117.回る妖精
※途中から視点が変わります。
ジャーー・・・
何かの音が・・・聞こえる?
「んぅ・・・うぅん・・・」
あれぇ? まだ夜中だ。
誰かがシャワーを浴びてる音で起きてしまったみたいだ。キィィと静かに扉を開けて浴室から出てきたのはディルだった。
「あ、ごめん。起こしちゃったか?」
「うん・・・」
わたしに気が付いたディルがタオルで髪を拭きながら椅子に座ってわたしを見る。
「ちょっと外を歩いてたら汚れちゃったんだ。気にしないで寝てていいぞ。俺も髪が乾いたら寝るし」
「分かった~・・・」
目を閉じるとすぐに眠れた。
翌朝、わたしは寝相の悪いディルに叩き起こされた。
「ぐへぇ!?」
わたしの上にディルの大きな手がある。重い。
わたしはテーブルの上で寝てて、ディルはベッドの上で寝てたハズなのに、なんでここまで・・・。
「っんもう・・・邪魔!!」
パチン!
ディルの手に静電気を流す。
「いてぇ!・・・んあ? あれ? もう朝か?」
ディルがガバッと飛び起きる。わたしの上のにあったディルの手が無くなって軽くなった。
うぅ・・・まだ胸のあたりがジンジンする気がするよぉ・・・。
起き上がって胸元を擦っていると、隣からネリィの怒号が聞こえて来た。
「ちょっとウィック! リアンの上から退けなさいよ! 苦しそうじゃない! どんな寝相してんのよ!」
向こうではリアンの上に覆いかぶさって寝ているウィックの脇腹を、ネリィがげしげしと蹴っている。平和な朝だ。
「あれ? コルトは?」
「まだ寝てるんじゃ・・・っていないわね」
わたしとネリィがキョロキョロと部屋の仲を見渡すけど、見当たらない。
「ベッドに書置きがあるっすよ・・・『アイディアが止まらないので鍛冶工房に行ってきます』って書いてあるっす」
「意味が分かんないわね」
「朝食を食べたら俺達も鍛冶工房に行ってみるか、どうせ昼までやること無いし」
・・・ということで、朝食を食べ終わったわたし達は、リアンも鍛冶工房を見てみたいと言ったので全員で鍛冶工房に来ている。
「コルト~、いる~?」
ん? なにアレ?
鍛冶工房の中でゴーレムが暴れていた。そしてそのゴーレムの周囲でユータが興奮したようにはしゃいでいる。
「師匠!! 超カッコイイですよ!」
「でしょ? こんなことも出来るよ!」
ドゴーン!
あれって・・・セイピア王国に来る時にディルが乗ってたゴーレム?
そのゴーレムの中からコルトの声が聞こえた。そして、ゴーレムの手から人の頭くらいある岩が発射している。
思いっきり鍛冶工房の壁壊しちゃってるけど・・・大丈夫なのかな?
若干冷めた目でゴーレムを見ていると、宿から一緒に来た男達が目を輝かせてゴーレムの足元に走っていった。
「すげ~~~! カッコイイなんだこれ! コルトが作ったのか!?」
「流石コルトっすね! 俺も乗れるっすか?」
「お姉ちゃん! 僕もあれ乗りたい!!」
男の子と少年と男性がゴーレムを見て大興奮。
ガコンとゴーレムの背中が開き、薄汚れた作業着姿のコルトが出て来た。
「皆してどうしたの? ちゃんと書置きはしたよね?」
男達から尊敬の眼差しを受けるコルトが、わたしを見て首を傾げる。
「その書置きを見て来たんだけど・・・いったい何をしてるの?」
「ゴーレムの加工ですよ。実は昨日、鉄の妖精に教えて貰ったんですけど、このゴーレムって頭から体中に魔気を通す導線みたいなのが通っていて、そこに魔気を流せば簡単にゴーレムを操れるんですよ。しかも導線上に魔石を付ければ・・・」
あ~・・・コルトが早口で語り始めたよ。
「ちょ、ちょっと待って! その話はわたしじゃなくて、あそこで瞳を輝かせてる3人に言ってあげて!」
楽しそうにゴーレムの周りを回っている男三人を指差す。コルトが「そうですね」と言ってそっちに向かっていった。
「なんだか、コルトって最初に会った時から変わったわよね。うまく言葉に出来ないけど、前に進んだ気がするわ」
「そうだね。でもネリィも変わったよ。大人になった」
「そ、そう? 少しでも近付けたかしら?」
何に? とは聞かないでおこう。
わたしとネリィがはしゃぐ男達を冷めた目で見ていると、ディルとウィックが残念そうな顔で戻ってきた。
「どうしたの?」
「土の適性が無いと動かせないんだってさ」
ディルが「手袋に嵌められている闇の魔石を見ながら残念そうに言う。
「ああ~、ディルは闇と雷だし、ウィックは闇だけだもんね」
「そうなんすよ~、ネリィとリアンが羨ましいっす」
「あたしは別に興味無いけど・・・」
暫く鍛冶工房内で破壊の限りを尽くすリアンゴーレムを見ていると、わたしの足元から土の妖精のお迎えが来た。
「昨日の所にいなかったから探したよ!」
「ごめんね。忘れてたわけじゃないんだよ」
プンプンと怒る土の妖精の頭をヨシヨシと撫でて宥めてあげる。
「土の妖精が来たんだね。土の妖精は船を運ばなきゃいけないって聞いてたから、てっきり鉄の妖精が来るのかと思ってた」
「船はもう運び終わったよ。あとは向こうの国まで帰すだけだけど、少しくらい遅れても大丈夫だよ。それに、雷の妖精と約束したのは私だから、私が来ないとダメだよ」
土の妖精がアホ毛を元気に揺らしながら「早く行こうよ」とわたしの手を掴んで引っ張る。
「あっ、僕も一緒に連れていってください!」
コルトがそう言ってわたし達の進行方向に飛び出してきた。
「コルト?」
「えっと・・・戦場には兄貴・・・僕の兄ジイダムがいるので迎えに行こうかと・・・」
「そんなこと言って、ただソニアを見てたいだけだろ」
ディルが呆れたような顔でコルトの脇腹を小突く。
「ち、違うよ! ・・・いや、それもあるけど、兄貴を迎えに行きたいのも本当だよ!」
ディルとコルトのしょうもない言い合いが始まった。
「なんでもいいけど、一緒に行きたいなら行こうよ!」
わたしはコルトのゴツゴツした指を掴んで引っ張る。
コルトが「じ、自分で歩けます!」と謎に焦ってるけど、気にせず引っ張る。
「じゃあ、わたし達は行くね! そっちも頑張って! 信じてるから!」
「ソニア達もな!」
土の妖精に引っ張られるわたしが、コルトの指を引っ張って鍛冶工房から出る。コルトは引っ張られるというよりは、わたしの手が離れないように必死に腕と指の位置を固定してる感じだけど。
意外と男らしい指だよね・・・。
わたし達の後ろで「俺達も行動開始だな」というディルの声が聞こえた。心の中で「頑張れ」と応援しながら、わたし達は街中を通って戦場に向かう。
「やっぱり、凄い注目されてますね・・・」
「そりゃそうだよ! 私と雷の妖精は美人姉妹だからだよ!」
「いや、それだけじゃないと思うんですけど・・・っていうか姉妹だったんですか?」
姉妹になった覚えは無いけど、否定するのも面倒だし黙ってよ。
そろそろ城門が見えてきた。案の定門は閉まってるし、見張りの兵士と騎士もいる。厳めしい顔で見張ってらっしゃる。
「お前は・・・あの時の不法入国の! 何を持って・・・妖精!?」
見覚えのある騎士がコルトを見て目を丸くして叫ぶ。すると、わたしの手を引っ張っていた土の妖精が振り返って不思議そうに騎士を指差して口を開く。
「雷の妖精、あれって雷の妖精のお友達か何かなの?」
「違うよ」
「じゃあ少し痛い目に合わせてもいいよね?」
「え・・・まぁうん。少しなら」
土の妖精の前に大きな岩が現れた。そして騎士目掛けて勢い良く飛んで行く。
ドスッ
鈍い音と共に騎士が岩の下敷きになった。
え・・・あれで少しなの!? だいぶ痛そうだけど!?
「お、お前達・・・あの男を捕らえろ。妖精は・・・傷付ける・・・な」
騎士は最後の力を振り絞るようにそう言って、ガクッと意識を失った。そして命令を受けた兵士達がこちらにじりじりと近づいてくる。
「もう!面倒くさいよ! これでも拾っててよ!」
土の妖精が色んな色の宝石を辺り一面に散らばせる。キラキラしてて綺麗だなと思っていられたのは一瞬だけで、あっという間に兵士達が宝石に群がり始めた。
「ほ、宝石だぞ!」
「集めろ集めろ!」
・・・気持は分かるけど、みっともない。
「相変わらず人間って分からないよ。あんな石ころの何が良いのか・・・」
自分達を見てるはずの無茶な命令をした上司は気を失っている。そして目の前には拾って良いと言われた宝石が散らばってる。
うーん・・・人間の頃のわたしだったらどうするか。・・・うん、考えるのはやめよう。
土の妖精が城門に大きな穴を開けて、そこをわたし達は通り抜ける。
「じゃあ、雷の妖精! 上に行くよ!」
「うん!」
わたしと土の妖精は手を繋ぎながら戦場の上空に向かって飛ぶ。すると、下からコルトの叫び声が聞こえた。
「え!? 僕はどうすれば!?」
「大丈夫だよ。そこらへんのゴーレムが守ってくれるから」
「ゴーレム!?」
土の妖精が戦場でうろつくゴーレム達を指差す。
「あっ、もしマイク達に会ったら伝言を頼みたいんだけど・・・」
わたしがコルトに伝言を伝えてる間に戦場にいたゴーレムがコルトの周囲を囲む。突然のゴーレムの奇行に兵士達があたふたしてるのが上から見えてちょっと面白い。
「じゃあ、またねー!」
「あ、はい! 頑張ってください!」
コルトにバイバイと手を振ってお別れしたあと、土の妖精と手を繋いで戦場の上空を飛ぶ。
「うーん・・・ここら辺がちょうど戦場の真ん中かな?」
下を見下ろすと、たくさんの人達が武器を手に戦っているのが見えた。マイク達ツルツル海賊団の皆が頑張っているのも見える。きっとどこかにジイダムもいるんだろう。
「土の妖精、準備はいい?」
「準備なんていらないよ! いつでもいいよ!」
「じゃあ今わたしの足元にお願い!!」
土の妖精が「えいっ」とわたしの足元に両手をかざす。すると、下に見えていた戦場が見えなくなり、代わりに戦場全体を覆う大きな鉄の円盤が現れた。
「裏側にはちゃんと付いてるよね?」
「デンキューだっけ? ちゃんと付いてるよ!」
「ありがとう!合図をしたら配置を変えてね! じゃあ、わたし回ってくるね!」
土の妖精の頭を撫でたあと、わたしは円盤の外周を回り始めた。
【コルト】____________
ソニアさんと土の妖精が上空に向かって飛んで行く。
あれ・・・僕、ここに置いていかれるの!?
「え!? 僕はどうすれば!?」
「大丈夫だよ。そこらへんのゴーレムが守ってくれるから」
僕の周りにゴーレムが集まり始めた。
「なんだ!? 急にゴーレム達が・・・」
「誰だその男!? ゴーレムに何をした!?」
周囲の兵士達が僕に攻撃しようとしては、ゴーレムに殴り飛ばされている。
まるで偉い人にでもなった気分だよ。・・・でも、これなら安心してソニアさんのことが見れる。
僕は昨日の内にソニアさんから何をするのか聞いている。これから起こることを知っているからこそ戦場と言う恐ろしい場所でもこうして平然としてられるのだと思う。
もう少し中央に移動しようかな。ここじゃ見えにくいかもしれない。
僕が上空で移動するソニアさんを目で追いながら歩き出すと、周りのゴーレム達も一緒に歩き出す。
すると、ゴーレム達の間から見知った顔がひょっこりと現れた。
「コルトじゃねぇか! なんでこんなとこにいるんだ? 姉御達は? そのゴーレム達はどうしたんだ!?」
マイクが大きな大剣を振り回しながら質問攻めしてくる。ゴーレム達は何を基準に敵味方を判別してるのか知らないけど、マイクには攻撃しないみたいだ。
「そっか、マイク達はずっと戦場にいたから作戦を知らないんだよね。僕がここにいるのは、もうすぐ戦争が終わるからだよ」
「はぁ? よく分からんが、姉御達はうまくいったのか?」
僕がマイクに何か答える前に、突如戦場が暗くなった。
「うおっ、なんだ!? 急に暗くなったぞ!・・・ってなんだありゃ! 空にでっけぇ何かが浮いてやがる!」
マイクが空を指差して叫ぶ。周囲の兵士達も敵味方関係なく皆が口を開けて上を見上げる。そこには戦場全体をすっぽりと覆う巨大な円盤が浮いていた。
「大丈夫だよ。これはソニアさんとソニアさんの姉妹がやったことだから」
「姉御に姉妹なんていたのか! っつーか妖精に姉妹とかあんのか!?」
「分かんないけど、その姉妹が言ってたからあるんじゃない? どっちが姉でどっちが妹かは知らないけど」
僕的にはソニアさんが姉っぽいと思うけど・・・普段の言動からソニアさんの方が妹でも違和感はない。
「・・・なんかお前、変わったな。オードム王国で別れた時よりも堂々としてるっつーか・・・」
「そう見えるなら、ソニアさんの笑顔のお陰だよ・・・あ、そうだ。ソニアさんからマイクに伝言があるんだった」
別れ際にソニアさんから伝言を頼まれてたことを思い出す。
「あとでちゃんと返すからね!・・・だって」
「何を・・・うおぁ!!俺の剣が!」
マイクの大剣が上空に飛んで行った。マイクだけじゃない、周囲の兵士達の武器が上に飛んで行く。剣、槍、斧、矢、金属で出来ている物全てが上に飛んで行く。甲冑を着ている人は慌てて脱いでいて、僕を守ってくれていたゴーレム達も例外じゃない。
さようならゴーレム。短い間だったけどありがとう。君達のことは忘れない。
「どうなってんだ!」「俺の武器がぁ!」「甲冑を身に付けてる奴は外せ! 上に連れてかれるぞ!」
戦場はもう大パニックだ。
「上を見ろ! あの円盤に吸い寄せられてんだ!」「円盤の周りを何かが飛んでるぞ!」
上を見上げると、武器が円盤の端っこに円を描くようにくっついていき、その円盤の外周を物凄い速さで回っている青く煌めく何かが見える。ソニアさんの瞳と同じ色だ。
「まさか・・・あそこで尋常じゃないスピードで回ってるのって姉御か?」
「たぶん・・・話は聞いてたけどあんなに速いなんて思わなかった。もう速すぎて回ってるのかどうかすら分からないよ」
人の目で追えるような速さじゃない。
「どういう原理で武器が吸われてんだ? なんで姉御は回ってんだ?」
「一応説明して貰ったけど・・・マイクにはたぶん理解できないよ」
「そりゃそうだ! だっはっは!」
戦場からほぼ全ての金属が上空に飛んで行った頃。円盤の中央・・・武器がくっついていない所にキラリと文字が浮かび上がる。
「おい! なんか円盤に文字が書かれてるぞ!」「さっきまで無かったよな!?」「なんて書いてんだ!?」
周囲の皆がアタフタするなか、僕とマイクが円盤に浮かび上がった文字を読み上げる。
「「武器なんか手放して、皆で手を繋ぎましょう。回る妖精より」」
・・・やっぱり僕はソニアさんが好きだなぁ。あんなに優しさに溢れた人はいないと思う。・・・ソニアさんは人じゃないけど。
兵士達がポカンと口を開けて円盤を見上げている。
「皆で手を繋ぐ・・・? さっきまで殺し合ってたんだぞ?」「回る妖精ってなんだ? あそこに妖精がいるのか?」「今更仲良くなんて出来るか」
そうだよね。今までずっと戦争をしてたんだ。大切な人を殺された人だっている。僕も親友を殺された。でも・・・僕は前に進んだ。そして僕は今、好きな人の笑顔を守るに為にここに立っているんだ。
僕は一度深呼吸したあと、近くにいる兵士の手を握った。
「うおっ、なんだお前! 本気で手を繋ぐつもりか!? さっきまで敵同士だったんだぞ!」
本当は皆心の中では思ってるハズなんだ。だからそう言ってしまう。
兵士が僕の手を振りほどこうとするけど、僕は手を強く握って離させない。
「そうだよ。さっきまで敵同士だったんだ。でも今は敵同士じゃないんだよ。だったらこれ以上殺し合う必要は無いでしょ。・・・ここでそれを気にして恨み合っててもお互い辛いだけだよ!」
・・・それでも、前に進むには勇気がいる。大切な人を殺されて恨まないなんて無理だ。
「悪いのは殺した誰かじゃない、悪いのは戦争だよ!全部戦争が悪いんだよ! 恨むなら人じゃなくて戦争を恨もうよ! そして同じことが起きないように・・・これ以上誰かの笑顔が奪われることがないように、皆で協力しようよ!」
大切な人の笑顔を守りたい。笑って暮らしたい。その想いは誰にだってあるはずだ。
兵士は手を振りほどこうとするのを止めて、静かに僕を見る。いつの間にか周りの兵士皆が僕を見ていた。
「アンタの言ってることはめちゃくちゃだ。でも、言ってることは間違っちゃいないな。・・・それに、妖精様のお願いだからな」
そう言って兵士は、僕が握る手とは反対の手で別の兵士と手を繋いだ。
「よく言ったぞコルト! ・・・おめぇら! 誰でもいいから隣にいる奴と手を繋げ!!」
マイクが鼓膜が破れそうなほど大きな声で叫ぶと、海賊達が周囲の兵士達と手を繋ぎ始める。それに続くように次々と皆が手を繋いでいく。それほど時間がかからずに戦場にいる兵士達ほぼ全員が手を繋いだ。
僕も・・・少しはソニアさんの役に立てたかな?
もう一度上空の円盤を見上げると、さっきの文字は消えて、笑顔のニッコリマークに変わっていた。
・・・それにしても、ソニアさんはいつまで回ってるんだろう? 目が回ったりしないのかな?
読んでくださりありがとうございます。(^_^)ニッコリマーク




