101.情緒不安定メイド長
キィィという扉が閉まる音が聞こえた。数秒後、ネリィの「ハァ」と溜息を吐いた音も聞こえた。
「ソニアちゃん、もう出て来て大丈夫よ」
わたしはネリィの服の中から「よいしょ」と抜け出して、そのままネリィの膝の上に転げ落ちる。
「ぷはぁ! 無事にお城に潜入出来てよかったね!」
膝の上で寝転がりながら満面の笑みでネリィの顔を見上げて言ったけど、ネリィは微妙な顔でわたしを見下ろしている。
「そう・・・かしら? 絶対気付かれてたと思うんだけど・・・」
「そうかなぁ?」と返すけど、「絶対そうよ」と返される。
「確か、明日の同じ時間にまた来てくださいって言ってたよね」
「そうね。今日のところは帰って皆に報告しましょうか」
「うん!」
わたしはネリィにそっと掴まれて再度服の中に入れられる。
「ちょっと変な汗かいちゃったんだけど大丈夫かしら? 臭わない?」
「ぜんぜん大丈夫だよ」
ネリィはわたしを服の中に入れたままお城を出て、街を歩き、宿に戻る。
「ただいま、今戻ったわよー」
「おかえり。ソニアはどうしたんだ?」
ネリィの服の中でディルの声を聞いたわたしは、勢い良く服の中から飛び出す。
「ここだよ!ただいまー!」
飛び出した勢いのままディルに突進する。ディルは特に慌てた様子もなく、片手でわたしを受け止めた。
「その様子だと上手くいったんだな」
「うん!特に何事もなく、危なげもなく、上手くいったよ! 早速明日から働くんだよ! ネリィが!」
イェイ!と普段よりも五割増しくらいの声量でディルとハイタッチする。そんなわたしの頭を、ネリィが指で軽く小突く。
「もう、ソニアちゃん。ちゃんと報告しないとダメでしょ!」
「何かあったのか?」
さっきまでいい笑顔でわたしとハイタッチしていたディルが、疑わし気な目をわたしに向けて来る。わたしはそっと目を逸らした。別に何も隠してないけど。隠してないけど!
「それがね。ソニアちゃん、お城のメイド長に姿を見られちゃたのよ」
「え! 大丈夫なのかそれ!?」
「だ、大丈夫だよ。見られた、じゃなくて、見られたかもしれない、だから!」
ううん。むしろ、「見られてない」かもしれない。
「いや、確実に見られてたわよ」
「だってぇ・・・しょうがないじゃん! まさかメイド長がノックもなしに入ってくるなんて思わないでしょ!」
ネリィと駄弁ってたら急に入って来たからね! メイド長が思ったよりも若かったのにも驚いたし。
「ふーん・・・なんとなくその時の状況は分かったけど、そのメイド長はどういう人なんだ? ノックを忘れるなんて普通に考えてメイド長としてダメだろ」
「うーん、あたしより何個か歳上って感じだったわね。でも、ウィックよりは歳下ね」
わたしも一瞬しか見てないけど、確かにそんな感じだった。なんか若いのに苦労してそうな顔をしてた気がする。
「俺より歳下っすか? っていうと、そのメイド長は18、19くらいっすかね?」
「うん、それくらいね」
「いくらなんでも、メイド長にしては若すぎないっすか?」
「きっと、凄く仕事の出来る人なんだよ! ノックは忘れてたけど、言葉遣いは丁寧だったし、優しそうな雰囲気だったし!」
まぁ、仕事が出来るかはともかく、優しい人なのは確実だと思う。目があった時にそう感じた。非情になれない中間管理職みたいな目をしていた。人間だった頃の会社の上司とそっくりだったもん。
「ソニアとネリィが話しても大丈夫そうだと判断出来る人なら、ある程度事情を話して協力を頼めないか? 口止めはした方がいいと思うけど」
「分かったわ。明日は仕事内容について教えて貰うことになってるから、その時にこっちの事情を話してみるわ」
話が一区切りしたところで、ディルの手のひらに座っていたわたしはテーブルの上に置かれて、ディルは椅子に座った。ネリィがリアンが座っているベッドに移動して優しくリアンの頭を撫でた。
「あ、そうそう。お城で働く人には城内にある部屋を用意してくれるみたいなんだけど・・・」
「え・・・お姉ちゃん離れちゃうの?」
瞳を潤ませてギュッとネリィの服を掴むリアン。その様子を見ていると心が締め付けられる。でも、ネリィとメイド長の会話を聞いていたわたしはそのまま二人の様子を見守る。
「メイド長が弟さんも一緒にいいですよって言ってくれたのよ。だから一緒に移動できるわよ」
ネリィはそう言ってリアンの頭を優しく撫でた。
「ちょっと待てよ。それじゃあ俺達とソニア達で連絡が取れなくなるんじゃないか?」
「でも、ここで部屋は必要ないですって言うのも不自然だし、なにより、ずっとこの宿に居るわけにもいかないでしょう? だって3人部屋に5人と妖精が1人いるんだもの。普通に狭いわよ」
「確かに・・・」
ディルが背もたれに深く寄りかかって、「仕方ないか」と呟く。その様子を見ていたジェイクが「ちょっといいですか?」と手を挙げた。
「実は、姉御達が城に行っている間に話し合っていたんですけど、俺も城に潜入しようかと思うんです。料理人として」
「え、ジェイクって料理出来るの!?」
確かに海賊達の中ではまともな方だけど・・・でも、海賊だよ?
「あ、ツッコミを入れるところはそこですか。出来ますよ。この海賊団の中では一番だと自負してます」
「海賊団の中って・・・その情報当てにしても大丈夫なの?」
「ジェイクの料理の腕は本物っすよ。今までは魚ばっかりでまともな料理は出来なかったみたいっすけど、ちゃんとした材料があれば、めちゃくちゃ美味い料理を作るんす」
「そうなんだ・・・」
そういえば前にジェイクは手先が器用だって言ってたような気がする。
「ソニアが一緒とはいえ、さすがに女の子達だけ危険に晒すのもどうかって話になってな。消去法でジェイクが城に行くことになった。城内で寝泊まりするなら尚更な」
「ディルとコルトは騎士に顔が割れてますし、ウィックは一つ所に留まらず自由に動いてもらった方がいいと思ったので」
ディルとジェイクが真面目な顔でわたしを見つめながら言う。わたし達を心配して話し合っていたのが分かって、否とは言えなかった。
「そっか、わたしとネリィだけでも心配いらないと思うけど、一緒に来てくれるならそっちの方が安心できるよ。よろしくねジェイク」
「はい」
欲を言えばディルにも来てほしかったけど、それは前に私自身が却下したし、無理を言っちゃいけないね。
翌朝、わたしとネリィとリアンは先に宿を出る。ジェイクは怪しまれないように後から城に向かう予定だ。
「おはようございます。今日からこちらで働かせていただくネリィです」
ネリィが城門前に立っている騎士に挨拶をする。わたしは昨日同様にネリィの服の中だ。
「ああ、話はメイド長から聞いています。こちらへどうぞ」
わたしは襟元から少し顔を出して、周囲を観察する。
昨日も思ったけど、城の大きさの割に人が少ないね。やっぱり人手不足なのかな?
お城に入って、階段を登り、二階の隅の部屋。その扉の前で昨日のメイド長がどこか落ち着きなく立っている。わたしはサッとネリィの服の中に潜った。
「お待ちしてました。ネリィさん、それからこちらが弟さんですね」
「は、はい。リアンです。おはようございます!」
「はい、おはようございます。礼儀正しい弟さんですね。・・・騎士様、案内ありがとうございます。もう戻って頂いて構いませんよ。ネリィさん方はこちらの部屋へ」
キィィと扉が開かれる音がして、再びキィィと扉が閉じられる音がした。
「ここが今日からネリィさんのお部屋です。リアン君のお部屋はここの隣です」
「え? リアンとは一緒の部屋で大丈夫よ? ・・・大丈夫ですよ?」
「リアン君の部屋はこの部屋と続き部屋になっているので、あちらの扉から簡単に行き来出来ます。ですから、この部屋で一緒にいても、別々のお部屋にいても、どちらでも構いませんよ」
「そう・・・なんですね。ご配慮ありがとうございます」
「それでは、まずネリィさんの制服のサイズを知りたいので、一度服を脱いでサイズを測らせてください」
「え?」
ドクンッとネリィの心臓が跳ねたのが分かった。
それはまずいよ! だって服の中にはわたしが隠れてるんだもん! 見つかっちゃう!
「もし弟さんがいると脱ぎにくいのであれば、隣の部屋を使いますが・・・」
「いや、それは大丈夫ですけど・・・」
これはもう・・・仕方ないよね。本当はもう少し様子を見てから話したかったけど、今ここで話しちゃおう。
わたしは服の襟元からスポッと顔を出す。メイド長と目が合った。目を見開いて固まってしまった。
「ソ、ソニアちゃん!? 何してるの! 早く隠れて!」
ネリィがグイグイとわたしの頭を押し込もうとしてくるけど、わたしはそれを両手で退ける。
「もう遅いよネリィ」
服の中から飛び出して、メイド長の前に移動する。
「ほ、本当に妖精だ・・・」
メイド長の口が開きっぱなしだ。そんな様子のメイド長にお構いなく、わたしは挨拶する。
「はじめまして、わたしは妖精のソニアだよ☆」
パチッとウィンクをした。このウィンクはどんな状態異常も回復させる。いや、知らんけど。
隣でネリィが「可愛い!」と褒めてくれる。
「私、実は妖精さんとお話してみたかったんです! あ、あのあの・・・どうして・・・いや、えっと・・・」
メイド長が手をわちゃわちゃさせながらその場で時計回りに回っている。明らかにテンションがおかしいし、回る意味も分からない。そんなメイド長にネリィが助けに入る。
「お、落ち着いてくださいメイド長さん。気持ちは分かるけどこのままじゃ話が進まないですよ。一旦深呼吸して・・・」
「は、はいぃ。すぅ・・・はぁ・・・」
メイド長が深く深呼吸して、据わった目でわたしを見る。
「どう? 落ち着いた?」
「申し訳ございません。落ち着きました」
落ち着いたメイド長と若干緊張しているネリィと一番落ち着いているリアンが、部屋に置かれている椅子に座る。わたしはリアンの頭の上に座った。今はここが一番安定しているから。
「それで、お話とは何でしょうか?」
「うん、ちょっと込み入った話になるんだけど・・・」
わたしはオードム王国に来てからのことを簡単に手短に説明した。
「妖精が目の前にいるだけでも混乱しちゃうのに、戦争を止めるなんて・・・もう何が何やら」
メイド長が頭を押さえて軽くため息を吐く。
「・・・そういうことだから、わたしのことは内緒にしてくれる?」
口に指を当てて微笑みかけると、メイド長が目を丸くてうんうんと何度も頷く。
「も、もちろんです。絶対喋りません! お墓まで持っていきます!」
「いや、うん。絶対にって訳じゃないけど、自分の身に危険が及ばない範囲でね?」
「はい! 必ず秘密は守ります」
うん、まぁいいや。
話がひと段落したところで、ネリィが立ち上がる。
「ごめんなさい。忙しい中で結構時間を食っちゃいましたね。メイド服のサイズを測りたいんでしたよね。今脱ぎますね」
「あ、いえ、脱ぐ必要はありません。何種類かサイズ違いのメイド服があるので、そこから選んでいただければ・・・。本当ならちゃんとサイズの合った服を仕立てるんですけど、今はそんな人的余裕はありませんので・・・すみません」
メイド長が椅子から立ち上がり、軽く頭を下げる。
「そんなこと別に気にしないですけど・・・さっきと言ってること違くないですか?」
そうだよね。サイズを測りたいから脱いでくださいって言われたから、わたしはメイド長の前に姿を出したんだから。
「その・・・、昨日そちらの妖精さん・・・ソニアさんをお見掛けしてから、お話ししてみたいと思っていまして・・・騙すようなことをして申し訳ございませんでした」
メイド長が深々と頭を下げた。そしてネリィが「やっぱり見られてたじゃない」とわたしを一睨みする。
「ううん、お話ししたかったなんて言ってもらえてわたしは嬉しい!」
メイド長の小指をそっと両手で掴む。
「ソニアさん・・・!」
フルフルと震えながら潤んだ瞳でわたしを見るメイド長。
これは、どういう表情なんだろう? 感動・・・かな?
「はいはい、分かりましたから。そのメイド服はどこにあるんですか?」
わたしはネリィに襟元を摘ままれてリアンの頭の上に戻される。
「あ、そうですね。すみません、取り乱しました。メイド服はこの部屋のクローゼットに、私がネリィさんのサイズに近いメイド服を選んで入れてあります。そこから自由に試着して決めて下さい。着方や他に分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」
「ありがとうございます。メイド長・・・そういえば、メイド長のお名前は何と言うんですか? 聞いてないですよね?」
ずっとメイド長って呼ぶのも寂しいもんね。やっぱり仲良くなる為の第一歩は名前を呼び合うことからだよ。
「私の名前はエリザと言います。これからよろしくお願いしますね」
「エリザさん。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ネリィとリアンが微笑んでエリザに挨拶する。わたしもニッコリと微笑んで「よろしくね!」と右手を出して握手を求める。一瞬固まったエリザが、そーっとわたしの右手を指で摘まんだ。
「わ、わぁ。ちっちゃい・・・」
ん、んん? 何かやりずらいな~。ネリィも初対面はこんな感じだったっけ? そのうち慣れてくれるよね? わたしに。
読んでくださりありがとうございます。パニック、感動、パニック。そんなメイド長エリザでした。