116.ディルの目標
「雷の妖精、今日は本当にありがとうだよ! 十分すぎるほど満足のいくカレーうどんだったから、あの人間のお願いはヘイワテキ?なものだけ叶えてあげることにするよ!」
カレーうどんの汁まみれになっている土の妖精が、わたしに抱き着きながら嬉しそうに言う。
「それじゃあ、明日また迎えに行くから、雷の妖精が話してた『面白いこと』やるよ!」
「分かった! 待ってるね!」
土の妖精は鉄の妖精を連れて手を振りながら地面に潜っていく。これで今厨房に残っているのはわたしとカレンだけになった。他の皆はもうとっくに解散している。
土の妖精と鉄の妖精は皆が解散したあともカレーが入ってた鍋の中に入ってスープを余すことなく食べてたからね。お陰でカレンが片付けが出来なくてソワソワしてたもん。
「皆さんが後片付けを手伝ってくださったお陰でなんとか夕飯の仕込みに間に合いそうです!今から従業員を呼んできます!」
「うん。いってらっしゃい。わたしももう部屋に戻るね」
カレンが厨房から出て行くのと同時にわたしも部屋に戻る。
「たっだいま~」
「あ、ソニアちゃん、遅いわよ~。ジェイクさんもうお城に戻っちゃったわよ!」
部屋ではコルトとリアンがベッドで寝ていて、ネリィが1人で退屈そうにお茶を飲んでいた。
「ごめんね。土の妖精達が鍋から離れなくって・・・その後も色々と話し込んじゃったし」
「昔からの知り合いだものね」
「え?」
「え?」
わたしとネリィが首を傾げてお互いを見合う。
「土の妖精とは最近会ったばかりだよ?」
「あっ、そうよね。なんでかしら? そんな風に見えたのよね」
それくらい仲良くなったってことだよね。いいことだ。
「それより、ジェイクの話って何だったの? お父さんについて話があるって言ってたでしょ?」
「うん。お父さんを助ける方法が見つかったんだって!」
ネリィが弾ける様な笑みでわたしの手を指で摘まんでブンブンと振る。腕がちぎれそう。
「今、お父さんがどこにいるかは分かって無いんだけど、明日のお昼頃に土の海の向こう側から船が来るらしくて、そこにお父さんが他の売られる人達と一緒に乗せられるかもしれないんだって!」
「なるほど、そのタイミングで救出するんだね?」
「そういうこと!」
そういえば、土の妖精が船を運ぶみたいなこと言ってた気がする。その船のことなのかな。
「でも、ジェイク1人で助けられるの?」
いくらジェイクの腕が立つからって、さすがに敵陣で1人は厳しいと思うんだけど。
「それはあたしも思ったし、直接ジェイクさんに言ったわ」
「ジェイクはなんて?」
「1人で大丈夫だって、必ずお父さんをネリィちゃんとリアン君の元へ届けるから安心して待っててくれって・・・だから、あたしはジェイクさんを信じて待っていようと思うの」
ネリィは芯の通った眼差しをお城の方へ向ける。
「そっか。ネリィがそう思ったんならわたしもジェイクを信じるよ」
信じる・・・かぁ。
「どうしたのソニアちゃん? 恋に悩む乙女みたいな顔しちゃって」
それはネリィでしょ・・・って今はそれどころじゃないんだよ。
「わたし、ディルのこと心配ばっかりで信じれてないのかなって・・・」
「ディル? そうね~、ディルってバカだし寝相も悪いし仕方ないわよ」
「バッサリと言うね・・・」
まぁ、概ね合ってるんだけど。
「でも、ディルが目標に向かって努力してることは出会ったばかりのあたしから見ても分かるわ。大切な人だからこそ心配するんだろうけど、たまには努力を認めて信じてあげてもいいと思うわよ。じゃないとディルが報われないわ」
「ディルが目標に向かって・・・?」
ディルの目標って・・・?
「本人から聞いたわけじゃないけど、見てればなんとなく分かるわよ」
なんだろう? ディルから聞いたことあったっけ? 今度聞いてみようかな?
「まぁ・・・色々と言ったけど、いきなり心配するなって言われても無理よね。だから、心配しながら信じればいいのよ」
「うん、そうだね。信じるけど、心配もする。なんだかストンと落ち着くとこに落ち着いた気がするよ。ありがとう!」
ニコッと笑うと、ニコッと返された。
「フフッ、少しでもソニアちゃんとディルの助けになったなら良かったわ」
「ネリィも悩み事があったら遠慮なく相談してね!」
「ありがとう。でも気持ちだけ受け取っておくわ。あたしの悩み事はジェイクさんが解決してくれるもの」
そう言ってニコリと微笑んだネリィは、恋に悩む乙女ではなく、まるで恋する大人の女性のようだった。
恋を知って大人になる・・・みたいな感じだね。そしたら、わたしは一生子供だね。ディルもいつかは恋をするのかな・・・。
「わたし、ちょっとディルのところに様子見に行ってくる!」
「え? 急ね? 1人で大丈夫?」
「大丈夫だよ! わたしのことも信じてよ!」
「じゃ!」と手を振りながら窓から飛び出して、今朝魔剣の試し斬りをした空き地まで飛ぶ。
「ふふふーん、ふふっふーん♪」
空き地では、ディルとウィックが模擬戦闘をしていた。わたしはその様子を上空から観戦する。
うわぁ・・・ディル、すっごく強くなってる。もはや人間の動きじゃないよ。
ディルは右手に魔剣、左手に鞘を持っている。ウィックは両手に鞘に収まったままの短剣を持って戦っていて、二刀流同士の戦いだ。
早すぎてよく分からないけど、ディルが優勢な気がする。
カコーン!
ウィックの持っていた短剣が弾かれて宙を舞った。
「ちょっ、待つっす! 俺の負けっす!」
「はぁ、はぁ・・・これで二勝目だな! 偶然じゃないだろ?」
「悪かったっすよ。俺に勝ったのが偶然なんて言って・・・完璧に実力で負けたっす。それに、ディルが魔剣に魔気を流してたらもっと簡単に勝敗がついてたっす。・・・はぁ、子供の成長は早いっすねぇ~」
ディルが勝ったみたいだ。わたしは上空から下に降りて声を掛ける。
「お疲れ様! ディル強くなったね! よく分からないけど!」
「ソニア! 見てたのか!」
ディルが魔剣を鞘に納めながら嬉しそうな笑顔でわたしを見上げる。
「途中からだけど、ディルがウィックに勝ったところは見てたよ!」
「じゃあ、俺のカッコ悪い姿も見られてたっすね・・・」
「うん! カッコ悪かった!」
「姉御容赦ないっす・・・」
ウィックがわざとらしくガックリと肩を降ろす。すると、そんなウィックの横からディルが「俺は俺は?」と聞いてくる。
「俺はかっこよかったか?」
「早すぎてよく分かんなかった!」
「ガーン!」
それ口で言うんだ・・・。だって本当によく分かんなかったんだもん。
「じゃあ、可愛いお迎えも来たことっすし、そろそろ宿に戻るっすか」
「そうだな。明日に備えて早めに休もう」
ディルが「ん~~~!」と伸びをする。
・・・ん?
「あれ? ディル、その手袋どうしたの?」
ディルが左手に黒い穴開き手袋を履いている。
「これか? コルトが作ってくれてたんだ。ほらここ、手の甲に闇の魔石が付いてるだろ? 両手に武器を持つんじゃあ魔石が持てないってことで、この手袋だ。指の穴は後から俺が千切った。カッコイイから」
「指の穴は知らんけど、コルトに感謝だね」
・・・指の穴は本当に理解できないけど。
「ああ、コルトには余った素材を全部あげたし、ちゃんとお礼も言ったよ。ソニアの可愛い笑顔に見合った仕事をしてくれたよ。ありがとなって!」
またそれ!? やめてよ! 可愛い笑顔とかっ! 言ったディルまで恥ずかしそうにしてるし!
わたしはなんとなく顔が見られるのが恥ずかしくて、ディルの少し前を飛んで宿まで帰った。
「あ、おかえりなさい兄貴達」
リアンがそう言ってトコトコと駆け寄ってくる。可愛い。
「お、リアン起きたのか」
「うん、ぐっすり寝ました」
リアンがそう言ってネリィの膝の上に座り、ウィックが自分の剣を机に置いてニヤリとネリィを見る。
「ジェイクから聞いてるっすよ。明日お父さんを助けるそうっすね」
「うん。あたしもリアンもジェイクさんを信じて待つことにしたわ」
「俺達もジェイクが行動する時に王様の魔石を破壊しに行くことにしたっす。向こうの戦力は分散した方がいいっすし、余裕があればジェイクの方に加勢したいっすからね」
「王様の魔石なんてさっさと壊してジェイクさんの方に行ってあげて」
「出来ればそうするっすよ」
口では信じてるって言ってるけど、やっぱりネリィもジェイクのことが心配なんだね。わたしも同じ気持ち。
「・・・って言うことだからソニア。俺とウィックは明日お城に行くんだけど、ソニアは待っててくれないか? これは、なんていうか・・・俺が俺の目標に近付く為に越えなきゃいけない壁なんだ」
わたしはそういう壁を迂回してきた人間だったから、純粋にディルが凄いと思うし、同時にディルの考えが理解できない。でも、わたしはディルのことを信じると決めたんだから、ディルの行動に文句は言わない。
「ディルの目標が何かは分からないけど、わたしはディルを信じてるから。お城のことは任せるね!」
「だよな~・・・でも俺を信じて・・・え?」
ディルが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしわたしを見てくる。
「お城のことは任せるねって言ったの! ディルのことを信じてるから! 二度も言わせないでよ!」
「そ、そうか! ・・・へへっ!」
ディルが喜びを噛み締めるように口角を上げる。
「何をヘラヘラしてるの! ・・・というかわたしも明日はやることがあるし!」
「やること?」
「そう! 面白いことをするの!」
ディルの目の前まで飛んで、腰に手を当ててふんぞり返ってみる。
「へぇ~・・・何をするんだ?」
「ふふーん、それはねぇ・・・」
わたしは土の妖精に話した面白いことを皆にも説明する。
「そんなこと本当に出来るのか?」
「大丈夫! 根拠は無いけど自信はあるから!」
「マイク達がいる戦場のことが気掛かりだったっすけど、それなら大丈夫そうっすね」
ディルはちょっと心配そうにわたしを見上げてるけど、止めはしないみたいだ。他の皆も賛成っぽい反応だ。
上手くいきますように!
それから、起きてきたコルトにも同じ話をして、皆で夕飯のドリアっぽい物を食べてから就寝準備をする。
「じゃあ、ソニアちゃん、リアン、一緒にシャワー浴びましょ」
「えぇ、お姉ちゃん。ソニアさんと一緒は恥ずかしいって言ってるのに・・・」
リアンが顔を赤くしてもじもじする。可愛い。
「うーん、そうね。リアンも男の子だものね。・・・じゃあ、リアンはディルに任せるわね」
「ん? あ、ああ。いいぞ」
あれ? ネリィ、前と言ってること違くない? 前はまだ子供なんだから・・・とか言ってたのに。
順番にシャワーを浴びたら、皆明日に備えて早めの就寝だ。ベッドが三つしか無いから、ネリィとリアンが一緒のベッドで寝て、コルトとディルが余った二つを使う。ウィックはカレンが持って来てくれた布団を床に敷いて寝る。
そんな皆に「おやすみなさい」と挨拶して、わたしはテーブルの上にわたし用の布団(寝袋)を敷いて目を閉じた。
「本当、狭いわよね。隣の部屋が空いてないから仕方ないんだけど・・・」
暗い部屋の中、ネリィがポツリと愚痴を零す。そのささやかな愚痴に反応したのは、やっぱりウィックだった。
「同じ部屋のほうが何かと都合がいいっすからね」
「そういう問題じゃないのよ。こうやって男と同じ部屋で寝るっていうことが問題なのよ」
「大丈夫っすよ。俺はネリィみたいなお子様には興味無いっすから」
「はぁ!? あたしは立派な大人よ!背だって高い方なんだから!」
ガバッとネリィが布団を跳ね除けて起き上がるような音が聞こえた。
「もう、喧嘩してないでさっさと寝ろよ。なんの為に早めに修行を切り上げたんだよ」
今度はディルの呆れたような声が聞こえた。
「そうっすね。子供はよく寝ないと成長出来ないっすからね」
「アンタいちいちムカつく言い方するわね・・・」
ウィックのそういう性格に助けられる場面もあるんだけど、今は完全に逆だよ。
「俺は姉御みたいな女性がタイプっす。姉御が人間だったら流石の俺も一緒の部屋では寝られないっす」
「黙って寝てろ!」
「黙って寝なさい!」
「ぐへっ・・・!」
誰かがウィックに蹴りを入れたみたいだ。ディルかネリィ・・・それかどっちもか。
・・・何この修学旅行みたいな雰囲気。
ウィックが黙ったのを見計らって、わたしは寝る前にディルに聞きたかったことを聞く。
「ねぇ、ディル。まだ起きてる?」
「ソニア? まだ起きてたのか? ウィックのアレは冗談だからな?」
「いや冗談じゃないっ・・・ぐふっ!」
またウィックが蹴られたけど、敢えて触れない。
「ディルに聞きたいことがあったんだけど・・・」
「なんだよ改まって」
「ディルの目標って何?」
「それは・・・いつか達成した時に話すよ」
「なにそれ?」
「すぅすぅ・・・」
わざとらしい寝息を立てたディルは、これ以上聞いても答えてくれなさそうだ。
ま、いつか話してくれる気があるんならそれまで待っていよう。
読んでくださりありがとうございます。ソニアは人間の頃は皆で恋バナをしている横でスヤスヤと寝ていました。




