう? 気になるけど流石にやらない。
戦場に近付くにつれ、なにやら陽気な歌声が聞こえてきた。手を繋いで皆で歌っているみたいだ。
中央でひと際楽しそうに歌ってる集団がいる。マイク達ツルツル海賊団だ。もう、誰が最初に歌い始めたか丸わかりだね。
わたしと土の妖精が空から地上に降りると、歌うのを止めて皆がこちらを注視する。
「ソニアさん!」
「姉御!」
コルトとマイクを先頭に、海賊達がわたしの足元に集まりだす。
「マイク!コルト! 上でグルグル回っててよく見えなかったけど上手くいったんだよね?」
「うん、ソニアさんの気持ち・・・ちゃんと皆に伝わったよ」
わたしの気持ちか・・・わたし、『酔って気持ち悪いから早くしてよ~!』って思いながら回ってたんだけど、それが伝わったの?
「それより姉御。姉御と話がしたいっていうおっさんがわざわざ来てるぜ」
「おっさん?」
マイクの大きな体の後ろから現れたのは・・・。
あの・・・アレ・・・あの人だ!
「あ~・・・あの・・・えっと・・・あっちの王様!」
「はい。オードム王国の国王、ドルガルドです。覚えてて下さったのですね」
「ア、ウン。オボエテタヨ」
いや、顔と王様だってことは覚えてたんだよ。名前が分かんなかったんだよ。忘れてたんじゃなくてね、分かんなかっただけなんだよ。
「お城からわざわざ・・・どしたの?」
「この現状を見てそれを言えますか・・・」
王様が呆れたような顔で周囲を見渡すので、わたしも見渡す。
・・・さっきまで戦争の真っ只中で戦い合っていた人達が、今は敵味方関係無く手を繋いでわたし達を見ている。
平和になったね!
「戦場からの報告を受けて・・・というよりは城から見えた巨大な鉄板を見て私が出向くべきだと判断し、今ここにいるのです」
そう言ったあと、王様はわたしの前に跪いた。それを見たオードム王国の兵士達が戸惑いながらも王様に続いて跪き、つられる様にセイピア王国の兵士達も跪く。そして何故か海賊達もマイクを先頭に跪く。今この戦場で跪いていないのは、わたしと土の妖精とコルトだけになった。
もうここまで来るとコルトが跪いてないのに驚きだよ。なんか凄い誇らしそうな顔してるし。
「先ほどコルト・・・様からソニア様方がセイピア王国で何をしようとし、そして今現在何を成したのか、全てを聞きました」
コルトから・・・? 皆で話し合った内容とかを教えたのかな?
コルトの方を見ると、平然とした顔でわたしを見つめていた。目が合うと得意げな顔で頷いた。
「戦争を終わらせてくださり、本当に感謝申し上げます。そして・・・」
王様は両手を地面に付け、次に額を地面に付けた。
「オードム王国ではソニア様にご不快な思いをさせてしまい・・・誠に申し訳ございませんでした!」
不快な思い・・・王様の名前は覚えて無かったけど、それはハッキリと覚えてる。ディルを戦地に送ろうとしたんだ。まぁ、わたしも結果的には似たようなところにディルを行かせちゃったんけど・・・本人の意思を尊重した結果だからね。
「ソニア様が私共の無礼を許していただけるのでしたら・・・何でもいたします! ですから世界を滅ぼさないでください!」
いや、わたしそんな魔王みたいなこと言ってないんだけど・・・。でも、何でもかぁ、ちょうど困ってることがあるんだよね。
「あの時言ったことは許せないけど、わたしのちょっとしたお願いを聞いてくれたら何もしないよ」
「お願い・・・どのような?」
王様が恐る恐るといった感じ顔を上げる。
「この場をいい感じに納めてよ! 収拾がつかなくなっちゃって困ってるんだよね。一言『解散!』って言って終わりにしようと思ってたのに王様のせいでややこしくなっちゃったよ」
「・・・わ、分かりました」
王様は立ち上がり、笑顔で了承してくれた。かなり引き攣ってたけど。
「じゃあ、土の妖精。あそこの人間を浮かせてくれない?」
わたしは王様を指差して土の妖精を見るけど、土の妖精は明後日の方向を見てポケーッとしていた。
「・・・あっ、もうお話は終わったの?」
「もう少しだからお願い」
「あいよ~」
土の妖精にお願いして、王様が立っている地面を浮かせて貰う。
「なっ・・・地面が!?」
「上の方がよく見えるし、見てもらえるでしょ?」
わたしと土の妖精は王様の少し上で浮いて、文字通り高みの見物だ。
「・・・コホン! ええ・・・私はオードム王国の国王、ドルガルドだ」
王様が大きな声で話し始めた。その立ち姿は全校集会で長話をする校長先生のようだ。
「雷の妖精にしては珍しくあの人間を嫌ってるよね」
土の妖精が王様を見下ろしながら「どうして?」と聞いてくる。
「だって、ディルを危ない目にあわせようとしたんだもん!」
・・・というか、そう言う土の妖精もあんまり人間を好きそうじゃないよね。さっきなんてずっとだんまりだったし。
「土の妖精は人間が好きそうじゃないけど、何か理由があるの?」
「私は・・・私達は昔人間のせいで大切なものを失ったんだよ・・・」
土の妖精は寂しそうな、それでいて懐かしそうな顔でわたしの額を撫でた。
なんだろう? 気になるけど、これ以上は聞いてはいけない様な雰囲気がある。
「ほら雷の妖精。人間の話が終わったみたいだよ」
「あ、うん!」
下を見ると、王様が深々と頭を下げていて、地上で王様を見上げている兵士達は号泣しながら激しく拍手をしている。
いったい何を話したらこんな状態になるんだろう・・・ちゃんと聞いておけば良かった。
「では、皆さん。日常に帰りましょう!」
王様のその一言で兵士達は意気揚々と散っていく。残ったのはわたしと土の妖精、王様とその護衛、コルトとマイクだけになった。
「王様は帰らないの?」
「私はこれからセイピア王国の王城へ出向こうかと思っております。・・・というかここから降ろしてくださらないと何処にも行けません」
王様は浮いた岩の上で悲しそうに言う。
しょうがないからそのまま護衛さんを乗っけてお城まで運んであげることになった。コルトとマイクは歩いて宿まで行くらしい。
「はい。ここがお城だよ。向こうの王様は・・・どこにいるか分かんないけど頑張ってね」
呆けた顔の王様達をお城に置いていったあと、土の妖精とは一旦お別れだ。
「じゃあまた後でね。マイクの剣とか回収しに土の海に行くと思うから」
「分かったよ。またお話するのを楽しみにしてるよ」
バイバイと手を振って、わたしは街の遥か上・・・夕陽の遥か下を飛んでディルの元に帰る。
コンコンコン・・・コンコンコン・・・
宿のわたし達が泊っている部屋の窓を全力でノックする。まったく返事がないので直接脳内に伝えることにした。
ディル・・・ディル・・・聞こえてますか? わたしは今窓の外にいます。開けてください。
ガチャ
「おかえりソニア。わざわざ頭の中に直接語り掛けなくても普通に入ってくればいいじゃんか。通り抜けられるんだろ?」
いやだって、ガラスって電気を通さないイメージじゃん。無理矢理通り抜けたら壊れちゃいそうだし・・・って言っても分かんないよね。
「ただいまディル。ネリィ達は?」
部屋の中には、窓を開けてくれたディルとベッドの上でいびきをかいているウィックしかいない。
「ああ、ネリィ達ならお父さんと一緒に隣の部屋に移ったよ。元々別の人達が泊ってたんだけど快く譲ってくれたんだ」
「そっか! お父さん無事に助けられたんだね!」
家族と再開出来て良かったよ。ディルも早く両親と再開できるといいな。
「ジェイクお陰でな。まぁ、そのジェイクは怪我したから冒険者ギルドに併設されてる治療所に行ってるんだけど、戻ってきたらソニアも労ってあげたらいいぞ」
「うん!・・・ってジェイク怪我したの!?」
「命にかかわるような大きな怪我じゃないぞ。治せる怪我だ」
「そ、そうなんだ。よかった~」
びっくりした~、片腕にでもなってるんじゃないかと一瞬よぎっちゃったよ。
「ディル達の方はどうだったの? 見たところ大きな怪我とかは無さそうだけど・・・」
わたしがディルの周りをグルグルと飛んで回ると、ディルに「落ち着け」と優しく掴まれてテーブルの上にそっと立たされた。まるで幼稚園児みたいな扱いだ。いや、むしろペットだよ。
「どうせ皆にも話すことになるんだから、ジェイクやコルトが戻ってきたらネリィ達も呼んでその時に話すよ」
「分かった! じゃあ、とりあえず・・・おつかれさま!」
飛び上がって頭を撫でてあげると、ディルは嬉しそうに破顔した。
うんうん! ディルは普段大人っぽくあろうとしてるせいか、たまに見せる無邪気な笑顔が凄く可愛くて愛おしいよ!
その後、コルトがマイクを連れて帰ってきて、ネリィとリアンも「改めてわたしにお父さんを紹介したいから」とお父さんを連れて部屋にやってきた。部屋の中が手狭になってきて、ウィックのハチャメチャな寝相にネリィの堪忍袋の緒が切れた頃、ジェイクが帰ってきた。・・・まさかの片腕で。
「戻ったぞ~・・・あ、マイク船長久しぶりですね」
「おう・・・ってジェイクお前腕無くなってんじゃん! お前がそんなんじゃ・・・誰がうちの船で飯を作るんだよ! だっはっは!」
「この機会に俺以外にもまともな飯を作れるようになればいいじゃないですか! だっはっは!」
だっはっは・・・じゃないよ!
「ジェイク! う、腕! 腕のジェイクがちぎれちゃってるよ!」
ふよふよと蛇行しながらジェイクの前まで飛ぶ。
「あ、姉御・・・ぶふっ、ははっ・・・う、腕が本体みたいに言わないでくださいよ!」
何を心から笑ってるの!?
場を和ませる為だとか、暗い雰囲気にさせない為とかじゃなく、ただ心から笑っているジェイク。
「も、もう! わたしは心配してるのに! 腕が本体って・・・ぷっーーはははっ!」
だ、ダメだこんなくだらないことで笑っちゃ・・・でも・・・一度ツボに入っちゃったら・・・。
「んふっ・・・ははっ、ははははっ!」
誰か助けて~~~! わたし、本当はこんなくだらないことで大笑いするような安い女じゃないの~~!
「お姉ちゃん。ソニアさん大怪我したジェイクさん見て凄く笑ってる」
「フフッ、そう言うリアンだって笑ってるわよ?」
「妖精って・・・ははは」
リアンとネリィとカーネが笑いながら身を寄せ合ってわたしを見ている。
恥ずかしいから見ないで!
「うわっ! どうしたんすか!? 起きたら何か凄い状況なんすけど・・・ぶはっ! ジェイクどうしたんすかその腕! 格好いいじゃないっすか!」
「だろ? お前もお揃いにしてやろうか?」
「いいじゃねぇかウィック! そうすりゃお前の寝相もちったぁマシになるんじゃねぇか!?」
ウィックとジェイクとマイクが笑いながら小突き合っている。
「ソニアさんのそんな笑顔が見れるなら僕も腕の一本くらい落としてくればよかったです」
「コルトはその程度か・・・俺ならソニアの為なら四肢を落としてもいいくらいだ!」
「ちょっ・・・やめてよ! わたしの為って言うんならずっと健康でいてよ!」
「ははっ、冗談ですよ」
「ああ、ソニアの為にずっと健康でいるよ」
ディルとコルトがわたしを挟んで笑っている。
何はともあれ、こうして皆で笑えてるんだから良かったよね・・・!?
読んでくださりありがとうございます。妖精は目を回したりしません。ソニアは思い込みが激しいんです。




