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そして、約束の3年目。
最初の半年は少年からなんの音沙汰も無く、魔女の心に少しの波が立つものの、表面上は穏やかに日々を過ごしていた。
一度王家の使者が来たが「第1王子は頑張っていらっしゃいますよ」と報告にもならない報告をして行っただけで。
残された時間がふた月を切った頃、魔女は諦めて家を片付けていた。といっても本を木箱にしまったり、花の種を袋に詰めたりといった作業だけで、すぐ終わってしまったのだが。
「ふふ。殺風景な家」
ベッドに腰掛け、片付いた部屋を見渡す。
薬を求めてずっと通ってくれた人々にはすまないと思うが、自分の心には逆らえない。逆らいたくない。
ルピナスが薬を作り人々に関わり続けていたのは、気まぐれの延長線ようなもので、本来魔女はどこまでも自由であり、自分の思うがまま好きなように生きるものだ。
いきなり何かを止めたとしても、それは魔女達からすれば正しい在り方。罪悪感を覚える事はないのだが、何百年も薬を作ることで人々と関わってきたルピナスにとっては、少しばかり申し訳ないと思うのは仕方の無いことかもしれなかった。
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あと2日で約束の時。
魔女は凪いだ表情で、箒を手に空へ飛び上がった。
が、タイミングが良いんだか悪いんだか、森の入り口に馬車が停るのが見えたので、来客を出迎える為に下に降りた。
タッタッタッと軽い足音と、跳ねる輝く金色の髪。
リアトリス少年が、息を切らしながら、桃色の光沢を放つクリスタルを片手に魔女の前にやってきた。
それを見た魔女は瞳に僅かな失望を揺らした。
「あと2日あるわよ。もういいの?」
息を整える少年に、魔女は問いかけた。
「えぇ、もういいんです。打てる手は全て打ちましたし、私に出来ることはもうありません」
魔女は肩をすくめると、少年に手を出した。
「クリスタルを渡して。約束は守るんでしょう?」
「えぇ、ちゃんと守りますよ。でも、ルピナス様は消えないでください」
魔女は首を傾げた。
「それは約束と違うんじゃない?」
少年は跪き、魔女の手を取りながらまっすぐ魔女を見て答えた。
「私は今日、除籍されました。ただのリアトリスになったんです」
魔女は目を見開いて少年を見つめた。
「ならどうしてクリスタルを……」
少年は苦笑しながら頬を掻いた。
「ルピナス様に、自由をお返ししたいと思いまして」
「……私にクリスタルを渡したらどうなるのかわかるでしょうに。馬鹿ね…」
「でもルピナス様は、ただのリアトリスになったら私との事を考えてくれると言いましたよね?ルピナス様は約束を破るような方ではないでしょうから、こうして王籍を消される前に持ち出してきたんです」
「それ、陛下は知ってるの?」
「さぁ?何も言われませんでしたけど、多分バレてるでしょうね。見逃してくれたんだと思います」
魔女は肩を揺らして笑った。
なんて事をしてくるのだと、イタズラに成功したような子供のような表情、年相応な表情の少年に、笑いが止まらなかった。
「はぁー、一生分笑った気がする」
まだくすくすと余韻を引きずりながらも、しっかりと少年の顔を見て、魔女は応えた。
「ちゃんと、あなたとのこと考えるから待っていて欲しい。それと、クリスタルはあなたに預けとくわ。当分消える予定もないし、この国から出る事もないしね」
ぱあっと少年の表情が明るくなった。
魔女はくすくすと笑う。
「せっかく家の中を片付けたのに、また元に戻さなくちゃいけないわね。それと、町で足りない家具や食器も買わなくちゃ」
「ルピナス様!それって」
「もうただのリアトリスなんだから、行くところないでしょう?あなたの住むスペース作るんだから、掃除と買い物手伝ってよね」
「はい!勿論です!」
2人は手を繋いで家へと帰って行った。
今は大人と子供にしか見えない身長差だが、いずれはその差も違和感の無い程まで縮まるだろう。
『ラヴィムの魔女』に同居人が増えた事は、薬を貰いに来た人々によってじわじわと国に広まっていった。
勿論国王の耳にも入ったようだが、市井の他愛ない噂話と聞き流したのだろう。魔女と少年の生活は誰に邪魔をされる事もなく平和だった。