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104.【コルト】よわよわな僕

最初は元気で可愛い妖精だなと思った。次に、夜遅くにわざわざ僕を心配して来てくれた時は、優しい妖精だと思った。そして、牢屋に閉じ込められた僕を助けに来てくれた時に、僕の中でちっちゃな彼女が特別な存在になった。ディルにはすぐに気付かれて半ば無理矢理吐かされたけど、この気持ちを彼女に伝えるつもりはない。


 だって彼女は妖精で、僕は人間だもん。この気持ちは内に秘めたままにしよう。僕が妖精である彼女の隣に並ぶなんて分不相応だ。・・・でも、せめて彼女がこの地にいる間は彼女の役に立ちたい。喜んで褒めてもらいたい。そう思ってしまう。



「じゃあ、行ってくるね!」


ソニアさんが小さな腕を精一杯振りながら「行って来ます!」と微笑む。そんなソニアさんにディルがしつこいぐらい注意事項を並べていく。


「もうディル! 行って来ますって言ってるんだから行かせてよ!」

「・・・なんか心配になるんだよな~」

「もう行くからね!?」


そう言いながらも、ソニアさんはディルをちらちらと見ながらネリィの服の中に入っていった。そして、次にネリィが「行ってきます」と軽く手を挙げる。


「ジェイクさんはお城で合流出来たらまた」

「ああ、ネリィちゃんとリアン君も気を付けて」



ソニアさんとネリィとリアンがいなくなると、部屋の中は一気に静かになる。皆が思い思いに休んでいると、ジェイクさんがお城へ出発した。


「はぁ・・・」

「ディル、心配する気持ちは分かるっすけど、いい加減に溜息を吐くのは止めて欲しいっす」

「お前らには分からないんだよ。あいつは、あんなちっちゃい体なのに、やることはでっかいから」

「船でもすごいことしてたっすもんね。今まではどんなことしてたんすか?」


それは僕も気になる。ベッドで寝転がりながら聞き耳を立てる。


「そうだな~、グリューン王国っていう国で魔物の群れに襲われた時なんだけど・・・」


ソニアさんのこれまでの話を聞くと、やっぱり妖精と人間は違うなぁと思うし、それに普通に付き合うディルは僕より歳下なのに凄いと思う。そしてソニアさんがまだ8歳なのは詐欺だと思う。


 でも、言われてみればソニアさんは容姿の割になんか子供っぽいというか、バカっぽいところがある・・・そこがまたソニアさんの魅力なんだと思うけど。


コンコンコンと扉がノックされた。ディルが扉を開けると、最初に部屋を案内してくれた少女が申し訳なさそうに眉を下げて立っていた。


「あの、厨房の魔道具が壊れてしまい。宿でお昼を提供できなくなってしまいました。本当に申し訳ないのですが、お客様にはご自身で昼食を準備して頂くことになります」


魔道具、僕が鍛冶師になる前、ディルくらいの歳の頃によく依頼を受けて魔道具を作ったり、修理をしたりしていた。


「その魔道具見せて貰えませんか?」


ソニアさんの話を聞いたばかりだったからか、普段の僕なら絶対に自分から言わないようなことを、気付いたら言っていた。


「その、僕は鍛冶師なんですけど、昔は魔道具を作ったり直したりしていて、もしかしたら直せるかもしれません」

「ほ、本当ですか! 是非見てください! こちらです!」


立ち上がった僕の手を少女がギュッと握り、引っ張られる。ディルとウィックがワクワク顔で後ろをついてくるけど、暇なのかな。暇なんだろうな。


「この火を出す魔道具なんですけど・・・」


少女が厨房の奥にある大きな鉄の箱を指差す。


「こんな魔道具見たこと無いけど、コルトは直せるのか?」

「ちょっと見てみる。ディル達は部屋に戻っててもいいよ」

「いや、見てる。暇だから」


 ハァ・・・。これがディルじゃなくてソニアさんだったら良かったのに。


僕は鉄の箱を開けれそうなところを探す。


 恐らく、上の円形の部分から火が出てくるんだろうけど、手前にはめられている魔石は土の魔石なのが分からない。普通、火の出る魔道具と言ったら火の魔石が付いているハズなんだけど・・・。


 ・・・あ、ここ外れそうだ。


箱の端にある窪みを引っ張ると、ガコンと板が外れて箱の中が見える。


 なるほど。表面にあるレバーを倒すと、可燃性の空気が出て来て、この土の魔石を発動させると、鉄の棒が飛び出し、ここの鉄とぶつかって火花が起きて着火する仕組みなのか。面白い。皆が土の適性を持っている土の地方向けに改良された火の魔道具なのか。


「どうだ? なんかニヤニヤしてるけど・・・直せそうか?」

「直せそうっすか?」


ディルとウィックが僕の肩に乗っかかりながら聞いてくる。普通に重い。


「今見てるから、ちょっと静かにしててよ」


ディルとウィックを手で押しのけて、火が出なくなった原因を探す。


 最初に聞いた時は、てっきり火の魔石の寿命かと思ったけど、そもそも火の魔石じゃないし、土の魔石も問題なく発動する。問題は・・・鉄の棒が接触する部分が擦り減っているのか。これなら同じような鉄の部品を作って交換すれば大丈夫そうだ。


「うん。これなら今日中には直せそう」

「本当ですか! 助かります!」


少女が嬉しそうに跳ねる。ただ、直すにも道具などが必要だ。


「でも、それには必要なものがあるんだけど・・・」

「何ですか?」


少女が「お金あったっけ・・・」と不安そうな顔をするけど、必要なのはお金じゃない。


「これくらいの大きさの鉄と、あとは鉄を加工できるような設備なんだけど・・・」


手でサイズを伝えながらそう言うと、少女はホッと安堵の表情になる。


「あ、それなら大丈夫です! 私の幼馴染の家が鍛冶工房なので、頼めば使わせてくれます!」

「そうなんですね。でも、その幼馴染に頼めば直してくれたんじゃ?」

「いえ、彼は武器しか作らないですし。形だけの見習い鍛冶師なので、仕事を頼めるような腕じゃ無いんです」

「そ、そうなんだ」


 こういう時に、なんて言葉を返せばいいのか分からない。


「近くなので、案内しますね!」


少女の言う幼馴染の鍛冶工房は宿の裏だった。


「・・・っていうことだから、鍛冶場、貸してくれる?」


少女が工房から出てきた少年に事情を話す。ディルと同じくらいか少し下に見える少年が無愛想に「別にいいけど・・・」と言いながら、僕と少女を交互に見ながら中に入れてくれる。


 ああ、なんとなく少年が考えてることは分かるけど、そういうんじゃないから安心して。


工房の中は綺麗な鍛冶道具がいくつも並べてあり、竈も他の設備もあんまり使われた形跡がない。


 この鍛冶工房、大丈夫なの?


少年が簡単に鍛冶場の説明をしてくれる。僕の鍛冶場とは色々と違うところがあるけど、鉄を加工するだけなら問題なさそうだ。少女が少年に可愛くおねだりして譲って貰った小さな鉄を受け取り、加工する。


「わぁ~、鍛冶ってこんな細かい作業も出来るんですね! それに暑いです!」

「当り前じゃないか、火を扱ってるんだから」


少年と少女が感想を漏らしながら見学する中、僕は鉄の加工を終えた。いつの間にかディルとウィックはいなくなっていた。きっと飽きたんだと思う。

僕は額の汗を拭って、少年にお礼を言って工房を出て宿に戻る。


「本当に直っちゃいました! ありがとうございます!」


少女が深々と頭を下げる。


「えっと、お礼は何がいいでしょうか? 本来なら大銀貨一枚くらいはする修理をやってもらったわけですし・・・」

「お礼はいらないですよ」

「え?」

「久しぶりに鍛冶に没頭出来て楽しかった。仕事をした感じがしないからお金はいらないよ」


そう言い残して、僕は逃げるように部屋に戻った。


 うん。ゴーレムの加工をしてる時も楽しくなかった訳じゃないけど、やっぱり僕は1人で作業する方が落ち着くし、自分の世界に入れて楽しい。今日はちょっと外野がうるさい時もあったけど。


その日の夜は、いつもよりぐっすり眠れた気がした。



そして、それから三日が経った。ディルとウィックは、ジェイクからお城で得た情報を聞いてから、朝と夜に外出しては傷だらけになって帰って来る。その時に備えて修業しているらしい。


僕もソニアさん達の為に何か出来ないか考えたいんだけど、僕が火の魔道具を直したことを宿の少女が色んな人に話しまくったせいで、僕は今、宿のお客さんや周囲の住民から魔道具やアクセサリーの修理を依頼されて身動きが取れない。しまいには、その都度使わせてもらった鍛冶工房にいる少年に弟子入りをせがまれる始末だ。


「コルトは今日も朝から鍛冶工房にいたのか?」


部屋に帰ってきたディルがベッドに横たわっている僕を見下ろして言う。


「うん。今は昼休憩中だよ。僕もソニアさんの役に立ちたいのに・・・」

「いいじゃんか。ソニアの役に立ってるかは知らないけど、この街の色んな人の役に立ってるんだから。それに、楽しいんだろ?」


 もう・・・他人事だと思って。


「楽しくない・・・とも言い切れないんだけど・・・。ディルが僕の立場だったらどうなのさ。皆の役には立ってるけど、ソニアさんの役には立ってないの」

「俺なら・・・落ち込む」

「でしょ?」

「でも、皆の役には立てることは嬉しいことだし。少なくとも、ソニアに褒めてもらえる」

「元気出てきた」


「よしっ」と気合を入れた僕の横を、ディルが用は済んだとばかりに素通りする。そのまま部屋の隅に置いてある椅子に座ってウィックと今日の反省会を始めた。


「さて! そろそろお腹空いたし、昼食頼んでくる」


反省会がひと段落したらしい。ディルが立ち上がって扉に向かう。僕はなんとなくそれを目で追う。ディルがドアノブに手を伸ばしかけたその瞬間、勢い良く扉が開かれた。そのままの勢いで部屋に飛び込んできたのは、メイド服姿のネリィだった。肩を大きく上下させて必死に呼吸を整えている。


「うわっ! ネリィ!? どうしたんだ? ・・・泣いてるのか?」


スカートの裾をきつく握りしめたネリィが顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ディルを見て口を開く。


「ご、ごめんっ・・・なさいっ・・・、あたっ、あたしのせいでっ・・・」


ネリィのただ事じゃない雰囲気に、僕はベッドから起き上がる。ウィックも椅子から立ち上がり、ディルはネリィの肩を抑えて真剣な顔で見つめる。


「落ち着け! まず、何があったのか簡単でいいから説明してくれ」


ネリィはディルの目を見て一歩引いたあと、短く深呼吸をして、何度か口を開け閉めしてから、話し始める。


「リアンと・・・ソ、ソニアちゃんが攫われちゃったかもしれない」


 は・・・え?


僕の鼓動が早くなる。さっきまでソニアさんに褒めてもらおうと意気込んでいた。そんな気持ちがサラサラと風に吹かれて消えていく。


口を開けっ放しにして未だに涙を零しているネリィを、ただ見ているだけの僕と違って、ディルは険しい顔で走り出そうとした。ウィックがディルの手を掴んでそれを止める。


「ディル、待つっす」

「待ってたら、誰かがソニアを助けてくれるのか? 俺はソニアの勇者様なんだ。俺が助けに行かないと・・・。だから止めないでくれ!」


そうまくし立てるディルの脛をウィックが蹴った。


「いっ・・・たぁ!?」

「そうやって考えなしに突っ込むのは子供のやることっすよ。俺はそんな子供を見殺しに出来ないっす、だから止めるっす」


ディルが扉から回れ右して、椅子にドスンと腰掛ける。


「ごめん、落ち着いた」

「ネリィ、何があったのか詳しく教えて欲しいっす」

「う、うん。分かったわ」


激高して、蹴られて、そして落ち着いたディルを見て、少し冷静さを取り戻したネリィがその場に立ったまま話始める。僕も自分に出来ることがあるかもしれないと思い、真剣にネリィの話を聞く。


「あたし、いつもお昼は自分の部屋で皆で食べてたんだけど、今日、昼食を持って部屋に戻ったらリアンもソニアちゃんもいなかったの」

「勝手にどっかに飛んで行ったとか・・・あ、いや、リアンが一緒なら無いか」


 うん。僕も同意見だ。容姿の割に年相応に落ち着きがないソニアさんだけならともかく、年齢の割にしっかりしたリアンが一緒なら勝手にいなくなるなんて無いと思う。


「それに、部屋が散らかってて・・・慌ててジェイクさんに知らせようと思ったんだけど、どこにいるか分からなくて・・・」

「それで、ここまで走って来たんすね」

「うん。・・・向かってる途中で色々と良くないことを想像しちゃって・・・。それに、あたしが仕事ばっかりでリアン達の様子を見れて無かったから・・・」


ネリィが俯いてスカートの裾を握る力を強くする。


「いや、ネリィは悪くないっすよ。悪いのは攫ったやつっす」


ウィックが気楽そうに言う。


「・・・それで、ネリィから事情は聞いた訳だけど、どうするんだ? ウィック」

「そんなの決まってるっす。今から城に突撃っすよ!」


 ビシッと窓の外を指差すウィックを、皆がジト目で見る。


「さっき、考えなしに突っ込むのは子供のやることって言ってなかったか?」

「言ったすよ。でもこれは違うっす。考えても分からないから、とりあえず突っ込むっす」

「同じだろ! ・・・って言いたいところだけど、賛成だ。行こう! 行って片っ端から探そう! 前とは違って俺も成長したし、ウィックもいるんだ。なんとかなる!」


 「前」っていうのがいつのことか知らないけど、ウィックだけじゃなくて僕もいる。僕もソニアさんを助けたい。


「じゃあ、あたしも一緒に行くわ。早くリアンを安心させてあげたいし、お城の案内が必要でしょ?」

「そうっすね。俺達と一緒にいると危険かもしれないっすけど、お願いするっす」


 それなら僕も・・・。


「僕も一緒に行きたい。何ができるか分からないけど、人手はあった方がいいでしょ?」

「いや、コルトは待ってて欲しいっす。荷物番は必要だし、いざという時、ネリィの他にコルトまで守れるか分からないっすから」


ディルとウィックとネリィが「必ず2人を無事に連れて戻ってくる」と言ってお城に向かって行った。僕は一階に昼食を取りに行って、部屋で1人で食べる。


 僕には何ができるんだろうか・・・。色んな人の役に立てても。一番役に立ちたい人の為に何も出来ないんじゃ何も満たされない。戦えないし、知恵を貸すことも出来ない。


よわよわな僕は、1人で悔し涙を流しながら少ししょっぱい昼食を食べる。

読んでくださりありがとうございます。凹むコルト。お城に突撃するディル達でした。

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