10.偉い人と一緒に
コンフィーヤ公爵って言うんだね。そういえば名前を知らなかったよ。
馬車の中でなめ回すような気持ち悪い視線をわたしに向けて来たザリース伯爵、その伯爵と対峙しているであろうコンフィーヤ公爵の声を伯爵の服の中で聞きながら、わたしは迷っていた。
どうしよう? ここで声を出して助けを求めるべきか・・・この人が味方なのかどうかまだ分かんないんだよね・・・。
「私はこの国の貴族です。国内のどこに居ようと貴公には関係ないだろう?」
「ふざけるな!何故、私の馬車をわざわざ止めたのか、と聞いているんだ!!」
開き直ったように怒鳴る伯爵にコンフィーヤ公爵が「妖精」と呟いた。伯爵はそのひと言にビクッと反応する。
「貴様・・・!妖精は渡さないぞ!」
「そんなもの、いりませんよ・・・」
そんなもの!? わたしはそんなものなんかじゃないよ!?
「妖精ではない? ・・・では何が目的だ!?」
「ハァ・・・本来なら貴公をこうして取り押さえるようなことをするつもりは無かったのですがね」
「何を言っている?」
「貴公はグリューン王国での闇取引の疑いがかかっている。城まで一度ご同行願おうか」
おお!コンフィーヤ公爵、姿は見えないけど、カッコイイ! さっきの言葉は水に流してあげよう!
「なんの証拠があって私を・・・」
「証拠が無いから疑いだと言っている。それに貴公自身が『妖精は渡さないぞ』と言っていたではないか」
「ぐぅ・・・」
伯爵からぐうの音が出たところで、周りの騎士達がガチャガチャと動く音が聞こえた。
「やめろ!ただの疑いで私を連行するつもりか!?」
「妖精さん、そこにいるんでしょう?何か言って下さい」
え、何かって?大丈夫だよね?この人はきっと味方だ。さっきの会話から何となくそう思った。
「へ、へるぷみぃ!」
これでいいのかな? ちゃんと伝わった? なんか、ちょっと恥ずかしい。
「ありがとうございます。これで証人がいることが分かりましたね。ではザリース伯爵、即座に妖精さんを解放しなさい。その後城まで連行します」
「チッ・・・」
やっとこのボトルから出られる!?やったね!
伯爵は内ポケットからわたしが入ったボトルを出して、動きを止める・・・
「・・・・」
「聞いていますか?」
「聞いているが・・・」
ザーリス伯爵は動かない。
「ちょっと!早くここから出してよー」
トントンとガラスを叩いて急かすけど、やっぱり伯爵は動かない。
「何をしているのです?さっさと妖精さんを解放しなさい」
「鍵がない・・・」
「はい?」
そうだった!伯爵は何の手続きも支払いもせずに急いで出てきたから、鍵を貰ってないんだ。ドジっ子ザリース!
「鍵がないと、このベルトを外せないのだ」
「外せないのだ、じゃないよ!この馬鹿!」
ボトルの中で憤慨して見せる。そんなわたしを見て、コンフィーヤ公爵は呆れたように肩をすくめて手を差し出した。
「ハァ・・・そのボトルをこちらに渡しなさい」
伯爵は名残惜しそうにわたしを見つめながら、渋々といった感じでボトルをコンフィーヤ公爵に手渡した。コンフィーヤ公爵はボトルを受け取ると、中にいるわたしを見て「ハァ」と何度目か分からない溜息を漏らした。
え、何?その溜息は・・・
とりあえず、わたしはニコッと微笑んでおいた。すんごい真顔で見てくる。
「それで、鍵はアボン商会ですか?」
「多分アボンが持ってる!・・・っていうかディル!ディルがあそこで暴れて!血を流して、大変なことに!」
ディルを早く助けに行かないと!血が出てたもん! とても痛そうだった!
「ディル・・・あの子供ですか、見張っているだけでいいと言ったハズなのですが・・・」
「とにかく助けに行かないと!」
トントンとガラスを叩いて訴える。
「そうですね。どちらにしろ、そこに鍵があるならそちらに向かわなければなりません」
「じゃあ、今すぐ行こう!」
ふんすと気合いを入れた顔でコンフィーヤ公爵を見上げる。すんごい真顔で見てくる。表情筋死んでるのかな? 可哀想に。
「・・・・騎士団長」
「はっ!」
コンフィーヤ公爵に騎士団長と呼ばれた大男が重そうな鎧をガシャガシャと鳴らしてすぐに駆け寄って来た。
騎士団長・・・ぽい!凄く騎士団長!って感じの大柄な三十路くらいの男だ。背中にハルバードを背負っている。なにアレカッコイイ、わたしも欲しい。
「私と妖精さんは今からアボン商会に向かう。そこのザリース伯爵を城の牢まで連行しておいてください。」
「お待ちください!おひとり・・・いえ、おふたりだけで行くおつもりですか!?」
今、わたしのこと数え忘れた?
騎士団長をムッと睨んだけど、目を合わせてくれない。
「妖精と私のふたりで行きます。あの商会は基本的に貴族には逆らいませんし、万が一の場合、私も魔石を持っています」
「ですが・・・!」
「騎士団長、命令です」
「・・・はい。了解しました」
騎士団長は、渋々といった感じで引き下がる。
「あぁ、それとザリース伯爵も同じように魔石を所持している可能性が高いです。貴方なら心配いらないとは思いますが気を付けてください」
「はっ!」
そして、騎士団長は伯爵に歩いて近づいていき、いきなり伯爵のお腹を殴った。「うぐっ・・・」と伯爵が呻き声を出すのと同時に手枷を嵌めて、全部で3台ある騎士団の馬車のうち一つの、恐らく囚人用に作られたであろう鉄格子が嵌められている馬車に投げ入れた。
うわー・・・乱暴だ。今更可哀想だとかは思わないけど。 悪いことをした人が誰かに親切にしてもらえるわけ無いもんね。
「さて、私達も行きましょうか。そこの馬を借りますよ」
コンフィーヤ公爵はわたしの入ったボトルを大事そうに抱えたまま、伯爵が使っていた馬車に繋がれていた馬に騎乗して走り出す。
えぇ・・・小太りの紳士風のおじさんが馬に・・・似合わなーい。
「似合わなー・・・」
「それは・・・自覚しています。」
ヤバッ!声に出てたっぽい!
馬車を引かない馬は早く、颯爽と路地裏へと掛けて行き、すぐに玄関扉が壊れて無くなっているアボンのお店の前に着いた。
「よし!待っていてねディル!わたしが今助けに行くからね!」
「助けるのは私だと思うのですが・・・」
ディル!わたしが今助けるからね!
「あ、お客様。申し訳ございません。本日は・・・え!?その妖精は・・・」
お店の中から出てきた従業員の1人がわたしを見て目を大きく見開く。とりあえず、キッと睨んでおいた。コンフィーヤ公爵の後ろに半分隠れながら。
「商会主のアボンを呼んで来なさい」
「か、かしこまりました!少々お待ちください・・・」
「旦那様!旦那様ーー!」
コンフィーヤ公爵に命令された従業員は慌てた様子でアボンを呼びに2階へ走って行った。
「お待たせ致しま・・・・した?」
2階から降りてきたアボンは、わたしとコンフィーヤ公爵を見て一瞬顔を強張らせたあと、必死に作り笑いを浮かべて用件を尋ねる。
「どういったご用件でしょうか」
「見て分らないのですか?」
「・・・と、おっしゃいますと?」
「私はこのグリューン王国で宰相をしているコンフィーヤ公爵という」
「・・・っ」
アボンがゴクリと唾を飲み込んだ音が聞こえた。ダラダラと汗を流して前髪が額にへばりついている。
コンフィーヤ公爵って宰相さんだったんだ。多分かなり偉い立場の人だよね。だから少しぽっちゃりしてるのか。納得。
「貴様らは妖精という決して手を出してはならない存在に・・・・」
「そんなことどうでもいいから!まず、わたしをここから出してよ!」
そんなゆっくり話してる場合じゃないんだよ!
わたしが話を遮ってトントンとガラスを叩くと、コンフィーヤ公爵は一度軽く溜息吐きながら、アボンに命令する。
「・・・このベルトの鍵を持って来てください」
「それと地下牢と他の手枷の鍵もね!」
「・・・分かりました。サム、持って来い」
サムが持って来た鍵の束をコンフィーヤ公爵に渡して、どれが何の鍵かを説明をする。
今度こそ、ここから出られるよ!そして多分地下牢にいるであろうディルを見つけて手当てしなきゃ!
説明を聞き終えたコンフィーヤ公爵がボトルに付いていた首輪の鍵を開けて、ボトルの栓をポンッと取った。わたしは水を得た魚のように勢いよくボトルから飛び出した。
「出れたよ!やったー!」
読んでくださりありがとうございます。公爵はずっと無表情です。




