107.カレーも滴るいい男?
「土の妖精、カレーうどんの人間が来たよ」
男の子妖精のその言葉に、土の妖精が立ち上がる。
「もうそんな時間なんだ。今行くよ」
土の妖精が扉に向かって飛び始めたので、わたしも椅子から飛び上がってついていく。
「カレーうどんの人間って王様のこと?」
「そうだよ。いつもこれくらいの時間にくるんだよ」
「へぇ~、太陽も見えないのによく時間が分かるね。もしかして腹時計とか?」
「ハラドケイ? 時間が分かるのは、この星を回したのが私だからだよ。今もゆっくりと回ってるのが分かるよ」
「そうなんだ! すごいね!・・・え、すごっ!!」
それもう神様みたいじゃん!
「ずっと昔に他の妖精に言われて回したら止まらなくなっちゃって。今はそんなこと出来る力はないんだけどね」
そんな暴走列車みたいな感覚で・・・。
「土の妖精、そろそろ行かないと・・・」
「あ、そうだよ。カレーうどんが冷めちゃうよ」
男の子妖精がそわそわしながら土の妖精の手をグイグイと引っ張る。
「ねぇ、わたしも一緒に行ってもいい?」
カレーうどんも気になるけど、王様も一目見てみたいんだよね。
「もちろんだよ! ついてきて!」
土の妖精は右手でわたし、左手で男の子の妖精の手を握って、部屋の中から飛び出した。そして恐らくお城があるであろう方向に飛んで行く。・・・けど、遅い。
「アホ毛を釣った時も思ったけど、土の妖精って動き遅くない?」
「ガーン!! こ、これでも子供達よりは速いんだよ・・・」
しまった!土の妖精は思ったよりも豆腐メンタルだった!
アホ毛を萎れさせて、明らかにスピードを落としてしまった。男の子の妖精が「どうするの?」とでも言いたげな顔で土の妖精の羽越しにわたしを見てくる。
「わ、わたしが2人を引っ張るから! 早く着いて温かいカレーうどんを食べよう!」
「・・・全速力で引っ張ってよ」
土の妖精がいじけた様に唇を尖らせながら言う。
「全力で2人を引っ張るよ! ・・・ってお城ってどの方角にあるの?」
「私が穴を開けるからそこを通って土の海の上に出て、たぶんあそこから出れば目の前にカレーうどんがいると思うよ」
土の妖精が指差す方向へ、わたしは全力で飛ぶ。すると、バチバチとわたし達の周囲を電気が走りだした。
「ひゃああああ! 凄いよ! 速いよ! あ、あそこの穴を通って~!」
興奮する土の妖精の指示に従って土の海の中に入る。全速力で飛ぶと無意識に電気を纏っちゃうみたいで、砂鉄を引き寄せながら土の海の中を進む。気が付けばわたし達の周囲を大量の砂鉄がグルグルと回っていた。
この砂鉄鬱陶しいなぁ。周囲が見えにくいよ。
ボフンッと、わたしの背丈の何十倍もある砂鉄の塊と一緒に土の海から上に出た。
「えっと、目の前にカレーうどんがいるハズなんだけど、この黒いのが邪魔で見えないよ」
「そうだね。今退けるよ!」
砂鉄を吹き飛ばそうとして、一旦止まる。
・・・正面に退けたら王様とかに当たって危ないよね。
そう思ってわたしは横に砂鉄の塊を放った。
「これで視界がクリアになったね・・・あれ?」
目の前にいるハズの王様も、あるハズのお城も無い。あるのは波打つ土の海と地平線だけだ。
「あ、雷の妖精。横だよ」
まさか・・・。
恐る恐ると回れ右する。そこには大きく穴の空いた城壁と、その真下で大きく口を開けてわたし達を見上げる王様らしき人間が、カレーうどんの入ったお皿を持って立っていた。落とさなかったのを褒めてあげたい。
うわ~・・・やっちゃったよ。城壁に穴開けちゃったよ。まさか正面じゃなくて横向きで土の海から出るなんて思わなかったもん。わたし悪くないもん。
「あそこの魔石をじゃらじゃらと付けた人間がカレーうどんだよ。間違えた。王様だよ」
わたし達は手を繋いだまま王様の近くまで飛ぶ。王様は口を開けたままわたし達を目で追っている。
他の土の地方の人間と同じで褐色肌で背が小さいけど、髪は茶髪じゃなくて黒髪だ。その黒い髪の上には立派な王冠が置いてある。
「カレーうどんの人間! 来たよ!」
「・・・」
土の妖精が話しかけるけど、王様は直立不動のままびくともしない。首を傾げた土の妖精が王様の頭に小さな石を落とした。
コツン
「・・・あっ、つ、土の大妖精様!」
王様がビクッと跳ねて再起動した。カレーうどんの汁がちょっぴり零れる。
「どうしたのよ? ボーっとしてたよ?」
「あ、いえ、その・・・そちらの妖精様は?」
王様が引き攣った作り笑顔でわたしを見上げる。
一目見ただけじゃ悪い人には見えないけど・・・。何を考えてるか分からない不気味さがあるような、無いような? 色々と王様の噂を聞いたせいで、ちゃんと王様を見れない。
わたしは頭を軽く振って、今まで聞いた噂話を一旦頭の中から捨てて、ニッコリと王様に微笑んだ。王様の笑顔が一層引き攣った気がする。
「この妖精はわたしの・・・お友達だよ。前に言ったでしょ? 遠くからお友達の妖精が来るからって」
「は、はい。その妖精様がそちらの・・・」
「うん。雷の妖精だよ。気になるならあとでちゃんと、しっかりと紹介してあげるから、まずはカレーうどんを頂戴! 冷めちゃうよ」
「あ、はい。どうぞ・・・」
王様がカレーうどんを上に掲げた。土の妖精と鉄の妖精は羽をパタパタさせながらカレーうどんに向かって飛んでいく。
「じゃあ、いただきまーす」
「いただきまーす」
土の妖精と男の子の妖精がカレーうどんの麺を両手で鷲掴みにして、頬張り始める。
うわぁ、すっごい食べづらそう・・・。人間サイズの食べ物だからしょうがないんだけど、もっとこう・・・何とかならなかったの? いや、ならなかったからこうなのか。王様の顔にめっちゃ汁が飛んでるし。
「はふぃはふぃほほうへいほはへふ?」
土の妖精がわたしに何か言ってる。たぶん、「雷の妖精も食べる?」みたいなことだと思う。
「わたしはいいや」
・・・だって食べづらそうだし、手が汚れるからね。
土の妖精達が食べてる間、わたしは王様の周囲をクルクルと飛んで観察する。王様が居心地悪そうにしてるけど、気にしない。だってわたしは妖精だから。
・・・都合のいい免罪符なんて思ってないよ?
豪華な服には闇の魔石がいっぱい付いていて、首元から下げているネックレスにはわたしよりも少し大きいくらいの巨大魔石が付いていた。そして、その付近の服が何かで切られたように少し裂けている。
どこかに引っ掛けでもしたのかな? そりゃこんな装飾過多な服着てたらどっかのカドとかに引っ掛けちゃうよね。わたしなら絶対そうなる。
「ぷはぁ~、もうお腹一杯だよ」
そう言った土の妖精が見下ろすお皿には、食べる前と何が変わったのか分からないカレーうどんがあった。
まぁ、全部食べれるわけないよね。
「どう? 土の妖精。美味しかった?」
「うん。美味しかったよ。残りは子供達にあげるよ」
言いながら土の妖精は王様の持っているお皿を浮かせて、土の海に穴を開けてそこに落とした。
大丈夫? 零れてない? というか、浮かせれるなら最初からそうして食べれば王様の顔に汁が飛び散ることも無かったんじゃ? ・・・まぁ、わたしが困るわけでもないし、いっか。
王様はハンカチで顔を拭いたあと、土の妖精を真剣な眼差しで見て口を開く。
「それで、今回のカレーうどんはどうでしょうか?」
「この数日間で凄く美味しくなったと思うよ」
「はい。実は城の厨房に新しい料理人が入ったみたいで・・・」
「でも、まだ違うよ」
王様の話を遮って、土の妖精は判決を下した。王様はまた引き攣った笑顔を作って土の妖精の言葉を待つ。
「でも美味しかったから、今日も少しだけあなたのお願いを聞いてあげるよ」
「ありがとうございます。でしたら前回と同じで、ゴーレムの増量と巨大岩をお願いします」
「分かったよ。はいゴーレムだよ」
ドスン!
一瞬で王様の横に十数体のゴーレムが現れた。王様に驚く様子はない。きっといつものことなんだろう。
「分かってると思うけど、ゴーレムに命令をする時は媒体を使ってゴーレムの頭に魔気を流しながら、して欲しいことを思い浮かべてよ」
「はい。承知してます」
「あと巨大岩は気が向いた時にでも落としておくよ」
「はい、ありがとうございます」
毎回同じやり取りをしているのか、王様の言葉に迷いが無い。
「じゃあ、用も済んだし帰ってもいいんだけど、その前に私のお友達を紹介するよ」
土の妖精がちょいちょいとわたしに手招きする。わたしは土の妖精の隣に並んだ。お互いの羽がぶつかりそう。
「緑の森から遥々ここまで来てくれた雷の妖精で、私のお友達・・・というか、もはや姉妹みたいなものだよ」
わたしはひらひらと王様に手を振る。
「雷の妖精のソニアだよ☆」
パチッとウィンクする。カレーうどんの汁が飛んで可哀想な王様に大サービスだ。
あれ?
王様はわたしが名乗った瞬間、顔を青ざめさせた。だらだらと汗を流しながら必死に笑顔を維持している感じだ。明らかに様子がおかしい。
可愛すぎて逆に引いてるとか? ・・・いや、そんなわけないか。
そんな王様の様子を気にせず、土の妖精は表情の無い顔で王様を見下ろす。
「ねぇ人間。私、言ったよ。お友達に危害を加えたりしたら殺しちゃうよって」
「・・・」
王様から作り笑いが消えた。きつく唇を嚙んでジッと土の妖精を見上げている。
「雷の妖精に聞いたんだけど、この国の人間に殴られた上にボトルに閉じ込められたんだって」
「それはっ! 俺の・・・私の指示ではありません! 妖精がお城に居たなんて知らなかった、今知ったんです!」
王様は両手を広げて必死に弁明する。その姿を見てわたしは本当に知らなかったんだろうなと思った。
だって、こんなに妖精を敬ってるのに、わざわざ怒りを買う様なことはしないだろうからね。
「そう、知らなかったんだ。でも私、お城でなんて一言も言ってないよ。お前の指示じゃなくても、心当たりはあるよね?」
「・・・っ」
図星だったのか、王様は口を開けたり閉じたりしたあと、諦めたように項垂れた。
「まぁ、これに関しては雷の妖精自身が気にしてないみたいだし、特別に殺さないであげる。優しい雷の妖精に感謝してよ」
わたしが優しいというよりは、他の妖精が人間に対して厳しすぎるだけだと思うけど・・・。
王様はホッと安堵の息を漏らしたあと、息を整えてわたしを見て、頭を深く深く下げた。
「この度は城の者がご無礼を働き申し訳ございませんでした。そして、それを快く許してくださり感謝致します。ありがとうございます。雷の妖精ソニア様」
「うん。お城の人にはきつく言っといてね。かなり痛かった気がしたから」
「はい。城の者には厳重に言い聞かせます」
土の妖精が「かなり痛かった」と聞いて一瞬凄い怖い顔をしたけど、寸でのところで思いとどまってくれたのか、王様には何もしない。
王様は頭をあげて、わたしを見る。まだ目が泳いでる気がする。土の妖精がわたしの前に出て、王様に話しかける。
「じゃあ、もう帰ってもいいよ。・・・そうだ、今日は特別にお城まで送ってあげるよ」
「え?」
「鉄の妖精」
土の妖精が男の子の妖精にそう呼びかけると、鉄の妖精は大きな鉄球を自分の足元に出現させて、それを王様目掛けてビュンと勢いよく飛ばした。
えぇ!? なにしてんの!?
王様はわたしが城壁に開けた大きな穴を抜けて、お城の壁に叩きつけられる。そして地面にボトッと落下した。
死んでないよね? ぴくぴく動いてるし大丈夫だよね!?
「少しスッキリしたよ。じゃあ、次は雷の妖精を送ってあげるよ」
「え!? わたし自分で戻れる! あんな鉄球いらない!」
フルフルと首を振って全力で拒否する。すると、土の妖精がそんなわたしを見て笑った。
「フフフッ、何言ってるの! 大切なお友達にあんなことするわけないよ! ちゃんと手を繋いで優しく送ってあげる!」
良い笑顔の土の妖精に手を握られて、わたし達は再び土の海底に向かう。
読んでくださりありがとうございます。中間管理職のような雰囲気を醸し出す王様でした。