106.泣き虫妖精
アホと言われた。出会ったばかりのアホ毛の妖精にアホと言われた。わたしはアホじゃない。
わたしに続き2人目の妖精の登場に皆が口を開けて驚いている。わたしも驚いている。
「妖精が2匹も・・・」
そこの人間! 2匹じゃないから! 2人だからね! 間違えちゃだめだよ!
アホ毛の妖精は目元をぐしぐしと擦って涙を拭って、まだうるうるとしている瞳でわたしを見下ろす。
「雷の妖精・・・だっけ?」
「そうだけど・・・わたしを知ってるってことはもしかして・・・」
「土の妖精だよ。緑の妖精と水の妖精からあなたのことは聞いてるよ」
土の妖精! そうだと思った! ミドリちゃんが水の妖精と波土の妖精とは頻繫に連絡を取り合ってたって聞いてるし!
何故か頬を膨らませて泣くのを我慢するような顔をしている土の妖精が、地面に立っているわたしの前に飛んで降りて来て、わたしを見上げる。
わ、わわ、わたしより背がひっくい!
わたしは思わず土の妖精にギュッと抱き着いた。
「ひっ・・・!? か、雷の妖精!?」
土の妖精がまた涙を零しながら叫ぶ。でも、泣いている割にはギュッと抱き返してくれた。
「はぁ~、このサイズ感がちょうどいい!」
妖精になってから、わたしよりちっちゃい生き物なんて、たまに家に侵入してくるリスさんか虫くらいだもん。ミドリちゃんも水の妖精も何気にわたしより身長高かったし。
わたしの鼻先にあるアホ毛を手で抑えてよしよしと撫でまくる。
「や、やめてよ~!」
静かにわたしの胸に埋もれていた土の妖精が、ハッとしたように腕を目一杯伸ばしてわたしから離れようとする。嫌がる猫みたいになってる。ちょっと可哀想になってきたから解放してあげた。
「雷の妖精! 探してたよ!」
また涙目になった土の妖精は、ふるふると震えながらわたしを指差す。指を差されたら、指を差し返す。
「わたしも土の妖精を探してたよ!」
「え、ほんと!?」
アホ毛が元気に揺れている。土の妖精も元気に跳ねる。
「土の妖精とは色々とお話したかったんだよ!」
「わ、私もお話したかったよ!水の妖精からこっちに向かってるって聞いてから楽しみにしてたのに、ちっとも姿を現さないから私のこと無視して通りすぎちゃったんじゃないかと思ったよ」
「それで探してたんだね。アホ毛をはみ出しながら」
「私は土の中が一番早く動けるの! それより、こんな人間なんかがいる所でお喋りしてないで、もっと落ち着く場所に移動しよ!」
わたしが何か言う暇もなく、土の妖精がわたしの手を引っ張って土の中に潜ろうとする。
え? ちょちょっ、ぶつかる!
・・・と思ったけど、わたしが地面にぶつかる前にわたしと土の妖精がギリギリ通れるくらいの穴が開いた。そしてそのままどんどんと下に進んでいく。上を見ると、「ソニアさん!」とリアンが叫んで穴を覗き混んでいるのが見えた。
「リアン~! 必ず戻るからね~!」
一応叫んだけど、聞こえたかな?
「ねぇ、どこに行くの?」
大きな声でそう聞くと、アホ毛を元気に跳ねさせながらわたしの手を引く土の妖精が振り返らずに弾んだ声で答えてくれる。
「私が住んでるところだよ。人間には土の海って言われてるけど、それは表面だけだよ」
「?」
よく分かんないけど、自宅に招待されてるのかな?
「行けば分かるよ」
それから、下に進みつつ何度か曲がったりすること数分。大きな空洞に出た。
「うわぁ・・・なにここぉ」
ずっと上の方にある天井は土で出来ていて、海のように波打っている。太陽が見えないのに何故か土の海から光が零れ落ちていて、地上にいるかのような明るさだ。下の方には色んな色の鉱石が散乱していて地面が見えない。
「ここは土の海の下。私とその子供達が住む土の海底だよ!」
土の妖精が手を目一杯に広げて得意そうにわたしを見る。その顔を見ると、なんだか褒めてあげなきゃいけない気持ちになった。
「よしよし。凄いね!」
わたしは土の妖精の頭を撫まくる。暫く頭を下げて黙って頭を撫でられていた土の妖精は、わたしが手を引っ込めるとすぐに後ろを向いた。
「み、みんな~! 集まって~!」
土の妖精がそう叫ぶと、下の方から土の妖精と同じ褐色肌の妖精達がワラワラと集まってきた。わたしは土の妖精に手を握られて、そっと横に引き寄せられた。
「この子が前に言った雷の妖精だよ! どう?」
どう? ・・・ってなに?
妖精達はわたしをまじまじと見たあと、「可愛いー!」「肌白ーい」とか言って、わたしを揉みくちゃにしてきた。
「ぎゃあああああ!!」
助けてディル~~~!!
数分後・・・やっと解放された。土の妖精がしてやったり顔でわたしを見ているのがちょっとイラッとした。
とんでもない目に会った~・・・せっかくネリィに結んでもらった髪も解けちゃったし、心なしか服もしわくちゃになった気がする。さっきの仕返しのつもりなの?
「じゃあ解散していいよー」
土の妖精の一言で嘘みたいに一斉に散った妖精達を啞然と見ながら、わたしは肩を竦めた。
「じゃあ、こっちに来て! 私が普段寛いでるところに案内するよ。そこでゆっくりお喋りしよ」
土の妖精に案内されたのは、天井にある土の海のすぐそば、壁際にひと際目立つ木材で出来た扉。
なーんかこの扉、見覚えがあるような気がするんだよな~・・・。
「この扉はずーっと昔に緑の妖精に作って貰ったんだよ。軽くて丈夫なんだよ」
扉を両手で押して開けながら説明してくれる。
「あ、水の山にもあったやつだ」
ポンッと手を叩く。
水の山で水の妖精が同じような説明をしてくれた。もしかして他の妖精の所にもあったりするのかな。
扉の先に進むと、中の壁も木材で出来ていて、一面だけ何故か土で出来ている。そしてその壁の前に人間サイズのテーブルと椅子が置いてある。ただそれだけの空間だ。
「ささ!ここに座ってよ」
土の妖精に背中を押されて、テーブルの上に置いてある土で出来た小さな椅子に座らせられる。土の妖精もその向かいにある椅子に座った。
「改めて、会えて嬉しいよ。雷の妖精!」
「うん。わたしも嬉しいよ! 色々と聞きたいこともあったしね」
「聞きたいこと? なになに?」
土の妖精がニコニコ笑顔のままコテリと首を傾げる。
「えっとね~・・・」
確か、戦争を仕掛けたセイピア王国の王様に土の妖精が協力して、巨大岩を降らせたりゴーレムを作ったりしてるのかを本人に確かめたかったんだよね。まずは、どこから聞こうかな・・・。
「最近、土の妖精は、人間に会ってお話したりした?」
「うーん、お話っていう感じじゃないけど、毎日会って言葉を交わしてるよ」
「そうなの!?」
やっぱり人間の戦争に協力してるの!?
驚いて立ち上がったわたしに驚いて、土の妖精も立ち上がって涙目になりながら手をワチャワチャさせる。
「な、なに!? い、いけないことなの!? ごめんなさい!」
「いや、その・・・毎日会って何してるの?」
「・・・カレーうどん」
「え?」
「カレーうどんを持ってこさせてるよ」
わたしは脱力して椅子に腰を落とした。土の妖精もわたしの様子を窺いながら恐る恐る椅子に座る。
・・・え? カレーうどん?
「何故?」
「だって・・・カレーうどんが食べたかったんだよ。ずーっと昔に食べたきりで、誰も作ってくれる人がいなかったから・・・・」
「とりあえず、土の妖精がカレーうどんを好きなのは分かったけど、本当にそれだけなの?」
「うん。あとはお礼に人間のお願いを少し聞いてあげてるくらいだよ」
「あ~~・・・」
わたしの中でカチリとピースが嵌った音がした。
土の妖精は、そのお礼で巨大岩を降らせたりゴーレムを作ってあげたりしてたわけだ。
「や、やっぱりいけないことだったの?」
土の妖精が引っ込んだ涙をもう一度溢れさせながら、不安そうな顔でわたしを見つめてくる。
仕方ない。色々と細かい所から聞いて確かめてみよう。
「土の妖精はこの近くで戦争が起こってるのは知ってる?」
「うん、知ってるよ。それがどうかしたの?」
「土の妖精は・・・いや、戦争についてどう思う?」
もしかして、と思って一応聞いてみる。
「人間はよくやってるよね。そんなに珍しいことじゃないと思うよ。ここら辺でも、もう100回はやってるんじゃないかな?」
そうだよね。妖精だもんね。本来ならわたしもこういう考え方をしてた方が妖精としてあるべき姿なんだろうけど、あいにく人間だった頃の記憶があるから無理な話だ。
「あくまで土の妖精はカレーうどんのお礼をしてるだけで、何も悪気とかそういうのは無いんだもんね」
「うん? 怒らない? わたしいけないことしてない?」
「うん。怒らない」
でも、どうしようか。これじゃ人間が困ってるから止めてとも言いづらいし・・・。
ホッと肩を撫でおろした土の妖精は「よかったよ」と涙を引っ込めて色々とお話してくれる。
「人間には私が覚えてる簡単な作り方を教えたんだけど、それだけじゃ昔に私が食べた味にならないんだよ。何かが足りないんだよ。それも決定的な何かが」
「それで何度もカレーうどんを作らせてるの?」
「うん。毎回味は変わってるけど、私が求めてるのとは違うんだよ。・・・雷の妖精はカレーうどんの作り方知ってるよね?」
期待を込めた目でジーっと見つめてくる。
「まぁ作ったことはあるけど・・・あっ」
わたし閃いた! 閃いちゃった!
「ねぇ土の妖精。もし、わたしが満足のいくカレーうどんを作れたら、わたしのお願いも聞いてくれる?」
「作ってくれるの!? 聞くよ聞くよ! 何でも聞いちゃうよ! 何をして欲しいの!?」
「いや、まだ作れると決まった訳じゃないんだけど・・・」
失敗してもリスクは無さそうだし・・・って軽い気持ちで言ったのに、そんなキラキラな瞳で喜ばれるとちょっと不安になる。
「大丈夫だよ! 雷の妖精なら作れるよ! だからお願いも先に教えてよ!」
土の妖精がブンブンと腕とアホ毛を揺らす。
まぁ、どうせ教えるんなら後でも先でも変わらないか・・・。
わたしは土の妖精に、人間のカレーうどんのお礼を平和的な物だけにして欲しいことと、ついでに土の妖精と話してる間に思い付いた「出来たら面白いよね」っていうこともお願いした。
「面白そうだよ! 戦争なんてつまんないものだと思ってたけど、雷の妖精がいれば面白いものになるよ!」
うーん。その感想には共感出来るけど、したくないというか・・・。戦争は面白いものであっちゃダメなんだよ。
「あっ、それと、その毎日カレーうどんを運ばせてる人間って王様で合ってるよね?」
「他の人間にそう呼ばれてた・・・と思うよ」
王様になんてことさせてるの・・・って思ったけど、わたしも他人のことは言えないのでスルーして話を続ける。
「じゃあ、その王様にわたしを・・・妖精を見付けても放っておいてって伝えて欲しいんだけど・・・」
「ん? それならもう言ったよ? 水の妖精に雷の妖精のことを聞いた時に、近いうちにお、お友達の妖精が来るかもだから、危害を加えたりしたら殺しちゃうよって」
「え、こわっ。怖いけどありがとう、言ってくれてたんだね。じゃあ、部下への連絡不足なのかな?」
メイド長のエリザは妖精のわたしを見て驚いてた。妖精が来るかもなんて情報絶対に知らなかったよね。報連相がまるでなってないんじゃない? 下手したら土の妖精に殺されちゃうよ?
「もしかして、人間に危害を加えられたの?」
俯いて考え込んでいたら、土の妖精が心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。
「うん。ちょっと魔石で殴られてボトルに閉じ込められただけだけど・・・」
「その人間ちょっと殺してくるよ。どこにいるの」
土の妖精がさっきまでのほんわかした雰囲気から一変して、立ち上がり鋭い目つきで上を睨む。余程感情が昂っているのか、羽がパタパタと動き、周囲に砂塵のようなものが舞っている。
「待って待って! 殺さないでいいから! わたしが関わってることで人が死ぬのは嫌なの!」
土の妖精の腕をグイグイと引っ張って必死に訴える。土の妖精は不満そうな顔をしつつも、椅子に座ってくれた。
「わたしはこの通りなんともないし、殺したいほど憎んでないから!」
「やられた雷の妖精がそう言うなら止めとくけど・・・本当にいいの?」
「いいのいいの。もう一回王様に注意してくれればそれでいいよ」
「分かったよ。なんだか・・・らしくないね?」
妖精らしくないのは、もうしょうがないんだよ。
「じゃあ、気分が悪くなる話はここまでにして、もっと楽しいお話をしようよ!」
「あ、わたしそろそろ戻らないと・・・」
あんまり長くいると心配する人がいるし、わたしも向こうが心配だ。
「え? もういなくなっちゃうの?」
土の妖精がポタポタと涙を零しながらわたしの手を握る。
「うっ・・・いや、また来るし、いなくなるって言うわけじゃ・・・」
「たくさんお話出来ると思ったのに・・・」
ううぅ! 心が痛い!
「分かった! 分かったから! もう少しお話しよう!」
「・・・本当?」
「うん! わたしも実は話し足りないなぁって思ってたんだよ!」
嘘じゃないよ? こんな状況じゃなければ、もっとゆっくりお話したかったもん。
土の妖精ともう少し話しすることにした。
・・・と言っても、土の妖精に好きな物や嫌いな物、苦手な物や得意な物とか色々と質問されて、その答えに対して共感してくれたり、首を傾げられたりされただけだ。質問に答えてただけだったけど、楽しい時間を過ごせた。
「久しぶりに楽しかったよ、雷の妖精」
「うん。わたしも楽しかったよ。もうちょっとお話していたいけど、そろそろ行かなくちゃ・・・」
「本当に・・・このままずっと雷の妖精t一緒に居たいけど、私は闇の妖精と違ってちゃんと他の妖精の気持ちを考えてあげられるからね。帰してあげるよ」
「フフッ、ありがとね」
わたしが飛び上がって扉の方へ向おうとした瞬間、扉が外側から開かれた。開けたのは男の子の妖精で、中にいる土の妖精を見つけると中に入ってくる。
「土の妖精、カレーうどんの人間が来たよ」
カレーうどんの人間って・・・王様のこと!?
読んでくださりありがとうございます。怒ったり泣いたり喜んだり、忙しい土の妖精でした。




