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だから魔女は泣いたのだ  作者: kurogane
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紅茶やハーブクッキーでもてなされ、2時間くらいは経っただろうか。急に外が騒がしくなり、魔女は首を傾げた。給仕係も不審に思い、見てこようとドアに向かおうとした時だった。


バタン!と勢いよくドアが開き、頭にたくさん葉っぱを付けた少年がスライディングして来たのだ。


給仕係は部屋の前の騎士をどやしつけた。


「ちょっと!魔女様がいらっしゃるのにどうして通しちゃったのよ!」


「いや、だが、その…なぁ?」


「俺らも権力には逆らえないというか…」


もごもご喋る騎士2人に、給仕係がもう一度怒鳴ろうとした時、スライディングしたまま固まっていた少年がガバリと勢いよく起き上がって魔女の方へ向かった。


「あ、ちょっと!」


慌てる給仕係だが魔女は大丈夫だと手を振った。

少年から悪意は感じられなかったから。


はらはらと外野が見守る中、少年は花束を魔女に差し出しながら、目尻に涙を浮かべながらも微笑んだ。



「やっと、やっと会えた、ルピナス様…」



魔女は強ばった表情のまま、カスミソウとルピナスだけの花束を見て、次に少年の容姿をじっと見た。金色の髪、青い瞳。まさかと思った。


「……スイ……セン……?」


「はい。あ、今世の名前は違いますが…そんなことより!約束通り、カスミソウとルピナスを持ってきました。いやぁ、焦りました。庭園に生えててよかったです」



『もしまた会うことがあるのなら、カスミソウに私の名前を添えて持ってきて』



確かに、ずっと昔にそんな約束をした。


生まれ変わったとしても、全然違う人生を歩んでいると思っていた。


もう胸が痛いのは嫌だから、死にたいと思ってここに来たのに、どうして、どうしてこのタイミングで、1番最初に淡い想いを抱いた彼が現れるのだろう。

思う事はたくさんあるのだけど、今言うべき言葉はきっと、これ。


「約束、守ってくれたのね、ありがとう」


「はい!!ルピナス様との約束でしたから!」


涙をふいて、子供らしくニコニコ笑う少年に、魔女は眉を下げたまま笑った。


「約束は果たされたけれど、ごめんなさい。私、今日は制約を破棄しに来たのよ。もう生きるのに疲れちゃったの。だから王太子殿下がクリスタルを持って来るのを待ってるのだけど…」


ぴっと少年が右手を挙げた。


「それは私の事です。自己紹介していませんでしたね。ルドベキア国第1王子で、現王太子のリアトリス=A=ルドベキアです」


魔女は2回程目を瞬かせると、給仕係達を見た。

給仕係も騎士2人もうんうんと頷いている。


「ええっと…。スイセ…じゃなかったリアトリス殿下?じゃあ、クリスタルはどこ?」


「父上から事情は聞きましたが、ルピナス様にいなくなってほしくないので、持ってきませんでした」


にこぉっとあざといくらいに子供らしく笑う少年に、ルピナスは頭を抑えながら暫し考えた。

前世の記憶があるとはいえ今は10歳かそこらの少年。精神も引っ張られているのだろうか、まさか恋愛感情なんてものは無いだろう、これはあれだ、前世からの執着心だ、きっとそうだ。


「殿下、この件は国王陛下から正式に許可を頂いている事ですので、速やかにクリスタルを持ってきて頂けますか?」


子供に言い聞かせるように強めの口調で言ってみたものの、少年は首を振って断固拒否。


「嫌です。せっかくルピナス様の事を思い出したのに、こうして約束も果たせてお話出来るようになったというのに、またすぐにお別れなんて、絶対に嫌です!」


「そうは言っても、さすがに陛下が認めないと思うわよ。あなた今王太子でしょう。普通もう婚約者とかいる歳じゃないの?婚約者に浮気を疑われるとかそういう面倒事は困るわ」


「大丈夫です!必ず父上を説得してみせます!あと私に婚約者はいませんのでご安心ください!」


前のめりになっている少年に、魔女はとりあえず落ち着きなさいと紅茶を飲むように勧めた。


「…私ね、スイセンが死んだだいぶ後に、とても好きになった人がいたの。戦争を回避して、生きて帰ってきてって約束したの。約束は守られたけど、守られなかったわ」


少年はどういう事だと目で続きを促した。


「戦争は回避されたわ。彼も生きていた。でも生きてるうちに会いに行けないから、自分の事は忘れて生きろっていうの。一方的に愛してるとか待っててって言ったくせに、勝手よね。私に恋を自覚させたくせに、遠くから私の幸せを祈ってるとか。酷い男よ」


紅茶を1口飲んで苦笑する。


「なのにちっとも嫌いになれないの。でもね、新しい恋をして、失う悲しみに溺れるのはもう嫌なの。だからもう、誰も愛したくないし、消えちゃいたいの」


魔女はわかって欲しくて、少年を見つめた。

どんな気持ちだろう。前世とはいえ自分が死んだあとの好いた女性の恋愛事情を聞いた気持ちは。怒るだろうか?


暫しの沈黙の後、少年は口を開いた。


「…ルピナス様の御心はわかりました。再会の喜びに浮かれて自分の事ばかり押し付けてしまい、申し訳ありません。…私の死後、ルピナス様にそのような事が起きていたとは、知りようがなかったとはいえ、悲しみに寄り添えなかったこの身が不甲斐ないです」


「気にする必要はないわ。というか、その頃あなた生まれてなかったと思うし」


「それでも、私はカスミソウの花言葉に縋りたい」


魔女は、ん?という顔をした。


「カスミソウの花言葉は『永遠の愛』です。どうか、死ぬのはもう少し待って頂けないでしょうか?」


「どうしてかしら?」


「前世はリナリアを送ったきりで受け身のまま生涯を終えました。カスミソウがまた縁を繋いでくれたんです、私は貴女を諦めたくない」


「私、もう待つのは懲り懲りなんだけど」


「我儘なのはわかってるんです。それでも、前世の約束は守りましたし、今世でも約束してもらえませんか?きっと守りますから」


あまりにも必死で、年齢に合わない苦しげな表情をするものだから、魔女はため息を吐いた。


「3年」


ハッと少年は顔を上げる。


「3年だけ待つわ。その間にあなたの周りを何とかしなさい。ただのリアトリスになったら考えてあげる。間に合わなければクリスタルを持ってくること。私は今度こそ消滅を選ぶ。2度目はないわ」


少年は魔女の前に跪き、その手の甲に口付けを落とした。


「必ず、約束は守ります。ルピナス様、感謝します」


「頑張ってね」


魔女は給仕係に帰る旨を伝えると、スタスタ王城門から出ていき魔法で喚び出した箒でさっさと家に帰った。

時を同じくして王太子が国王に廃嫡してくれと嘆願しに行ったことで、どうしてそうなったと国王が気絶したのは魔女の預かり知らぬところ。

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