113.「デ、デート!?」
ディルの気持ちの籠った説得のお陰で、コルトに魔石を破壊する為の魔剣を作って貰えることになった。
今はどんな魔剣にするかの話し合いの最中だ。
「色は黒がいい! それから、同じのを二本欲しい。あと、カッコイイ鞘とかもあったらいいな!」
ディルがいつになく元気だ。自分用の武器が嬉しいらしい。わたしは元気に揺れるディルの頭の上で寝転んで、2人の会話を流し聞く。
久しぶりにはしゃぐディル。微笑ましいね。
「悪いけど全部は無理だよ。色は出来るだけ黒くするし、鞘も作る。・・・でも同じの二本は無理」
「ええぇ!? なんで!?」
ディルがガックリと肩を落とす。わたしもディルの頭の上から「お願いだよ」と言うけど、コルトは申し訳なさそうな顔で「無理な物は無理なんです」としか言わない。
「物理的に無理なんだよ・・・魔剣に使う魔石がこれ一個しかないのにどうやって二本目を作るのさ。どうしても二本使いたいなら鞘でも持ってなよ」
「さやぁ? そんなのただの棒じゃん!」
ディルがそう言って憤慨する。
そんなに二刀流がいいのか・・・。
「ただの棒ではないけど・・・とにかく、一本は必ず満足してもらえる魔剣を作るから、完成するまでどっか行っててよ。集中できない」
コルトが「しっしっ」とディルを追い出すように手を振る。
「いつ完成するんだ? 俺、それまでここで待ってるけど」
「そんなすぐにはできないから。どんなに頑張っても今日中は無理。早くて明日の朝かな」
「え~・・・じゃあ明日の朝また来る」
「そうしてよ。僕もう作業に取り掛かるから」
ディルが立ち上がり、とぼとぼと歩き出す。わたしはディルの頭の上で「よいしょ」と起き上がってコルト達に声を掛ける。
「コルト、鉄の妖精、ユータ、魔剣と調理器具よろしくね! 頑張って!」
「ふぁいとっ」とエールを送ると、3人とも笑顔で頷いてくれる。
「はい!」
「頑張るよ」
「おう!」
鍛冶工房を後にしたディルは、わたしを頭に乗せたまま用もなくぶらぶらと朝の街を歩く。
「俺なんか凄い見られてる」
ディルが歩きながら周囲を見渡す。こっちを見ていた人達がさっと視線を逸らした。
「気のせいだよ」
いや、気のせいではないけど、気にし出したらキリがないよ。
「それより、どこに向かってるの?」
「うーん・・・別にどこにも・・・あっ、せっかくだからこのままどっかで朝飯食おうかな」
「いいんじゃない? わたし久しぶりにパンが食べたいな」
くるみ村のクルミパンが恋しくなってきちゃった。
「やだ、肉がいい」
「パンがいい」
「肉」
「パン」
「・・・肉」
昔からそう。ディルは食べたい物を譲らない。
「肉が良い」と意見を譲らないディルは、あるお店を指差して口を開く。
「ここのお店。最近出来たらしいんだけど、結構美味しいんだってよ。カレンに教えて貰った」
「・・・本当だ。まだ朝なのに何人か並んでるね・・・ところでカレンって誰?」
わたしはディルの頭の上から降りて隣に並んでそう問いかける。
聞いたことない名前だけど・・・女の子の名前だよね?
「宿で働いてる女の子だよ。俺と同じ歳なんだって。・・・明るくて元気で良い子だよな」
「あ~! 昨日の兵士とお話ししてた子ね。カレンって言うんだ~。可愛い女の子だったもんね」
「・・・」
ディルが何かを期待するような目で無言でわたしを見てくる。
え? なんか変なとこで会話終わっちゃったよ!?
そんな不満そうなディルと一緒にお店の列に並ぶ。
「お待たせしました。一名様で・・・え? ソニア様!? 二名・・・一名・・・二名様ですね?」
「どっちでもいいですけど、1人用の席で大丈夫です」
店員さんにチラチラと見られながら席に案内して貰う。外の景色がよく見えるテラス席だ。ディルが席に着くなり早速注文すると、店員さんは足早に去っていった。
「あの店員さん。どうしてわたしの名前知ってたんだろう?」
「昨日、色んな人が宿に押し寄せて来てたからな。そこにいたんじゃないか? それか、そこにいた誰かに聞いたとか」
「確かに、たくさん来てたもんね。わたしプチ有名になっちゃった!」
というか、テラス席だからすんごい通行人に見られるんだけど・・・。
「・・・なぁソニア」
のんびりと外を眺めていたら、ふいに声を掛けられた。視線をディルに向けると、難しい顔をしてわたしを見ていた。
「その・・・ソニアって嫉妬とかヤキモチとかってしないのか?」
「え? 急にどした?」
なんか・・・ディルの口から「嫉妬」という言葉が出てくるのが違和感しかない。
「いや、今朝ソニアが起きてくる前にネリィに言われて・・・とにかく! どうなんだ!?」
ずいっと顔を近付けて聞いてくる。
「したことは・・・あーるない」
「はい?」
「ないよ」
人間だった頃に色恋沙汰で悩んだことなんて無いし、友達関係で羨ましいと思うことはあったけど、別に嫉妬とかじゃないしね。
強いて言うならリアンの頭をわたしも撫でたいと思ったことくらいかな?
「うん。嫉妬とかしたことないかも。凄くない? わたし人間じゃないみたいだね」
「そっか・・・ソニアは人間じゃないもんな。そうだよな・・・ハァ」
あっ、今のわたしは本当に人間じゃないんだった! 妖精になって感情が無くなってるとかないよね? ・・・それは流石に違うか。ミドリちゃんとか普通に感情爆発してるし、わたしもさっきディルから知らない女の子の名前が出てきたと思ってズキッてしたし・・・ん? これって嫉妬? まさかね。
「お待たせしました。こちら、朝食セットです」
店員さんが運んできてくれたのは、お水とサラダとハンバーガーだった。ハンバーガーにはわたしの腕よりも分厚いお肉が挟んである。
これのどこが朝食セットなの? 朝からこんな分厚いお肉食べるのなんてディルくらいだよ。
「はいこれ。ソニア、パン食べたいって言ってただろ?」
ディルがそう言って、テーブルの上に座っているわたしにハンバーガーのバンズ部分を少しちぎって渡してくれた。
「いや、パンがいいって言ったけど・・・まぁ、いいや」
もぐもぐ・・・もぐもぐ・・・。
これじゃないんだよなぁ。確かにパンだけど・・・バンズじゃん。
「うん。やっぱり朝は肉だよな! 美味しい!」
「見てるだけで胃もたれしそう」
「妖精って胃もたれするのか?」
「分かんないけど、わたしは朝からお肉は無理かな」
「妖精だもんな」
・・・それは関係無いと思うけどね。
その後、ディルはハンバーガーを追加で3つも平らげた。お会計を済ませてお店から出ると、長い長い行列が出来ているのが見えた。
「わたし達たまたま空いてる時に来たんだね~。よかった~」
「本当だな・・・あれ? あそこにいるのって・・・」
ディルが列を眺めている1人の少女を凝視する。
「さっき言ってたカレンだね。何してるんだろう?」
カレンが手作りっぽいかごを片手に持って、お店に並んでいる行列をまじまじと見つめている。
「おーい、カレン。何してるんだ?」
ディルが大きく手を振ってカレンの方へ駆け寄る。わたしもディルの真似をして手を振って見るけど、ちっちゃいわたしが見てるか怪しい。
「あ! ディルさんにソニアさ・・・様」
「『さん』でいいよ! なんなら『ちゃん』でも呼び捨てでもいいよ!」
「ソニアさんで・・・」
カレンが上司にサムイ冗談を言われた時のわたしみたいな顔になってる・・・! ショック!
「カレンはこんなとこで何してんだ?」
ディルがショックを受けるわたしの頭をポンポンと慰めるように叩きながらカレンにそう尋ねる。
「夕飯の買い出しの最中だったんですけど・・・凄い行列だなぁって思ってつい立ち止まって見ちゃってました」
「いつも並んでるんじゃないのか?」
「並んでますけど、こんな行列が出来てることなんてなかったですよ」
「そうなのか。俺達、さっきまでここでご飯食べてたんだけど・・・何かあったのかな?」
ディルとカレンがわたしを見る。
「わたしに聞かれても・・・」
美味しい食べ物は人を引き寄せるからね。・・・わたしはバンズしか食べてないから分からないけど。
「あっ、そうだ! カレンに聞きたいことがあるんだよ!」
わたしはカレンの目の前に飛んでニコリと微笑む。
「え!? ソニアさんが私に? なんですか?」
「宿で前にカレーうどん出したでしょう? あれの具材ってどこに行ったら手に入るの?」
「それなら、ちょうど今から買いに行くところですけど・・・一緒に行きますか? その・・・お二人のデートのお邪魔でなければ」
「デ、デート!?」
ディルが今日一番の大きな声を出した。真後ろからいきなり大声を出されて体がビクッと跳ねる。
「え、デートですよね? ユータから男女2人でお出掛けするのがデートだって聞いたんですけど」
「わたし達はそのユータの鍛冶工房に行ったあと、帰りにここのお店でご飯を食べてたんだよ」
放心状態のディルの代わりにわたしが答える。
「そうだったんですね! どうでした? 美味しかったですか?」
「どうだろう? わたしはバンズしか食べてないから・・・」
「・・・変わった食べ方をするんですね」
変わった食べ方をわたしにさせたのはディルなんだけど・・・。
「でも、ディルは美味しいって言ってたよね? ・・・ディル?」
ディルが耳を赤く染めて口をパクパクしている。
デートって言われて恥ずかしいのかな? そういうお年頃だもんね。
「カ、カレーうどんの具材を買うんだろ!? さっさと行こうぜ!」
声が裏返ってるよ・・・。
「 早くしないといいお野菜が無くなっちゃいます!」
カレンと一緒に野菜やお肉などが売っている市場へ向かう。馴染みのある野菜やわたしの見たことのない野菜が綺麗に並べられて売っている。カレンに色々と教えて貰いながら、カレンが買う物と同じ物を買っていく。全てを買い終える頃にはもうお昼になっていた。
「やっぱりお買い物は1人より誰かと一緒の方が楽しいですね! 前まではユータも一緒だったんですけど、最近はコルトさんのところで忙しそうだったので、久しぶりに楽しかったです!」
前を歩くカレンがクルッと振り返って眩しい笑顔を見せる。だからわたしも笑顔を返す。笑顔には笑顔を。
「わたしも楽しかったよ!」
「フフフッ」と笑い合う。こんな時間を戦争なんかで失いたくないよね。
・・・その為にもカレーうどんを作らなきゃ。
「ねぇ、カレン。出来ればでいいんだけど、明日宿の厨房を使わせてくれないかな? そこでカレーうどんを作りたいの!」
「えぇ!? ソニアさんが作るんですか?」
カレンがわたしのちっちゃな手と自分の手を見比べる。
「うん。わたしが作るの」
「ソニアさんがそう言うなら・・・ぜひ使ってください! そして見学したいです!」
「使わせて貰うんだし見学くらいいいけど、妖精サイズなだけで普通のカレーうどんだからね? 期待しないでね?」
「はい! 分かりました! 楽しみにしてます!」
・・・わたしの言葉が伝わってないよぉ。
宿に着いて早々にカレンは急いで厨房に向かって行く。
「ディルさん。かごを持ってくれてありがとうございます。ソニアさんの買った具材はそのまま宿の厨房で保管しておきますね!」
「うん。ありがとう! 明日また声を掛けるね!」
「はい!」
部屋に戻ると、ネリィとリアンが先に昼食を食べていた。それを見たディルが急いで一階に戻って自分の分の昼食を取ってきた。
昼食を食べたあと、わたしはリアンと一緒にお昼寝の時間だ。
寝たいときに寝れる・・・幸せだね。
わたしが起きる頃にはウィックが戻ってきていて、ディルを連れてどこかに行った。ウィックに本気で修行をつけてもらうらしい。
「わたし達は部屋で遊んでよっか!」
朝からどこか落ち着きのないネリィとリアンと一緒に、お喋りしたりかくれんぼしたりして夜まで過ごす。久しぶりにのんびりした時間だ。
「ソニアちゃんがいると何だか心がぽかぽかするのよね。なんでかしらね?」
「僕も、ソニアさんがいると楽しいよ」
枕の上でダラダラしてたらそんなことを言われた。
怠けてただけなんだけど・・・まぁ、でも、2人とも朝よりは自然に笑えるようになったかな?
わたし達が眠るまでコルトにディルとウィックも戻ってこなかったけど、朝起きたらディルとウィックは部屋の隅でネリィに寝相の悪さを怒られていた。
読んでくださりありがとうございます。ユータとカレンはただの幼馴染です。・・・まだ、ただの幼馴染です。