103.リアンといい子にしてお留守番
「呪いの魔石っていうのは、闇の魔石の中で稀に見つかるハズレのことです。闇の魔石の中には特殊な魔法が発動するものがあるのは知ってますか?」
ジェイクがそう言いながらわたしとネリィを見る。ネリィが「知ってるわ」と言ったので、わたしも「知ってるよ」と答えた。
「その特殊な魔法の中で、使用者に害をなす物のことをハズレと言うんです。例えば、自分自身に意図せぬ暗示をかけてしまうとか、欲望が抑えられなくなるとか、精神面に影響するものが多いと聞きます。まぁ、俺もウィックから聞いたことなんで、詳しくは知らないんですけど」
ジェイクが背もたれに深くもたれ掛かり、ネリィが「うーん」と考え込む。
「ここの王様って、ある時を境に豹変したんでしょ? だったら・・・」
「その魔石の影響だと考えるのが妥当だな。明日はその辺りを主に探ってみよう」
「そうね。今日はもう明日に備えて早めに休みましょう」
ジェイクが食器を持って「おやすみ」と挨拶して部屋から出て行き、わたし達は寝る準備をして布団に潜る。
翌朝、起きると既にネリィのメイド服のポケットの中だった。
「・・・・・・の順番で・・・して、・・・ここは・・・」
何かを説明しているエリザの声が聞こえる。どうやら、もう仕事中みたいだ。
寝ているわたしをポケットに入れたのかな? なんだか扱いが物みたいだけど、ゆっくり
寝てたわたしが悪いね。・・・いや、起こしてくれてもよくない?
その後、ちょくちょくポケットから頭を出す度にネリィに優しく押し込まれながら、お昼休憩の時間になった。
「あれ? エリザは今日は食堂で食べないんだ? いつもは素早く食べてさっさといなくなるのに、珍しいね」
カレーうどんを持って部屋に向かっている最中に、ジェイクの上司にあたるサリアが話しかけてきた。
「サリアこそ。今日は随分と余裕そうですね」
「昨日入った、そこのネリィちゃんの彼氏さんが優秀なのよ。いい彼氏を持ったわね」
「え!? あ、そうですね! はい、自慢の彼氏です。ハハハ・・・」
そういえば、そういう設定になってたね。
ネリィの部屋に戻り、わたしはポケットの中から飛び出す。そして叫ぶ。
「あああああああああ!!」
「わっ、急にどうしたのよソニアちゃん!」
急に叫び出したわたしにネリィとリアンとエリザが目を丸くする。
「暇すぎて頭がおかしくなっちゃうよ!ずーっとポケットの中で、顔も出せないし!」
「しょうがないでしょう? ソニアちゃんが所かまわず出てきたら大騒ぎになっちゃうわよ。・・・でもそうね・・・ちょっと可哀想だし、午後は部屋でリアンと一緒に待ってる?」
エリザからカレーうどんを受け取っているリアンを見る。心なしか眠そうだ。
「リアンは午前中は何してたの?」
「えっと、カード遊びをして、その・・・さっきまでお昼寝してました」
リアンが恥ずかしそうに頬を掻きながら小さい声で言った。
カード遊びをして? お昼寝をしてた? なにそれ癒される。
「じゃあ午後はリアンと一緒に・・・あっ、でもネリィを1人にはしておけないし、わたしが守らなきゃ・・・」
鍵のかかった部屋にいるリアンは安全だけど、ネリィはお城の中を動き回るからね。わたしが一緒にいて守ってあげないとっ。
「あたしは暫くエリザさんと一緒に行動してるから心配ないわよ」
「はい、1人でいると行方不明になるかもしれませんからね」
「そうですよね。だからエリザさんと一緒なら・・・って、ええ!? 今なんて!?」
ネリィが驚きのあまり持っていた箸を落とした。しょうがないのでわたしが「よいしょと」拾って上げた。
「言って無かったでしたっけ? 数年前から城で働く者達が行方不明になることが頻繫にあって、それで人手不足な状況なんです」
「もしかして、攫われてるの?」
「そう思いますが、実際はどうなのか私には分かりません」
「そうだよね~。・・・あっ、ソニアちゃん箸拾ってくれてありがとうね」
分からないことだらけだよね。
カレーうどんを食べる皆の上をふよふよと浮遊しながら考える。考えるけど、エリザがじーっとわたしを目で追っかけるせいで、気になって集中できない。
「分からないことと言えば、エリザさん。あの王様の付けてた闇の魔石って前から付けてたんですか?」
「ああ、あのジャラジャラとたくさん付けてる魔石ですか。あの闇の魔石は私がここで働き始めた頃に余所から来た商隊から買い取った物らしいですよ。・・・思えば、その頃から王様の様子が変わり始めた気がします」
ふむふむ・・・。あれ? ということは、その魔石さえ奪うなり壊すなりすれば解決なのでは? 凄い!
「今日の夜、ジェイクさんに要相談ね」
食べ終わった食器を持って、ネリィとエリザが部屋から出ていく。わたしはリアンとお留守番することにした。
「お仕事頑張ってねお姉ちゃん」
「うん。お姉ちゃん頑張るわ」
エリザが物欲しそうにわたしを見てくる。期待に応えてあげよう。
「エリザもお仕事頑張ってね」
「・・・っ! はい! 死ぬ気で働きます!」
生きるために働いてね?
「じゃあ、リアンもソニアちゃんもいい子で待ってるのよ」
「「はーい」」
リアンと二人きりになった。リアンはわたしの様子を気にしながら、机の引き出しから薄い木の札を取り出して、トランプタワーみたいのを作っている。
・・・そういえばわたし、リアンのことあんまり知らないな。
わたしは机の上で肘をついてうつ伏せで寝転がりながら、リアンを見下ろして話しかける。
「ねぇね。リアンの好きなものってなーに?」
わたしが突然話しかけたせいでリアンがビクッと跳ねて、積み重ねていた木の札がガラガラと崩れた。
「え・・・好きなものですか?」
「うん。気になって」
リアンは視線を上に向けて「うーん」と考える。
「お姉ちゃんとお父さんと・・・ソニアさんのことも好きですよ」
「家族が好きなんだね。わたしもリアンのこと好きだよ!」
へへへと笑い合う。
「じゃあ、嫌いなものはなーに?」
「嫌いなもの・・・その、実は野菜が嫌いなんです」
「野菜! 野菜かぁ。嫌いな子供多いよね~。わたしも子供の頃は食べられない野菜多かったよ」
「え? 妖精にも子供だった頃があるんですか!? というか、野菜食べてたんですか?」
あっ・・・これ言い訳がめんどくさいやつだ。やっちゃった。
「も、森に住んでたからね! 色んな草を食べてたんだよ! 昔ね!」
「そうなんですね。僕はよくお姉ちゃんが野菜を入れたカレーを作って食べさせられてますよ」
「弟想いの良いお姉ちゃんだね」
「はい。自慢のお姉ちゃんです」
うん、良い笑顔だ。
それから、リアンと一緒にトランプタワーもどきを作ったり、部屋の中でかくれんぼしたり、色んな遊びをしながら時間を潰していると、ネリィとジェイクがカレーうどんを持って帰ってきた。
「・・・っていうことだから、その闇の魔石を奪うか壊すかすれば、解決するんじゃない?」
食事中の皆を見下ろしながらわたしは提案する。
「破壊ですね。奪った所でその魔法が解除されるか分からないですし、奪い返されたりしたら終わりです。それに、そんな危険な魔石は破壊した方がいいでしょう」
「そうだね! そうしよう! これで戦争が終わるね!」
やっと希望が見えたと喜ぶわたしと違って、ジェイクは難しい顔で首を傾げた。
「どうですかね。セイピア王国の王が戦争はここで終わりです、といきなり宣言したところで、オードム王国が納得するか分かりませんし。他にも気になることが多々あります」
「うーん、難しいね~。他に気になることって?」
「料理人仲間や、食堂での噂話から得た情報なんですけど、ネリィちゃんも前に言ってた闇市場とかいう商隊、これが闇の魔石を王様に売ったやつらでしょう」
闇市場ね。グリューン王国でもちょっと関わったな。わたしを誘拐して売ろうとしてた人が、その闇市場と繋がりがあったんだよね。
「それから大妖精について。この城の裏には土の海というのが広がっているんですが、今までは土の流れが激しく制御出来なかったものが、最近は流れが落ち着いて特殊な船で土の海の向こうにある国と国交を結べるようになったとか。他には、ゴーレムや上から降ってくる巨大岩などの不思議現象から、妖精が関わっているのは確実だということです」
たぶん、その土の海のどこかに土の妖精がいるんだろうね。会ってみたいな。
「じゃあ当面の目標は、闇市場についての情報を集めること、魔石を壊すこと、それから、土の妖精に会うことの3つだね!」
テーブルの中央に立って三本の指を立てる。
「とりあえず、今の話は俺がウィック達に伝えて来ますね。調味料の買い出しの時についでに」
「うん! お願い! ディルにわたしは元気だよって伝えといて!」
「分かりました」
なんだかもうディルにも会いたくなってきた。
「土の大妖精様のことは同じ妖精のソニアちゃんに任せてもいいかしら?」
「うん! 任せてよ!」
胸を張ってグッと親指を立てて見せる。
「・・・なんだか不安になってきたわ。ディルはきっとこんな気持ちなんでしょうね」
なんで!?
そして三日が経った。闇市場に関しては、驚くほど情報が無く、魔石を壊す方法はウィック達が考えてくれているらしい。妖精にはまだ会っていない。実は1人でこっそり土の海まで行ったんだけど、広すぎてどこに土の妖精がいるのか分からなかった。
「今日は積み木でお城を作ってみよう!」
今日もリアンと一緒にお留守番だ。エリザが暇つぶしに子供用の玩具が入った玩具箱を持ってきてくれたお陰で、あんまり退屈せずに済んでいる。
「うん!昨日は船を作ったから、今日はもっと大きなお城を作りたい!」
リアンがわたしに小さな積み木を渡しながら言う。長い間リアンと一緒だったお陰で少し距離が縮んだ気がする。
「すごい! すごいよリアン! 立派なお城だよ!」
もうすぐでわたしの背の五倍くらいはある大きな積み木のお城が出来上がる・・・というところで、ガチャリと扉の鍵が開けられた音が聞こえた。
「あれ? ネリィ達が帰ってきたのかな?」
「まだ、お昼ご飯の時間には早いよね。お姉ちゃん、忘れ物でもしたのかな?」
キィィと扉が開かれる。そこには知らない男性が立っていた。
読んでくださりありがとうございます。今のソニアは野菜大好きです。