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100.【メイド長】憧れのちっちゃい何か

私はお城で働く侍女長だ。メイド長と呼ばれることもある。歳は18歳。若くして侍女長まで出世した私だけど、何にも嬉しくない。だって、私自身の力じゃないし、そもそも押し付けられた役職だ。


「メイド長、ちょっと今いいですか?」


せっせと大量の木札を運んでいる私に、一人の騎士様が話しかけてきた。私は歩くスピードを落とさず前を向いたまま返事をする。


「こんな名ばかりのメイド長に何か御用ですか? 見ての通り、城のメイドが激減してこんな私がメイド長に押し上げられた挙句、大量の仕事に追われているメイド長に」


汗を拭く暇もないほど忙しい中、暇そうな見張りの騎士様に声を掛けられて少しイラついた私は、ついとげとげしい言葉を発してしまう。そんな私を気にした素振りもなく、騎士様は話を続ける。


「そんなメイド長にお話があるんです。実は先ほど、この城でメイドとして働きたいと言う少女が城門に現れたそうで・・・」

「な、なんですと!?」


足を止め、バッと騎士様の方を見る。

近年、お城で働く人達が減っている。理由は1つ、行方不明になる者達が続出したからだ。それも、見目の整った者ばかりが、だ。それで、こんな信用ならないところで働けないと、皆が辞めていった。当然のことだと思う。


お城に残って未だに働いているのは、私含め身の安全よりも高い給金を選んだ者が数名、私と同じ歳か歳下ばかりの訳アリの子達だけだ。


元々100人近くの侍女達が休憩を回しながらやっていた仕事を、今は10人程の人数で碌に休憩もせずに働きっぱなしな状況だ。なんとしても、その少女を雇いたい。


「今は城門に一番近い客室で待機させています。上に相談したところ、メイドのことはメイド長に言え、私の管轄では無い、と言われまして・・・」

「騎士様は今のメイド長が私みたいな半人前のメイドだから、私じゃなくて他の貴族に報告したんですよね? 上の方たちは城の現状が分かってないみたいですね?」

「はっはっは、その気持ちは分からないでもないですが、あまり大声で話さない方がいいですよ。どこで誰の怒りを買うか分かりませんからね」


騎士様が私の頭をポンポンと軽くたたく。子供扱いをされているようで気に食わないけど、その忠告は素直に受け取っておくことにする。


「忠告痛み入ります。では、私はその客室で待たせている少女に会いに行って来ますね」

「待ってください、場所を知らないでしょう? 私が案内しますよ。それに、その木札も運んでる途中ですよね? こちらに渡してください。運ぶ先を教えていただければ私が運びますよ」


手伝ってくれるのなら断る理由は無い。私は騎士様に木札を渡して、少女が待つ客室まで案内してもらう。


「この部屋で例の少女を待たせています」

「ありがとうございます、騎士様。そういえばお名前を伺っていなかったですね?」

「名を名乗る程の者じゃありませんよ。その代わり・・・と言っては何ですが、1つ助言を。・・・貴女はすぐにでも新しくメイドを増やしたいのでしょうが、あまり簡単に採用しないように。言い方はきつくなりますが、無能な新人はいない方が楽ですよ」


名も知らない騎士様が、部屋の扉を眺めながら淡々と言う。


 確かに、問題ばかりを起こすような新人はかえって迷惑かもしれない。


「分かりました。人柄をよく見てから判断します」

「ふむ、そうするといいですよ。私はこれで。・・・この木札はしっかりと届けるので安心してください」

「はい。案内ありがとうございました。騎士様」


騎士様が立ち去った後、私は少女が待つ客室の扉を見る。


 騎士様にはああ言ったけど、どんな人であれ最低限のお手伝いが出来そうなら採用しよう。


扉をノックをしようと拳を上げた瞬間、後ろから名前を呼ばれた。予想していなかったことに体がビクっと跳ねる。


「メイド長がこんなところで、何してるの?」


振り返ると、私と同期で料理人見習いの友達が立っていた。


「それはこっちのセリフですよ。私はこの部屋にいる新人メイド候補に会いに来たんです」

「メイドが増えるんだ? 良かったじゃない。こっちは買い出しよ。あの我儘王様からまたダメ出しをくらっちゃったみたいでね。城に無い新しいスパイスを買って来いって」

「あ~、カレーうどん? でしたっけ? 王様が考えた料理なのに何度も作り直させるなんて、何を考えてるんでしょうね」


 あの料理は美味しいんだけど、汁が飛び散るのが困る。なるべくメイド服では食べたくない。


「偉い人の考えてることなんて、私らみたいな下々の人間には理解できっこないのよ。・・・っていうか、その喋り方どうしたのよ? 何か落ち着かないんだけど」


普段は普通にタメ口で話す私に奇妙な目を向けて来る。


「お城にいる間は、丁寧な言葉遣いを心掛けるようにしようと思ったんです。どこで誰が聞いてるか分かんないですからね」

「なにそれ? 誰かの受け売りかなんか?」

「どうでしょうね」

「まぁ、何でもいいけど。あんまり気を張りすぎないようにね。私はもう行くね」


私に背を向けて、手を振りながら歩く彼女を見送り、私は扉の取っ手に手を掛けた。


 そういえば、メイドが減ってから客間の掃除をした覚えがないけど・・・大丈夫かな。汚れていなければいいけれど。


キィィ・・・


扉を開けて、一歩室内に足を踏み込んだ瞬間、私は目を見張った。


客人用のそこそこ豪華な椅子に座る、ごく普通の少女。そして、その隣に浮いているちっちゃい何か。金髪碧眼、尖った耳、幻想的な羽、白く透き通った肌・・・。その全てが私の知る人間とは違って、ほとんどが幼い頃に絵本で知った妖精と似ていた。


「・・・ち、ちっちゃい」


部屋が汚れてるとかそういう心配はあっという間に消えてなくなり、私の頭の中は目の前の可愛らしいちっちゃな妖精のことでいっぱいになった。


「え・・・ひゃあ!」

「誰!?」


その妖精は、私と目が合った瞬間に「しまった!」という心の声が聞こえそうな顔をしたあと、慌てて少女の服の襟元に、頭から突っ込んだ。


「あわわわわわ!」


その声が少女のものなのか、妖精のものなのか、軽くパニックになっている私には分からない。

妖精はよっぽど焦っていたのか、上半身だけ少女の服の中に突っ込んで、逆さまになった状態で足をバタバタとさせている。


「あ、あの・・・」


私が何とか頭を落ち着かせて声を掛けると、少女はハッとしたあと、自分の胸元でもがいてる妖精を指でぎゅむっと服の中に押し込んだ。


「・・・何か見た? 見てないわよね?」

「あ・・・はい」


少女のあまりにも凄味のある笑顔に、思わず「はい」と答えてしまった。


 ・・・ええぇ!? 今いたよね!? 浮いてたよね!? 目が合ったよね!? 私の見間違いじゃないよね!? あの可愛いらしい妖精はいったい何ですか!?


たくさんの疑問が頭の中を飛び交う中、目の前の少女は胸元に手を当てながら取り繕った笑顔で口を開く。


「えっと・・・、騎士の方から担当の者を呼んでくるって言われてたんだけど・・・」

「あ、はい。私が担当の者・・・メイド長です」


少女が如何わし気に私を見る。


 若すぎるよね? 普通メイド長って言ったら、もっと年老いた人を想像するから。私が少女の立場でも同じ事を思う気がする。


「それで、城のメイドとして働きたいということでしたが・・・」


その後、当たり障りのない質疑応答を行い、ネリィと言う名の少女を採用する流れになった。ネリィさんと別れたあと、その日の仕事を日付が変わるギリギリで終わらせた私は、自室のベッドで横になり、明日から私達の仲間になる新人メイドについて考える。


 性格に問題は無い、親が行方不明で弟を養う為にお金が必要だから給金の高いここで働きたいという考えも理解できる。私も似たような理由で働いてるから。・・・分からないのは、ネリィさんの服の中に入っていった妖精さんだ。


「えっと、確かこの辺りに・・・」


私はベッドから起き上がり、部屋の隅にある質素な本棚から一冊の古ぼけた本を取り出す。


「懐かしいなぁ」


実家から持ってきた絵本、よく寝る前に母親に呼んでもらっていた。昔の思い出に浸りながら、パラパラとページをめくる。

幼い女の子が眠れない夜に妖精と出会って、色んな冒険をして、最後はベッドの上で目覚めて、あれは夢だったの? ・・・みたいな内容だ。


 この絵本に出てくる妖精とは髪の色とか目の色とかは違うけど、他の特徴は一致してる。やっぱりあれは妖精だったんだ!


久しぶりに昔の絵本を読んだせいもあって、子供の頃、可愛らしい妖精に憧れていた自分を思い出し、あの頃の気持ちが蘇ってくる。


 明日、ネリィさんに仕事内容を説明する時に聞いてみよう。本人は聞かれたくなさそうにしてたけど、このままじゃ私が仕事に集中出来ないし、何より私も妖精とお話してみたい。


久しぶりにワクワクした気持ちになった私は、鼻歌を歌いながら寝る支度をする。


 明日が楽しみだと思えたのはいつぶりだろう? ・・・まぁでも、もう日付は変わってるんだけど。


おはようからおやすみまで、ゆっくりと砂が落ち終わった大きな砂時計を見ながら、私は瞼を閉じた。

読んでくださりありがとうございます。「あわわ」と言っていたのはネリィとソニアの2人です。ですが聞こえていたのはネリィの声だけでした。

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