115.いただきます!
「うどんをお湯に投入!!」
ポチャン!
わたしは沸騰するお湯の中にうどんを勢い良く入れた。めっちゃ熱湯が跳ねてきたけど、わたしは妖精なので何ともなかった。妖精で良かった。
「あたし、今のうちにリアンを呼んでくるわね。カレンちゃん、悪いけど鍋の様子見ててくれる?」
妖精サイズではなく、人間サイズのお鍋でうどんを茹でていたネリィがそう言ってカレンに菜箸を渡す。
「じゃあ、すぐに戻ってくるけどお願いね」
「分かりました。ネリィさん」
ネリィはやや早足でリアンを呼びに厨房から出て行った。すると、菜箸を受け取ったカレンが隣で妖精サイズのお鍋でうどんを茹でているわたしを見下ろして「そういえば・・・」と口を開く。
「ソニアさんが使ってるお鍋とかってユータが作ったんですよね?」
「そうだよ。ユータと鉄の妖精の合作だね」
「へぇ~、ユータがねぇ・・・」
カレンはそう言いながら嬉しそうに微笑む。
「どうしたの?」
「あ、いえ。ユータって最近まで『俺はカッコイイ武器しか作らないんだ!』とか言って何の依頼も受けずにぐーたらしてたんですけど、最近はコルトさんのお陰で変わったみたいで・・・もちろん良い方向にですけど!」
「そっか!」
コルトとはまだ知り合ったばかりで決して長い付き合いとは言えないけど、コルトが褒められるとなんだかわたしも嬉しいな。一生懸命に頑張ってるのを知ってるからかな。
「ところで、他の従業員はどうしたの? お客さんの料理とか作らなくて大丈夫なの?」
「従業員とお客さんには事前に話してありますよ。皆さん妖精さんのお願いならって快く許してくれました!」
なんて優しい世界! こんな人達がたくさんいると、わたしも優しくあろうと思えるよ。
グルグルとうどんを茹でていると、突然誰かに抱き着かれた。
「雷の妖精! 私が来たよ!!」
「わっ! 土の妖精!」
抱き着いてきたのはアホ毛を元気に揺らした土の妖精だった。うどんを茹でてる最中で普通に危なかったけど、そんな野暮ったいこと言わない。
ニコニコと笑う土の妖精の後ろから、無表情の鉄の妖精がひょっこりと出てきた。
「お待たせ。土の妖精を連れて来たよ」
「いいタイミングだよ鉄の妖精! ちょうど今うどんを茹でてるところだからね!」
「私もう雷の妖精が作るカレーうどんが楽しみでしょうがないよ!もうすぐ出来るの?」
土の妖精がそう言いながらわたしの体を揺すってくる。鍋がガタン!と揺れた。
「もうすぐだから、わたしを揺すらないで大人しく待っててね」
なんだか幼い子供の面倒を見てるみたいだね。実際は何億年も生きてる妖精なんだけど、そうは見えないね。
「楽しみだよ。ね? 鉄の妖精」
「そうだね。土の妖精」
わたしの隣で鉄の妖精と土の妖精が仲良く手を繋いで茹でられるうどんを眺めている。まるで幼い姉弟みたいだ。
和やかな空気が流れるなか、ネリィとリアン、それからコルトも厨房に入ってきた。
「うどん茹で上がった~?・・・って妖精が増えてる!?」
「あ、牢屋でソニアさんが釣った妖精だ」
「ふぁ~~っあ・・・あれ? 僕まだ寝ぼけてる? 妖精さんが3人いるように見える」
3人が土の妖精と鉄の妖精を見て目を見張ったけど、妖精はわたしで見慣れたのかすぐに通常運転に戻った。
「リアンにコルトまで・・・まだ寝てても良かったんだよ? わざわざ起きてこなくても・・・」
「いや、実は僕、昨日から何も食べてなくて、お腹が空いて起きちゃったんです」
「え!? じゃあユータも今頃腹ペコで倒れてるんじゃ・・・」
大きなお鍋でうどんを茹でていたカレンがそう言って手を止める。
「カレンちゃん、うどんはあたしが変わるから呼んできていいわよ」
「ありがとうございます。ネリィさん!」
カレンが走って厨房から出て行く。それと入れ替わるようにディル達が帰ってきた。
「流石ディル。食べ物に関しては鋭いね。もう出来上がるところだよ!」
「だろ? そろそろかなって思ったんだ!・・・あれ? 妖精が増えてる」
ディルがチラリと鉄の妖精と土の妖精を見ながらカレンが茹でるうどんを見る。その後ろからウィックが挙手して口を開く。
「姉御、今からもう一人分追加出来たりするっすか?」
「ん? うどんならそっちの大きな鍋で大量に茹でてるから足りると思うけど、誰か来たの?」
ウィックの後ろから申し訳なさそうに大きな肩を竦めたジェイクが顔を出した。
「あ、ジェイ・・・」
「ジェイクさん! うどんなら今あたしがいっぱい茹でてるから大丈夫ですよ! あとでよそってあげますね!」
わたしが何か言う前にネリィに全て言われてしまった。
「ありがとうネリィちゃん。・・・それと、あとで落ち着いたらお話し出来るかな? ネリィちゃんとリアン君のお父さんについて話があるんだ」
ジェイクが気遣うような顔でネリィとリアンを見る。
「・・・お父さんに何かあったんですか?」
「大丈夫だよ。決して悪い話ではないから安心して」
「そ、そうなんですか! 分かりました!」
ネリィとリアンが安心したように微笑み合う。
ジェイクが入ってきたことで広い厨房も少し狭くなってきた。わたしがうどんを茹でている大きな台を皆が囲んでいる状態だ。皆から見られながら茹でるのはなんだか居心地が悪い。
皆それぞれ雑談してるみたいだけど・・・視線だけはわたしに向いてるんだよね・・・。なんでだろう?
茹で上がったうどんを丼ぶりによそっていると、カレンがユータの手を引っ張って厨房に戻ってきた。なんだかユータの顔が赤い気がする。
「ごめんなさいネリィさん。今茹でるの変わりますね!」
「大丈夫よ、もう茹で上がるところだから。カレンちゃんはユータ君と一緒に待ってて」
ネリィがカレンに目配せをする。何が伝わったのか、カレンは明らかに挙動不審なユータを引っ張って眠そうなコルトの隣に立ってうどんを待つ。
「雷の妖精、早くスープをよそってよ!」
「分かった、分かったから! 土の妖精はいちいちわたしを揺すらないで!」
わたしは自分の分と土の妖精の分、それから鉄の妖精と、調理器具を作ってくれたユータとコルトの分もよそってあげる。
頑張ってくれたからね。ちゃんとお礼をしないとっ。
ネリィとリアンが皆に丼ぶりを配ってるのを横目に、わたしは小さなお盆にカレーうどんを2つ乗っけて、コルトとユータの元に零さないように慎重に飛んで行く。
「はい! コルトとユータにどうぞ! 二人とも調理器具やら魔剣やらありがとね!」
「どうぞ!」とカレーうどんを差し出す。二人は一瞬凄く嬉しそうな顔をしたあと、カレーうどんを見て微妙な顔をする。
「あ、あれ? いらなかった・・・?」
「い、いや違うんです! すっごい嬉しいんですけど・・・ただサイズが・・・」
隣のユータもコクコクと頷く。
・・・あっ、そうだよね。妖精サイズのカレーうどんを渡されたところで、どうしたらいいか分からないよね。失敗、失敗。
「ご、ごめんね。これは下げるね・・・」
「あっ・・・」
わたしはお盆を持って回れ右する。すると、ずっとわたしのことを目で追っていたディルがすいっとわたしの前にやって来る。
「なんだ? コルトとユータが食べないなら俺が食うぞ!」
ディルがわたしの持っているお盆に手を伸ばす。それをコルトがバシッと叩いた。
「食べます! 僕が食べます!」
「俺も! 俺も食べる!」
コルトとユータがディルには取られまいと小さなカレーうどんを手に取る。
「でも、少なくない? それ妖精サイズだよ?」
「これとは別にちゃんと食べるから大丈夫です。それに、大事なのは大きさじゃなくて気持ちですから!」
隣のユータもコクコクと頷く。
「そっか・・・じゃあどうぞ! わたしの気持ちを召し上がれ!・・・なんちゃって!」
自分で言って恥ずかしくなっちゃった。
わたしはポカンとめを丸くするコルトと恨めしそうにコルトを見るディルを置いて、さっさと土の妖精の元に戻る。ネリィが全員にカレーうどんが行き渡ったのを確認して、すぅと大きく息を吸って口を開く。
「全員に行き渡ったわね? それじゃあ皆で、いただきます!」
「「いただきます!!」」
一斉にズズズッと麺を啜る。
「「うまいっ」」
「「美味しい!」」
皆が口々に「美味しい」「美味い」と言ってくれる。
うん。満足してもらえたようで何よりだよ!
皆が美味しそうに笑って食べる様子を見てから、わたしは生地を休ませてる間に作っていたある調味料を自分のカレーうどんにかける。
わたしはカレーライスにもカレーうどんにもコレをかけるのが好きなんだよね~。
調味料をかけていると、隣から土の妖精と鉄の妖精の会話が聞こえてきた。
「食べやすくて美味しいよ。ね? 土の妖精?」
「鉄の妖精はそうでしょうね。でも私は何かもの足りない・・・あっ、雷の妖精それなに!?」
土の妖精がガバッとわたしの肩を両手で揺する。
「うわぉ!・・・えっと、これはマヨネーズって言うの。簡単に作れて凄く美味しいんだけど・・・土の妖精もかけてみる? たくさん作ったから」
「かけるよ! かけるよ!」
なんか凄い食いつきようだね。・・・さてはマヨラーだな?
「はいどうぞ!」
ボウルに入ったマヨネーズをスプーンですくって麵の上に乗せてあげる。土の妖精がゴクリと唾を吞んだあと、ズズッと麵を啜る。
「これだよ・・・これだよぉ・・・」
「えっえっ? どうして泣くの!?」
「なっ懐かしくてぇ・・・約束守ってくれてありがとぉ~! ずっと食べたかったんだよ~!」
土の妖精がカレーうどんを置いて、涙でぐしゃぐしゃになった顔でギュッとわたしに抱き着いてくる。
そんなにマヨネーズが食べたかったの!? すんごいマヨラーだ!?
「・・・ハァ。続きを食べよっ」
落ち着いた土の妖精が箸を持ち直す。わたしも自分のカレーうどんを食べようとしたら、真上からディルに話しかけられた。
「どうしたんだ?」
「あ、ディル! ディルもコレ付けてみる?」
マヨネーズが入ったボウルを掲げてディルに見せる。
「なんだこれ?」
「マヨネーズ! 土の妖精はこれがずっと食べたかったんだって」
「へぇ~、じゃあちょっと貰うな」
「ちょっと」と言いながら半分くらいすくって自分のカレーうどんにかけたディルは、マヨネーズと一緒に麵を啜って微妙な顔をする。
「美味しいけど・・・なんか、カレーうどんの美味しさを色々と台無しにした気がする」
「えぇ~・・・」
・・・カレーうどんの辛みとマヨネーズの酸っぱさが合わさるのがイイ感じなんだけどな~。
最後にディルが感動の雰囲気を台無しにして、当初の予定より大掛かりになったカレーうどん試食会は終わった。
読んでくださりありがとうございます。個人的には中濃ソースもアリだと思います。