112.お代は笑顔で
目が覚めると、隣で美男子が寝ていた。
「うぇ!? なにこの状況!?」
・・・・・・あっ、なんだ鉄の妖精かぁ。びっくりした。
わたし用の小さな寝袋の横で、鉄の妖精がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
・・・っていうか、なんか暗くない?
不自然なほど暗い。よくよく周囲を見てみると、わたしと鉄の妖精の周りを鉄の壁が囲っていた。
わたしを守ってくれてる・・・のかな?
わたしは「かれぇうどぉん」と寝言を言っている鉄の妖精を寝かせたまま、鉄の壁を通り抜ける。
「あ、ソニア! 無事か!?」
「ディル! おはよう! いえぇい!」
特に意味もなくペチッとハイタッチする。わたしの掌とディルの指で。
こういう些細なスキンシップが出来るって素晴らしいことだよね! なんとなくそう思う。
「おはよう・・・じゃなくて、鉄の妖精に何もされてないか? 大丈夫か?」
ディルがそう言いながらわたしの頭からつま先まで視線を流す。そんなにマジマジと見られると流石に恥ずかしい。
「別に・・・寝てただけだけど・・・何?」
「そ、そうか。そうだよな。いや、なんでもない」
ディルが自分に何かを言い聞かせるように頷いたあと、ポスンとベッドに座った。
ほんと、思春期の男の子って何を考えてるのか分からないね。
「ハァ」と溜息を吐く。すると、後ろからネリィに頭を指で撫でられた。
「まったく。妖精に対して何の心配してるんだか・・・」
ネリィが呆れ顔でそう言い、隣で手を繋いでいるリアンが眠たそうな顔で「おはよぉ」とわたしを見上げる。
「2人ともおはよう。・・・あれ? コルトとウィックは?」
部屋の中にはわたしと、ディル、ネリィ、リアンしかいない。
「おはようソニアちゃん。ウィックは戦場の仲間たちが気になるって言って出ていったわよ。コルトはディルに昨日の話を伝えたあと、ソニアさんの役に立つんだって意気込んでどこかにいったわ」
「・・・そうなんだぁ。ウィックは戦場に行ったんだろうけど、コルトはどこに行ったんだろう・・・心配だよ」
「ああ、コルトならたぶん近くの鍛冶工房だと思うぞ。いつもそこで色んな物を直してたりしてたから」
じゃあ、そこでわたしの調理器具を作ってくれてるのかな? 正直、それよりも王様の魔石を壊す方法を話し合いたかったんだけど。・・・ま、作業しながらでも大丈夫だよね!
うんうんと自分の考えに頷いて、テーブルの上から飛び上がる。
「ん? ソニアどこに行くんだ?」
「コルトのとこに行こうかなって」
「場所は分かるのか?」
「・・・分かんない」
ディルが「ハァ」と溜息を吐いて立ち上がる。
溜息吐かれちゃったよ・・・。
「俺も一緒にいくよ。ソニアは動く前にもう少し考えた方がいいぞ?」
ごもっともなんだけど・・・ディルには言われたくないよぉ。
「まったく・・・どの口が言ってんのよ。・・・ソニアちゃん、行く前にこっちにおいで。髪結んであげる」
ネリィに髪を結んで貰って、わたしとディル、それから寝起きの鉄の妖精も一緒にコルトがいる鍛冶工房に向かう。
「ディル、その荷物どうしたの?」
わたしはディルが持っている大きな革袋を指差す。
「これはウィックが海賊船から持ってきた魔石だ。海でたくさん魔物を倒しただろ? その魔石だよ」
「いや、それは分かってるんだけど、なんでそれを今持って行くの?」
「コルトに聞きたいことがあるんだ。・・・それよりも、なんでこいつも一緒なんだよ」
ディルがグイッと鉄の妖精の頬を指で突く。鉄の妖精は嫌そうにディルの指を払った。
「雷の妖精のお気に入りだから許すけど、この人間、俺に対して失礼過ぎるよ」
それはわたしも少し思ってた。
「どうしてディルは鉄の妖精にきつく当たるの? 宿を出る時も睨んでたし、仲良くしなきゃダメだよ?」
「いやだって・・・・・・ごめん。俺が情けなかった」
うん。素直で良い子だね! ぜんぜん情けなくなんてないよ!
鍛冶工房に着くと、コルトが汗を流しながら片手に持っている小さな鉄の塊を睨んでいた。隣には自称弟子の少年もいる。わたしは「おはようコルト!」と手を挙げて近付く。
「あ、ソニアさん。おはようございます。・・・そんなに堂々と姿を出して大丈夫なんですか?」
「うん。昨日皆にバレちゃったしね。今更かなって思って」
「確かにそうですね」
ここまで来る途中で何人かに物凄く凝視されたけど、騒ぎにはならなかったからね。
「コルトは何してるの? わたしの調理器具作ってくれてるの?」
「はい。そうなんですけど・・・」
コルトが言いながらわたしに小さな鉄の塊を見せてくる。
「ここにある鉄じゃあ強度が足りないんですよ。小さく細くすれば折れるんです」
それは困ったなぁ。小さくて細くなきゃわたしが使えないし。
「師匠、ごめんなさい。俺が持ってる鉄じゃ役に立てなくて・・・」
「いや、鍛冶工房を使わせてもらってるだけで十分だから。僕の鉄に対する知識が足りなかっただけだよ」
・・・・・・ん? 鉄のことなら適任がいるじゃん!
「鉄の妖精・・・」
「この鉄を使ったらいいよ」
わたしが鉄の妖精にお願いする前に、鉄の妖精がポンポンと小さな鉄をコルトの前に出していく。
「融点はかなり高いけど、そのかわり強度なら問題ないハズだよ」
「あ、ありがとうございます! ・・・えっと、鉄の妖精さん!」
「うん。カレーうどんの為に励んでよ」
コルトが嬉しそうにその鉄を持って、弾むような足取りで作業場に戻っていった。わたしはそのコルトの後ろをついて行く。
「ねぇ、コルト。今話しかけても大丈夫?」
「ソニアさん。大丈夫ですよ」
コルトは手元で作業しながら答えてくれる。
「昨日話せなかった王様の魔石を壊す方法を今のうちに話し合いたいんだけど・・・さすがに作業の邪魔かな?」
「いや、時間が無いのは分かってますし、ちょっと細かい作業ですけど、もう慣れましたから話しながらでも大丈夫ですよ」
「そっか、じゃあ・・・」
「じゃあ、俺からコルトにお願いがあるんだけど・・・俺に魔剣を作ってくれ」
わたしの声を遮って、ディルが魔石が入った革袋をドスッとコルトの横に置いて、真っすぐにコルトを見つめて言う。
「・・・今朝ディルにも話したと思うけど、それは難しいんだよ。魔石を破壊するほどの強力な魔剣は制御が難しい。王様も一緒に死んじゃうよ」
「俺が制御する。だから大丈夫だ」
ディルの目に迷いは無い。よく分からないけどすごい自信だ。
「でも・・・」
コルトは眉をひそめて口ごもる。
「コルト、もう言い訳はいいよ」
「え?」
ディルの淡々とした口調に、コルトが思わず作業の手を止める。
「親友を自分の作った剣で亡くして、剣を作るのが怖いのは仕方ないと思う。でも、それを理由に逃げ続けても自分が辛いだけだと思うぞ。なら、克服して前に進まなきゃダメだろ」
そうだよね。わたしもディルの言う事は正しいと思う。でも・・・
「克服して前に進んでどうなるのさ。怖いものは怖いんだ。僕はディルと違って弱虫なんだよ! そんな簡単に克服なんて出来ない!」
でも、前に進むには凄く勇気がいるんだよ。努力して苦手を克服するのとは訳が違うんだ。トラウマはそう簡単には拭えない。皆が皆ディルみたいに最初から勇気を持っているわけじゃない。
「ディル、あんまりコルトに無茶させないで・・・」
「今はソニアは黙っててくれ」
ディルに睨まれた。思わずビクッと体が強張る。
・・・に、睨まれた。ディルに本気で睨まれたっ。
「あっ・・・ごめん、今はちょっと男同士で話したいんだ。ソニアに対して怒ってるわけじゃないから・・・・・・そんな泣きそうな顔しないでくれよぉ」
ディルの怖い顔が一瞬で情けない顔になった。強張った体が解れていく。
「う、うん。でも、乱暴はダメだからね?」
「分かってるよ」
ディルはわたしに微笑んだあと、真剣な表情でコルトに向き直る。
「それで・・・コルトは何が怖いんだ?」
「・・・僕が作った魔剣で、僕の大切な人が傷付くのが嫌なんだ。もし、強力な魔剣を敵に奪われたりしたらディルもウィックもきっと死んじゃう。もしかしたらソニアさんも死んじゃうかもしれない。それはディルも嫌でしょ?」
「当たり前だ。でも、それって俺が王様に剣を奪われるかもしれないってことか?」
「だって、昨日はボロボロに負けたって・・・」
「・・・負けたな。でも、次は勝つから大丈夫だ。その為に色々と作戦も考えるし、強くなるために修行もこれまで以上に頑張るつもりだ」
ディルが自信満々に言う。それが慢心じゃないと思えるのは、今までのディルを見てきたわたしだからだろうか。ディルはこれまで何度も負けて来た。でもその度に強くなってきたから。
「どうしてディルはそう言い切れるの? どうしてそんなに体を張れるの?」
コルトが震える自分の手を見つめたあと、強く握り絞められたディルの拳を見て言う。
「どうしてって・・・だって、笑って欲しいだろ?」
「え?」
「好きな人には笑って欲しいだろ? 出来れば俺の隣でな。正直コルトの事情なんてどうでもいいんだ。ソニアの笑顔を守る為に魔剣を作ってくれよ」
ディルが口角を上げてコルトの震える手を握る。
「それは・・・僕じゃなきゃ出来ないことなの? 他の鍛冶師でも・・・」
「何言ってんだよ。俺は・・・俺と同じでソニアが好きで、国一番の鍛冶師のコルトに頼んでるんだ。他の鍛冶師なんか信用できない。お前しか出来ないんだ」
「え、ちょっ、ディル! 僕の気持ちバラさないでよ!」
コルトが顔を赤くして握られたディルの手をブンブンと振り回す。
「大丈夫だ。どうせソニアは分かってない」
ん? ちゃんと分かってるよ!
「わたしもディルとコルトのことは好きだよ!」
ニッコリと笑ってディルとコルトを見る。ディルが「ほらな?」と訳知り顔で言い、コルトは数秒間わたしを見つめて固まったあと、決意の表情でディルを見る。
「魔石を破壊できる魔剣・・・作って見せるよ。笑顔を守るために」
「おう! 頼んだぞ!」
ディルが満足そうに言って、魔石が入った革袋をコルトに差し出す。
なんだかよく分からないけど、コルトが前に進む気になってくれたなら良かった! 男同士の友情って最高!
「あっ、でも・・・ディルって闇の適性以外に何かあるの? 闇の適性持ちがそれ以外の適性を持ってるなんて話聞いたことないけど・・・」
「・・・一応あるぞ」
ディルがポケットから黄色の魔石を取り出す。
「それって古代の魔石だよね? 使える人なんて・・・」
「使えるぞ。えっと・・・」
ディルがキョロキョロと周りを見て、鉄の妖精に目を止める。
「あ、鉄の妖精。砂鉄って出せるか? 砂みたいな鉄なんだけど・・・」
「ああ、あれだね。出せるよ。ほら」
鉄の妖精がどばーっと砂鉄を地面に出してくれる。ディルが黄色い魔石・・・もとい雷の魔石をそこに近付けると、表面に砂鉄がくっついた。
「えーっと・・・古代の魔石を使えるのには驚いたけど・・・これだけ?」
「これだけだ」
シーンと場の空気が鎮まる。わたしは慌ててコルトとディルの間に入って口を開く。
「いやいや! 砂鉄は凄いんだよ! わたし、この間これで城壁に穴空けたんだから! ほら! こうやって!」
わたしは電気で砂鉄を操って床に向かって思いっきり放つ。
バチバチ!ドゴォン!
床が大きく抉れて、そこに転がっていた魔石が何個か砕けた。
「ああ! 鍛冶工房があ! 親父に怒られる!」
少年が床に手を付いて悲鳴を上げる。
うわぁ! やっちゃったぁ!
「あぁ、ごめんなさい! わたしも一緒に謝るよ!」
「そ、それはそれで怒られそう・・・」
少年が「どうしよう!」と頭を抱える。
やってしまったことはしょうがない。もはや謝るしかないと思うんだけど・・・。
そんな少年とわたしの横で、ディルとコルトが砕けた魔石を片手に持って見つめ合う。
「・・・ディルもあの魔石で同じようなこと出来るの?」
「え、どうだろう? やってみる」
ディルが魔石を発動させて砂鉄をくっつける。そして集中するように魔石をじっと見つめる。すると、魔石にくっついている砂鉄が震え始め、徐々に砂鉄が鋭利な物に変わっていく。
「な、なんかいけそう!」
「頑張ってディル!」
ディルの横で「フレー!フレー!」と応援してみる。
「おりゃあ!」
ディルが砂鉄の付いた雷の魔石を高く振り上げ、床に転がっている魔石にぶつける。
ギィン!
耳をつんざくような音が鳴り、床に置いていた魔石が弾け飛んだ。
「どうだ!?」
ディルが雷の魔石を置いて、飛んで行った魔石を拾って見る。
「割れてはいないけど・・・切り傷が付いてるぞ!」
「ちょ、ちょっと僕にも見せて!」
コルトがディルからバッと魔石をぶん取る。
「これは・・・! 魔剣にすればいけるかもしれない!」
「本当か!?」
「魔気の通しやすい素材を使って・・・薄く・・・それから高熱で・・・」
コルトがぶつぶつと何かを呟きながら思考の海に沈んでいく。
「・・・うん、うん。素材があればたぶん出来ると思う!」
「素材って魔気の通しやすいってやつか?」
素材・・・? 魔気の通しやすい・・・? どこかで聞いたような・・・。
「あっ、そういえばディル。ブルーメの賞品でそんなようなの貰ってたよね?」
「ああ、魔気の通しが良いってデンガが言ってたなんかの牙。今は宿にあるカバンに入ってるから・・・ちょっと取ってくるわ!」
ディルが走って工房から飛び出してい行ってしまった。わたしは肩を竦めながらディルを見送ったあと、コルトの横に飛んで移動する。
「雷の魔石を使った魔剣なら、もし敵に奪われても大丈夫だね!」
「た、確かにそうですね! ディルにしか使えない魔剣・・・!」
なんか特別感あっていいよね。男の子ってそういうの好きそう。
「魔剣作り、頑張ってね!」
「はい!・・・あ、でもソニアさんの調理器具は・・・」
「それは後でもいいよ。最悪作れなくても・・・」
「それなら俺が作る! 事情はよく分からないけど、師匠は魔剣を作ってください! 調理器具は俺がやります!」
鍛冶工房の少年が目標を見つけたような逞しい表情でビシッと手を挙げる。
そんな少年を見てコルトが「うーん」と難しい顔で考えたあと、わたしを見る。
「少年がこう言ってるんだから任せてもいいんじゃない?」
「少年じゃなくてユータだよ。妖精のソニアさん」
少年のユータがふくれっ面でわたしを見る。
正直これくらいの方がわたしは接しやすくていいな。王様とかお貴族様は硬すぎるっていうか・・・ねぇ?
「じゃあ、俺はユータを手伝うよ。カレーうどんの為に」
鉄の妖精がそう言いながらユータの頭に乗る。「よろしくな!」とユータが笑う。
その様子を微笑ましく見ていたら、工房の入口から誰かが入ってきた。
「素材持ってきたぞ!」
ディルが白くて鋭い何かの牙を持って戻ってきた。
「じゃあ、コルト。これで魔剣を作ってくれ。お代はソニアの笑顔で!」
わたしはディルに服の後ろを母猫に運ばれる子猫のように摘ままれて、コルトの前に差し出される。
えぇ・・・。まぁ、やるけど。
「お願いね!」
わたしは精一杯の笑顔でニッコリと笑った。
「任せてください!」
コルトは少し頬を染めながらはにかんだ。
・・・なにこれ、めっちゃ恥ずかしいんだけど!
読んでくださりありがとうございます。笑顔は皆を幸せにします。